第十七話 パルフルの村
前回までのあらすじ
教訓、攻撃は最大の防御。
杏利とエニマ。世界有数のAランクダンジョンがあるという、パルフルの村に向かって、意気揚々と進撃中。
「にしてもすごいわね。この世界の技術って」
杏利は自分の身体を見ながら言った。正確には、自分の服を。
強敵超魔との戦いで服を破かれてしまったのだが、城の人間に補修してもらったのである。破れた跡など全くなく、新品同然になっていた。新しいのを一着作ってもらう必要があるかと思ったが、これだけ裁縫技術が優れているなら必要ないだろう。
「まぁ、お前を勇者と崇めている者達がやった事じゃからの。悪い仕事はするまいて」
「それもそうね。さて、そろそろパルフルの村に着くはずだけど……」
地図を確認しながら歩く杏利。この森を抜ければ、すぐパルフルの村に着く。
「ん? 杏利。何か聞こえんか?」
「えっ?」
どうやらエニマが何かに気付いたらしい。二人は耳を澄ましてみる。
キンッ! カンカンッ! ガキィィンッ! ズシャァッ!
「これ、戦いの音!?」
耳を澄ましてみてようやくわかった。誰かが剣で斬り合うような音が、複数聞こえた。まさかと思って駆け出す杏利。
「!!」
森を抜けた杏利は、自分の予想が正しかったと確信した。造魔兵だ。ドナレス国やヒルビアーノで戦ったものに比べれば小規模だが、魔王軍が村で暴れている。
「杏利!!」
「わかってるわよ!」
杏利はエニマを振るい、村人と戦っていた造魔兵を一匹、背後から斬り倒す。
「す、すまない助かった! あんたは!?」
「話は後よ! 味方だから安心して!」
自己紹介は後だ。今は村を襲っている造魔兵を全滅させる事が先である。
「はっ! やっ!」
向かってくる造魔兵や村人を襲っている造魔兵を、次々と斬り倒していく杏利。人間型や獣人型ばかりで、杏利の敵ではない。
と、村の一番奥。一番大きな家の前で、杖を持った老人が剣を持った女と戦っている。
「ずいぶん持ちこたえたわね。でももう魔力がないんじゃない?」
「たわけが!! 年寄りとはいえ、大魔導師の力を舐めるでないわ!!」
つばぜり合いながら挑発する女と、それに応える老人。
「あいつ、超魔!?」
女から感じられる雰囲気が、先日倒したガッシュと似ている。何より、その知性を感じさせる振る舞いから、杏利はこの女もまた、超魔であると見抜いた。
「あのじじいの魔力はもうわずかじゃ! 早く助けんと!」
老人は威勢のいい事を言っていたが、エニマが見たところ、もうわずかしか魔力が残っていないらしい。早く助けに入らなければ、殺されてしまう。
老人を救う為、杏利は超魔に攻撃を仕掛けたが、避けられてしまった。
「おっと。へぇ、まだ動けるやつがいたんだ?」
「通りすがりの旅の勇者よ。あんた超魔ね?」
「ご名答。私はバイオラ。この村にちょっとしたお宝があるっていうんで、奪ってイノーザ様に献上しようと思ってね」
清々しいくらいに自分の素性を明かしてくれた。いくら自分の情報を積極的に開示するよう命令されているとはいえ、少し喋りすぎな気もする。
「あいにくだけど、そのお宝は手に入らないわ」
「あんたが私を倒すから? いいよ。やってみな!」
この村にどんな宝があるかは知らないが、それを魔王軍に渡すわけにはいかない。
「い、いけない! その女と戦っては!」
「大丈夫よおじいさん。あたしには、エニマっていう伝説の槍がついていてくれるから」
「エニマ!?」
杏利は老人が止めるのも聞かず、バイオラと戦いを始める。
超魔なだけはあって、バイオラの戦闘力は高い。しかし、この前倒したガッシュと同じか、それ以下といったところだ。勝てないレベルではない。
「ふっ!」
バイオラの斬撃を受け止め、身体を寄せながら膝蹴りをお見舞いする杏利。エニマを上へ下へと払いながら、付かず離れずの距離を保ち、バイオラを圧倒する。剣と槍では、そもそもリーチの違いがあるのだ。
「どうしたの!? それでも超魔かしら!?」
バイオラを挑発する杏利。一方、二人の戦いを見ていた老人は、心配していた。
(今のところ彼女の体調に異常は生じていない。あれが伝説の槍ならば、加護を持っている。それなら防げるか……?)
バイオラが少数の部隊でこの村を制圧しかかっているのには、とあるわけがある。そのわけが、杏利にも影響を与えないかどうか、老人は心配なのだ。
(……念のため、用意しておくか……)
幸い二人は戦いに夢中で、こちらの動きに気付いていない。いざというとき杏利を助けられるよう、老人はあるものを取りに行った。
「はっ!」
「ぐぅっ!!」
一瞬の隙を突き、バイオラの右脇腹を斬りつける杏利。
「ワ~オ! 強いわねあんた!」
「当然でしょ! これでも結構いろんな強いやつ倒してきてるんだから!」
「ふ~ん……さすがは勇者様ね」
ダメージを受けたはずなのに、バイオラはかなり余裕そうだ。それが気に入らない。イライラする。
「その余裕もここまでよ!!」
杏利は突撃し、エニマを振り下ろした。だが、避けられてしまう。
「よけるな!! このっ!! バカッ!!」
避けた方向にエニマを振るい、突き、払う。しかし、バイオラは全て避けた。
その内、杏利は気付く。自分の動きが鈍ってきている事に。
それだけではない。頭がくらくらする。考えがまとまらない。動悸が乱れ、吐き気もする。胸が、肺が痛む。
(何これ? 気持ち悪い……すごく、苦しい……!!)
苦痛は徐々に激しくなり、立っていられなくて、杏利はエニマにもたれながら膝を付いた。
「あ、杏利!? どうしたのじゃ!?」
「わ、わかんない。いきなり、苦しくなって……!!」
「やれやれ。やっと効いてきたみたいね」
「あんた、あたしの身体に、何をしたの!?」
バイオラは一息ついている。杏利に対して何かをやったのは、目に見えていた。
「私は自分の身体から、無味無臭無色透明の毒ガスを出す事が出来るの」
「ど、毒ガス!?」
これこそが、バイオラの能力だ。全身から匂いも、味も、色もない、ないない尽くしの毒ガスを出す事が出来るのだ。ただし毒ガスなので、致死性はある。
「毒は吸い込んでから三分ほどで効果を発揮し、相手の身体を少しずつ蝕んでいく。頭の中はかき乱され、力は入らなくなり、息をするのも苦しくなって、二十四時間で命を落とす。苦しみながら死んでいくの。素敵でしょ?」
この村は既に、全体をバイオラの毒ガスで満たされている。杏利は村に一歩足を踏み入れた瞬間から、毒を吸い込んでしまっていたのだ。ちなみにこの毒を喰らっても問題なく行動出来るのは、彼女が従えている造魔兵だけである。
「ここは村の最奥だから、どんなに急いでも三分はかかる。私と戦い始めてからさらに三分は経っているはずだから、六分以上は持ちこたえた事になるわね。どうやらあんたはある程度、私の毒に抵抗出来るみたい」
それは恐らく、エニマの加護のおかげだろう。しかし、エニマの加護を持ってしても、六分以上ぐらいしかもたなかった。バイオラはとてつもなく強力な毒の持ち主である。杏利は超魔がどれだけ厄介な存在か、改めて理解させられた。
「もう立つ事も出来ないでしょう? そのままじっとしていなさいな。楽に死なせてあげるから」
ゆっくりと歩いてくるバイオラ。話を聞いている間に、また毒が回ってしまった。エニマにもたれる事も出来なくなって、杏利は倒れる。必死に立とうとするが、力が入らない。このままでは殺されてしまう。
「それ以上近付くな!!」
だがその時、エニマが人化して、バイオラに殴り掛かった。予期せぬ反撃に驚いたバイオラは、拳をかわして距離を取る。
「すごい槍ね。そんな事も出来たんだ?」
「杏利はやらせん!!」
そのまま戦いを始めるバイオラとエニマ。
「恐れていた事が起きたか!!」
そこにちょうど、老人が戻ってきた。
「しっかりしなされ! これを!」
老人が持ってきたのは、丸薬だった。
「水なしで飲める。少し苦いが、なんとか飲み込んで下され」
杏利を抱き上げ、持ってきた丸薬を飲ませる老人。不快な味が口の中に広まり、吐き出しかけるが、老人が片手で口を押さえていた為、仕方なく飲み込んだ。
杏利が薬を飲み込んだのを確認すると、老人は手を離す。
「はぁ、はぁ……?」
数秒も経つと、杏利を蝕んでいた苦痛が綺麗さっぱり消えてなくなり、さっきまでの倦怠感が嘘のように動けるようになった。
「効いたようじゃな。奴の毒は少し特殊で、回復魔法を掛けても治せない。しかし、パルフキュアーは通じるようなのじゃ」
「パルフキュアー?」
「この村だけで作れる万能薬じゃ。わしは懐に忍ばせていたおかげで助かった」
老人は、いざという時の為に、常にパルフキュアーを所持しているらしい。
バイオラはいつの間にか村の中に侵入しており、気付かれないように毒ガスを村中に散布していた。気付いた時には既に遅く、動けるのはパルフキュアーを持っていた者だけだった。今造魔兵達と戦っているのは、パルフキュアーを飲んで回復した者だけで、残りは全員倒れている。
「そなたが聖槍の加護を持つ者なら大丈夫かと思っていたが、どうやらバッドプロテークを使わねば駄目らしい」
バッドプロテークは、状態異常効果を防ぐバリア系魔法である。毒ガスや麻痺液を防げる他、毒が塗られた武器が当たっても、毒だけは弾く事が出来る。
「そなたにも使って差し上げたいが、もう魔力が足りん」
他のバリア系と同じで効果は五分しか続かないが、魔法の精度が上がれば持続時間は変わる。老人が使った場合は時間が十分まで延び、しかもここから動ける者達に向かって飛ばしながら戦っていた。それなら魔力切れを起こしても仕方ない。パルフキュアーを一度飲めば、しばらく毒を無効化出来るが、やはりバッドプロテークが使えた方が安心だ。
話を聞いた杏利は、老人に頼んだ。
「……おじいさん。そのバッドプロテークっていう魔法の使い方、あたしに教えてくれない?」
「は?」
エニマはバイオラの剣を片手で防ぎ、懐に飛び込んでアッパーカットでバイオラの顎を下から殴り飛ばす。さらに空中で横に一回転して、回し蹴りでバイオラを蹴り飛ばすという物理法則を完全に無視した動きをし、ダメージを与える。
「強いじゃない。使い手が使い手なら、武器も武器ってわけね」
人化して人間の肉体を得る事により、エニマも単独で戦えるようになった。人化さえ出来れば、エニマは杏利に匹敵するか、それ以上の格闘能力を発揮出来るのである。ぅゎょぅι゛ょっょぃ。
「でも無駄よ。あんたもすぐ、私の毒に侵してあげるわ!!」
次の瞬間、バイオラはエニマに肉薄し、
「バハァァァァァァ!!!」
見るからに毒々しい紫色の煙を吐き出した。
バイオラが使う毒ガスの最大の利点は、無味無臭で無色透明である事。すなわち、効果が出るまで毒を吸い込んだ事に気付かない事だ。しかしバイオラは、その特性を犠牲にする事で、毒の効果を数倍に増幅出来るのである。三分も待つ必要はなく、すぐ効果が出る。死ぬまでの時間も、ぐっと短くなる。エニマはその猛毒ガスを、真正面から浴びてしまった。
しかし、
「うりゃああああああああ!!!」
エニマは毒の煙の中から飛び出し、バイオラの腹を蹴り飛ばした。
「そ、そんな!! どうして!?」
ほんの少しでも吸い込めば、一瞬で全身に回りきる。その毒煙を浴びたというのに、エニマは全く問題なく行動している。毒が効いていない。
「お前、わしが槍である事を忘れとるじゃろ。槍に毒が効くか!」
エニマは槍である。食物の摂取は出来るが、基本的に無機物だ。金属をも一瞬で腐蝕させる毒だというのならまだしも、生物にしか効かない毒なら、エニマには効かない。ぅゎょぅι゛ょっょぃ。
「それがお前の奥の手か? 拍子抜けじゃな!」
バイオラに向かって駆け出すエニマ。かけだした瞬間に槍に変身し、飛んでいく。
「くっ!」
かわすバイオラ。その先には木があったが、エニマはぶつかる寸前で再び人化し、木に着地して踏み台に再度飛び出して槍化するという、アクロバティックな攻撃を仕掛けた。それもかわすバイオラ。かわした瞬間に人化したエニマの両手に炎が集まっていき、
「バニスド!!」
空中でバニスドを唱えた。魔法も使える。ぅゎょぅι゛ょっょぃ。
「ぐぅぅっ!!」
飛んできた炎を剣で防ぐバイオラ。どうも彼女は火に弱いらしく、防ぎ方がかなりオーバーだ。
「熱消毒じゃ。バニスド!!」
着地してからバニスドを連発するエニマ。たまらず逃れるバイオラ。
「バニスド!!」
逃げた方向からバニスドが飛んできた。しかし、放ったのはエニマではない。
「何!?」
驚いたエニマが見てみると、そこには杏利が立っていた。
「どうして立てるの? まぁいいわ。もう一度毒を喰らいなさい!!」
杏利を再度毒状態にする為に走るバイオラ。途中でエニマがバニスドを唱えるが、寸でのところですり抜け、杏利にも猛毒ガスを吹きかけた。
しかし、
「キモい!!」
杏利はバイオラの顔面を殴り飛ばした。彼女にもまた、毒が効いている様子はない。
「どうなってるの!? あの槍はともかくあんたは……!!」
「そう。人間よ。でもさっきおじいさんに聞いたら、バッドプロテークっていう魔法さえ使えば防げるそうじゃない。だから、使わせてもらったわ」
「使ったじゃと? まさか杏利、お前……!!」
驚くバイオラとエニマに、杏利は堂々と答える。
「だから使ったんだって。他ならないあたしがね」
なんと杏利はこの土壇場でバッドプロテークを老人から教わり、使えるようになったのだ。
「しかし、お前は魔力を持たないはず!」
「少し前まではね。でも昨日の夜使えるようになったの」
杏利のいた世界には魔法は実在しない。魔法がなければ、当然魔力もない。しかしこの世界には魔法があり、強い魔力に触れ続けていれば、魔力を持たない者でも魔力を身に付けられる。要するにやる気さえあれば、誰でも魔法を使えるようになる世界なのである。
エニマという強い魔力を持つ武器を使い続けていたおかげで、杏利も魔力を身に付けた。またいつもエニマを通して魔法を使っていたので、どうすれば魔法を使えるか、その感覚も掴んでいたのだ。
杏利は本物の天才だ。やり方さえわかれば、すぐに再現出来る。エニマに気付かれないよう練習し、魔法が使えるようになるまで、一時間もかからなかった。
「あたしは天才よ。何だって出来るわ。というわけで……」
杏利は倒れたバイオラの首を掴んで持ち上げ、また顔面を殴り飛ばした。ぅゎゅぅιゃっょぃ。
「さっきはよくもやってくれたわね!! あたしの怒りはこんなもんじゃ治まらないわよ!!」
「ひっ!!」
杏利の怒りに怯え、腰砕けになって逃げるバイオラ。しかし逃げた先にエニマがおり、バイオラの顎を蹴り上げた。パンツが丸見えだ。そのまま二人で、バイオラを殴り、蹴り、今までの恨みを晴らすかのように暴れ回る。盛大にパンチラしながら。
「がっ……あがっ……!!」
ボロ雑巾のようにされてしまったバイオラ。しかし、二人は容赦しない。
「エニマ!!」
「うむ!!」
並んで言葉を交わし合い、両手を腰溜めに構える。二人の手の中に炎が集まっていき、
「「バニスド!!!」」
同時にバニスドを唱えた。
「ぎぃぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
二人の炎は空中で絡み合い、融合し、巨大な炎となって、バイオラを灰も残さず焼き尽くした。
「「いぇーい!」」
二人はハイタッチした。エニマは身長が足らないのでジャンプして。
「全く、なんという方達だ」
魔力がなかった為参戦出来なかったが、バイオラを倒す事に成功し、老人は安堵した。
「奴が倒れた以上、この村を包む毒気も、すぐに消えるでしょう。毒に侵された者達を救いたいので、もう少しだけ協力して頂けませんかな?」
「もちろん。あたしも助けてもらったし」
借りっぱなしは性に合わないので、恩返しがしたい。杏利とエニマは、老人に協力する事にした。
「そういえば、おじいさんの名前をまだ聞いてなかったけど……」
「これは失礼した。わしの名はヒンベル。よろしくお願いしますぞ、旅の勇者様」
「あたしは一之瀬杏利よ」
「わしはエニマ・ガンゴニールじゃ」
三人は名乗り合い、村人達の救助活動に入る。




