第十八話 月光の迷宮
前回までのあらすじ
二匹目の超魔登場。
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思わぬ苦戦を強いられたが、超魔バイオラを打ち倒した杏利とエニマ。バイオラが連れていた造魔兵の数は少なく、村人達が地の利や罠を使いながら大半を倒していたのもあって、杏利が駆けつけるとすぐ全滅させる事が出来た。
あとは、負傷者や毒に侵された者を救うだけだ。村で一番広い公園に藁を敷き、その上に村人達を寝かせ、回復魔法や薬を使い、次々と癒していく。
「ううむ……」
ヒンベルは唸っていた。村長の老人が心配そうに尋ねる。ちなみにこの村長は、村の一番奥にある家に住んでいた人で、ヒンベルが彼の家族と一緒に無理矢理家に押し込めて、守っていたのだ。
「どうかされましたか?」
「……パルフキュアーが足りん……」
この村でだけ作れる万能薬、パルフキュアー。バイオラの毒ガスはなぜか回復魔法でも治せず、この薬を使う事でしか治せない。村人全員がその危険な猛毒に侵され、しかも戦闘が長引いたせいで何度も使った為、たくさん蓄えておいたパルフキュアーが足りなくなってしまった。
「すぐに作れますか!?」
「薬の材料はある。しかし、パープルクリスタルがな……」
「そういえば、切らしていると言っておられましたね……」
「何? 何の話をしてるの?」
二人で内緒話をしているのが気になり、杏利は尋ねた。ヒンベルは答える。
「パルフキュアーがこの村でしか作れないのにはわけがあります。薬の材料ならまだありますが、完成の為にはパープルクリスタルが必要なのです」
この村には世界でAランクに指定されている超危険ダンジョン、月光の迷宮への入り口がある。月光の迷宮の最奥には、パープルクリスタルという魔法のクリスタルがあり、そのクリスタルから取り出した魔力を込める事で、パルフキュアーは完成するのだ。バイオラは、このパープルクリスタルを狙って現れたのである。
「月光の迷宮はあまりにも危険で、基本的にわし以外の人間は立ち入らぬよう村で決めております。しかし……」
「……どうしたの?」
ヒンベルには、今すぐ月光の迷宮には行けないわけがあった。なぜなら、月光の迷宮はいつでも入れるダンジョンではない。その名前の通り、月が出ている夜しか、入り口が開かないのだ。じきに日が暮れるが、月が出ていなければ入り口は開かず、薬の調合とパープルクリスタルの採掘を両立させるには、時間が足りなすぎる。
「誰かに行かせるべきか……だが今夜は……」
悩むヒンベル。そんな彼に、杏利は名乗り出た。
「それなら、あたしがそのパープルクリスタルっていうのを採ってきてあげるわ」
「ですがあのダンジョンは!」
「平気平気。昼間はちょっと情けないところ見せちゃったけど、あたし強いから。エニマもいるし」
「む……」
ヒンベルは考える。毒に侵された時は劣勢に陥ったが、毒さえなければ超魔とさえ互角以上に渡り合える実力を、杏利とエニマは持っている。彼女達なら、あるいは……。
「……わかりました。では今から、月光の迷宮についての詳細をお話しします。よくお聞き下さい」
杏利とエニマ以外頼れる相手はいない。ヒンベルは意を決して、月光の迷宮についてのより詳細な情報を説明した。
夜。村の最奥にある村長の家。その一番奥にある部屋の隠し扉から行ける洞窟の、さらに奥。天井が円上にくりぬかれている開けた場所に、月光の迷宮への入り口を開く為の、祭壇がある。
夜になったからといって、入り口が勝手に開く事はない。こちらで開かなければならないのだ。手順は特殊で、鏡が三枚必要になる。まず二枚の鏡を向かい合うように配置し、合わせ鏡を作り出す。次に、その間に三枚目の鏡を配置する。こうする事で、原理は不明だが、三枚目の鏡が月光の迷宮への入り口になるのだ。入り口が開くと三枚の鏡が紫色に輝き、真ん中の鏡は特に発光が強くなる。
「こんな特殊な方法が必要なんじゃ、入ろうとしても無理よね」
杏利の目の前には、ゲートとなった鏡があった。三枚目の鏡の大きさは少し小さいが、どんな大きさの鏡でも人間が楽々通れるらしい。
この村では月光の迷宮について、三つほどやってはいけないルールを取り決めている。
一つ。ヒンベルか、相当な実力者以外は入ってはいけない。これは単純に、月光の迷宮が危険だからだ。
二つ。夜明けまでに必ず月光の迷宮から出る事。月が出ている夜しか入れないので、夜が明けてしまえばゲートは消え、次の夜まで入れなくなる。しかも、中は一日ごとに構造が変化し、一本道になる事もあれば複雑な迷路になる事もある。変化しないのはパープルクリスタルがある最奥部だけだが、そこはパープルガーディアンというクリスタルを守るモンスターがいる。変化する場所にいれば、変化に巻き込まれて死亡し、奥に行けばパープルガーディアンがいる。一度閉じ込められれば、夜まで生きて出られる保証はない。
三つ。満月の夜は絶対に入らない事。このダンジョンには、パープルガーディアン以外のモンスターはいない。しかしそのパープルガーディアンは、なぜか月齢によって戦闘力が変化するのである。新月時が一番弱く、満月時が一番強い。パープルガーディアンはパープルクリスタルを採掘しようとする者を邪魔するので、どうしても排除しなければならない相手だが、最弱の時でさえかなり強く、最強の時はヒンベルでさえ逃げるのが精一杯で、採掘どころではなかったという。
そして今夜は、問題の満月なのだ。パープルガーディアンが最も強くなる夜。本来なら、月光の迷宮に入るのを一番避けなければならない夜。しかし今日を逃せば、まだ解毒出来ていない村人達は死ぬ。
「このポーチにいっぱいになるまで、パープルクリスタルを入れればいいのね?」
杏利は村長に確認した。ヒンベルは既に自室で調合を始めている為、ここにはいない。代わりに村長と村の若者二人が、見送りに来ている。
杏利は今、二つ目のトラベルポーチを腰に着けている。このポーチの中がいっぱいになるまでパープルクリスタルを入れれば、百人分のパルフキュアーが出来るとの事だ。解毒出来ていない人数は十人なので、充分である。
「はい。どうかお気を付けて」
「任せて。あたしのせいで薬が足りなくなったんだし、当然よ」
「あなたのせいではありません。むしろ、あなたのおかげで村は助かりました。何とお礼を言えばいいか……とにかく、無事に戻ってきて下され」
「オッケー!」
杏利はエニマを持って、月光の迷宮に飛び込んだ。光に包まれ、杏利の姿がみるみるうちに、鏡の中に消えていく。
「……杏利さん、大丈夫だろうか……」
「ヒンベル様が認めて下さったのだから、問題ないと思うが……」
二人の若者は、顔を見合せる。
ヒンベルは、彼らが生まれる前からこの村に住んでいる大魔導師で、村長とは友人関係だ。実力も相当高く、月光の迷宮に潜入して何度も生還している。そんなヒンベルが、逃げるしかなかった満月のパープルガーディアン。勝てるのかどうか、二人はとても不安だった。上を見上げると、空には雲一つなく、煌々と満月が輝いている。とりあえず、月が雲に隠れる事によるゲートの消滅は、起きなさそうだ。
月光の迷宮に突入した杏利とエニマ。二人を待っていたのは、洞窟だった。明かりなど用意されていないのに、洞窟の中はまるで昼間のように明るい。不思議な洞窟である。これなら、エニマに照らしてもらう必要はなさそうだ。
「ここが、月光の迷宮……」
「あとは、内部がどれだけ複雑かじゃな。一本道になる事もあるそうじゃが、果たして……」
こんな所に長居は無用だ。早く終わるなら早く終わった方がいいに決まっている。しかし、それは月光の迷宮の内部次第だ。一本道なら迷う事もなく、パープルクリスタルがある最奥部まで一直線なのだが……。
「……そう簡単にはいかないわよね」
杏利がしばらく進むと、三つに別れた道が現れた。残念ながら、一本道ではないらしい。仕方なく杏利は、勘で右を選んで進んだ。間もなくして、行き止まりにたどり着く。
「……はあ……」
ため息を吐きながらも別れ道まで戻って、今度は左の道を進む。すると、今度は二つに別れた道が現れた。これが正解のルートかはわからないが、とにかく進むしかない。モンスターが出てこないのが救いか。
いくつもの別れ道と行き止まりを繰り返しながら、杏利は理解する。月光の迷宮はパープルガーディアン以外のモンスターはいないが、攻略の為に時期と運が必要になる。まさしく、最上級ランクに相応しい難易度のダンジョンだ。
「でも、今回はそれなりに運がよかったみたい」
杏利が見つめる先には、紫色の輝きに満たされた、開けた場所がある。何回か開けた場所は通ったが、今度は明らかに今までとは違う場所だ。息を整え、空間へと入る杏利。
彼女が目にしたのは、異様な光景だった。まず、一番奥の壁が、紫色に輝くクリスタル。右の壁が、同じ色のクリスタル。左の壁も、地面も、天井もクリスタル。杏利がたどり着いた場所は、全てが紫色のクリスタルで構成された空間だったのだ。
「クリスタルから強い魔力を感じる。色合いからしても、件のクリスタルに間違いはなさそうじゃ」
エニマが探知し、このクリスタルこそが探していたパープルクリスタルであり、自分達は月光の迷宮の最奥部にたどり着いたのだという事を教える。
だが、まだ気は抜けない。この空間にはクリスタルの守護者たるモンスター、パープルガーディアンがいるのだ。見た感じ、そんなモンスターはいないように思える。しかし、ヒンベルから予備知識を得ていた杏利は知っていた。パープルガーディアンは間違いなく、この空間にいる。
突然、目の前の壁に変化が現れた。杏利の数倍はあろうかという、全身からクリスタルが突き出したいびつな人型のモンスターに変わったのだ。
「ウォォォォォォォォォォォ!!!」
目にあたる部分が濃い紫色に発光し、侵入者に向かって咆哮を上げる。この巨人こそ、月光の迷宮に眠る宝の守護者、パープルガーディアンだ。このモンスターは、最初この空間を訪れた時はおらず、入ってきた者感知して出てくるのである。
パープルガーディアンが抜け出た後の壁の窪みが、元に戻っていく。パープルクリスタルはいくら採掘しても生成され、無限に採れる。しかし採掘するのは、パープルガーディアンを倒してからだ。
「いくわよエニマ!!」
「うむ!!」
エニマを構えて突撃する杏利。跳躍し、パープルガーディアンの脳天に一撃を叩き込む。しかし、パープルガーディアンの頭には、亀裂の一つも入らない。パープルガーディアンは、うるさい羽虫を払うかのように片手を振るう。それよりも先にエニマに力を入れ、反動を利用して回避、着地する杏利。
「さすがに硬いわね」
邪竜にもダメージを与えられる一撃だが、パープルガーディアンには効かない。
と、パープルガーディアンが身体を縮込ませた。まるで力を溜めているかのようだ。どんな攻撃が来ようと対応出来るよう、身構える杏利。
次の瞬間、パープルガーディアンが消えた。
「えっ?」
何が起きたのかわからず、杏利は呆気に取られる。
「アタックガード!!」
しかし、事態を把握したエニマは、即座に防御力強化の魔法を使う。
その直後、真横から杏利を強い衝撃が襲った。
クリスタルの壁に叩きつけられ、粉塵を巻き上げる杏利。殴られたのだと気付いたのは、ちょうど先程まで杏利がいた場所の真後ろに立ち、裏拳の要領で腕を払った体勢になっているパープルガーディアンの姿を見た時だった。
パープルガーディアンは杏利が反応出来ないほどの速度で背後に回り、杏利を殴り飛ばしたのだ。この空間は横にも縱にも前後にも広く、パープルガーディアンがその巨体を存分に暴れさせられる。だから移動自体は可能だろうが、杏利に反応させないスピードというのは異常だ。
(う、腕が……!!)
激痛が走る。殴られた杏利の片腕が、奇妙な方向に曲がっていた。折られた。エニマの加護に加え、防御魔法で守っていたのにこのダメージ。杏利は、標準状態や最弱時のパープルガーディアンの強さを知らない。だが、あのスピードとこのパワー。まさしく最強だ。今まで杏利が戦った中で、一番強い。
「リカイア!!」
と、エニマが魔法を唱えた。リカイアは、標準的な初級回復魔法である。杏利の腕が元に戻った。だが、痛みは引かない。
「ありがとう。つっ……」
立ち上がる杏利。初級回復魔法なので、一回の回復力はこれが限界だ。エニマもこれしか使えない。
「痛むか? ならもう一度だ。リカイア!!」
確かに一番弱い回復魔法ではあるが、重ね掛けすれば治る。
「助かったわ。さてと……」
杏利は再度、エニマを構えた。
「仕切り直しね」
杏利の帰りを待つ村長と若者達。
「杏利さん、遅いな……」
「やっぱりパープルガーディアンが強くて手こずってるんだろう。もしくは迷宮が複雑だったかだ」
もう一時間は経つのに、まだ戻ってこない。空はまだ晴れているが、いつ曇るか気が気でなかった。
「月光の迷宮への入り口が開いているな。誰か中に入ったのか?」
その時、三人の後ろから声が掛かった。
「き、君は!!」
村長は現れた者を見て驚いた。




