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レジェンドガール  作者: 井村六郎
第一章 杏利の旅立ち
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第十六話 超魔

前回までのあらすじ


要塞都市の守りはガチガチだった。あっちの方もガチガチかな?

 翌日。エニマを使って二千回ほど素振りをした杏利は、朝食を摂ってから情報収集に出掛けた。

「お前よくあれだけ動いた後で歩き回れるな……」

「あんなの軽い運動よ」

 槍を使った二千回の素振りを軽い運動と言ってのけるこの女、やはり人として異常である。息切れ一つしていない。

 あちこち訊いて回ったが、魔王の居城についての情報は手に入れられなかった。ダイフィスが言っていた通り、街の住人達も把握していないのだろう。

 しかしその代わりに、面白い情報を耳にした。ここからさらに西に行ったところにあるパルフルという村に、月光の迷宮という非常に危険なダンジョンがあるらしい。詳細は不明だが、危険度はAランクとの事。

 ダンジョンには、A~Eの五段階評価で、危険度が設定されている。この前攻略した洗礼の洞窟は、Eランク。最低ランクで、初心者挑戦用だ。D、Cはそこそこ腕に自信のある者が挑戦するダンジョンで、Bは上級者向け。Aはあまりにも危険すぎて、立ち入りが基本的に禁止されている。

 月光の迷宮も他のAランクダンジョンの例に漏れず、パルフルの村で選ばれた特別な人間しか入る事を許可されていないのだ。その為、村のどこにあるか、どういうダンジョンなのかも、知らされていない。

「危険なダンジョンって事は、それだけ強いモンスターも出るって事でしょ? だったら挑まない理由なんてないじゃない」

「百パーセントそうであるとも言えんが、まぁ基本的にはそうじゃな。お前も一度挑戦して、Aランクに指定されているダンジョンとは如何なるものかを体感してみるといい」

 棲んでいるモンスターの強さでもランクは設定されるが、特殊な環境故に高ランクに設定されるダンジョンもある。ダンジョンにランクを付けるという概念は、エニマが造られた時代から既にあったので、彼女はそれをよく心得ている。エニマを持っていけば、よほどの理由がない限り入れてもらえるだろう。

「もっとも、二度と挑戦したくなくなるかもしれんがな。はっきり言わせてもらうが、Aランクダンジョンに挑戦すれば、地獄を見る事になる」

「あの地下墓地をクリアした後じゃ、どんな危険なダンジョンも天国に見えると思うけどね」

 危険危険とは言うが、アンデッドモンスター大盤振る舞いという、地獄そのものを見てきた杏利はすっかり感覚が麻痺してしまっており、もうちょっとやそっとの事では死の危機を感じなくなっていた。

 とにかく、次の目的地はパルフルの村だ。魔王の居場所がわからない以上、ダンジョンやモンスターとの戦いに挑んで、強くなるしかない。


 そう思っていた時、突然けたたましいサイレンの音が鳴り響き、男性の声が轟いた。


『敵襲!! 敵襲!! ヒルビアーノに魔王軍が接近中!! これより迎撃に入る!! 戦闘員は至急配置に着け!! 一般氏民はシェルターに避難せよ!! 繰り返す!!』

「魔王軍!?」

「杏利!! わしらも行くぞ!!」

 魔王軍の襲来。杏利とエニマは迎撃に参加する為、走り回る兵士達を追って、門へと向かった。



 杏利が迎撃に参加したいと言うと、兵士達は快く了承し、間もなくして門が開き、杏利は他の兵士達と共に外に出た。

「!!」

 遠くから造魔兵の大軍団が迫ってくる。しかし、今回はドナレス国に派遣された部隊とは違っていた。 まず以前よりも遥かに人数が多い人間型。今回はその中に、獣人型の姿も見える。さらに、魔王軍のちょうど中央にあたる場所を、巨大な怪物が一匹、進んでいるのを見つけた。

 2つの頭を持つ、二十メートルを越えるトカゲのモンスター。あれが、陸戦型の造魔兵である。見た目が全く人間に見えないが、それでも兵士であるらしい。陸戦型造魔兵は、背中に大きなクリアグリーンの宝玉をくくりつけられている。

(あれ? どっかで見た事あるような……)

 杏利がそう思っていると、突然宝玉が発光し、進軍を続ける魔王軍をドーム状でクリアグリーンの壁が包み込んだ。

「結界発生装置!?」

 色は違うが、あれは間違いなく結界発生装置だ。どうやら魔王軍も、優れた魔科学技術の保持者らしい。

 だが、こちらも圧倒されるだけではない。すぐにクリアブルーの壁が発生し、ヒルビアーノと杏利達陣営を包み込んだ。結界発生装置を起動したのだ。

 魔王軍の後列から、大量の光弾が飛んでくる。それらは魔王軍側の結界を突き抜けて飛んでくるが、ヒルビアーノ側の結界に全て阻まれ、届かない。

「撃てーっ!!」

 ヒルビアーノ側も、大砲や弓を使って遠距離攻撃するが、こちらも魔王軍側の結界を破れなかった。しばらく両者の遠距離攻撃合戦が続くが、どちらにも被害は出ない。

「……俺が行く」

 だが、魔王軍側から、一人の造魔兵が出てきた。

「!?」

 杏利は一目で、それがただの造魔兵ではないと気付く。まず鎧のデザインが他の造魔兵と違ってスマートだし、肌も黒くはなく、普通の人間と同じで、顔に黒い刺青が描かれていた。

 だが何より、その行動がおかしい。他の造魔兵は機械じみているが、この造魔兵は人間らしく、明確な知性が感じられるのだ。

 敵が一人突出してきたと見るや、ヒルビアーノ軍は謎の造魔兵に集中放火を仕掛ける。しかし、外見が違うなら実力も違う。矢を、砲弾を、驚くべき機動力で全てかわし、一直線にこちらに向かってくる。

(速い!! でもこっちには結界がーー)

 確かにスピードはある。だが、造魔兵の武器は細身の直剣だ。それに、力が強いようにも見えないので、結界に阻まれるだろう。


 そう思っていた杏利の目の前で、造魔兵は結界を斬り裂いた。


(なっ!?)

 もう一度言うが、造魔兵の武器は細身の直剣である。そこらにある剣と全く変わらないし、高い攻撃力があるようにも見えない。だがこの造魔兵は、その貧弱そうな直剣で、破壊にガンゴニールストライククラスの攻撃が必要になる結界を、容易く斬り裂いたのだ。

 結界はすぐに塞がる。だが造魔兵は跳躍し、再度結界に大きな裂傷を刻み付けた。見間違いではない。この造魔兵は明らかに、結界を破壊している。

 結界は何度でも修復されるが、その度に造魔兵は結界を破壊する。やがて装置魔力が枯渇し、結界は消滅した。

「わりと早くエネルギー切れを起こしたな」

 造魔兵は百回以上結界を破壊したが、特に疲れた様子もない。造魔兵が結界を消滅させたのを見て、魔王軍が進軍を再開する。結界の中にいた近接戦用の造魔兵達は結界をすり抜け、ヒルビアーノ軍へと雪崩れ込む。

「くっ!!」

 ヒルビアーノ軍も慌てて迎撃を開始するが、いち早く動いたのは杏利だった。最大の脅威である謎の造魔兵へと、全力で斬り掛かる。

「おっと」

 それを軽々とかわす造魔兵。やはり、他の造魔兵とは動きが違う。人間型や獣人型なら、今の一撃で終わっている。

 両陣営の激突が始まる中、杏利は尋ねた。

「あんた一体何者なの!?」

「俺の名前はガッシュ」

「……あんたも、造魔兵なの?」

「造魔兵とはちょっと違うな。それよりランクが上の、超魔ってやつさ」

「超魔!?」

「イノーザ様に造られた、さらに強力な造魔兵。個々の戦闘力はもちろん高いが、独自の能力を持ってるやつもいる」

 そんな相手がいるとは思わなかった。しかし、流暢にものを話す。そんなに情報をべらべら喋って、大丈夫なのだろうかと杏利は思った。

「ずいぶん余裕ね。そんな大事な情報、初対面の相手に与えて、ご主人様に怒られたりしない?」

「あいにく、城の場所以外の情報は規制されていない。むしろ積極的にこっちの情報を開示するよう命令されている」

 それはまた不可解な話だ。アジトの場所は教えたくないというのはわかるが、それ以外の情報を明かすなど、正気の沙汰ではない。対策も立てられてしまうし、イノーザは一体何を考えているのだろうか。

「……前もって釘を刺されちゃったけど、あんたから魔王の居場所を聞くのは無理そうね」

「無理だな。そもそも、お前はここで死ぬんだ。知ったところで意味はない」

 イノーザの居場所は絶対に教えない。そもそも生かして帰さないと言って、ガッシュは斬り掛かってきた。杏利はそれをかわしていき、絶対に受け止めない。

 なぜなら、杏利はガッシュが持つという、固有の特殊能力について察しをつけていたからだ。恐らくガッシュの能力は、万物の切断。エニマですら斬れない、あの頑丈な結界を破壊してみせたのだから、そう考えるのが自然だ。

「いい動きだな! もしやお前が槍の女勇者か? だとしたら俺は運がいい! ここでお前を殺せば、昇進間違いなしだ!」

「くっ!」

 喜んでさらに攻撃してくるガッシュ。こいつの能力が、あらゆるものを斬り裂く能力なら、こいつの攻撃は絶対に受けられない。

「杏利!! なぜ奴の攻撃を防がん!?」

「あんたもさっきのを見たでしょうが!! あいつの能力は、あらゆるものを切断する能力よ!! 下手に防いだりしたら、あんただって真っ二つにされちゃうわ!!」

 こんな反則級の能力が相手では、防御など出来ない。うかつに防げば、その瞬間にエニマを破壊される。攻撃しても同じだ。

「どうした!! 避けるだけで精一杯か!!」

 さらに激しく攻撃するガッシュ。上手く攻撃出来ない杏利は、全身に切り傷を付けられていく。

「バニスド!!」

 一旦距離を取って魔法を使う杏利。しかし、ガッシュはそれすら斬り裂いてしまう。

「……杏利。わしを使って攻撃するんじゃ」

 ガッシュは恐るべき機動力を持っている。杏利の戦闘スタイルは、魔法を使った遠距離攻撃よりも、近接戦闘の方が速い。近接攻撃なら、ガッシュを倒せるはずだ。

「でも……!!」

「心配するな。教えていなかったが、わしには自己修復機能もある。例え奴に真っ二つにされようと、すぐ元に戻って戦えるのじゃ。お前は何も心配せずに、攻撃する事だけを考えればいい」

 自己修復機能。エニマにそんな能力があるとは、知らなかった。これで少しは安心出来たが、それでも杏利の不安は完全に拭い切れなかった。

「でも……」

「しっかりせんか!! 守りに入っているお前など、お前らしくもない!! 攻めて攻めて攻めまくる!! その勇猛さが、お前の持ち味じゃろうが!!」

 叱咤するエニマ。自分を勇気づけるエニマを見て、杏利は決意した。

「……わかったわ」

 魔王イノーザはもっと強いに違いない。こいつに勝てなければ、イノーザを倒すなど夢のまた夢だ。

「あたしは何でも出来る。だから、あいつにだって勝てる!」

 自分に言い聞かせる杏利。死ぬわけにはいかない。必ず勝ってイノーザを倒し、元の世界に帰るのだ。

「何をごちゃごちゃと……死ね!!」

 絶対切断の刃を振るい、ガッシュが走ってくる。杏利もまた駆け出し、ガッシュ目掛けて刺突を放つ。攻撃は、杏利の方が速かった。エニマによる突きを、自身の剣で防御するガッシュ。


 そう、ガッシュは防御した。攻撃してエニマを破壊せずに、防御したのだ。


「えっ?」

「ちぃっ!」

 杏利の気が一瞬緩んだ隙を突いて、ガッシュがまた攻撃してくる。間一髪自分を取り戻した杏利は、一度かがんで攻撃をかわし、後ろに一回転して距離を取った。

(どういう事?)

 エニマには傷一つ付いていない。ガッシュの能力が万物切断なら、エニマを容易く両断しているはずだ。

(……もしかして……)

 杏利は、自分が全く見当違いな予想をしていたのではないかと思い直す。予感を確かめる為に、再び接近してガッシュを攻撃した。

 真ん中を突き、右に払い、上から斬り、また突く。ガッシュはそれに対応していくが、最後の突きだけを防いで、反動を利用して距離を離した。

「やっぱり……」

「杏利。何かわかったのか?」

「……ええ。こいつの能力は絶対切断じゃなくて、バリア貫通よ」

 バリア貫通。またはバリア切断。それが、ガッシュの能力である。元々頑丈な物質相手では効果を発揮しないが、ヒルビアーノの結界や、アタックガードやマジックガードのようなバリア系の魔法を、問答無用で破壊出来る能力だ。

「……初見で俺の能力に気付くとはな」

 ガッシュはあっさりそれを認めた。どんなバリアでも容易く破壊してみせるのが、彼の能力である。

「だがどうする? 俺の能力がわかったからといって、お前が防御出来ないという事に変わりはない」

 確かにそうだ。結界は破壊されてしまうし、アタックガードを使った防御も、ダメージの軽減も出来ない。

 だがタネさえわかれば、杏利が取る道は一つだった。

「それなら、守らなければいいだけよ」

 言うが早いか、杏利はガッシュに攻撃を仕掛けた。今まで以上のスピードと勢いで。

 守勢に回れないなら、防御を捨てて攻勢に出るのみ。

「くっ! うおっ……!」

 突く、斬る、払う、斬る、払う、突く、殴る、蹴る、斬る。攻める、攻める、攻める。ひたすら攻めて攻めて攻めまくる。今度はガッシュが、受けに回っていた。

「ずいぶん動きが悪くなったわね。その様子だと、防御に回った相手の防御を崩して、心がガタガタになったところをいたぶるみたいな戦いしかしてこなかったんじゃないの?」

「ぐぅっ……!」

 ガッシュの剣も相当な業物だ。半端な盾や鎧など、簡単に破壊してしまう。だが杏利が言ったように、ガッシュは敵のバリア系魔法を破壊し、怯えたところをじわじわいたぶるという戦いしかしてこなかった。杏利のように、守りを捨てて攻撃一辺倒で挑んでくる相手と戦った事がなかったのだ。

「くそぉぉぉぉ!!!」

 己の弱点を指摘され、破れかぶれとなったガッシュは攻撃を仕掛ける。杏利はそれを紙一重でかわして、ガッシュを真一文字に両断した。

「超魔、か。確かに厄介な相手ね」

 今回の相手はバリア貫通だったが、もし本当に万物切断だったらと思うと、ゾッとする。

「……っと、まだ終わってないわね」

 超魔は倒したが、超魔が率いていた魔王軍は、まだ全滅していない。

 ヒルビアーノの兵士達は優秀だ。要塞都市の防衛を任されているだけの事はあり、結界の外の歩兵は全滅させている。そう、結界の外は。残る弓兵は、陸戦型造魔兵が張る結界の中から攻撃してきており、ヒルビアーノの兵士達は結界を壊せず攻めあぐねていた。

「ここは早速、さっき手に入れた力を使わせてもらいましょうか!」

「そうじゃな!」

 ガッシュを倒した時、エニマはガッシュのバリア貫通能力を奪っていた。それを使えば、あの結界を破壊出来るはずだ。

「はぁぁぁぁっ!!」

 ただ破壊するだけでは駄目である。装置ごと。あわよくば、造魔兵を全滅させたい。杏利はエニマを巨大化させて、天高く跳躍。エニマの力を全開にし、エネルギーを纏わせて振り下ろす。

「「ガンゴニィィィィィィルッ!! スラァァァァァァァッシュ!!!」」

 杏利の目論見通り、エニマは結界を破壊し、装置を陸戦型造魔兵もろとも両断する。

「「グオオオオオオオオオオ!!!」」

 二つの頭から断末魔を同時に上げる陸戦型造魔兵。杏利は構わずエニマをそのまま地面にぶつけ、力を爆発させる。

 巻き起こった大爆発は全ての造魔兵を跡形もなく消し去り、そこにはクレーターだけが残った。

「攻撃は最大の防御、か……気に入ったわ」

 杏利は新たな力に陶酔していた。



「本当に、ありがとうございました!」

 ヒルビアーノの者達を代表して、ダイフィスは杏利とエニマに礼を言う。守ってばかりでは勝てない。この教訓を活かして、ヒルビアーノはもっと強固な要塞になるだろう。

「それで、お礼と言ってはなんですが、あなたにこれを差し上げます」

 そう言ってダイフィスが杏利に渡したのは、手のひらに収まるほど小さな、黒い金属の塊だった。

「これは、何ですか?」

「小さいですが、このリベラルタルで最も頑丈な金属、ブラックオリハルコンの欠片です。あなたの槍もこれで造られていると聞いているので、何かの役に立つかと」

「これが、エニマの……」

 どうやらこの金属は、エニマの材料の一つらしい。

「……ありがとうございます」

 杏利はブラックオリハルコンの欠片をポーチにしまって、城を出た。



「イノーザ様。ヒルビアーノに向かったガッシュ様とその部隊が、全滅しました。槍の女勇者の仕業です」

「ほう……」

 部下から報告を聞いたイノーザは、興味深そうに呟いた。

「なかなか、遊ばせてくれそうではないか」

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