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レジェンドガール  作者: 井村六郎
第一章 杏利の旅立ち
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第一話 杏利、異世界に立つ

 なぜか集まっていた人々から祝福された杏利は、そのまま案内され、下に降りた。降りる途中でわかったのだが、どうやらここはどこかの城らしい。

 杏利が案内されたのは玉座の間で、部屋の一番奥に玉座が二つあり、片方には白い口髭を生やした男性が、もう片方には柔和な笑みを浮かべる女性が、それぞれ座っていた。

「勇者様をお連れしました!!」

 杏利の隣に立っていた、鎧を着た兵士風の男が言う。すると、男性と女性が立ち上がった。

「ご苦労だったな兵士長。さて、お初にお目に掛かる。私の名はアスベル・ラディス。このドナレス国の王だ」

「私はヒルダ・ラディス。この国の王妃ですわ。ご足労頂き、心より感謝致します」

「ど、どうも……一之瀬杏利です……」

 杏利は少し緊張している。王と王妃という自分よりずっと目上の人物が相手では、さすがの杏利も緊張するのだ。

「いろいろと聞きたい事はあると思うが、順を追って説明しよう。まず、ここはあなたが生きていた世界ではない。リベラルタルという、あなたから見た異世界だ」

「異世界!?」

 杏利は言われた事が信じられなかった。マンガやゲームではあるまいし、そんなものが本当にあると思っていなかったのだ。

「そして今、この世界は滅亡の危機に瀕しています」

 ヒルダの話によると、今このリベラルタルというらしい世界は、突如として現れた、イノーザという魔王に滅ぼされそうになっているそうだ。

「世界中の名高い英雄達が立ち向かったが、イノーザの打倒は未だ成っていない。そこで我々は、この世界の人間にイノーザは倒せないと判断し、我が国に古くから伝わる勇者召喚の秘法を使い、あなたを勇者として召喚したのだ」

「ちょ、ちょっと待って! あたしが勇者!?」

 杏利は緊張を崩して慌てた。この二人はさっきから信じられない話ばかりしている。この世界の人間に倒せない相手だから、別の世界の人間の手を借りるというのはわかる。わかるのだが……

「……何であたしなの?」

 杏利は自分が選ばれた理由がわからなかった。勇者と言えば勇気と慈愛に溢れ、弱きを助け強きを挫く存在。杏利はそんな勇者と、内面的にあまりにもかけ離れた存在だった。なぜそんな自分が勇者として選ばれたのか、杏利は二人に尋ねる。

「あなたを選んだのは、我々ではない」

「えっ?」

「こちらへ」

 アスベルとヒルダは玉座を立ち、兵士達を連れて杏利を案内した。



 二人が杏利を案内したのは、この城の地下だった。そこには巨大な祭壇があって、中央に何かがある。

「あれは……槍?」

 そう。槍だ。槍が一本、穂先を上に向けて刺さっている。刃と柄の付け根に、赤い宝玉が嵌め込まれている、黒い不思議な槍だった。ただの槍ではない。口では上手く表現出来ないが、なんというか、力を感じる。杏利はそう思った。アスベルが説明する。

「これは七百年ほど前に造られた聖槍、エニマ・ガンゴニール。勇者召喚を指示したのは我々だが、実際に勇者を選び、召喚したのはこの槍なのだ。あなたに使ってもらう為に」

「……槍が選んだ? 何それ? まるでこの槍が意思を持ってるみたいな言い草ね?」

 馬鹿馬鹿しい。そう思いながら杏利が槍に触れようとした時、


「ないと思うか? お前の世界ではそうだろうな」


「わっ!!」

 突然槍から幼い、しかしどこか大人びている少女の声が響き、驚いた杏利は飛び退いた。槍は構わず話を続ける。

「だがここはお前がいた世界ではないのだ。お前の常識は通じないと思った方がいいぞ」

「とはいえ、意思を持つ武器など、この世界でも珍しい物なのですが」

 槍、エニマが言った言葉に、ヒルダが付け加える。

 アスベルの話によると、エニマは次元に干渉する力を持っているらしい。その能力で勇者の素質を持つ者を探知し、屋上に刻まれている召喚術式と組み合わせる事で、初めて勇者召喚が可能になるそうだ。そういえば、屋上の床に何か文字が刻み付けてあったような気がすると思いながら、杏利はエニマに尋ねた。

「じゃあ、あんたがあたしをこの世界に呼んだの?」

「そうじゃ」

「どうしてあたしを選んだの? 言っておくけど、あたしは勇者なんて呼ばれるような立派な人間じゃないわよ?」

「そんなはずはない。わしは勇者の素質を持たない人間を、探知出来んからな。その中で一番わしと適合出来る者として、お前を選んだんじゃ」

「適合?」

「わしの力を万全に発揮する為には、わしの力に適合出来る者でなければならんのじゃ。お前は最適じゃった。先代の勇者と同じか、それ以上にな」

 エニマの話によると、七百年前にも魔王が現れて世界を滅ぼそうとした事があったそうだ。エニマは魔王に対抗出来る最強の武器として造られ、先代勇者を召喚して共に戦い、魔王を滅ぼした。

 その後は先代勇者と相談し、先代勇者を元の世界に帰した後で、自身の強大な力が悪用される事がないよう、ここに封印されたのだという。

「意思を持ってるなら逆らえるんじゃ……」

「わしの意思を支配して自在に力を操れる者が現れる可能性も、ないとは言い切れなかったからの」

「それじゃあんたは、ずっと待ってたの? 自分を使える人を、たった一本で」

「……仕方あるまい。戦乱がなくなれば、武器は不要じゃからな」

 それはきっと、孤独だったに違いない。何せ七百年だ。人間ならば、間違いなく発狂している。しかしエニマは、いつまた訪れるかもわからない脅威に対抗するため、こんな暗い地下の祭壇で、ずっと新しい勇者の到来を待ち続けていたのだ。

 やっと現れた杏利の存在は、エニマにとってまさしく、闇の中に射し込んだ一筋の光だったのだろう。

 だが、それでも……。


「……ごめんなさい。あたし、やっぱり勇者になんてなれないわ」


 杏利は勇者になる事を拒否した。

「何じゃと!?」

 エニマは驚き、アスベルとヒルダ、集まった兵士達にも動揺が走る。

「怖いのよ!! だって、魔王でしょ!? 化け物の王様なんでしょ!? そんなのとあたしに戦えっていうの!? 無理よ!! あたしにはそんな事出来ない!!」

 杏利は天才だ。何でも出来る。勉強も運動も、武術だって出来る。だが、相手は人知の及ばない怪物だ。いくら杏利でも、そんな存在の相手が出来るはずはない。

「あたしを元の世界に帰して!!」

 勇者の素質を持つ者はたくさんいるそうだし、自分を元の世界に帰して別の人間を選んで欲しいと、杏利は頼んだ。

「……そうか。だが、お前を元の世界に帰すには、最低でも三日かかる。それまで待ってもらえんか?」

 勇者召喚の術式には、同時に勇者送還の術式も刻まれている。だが起動のためには術式に魔力を貯めねばならず、それには三日かかるそうだ。

「……いいわ。それくらいなら待てる」

 本当なら今すぐ帰りたいが、杏利は譲歩した。この世界の人々の期待に応えられなかった者として、最低限言う事は聞こうと思ったのだ。



「……はぁ……」

 ヒルダは溜め息を吐いた。とりあえず杏利が帰るまでの三日間は、こちらで部屋を用意する事にした。だが、気分は重い。

「やはり、異世界の人間に手を借りるという手段は、間違っていたのかしら」

 玉座の間で、ヒルダはぼやく。

「……エニマが見た世界が、どんな世界だったのかはわからん。もしかしたら、争いとは無縁の、平和な世界だったのかもしれん」

 エニマは勇者を探知すると同時に、勇者がいる世界も見る事が出来る。それが出来るのはエニマだけだから、エニマが見た杏利のいた世界がどんな場所だったのかは、誰にも知る事が出来ない。もし戦いのない世界だったとしたら、そんな世界から血生臭い世界に突然呼び出されて、魔王を倒して世界を救えなどと言われても、到底無理な話である。

「第一、彼女はまだ子供ではないか。あんな少女を戦わせるなど、私は反対だ」

「……そうよね。じゃあやっぱり、別の勇者を召喚してもらいましょう」

「それがいい。それでいいのだ」

 まさかエニマが、あんな子供を召喚するとは思わなかった。杏利に戦わせるくらいなら、別の勇者を召喚した方がずっといい。二人はそう思った。



 杏利が滞在させてもらう事になった部屋は、来客用の宿泊室だ。やはり王城の宿泊室だけあって、内装はかなり豪華だ。

「……」

 杏利はソファーに座って、貧乏揺すりをしている。

(お、落ち着かない!!)

 杏利はこんな風にもてなされた事がない。豪勢な生活より、質素な生活の方が好きな為、こんなきらびやかな場所は落ち着かないのだ。

(……それもあるけど……)

 それもある。しかし、本当は別の事で落ち着かなかった。エニマの事だ。考えれば考えるほど、貧乏揺すりの速度は上がっていく。

「ああ、もう!!」

 遂に立ち上がった杏利は、部屋を飛び出した。



「……ん?」

 地下の祭壇で、これまでと変わらず静かに刺さっていたエニマは、誰かがやってくるのに気付いた。杏利だ。

「ん!?」

 杏利はあまりにも軽くエニマを祭壇から引き抜き、どこかに持っていこうとする。

「な、何じゃどうした!? まさか、わしと戦う気になってくれたのか!?」

「違うわよ! 稽古! 身体動かさないと、頭がおかしくなりそうなの! 悪いけど、付き合ってもらうわよ!」

「う、うむ……」

 一瞬勇者になってくれるのかと期待したが、違ったようだ。



 城の兵士達から一人で稽古が出来る場所を聞き、杏利は城から少し離れた場所にある森に来た。そこで、まずは素振りを百回行った。

(やっぱり落ち着くわね)

 これでかなり気を落ち着けた杏利は、次に頭の中で対戦相手を思い浮かべ、まるで本当にその敵と戦っているかのように動く。「上手いもんじゃな」

「……ウチは槍術の道場があるから、あたしもやってたの」

「ドウジョウ? ああ、訓練場の事か」

「そうよ」

 エニマは杏利の動きに感心し、杏利は稽古を続ける。

「稽古が好きなのか?」

 またエニマが話し掛けた。杏利は稽古に集中したいと思いながらも、質問に答える。

「わからないわ。でも昔から、落ち着きたい時とか、気を引き締めたい時とかに、あたしは稽古をするようにしてるの。そしたらすっごく落ち着くから、やっぱり好きなのかも」

 一通りやって完全に落ち着いたので、杏利はエニマを置いて腰を下ろす。

「さすがに本物の槍を使ったのは初めてだけどね」

「そうか。で、わしの使い心地はどうじゃった?」

「……不思議な感覚だったわ。自分は刃物を振り回していて、怖いはずなのに全然怖くない。それどころかすごく手に馴染んで、ずっと振っていたいって思ったくらいよ」

 普段杏利が稽古で使っている槍は、当然の事ながら本物の槍ではない。いくら杏利とはいえ、本物など恐ろしくて振れるわけがない。だがエニマだけは全く恐ろしくなく、逆に一目見た時から触ってみたいと感じており、実際に振ってみると自分の手に、足に、身体全体にとてもよく馴染むような気がしたのだ。

「わしとの適合率が高いとな、そうなるんじゃ」

「……そうなの」

 どうやら杏利とエニマは、相当相性がいいらしい。

「……どうしてあたしを選んだの? あたしより強くて勇者の資格がある人は、たくさんいたはずなのに」

「……お前がな、先代の勇者と似ておったんじゃ」

 エニマは探知した勇者の資格を持つ者がいる世界を、見る事が出来る。杏利を探知した時、杏利がいた世界がどんな世界かも見た。完全に争いがなくなったわけではないが、それでもここに比べればずっと平和な世界だったし、杏利がその中の平和な部分で生きていた事も知っている。

 それでも杏利を選んだ理由は、単に適合率が高いからではない。自分を使った先代勇者と杏利の容姿が、あまりにも似ていたからだ。七百年も人間が生きていられるはずがないので、別人だというのはわかる。だがそれでも、運命のようなものを感じて、エニマは杏利を呼んだのだ。

「もしかしたらお前も一緒に戦ってくれるかもと思ってみたが、無理じゃな。あんな平和な世界で生きていたお前が、こんな物騒な世界で戦えるわけがない」

「……ごめんなさい」

「謝る必要などないぞ? 無茶を言ったわしが悪いんじゃ」

 そうだ。無理を通そうとした、エニマが悪い。

 しかし、それでも、

「もし一緒に戦ってくれるなら、わしは全力でお前を守る。わしは、槍じゃからな」

 それでもエニマは杏利と一緒に戦いたい。

「……あたしは……」

 それを聞いて、杏利は迷った。本当にこのまま、元の世界に帰ってしまっていいのか。ここまで切に自分を必要としてくれているエニマの気持ちを、踏みにじってしまっていいのかと。



「陛下!! 大変です!!」

 玉座の間に、一人の兵士が駆け込んできた。

「どうした?」

「魔王軍です!! 魔王軍が攻めてきました!!」

「何だと!?」

 アスベルは驚く。イノーザはこの世界のあちこちに軍を放ち、暴虐の限りを尽くしている。その魔の手が、とうとうここまで迫ってきたのだ。

「直ちに迎撃せよ! それから、杏利殿を避難させるのだ!」

「はっ!」

 アスベルから命令を受けた兵士は、二つの指令を実行しに行った。



「む!? 何か来る!!」

「えっ?」

 エニマが何者かの接近を感知した。杏利は咄嗟にエニマを拾う。そしてそれは、茂みの中から二人の目の前に現れる。

 黒い鎧に身を包んだ、三人の兵士だ。しかし、中身がおかしい。黒いトカゲと黒いトラと黒い犬が、二足歩行で立っている。わかりやす過ぎるくらいわかりやすい、モンスターだった。

「気を付けろ!! こやつらは恐らく、造魔兵じゃ!!」

 実際に見たわけではないが、エニマは話に聞いて知っていた。魔王イノーザが造り上げた魔の兵士、造魔兵。これはそれに違いない。

「とりあえず、この場は逃げるのじゃ!!」

 まだこの世界に馴染みきっていない杏利が戦うには危険すぎる。そう判断したエニマは、杏利に逃げるよう言った。

 だが、杏利は動かない。

「はっ、はっ……!!」

 否、動けなかった。初めて見るモンスター。そのモンスター達から向けられる、殺意。今までも杏利は殺意を向けられた事が何度かあったが、それとは比べものにならない、必ず殺すという混じりけのない本物の殺意だ。杏利は完全に畏縮してしまっている。

「危ない!!」

「!!」

 エニマの一喝で、やっと硬直が解けた。だがその時には、もうトラの造魔兵が剣を振り上げ、襲い掛かってきていた。

 あ、死んだ。杏利がそう思った次の瞬間、杏利の手の中のエニマが勝手に動き、造魔兵が剣を振り下ろすより速く、造魔兵の頭を貫いた。

「ギャアアアアアアアアアアア!!!」

「ひっ……!!」

 造魔兵が断末魔を上げ、血飛沫が飛び散り、杏利が小さく悲鳴を上げる。

 またエニマが勝手に動き、自分に刺さっている造魔兵を振り落とした。造魔兵は痙攣していたが、頭を貫かれて助かるはずもなく、すぐ事切れる。

「ここは力を抜いて、わしに合わせろ」

 すっかり怯えてしまっている杏利は、首を何度も縦に振り、エニマの指示に従って構えた。

 残ったトカゲの造魔兵と犬の造魔兵が、杏利を間に挟むように動く。最初に仕掛けたのは、犬造魔兵だ。ちなみに、造魔兵達の武器はどちらも剣である。突撃し、鋭い刺突を繰り出してきた。

 杏利は刺突に合わせて横に一回転し、石突で剣を受け流しながら背後を取って首を斬り落とした。

「!!」

 杏利は顔をしかめる。だが、鎧を狙うよりはこちらの方が効率がいい。数の上では負けているので、一刻も早くどちらか片方を潰す必要があるのだ。

 そして、一対一の状況を作り出した。こうなればこっちのもの。杏利はトカゲ造魔兵が仕掛ける前に先手を取り、腹を突き、次に胸を突き、最後に頭を突いて倒した。

「すごいわね、あんた。これなら勇者なんていらないんじゃない?」

「わしだけではあれが限界じゃ。どうしても、腕のある使い手に使ってもらわねばならん」

 エニマは自分の意思である程度動く事が出来るが、それでも使い手がいてくれた方が強い。だから、勇者の存在がいるのだ。

「杏利様!!」

 そこへ、杏利を避難させる為に、兵士がやってきた。

「これは……あなた一人で?」

「エニマのおかげです。あたし一人じゃ無理でした」

「そうでしたか。今、魔王軍が攻めてきています。こちらへ!」

「はい!」

 杏利は兵士の指示に従い、避難していった。

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