第十五話 要塞都市ヒルビアーノ
前回までのあらすじ
杏利とエニマのゾンビゲーム、ボス戦。
魔王。この異世界、リベラルタルを支配しようと企む、邪悪な存在。魔王は世界中に自分が作ったモンスターの軍団を差し向け、あらゆる国を攻撃している。
巨大な自身の幻影を世界各地に出現させ、宣戦布告を行った魔王イノーザ。だが、イノーザが姿を現したのは、その一度きりだ。以降は、軍を差し向けるのみである。魔王軍の出現パターンはまさしく神出鬼没な為、そのせいでイノーザがどこにいるのか、誰もわからない。
世界各国が対応に追われる中、イノーザは自身の城で着々とリベラルタル攻略の手を打ち続けていた。
「イノーザ様」
魔王城の玉座の間に、指揮官風の装いをした造魔兵が一体、自身の主への報告を行っていた。
「勇者と名乗る者が、我らの侵略を妨害しています」
造魔兵からの報告を聞いて、豪勢な黒いドレスに身を包んでいる女性がため息を吐いた。彼女が、魔王イノーザである。
「またか。鬱陶し塵どもめ……まぁ、退屈しなくていいが」
この報告を聞いたのは、もう七回目だ。世界各地で勇者と名乗る者達が決起し、こちらの軍を次々に壊滅させている。
だが、イノーザにとっては大した痛手にならない。連中が倒している相手は、所詮造魔兵だ。造魔兵など、いくらでも造れる。大量生産して、また送りつけてやればいいだけの話だ。
「それで、今度はどんな勇者だ?」
「は。槍を持った女の勇者で、こことは違う異世界から召喚されたようです」
先日、ドナレス国に向かわせた造魔兵の部隊が壊滅させられた。遠くから様子を見ていた造魔兵がそれを確認し、それから人間に変身出来る造魔兵に情報を集めさせ、勇者の正体を突き止めた。
「それは興味深いな。しかし、他の世界に頼るだけの知恵と技術を持ち合わせていたか。もう少し、この世界の住人をいたぶってやるのも面白い」
「またイノーザ様の悪い癖が出ましたな」
造魔兵の後ろから、白い鎧を身に纏い、槍を担いでいる大柄で初老の男性が現れた。
「仕方ないだろう? まだこの世界にどれだけの技術があるかわからんのだ。お前こそ、何か私に知らせたい事があるのではないか? なぁ、ヴィガルダ」
今イノーザからヴィガルダと呼ばれた男性も、また造魔兵だ。しかしただの造魔兵ではなく、全てが量産型造魔兵を遥かに凌駕している、超魔という存在だ。
「先刻ヒルビアーノに向かわせた部隊から連絡が入りました。もうしばらくで到着するそうです」
「……ヒルビアーノ……ヒルビアーノ……」
ヴィガルダから報告を受けたイノーザは、片手で額を押さえて、何かを思い出すような仕草をする。
「おお、そうだ。あの部隊は超魔に指揮させていたな」
「は。対ヒルビアーノ戦を想定して造られた、特性の超魔です。もっともあやつらは、ヒルビアーノの連中以外にとっても、厄介な存在になるでしょうが」
「違いない。何せ奴らには、防御など意味がないからな。いくら守りを固めようと、奴らには通じぬ」
イノーザはくっくと笑う。
「守りに入ってばかりでは生き残れん。攻撃こそ最大の防御。我らのように、積極的に攻撃した者こそが勝利するという事を、死を以て味わうだろう」
「イノーザ様も意地の悪いお方だ。攻めようにも、連中にこの場所を見つけ出す事など出来ますまいに」
「その通りだな」
邪悪な二匹の魔物は笑い合った。
「おお~!」
杏利は感嘆の声を上げた。町を出発して数時間歩き、もうそろそろ夕方になりそうだという時になって、目当ての場所が見えたのである。
小高い丘を越えた先。とても高い壁に囲まれた、大きな都市が見えた。壁の上には多数の大砲が設置してあり、まさしく要塞といった感じだ。
「あれが、要塞都市ヒルビアーノね」
「七百年前にあんな街はなかったはずじゃが、人の技術というのは進歩するものじゃなぁ……」
とうとう着いたのだ。早速一泊させてもらおうと、杏利は歩いていく。
ヒルビアーノに入れる場所は、今見えている巨大な門一つだけ。門番らしき人は見当たらないし、どうやって入るのだろうか。
そう思っていると、
「そこで止まって下さい」
突然門から声がして、杏利は驚き立ち止まった。よく見てみると、こちら側にラッパ状のパイプが向けられている。恐らく今声を発した人物は門の上にいて、それからこのパイプを使って連絡したのだろう。
「すいません。中に入りたいんですけど……」
「このヒルビアーノでは厳戒態勢につき、安全の為出入りの時間を決めております。あと十分で門を開けますので、それまでお待ち下さい」
「……わかりました」
釈然としないものを感じながらも、こんな時代では仕方ないと思い、杏利は待つ事にした。
と、
「許可証はお持ちですか?」
門番は尋ねてきた。
「……許可証?」
「ヒルビアーノは国ですので、入国の際には許可証が必要ですよ」
いわゆる、パスポートである。考えていなかった。どうしてアスベル達はそんな大事な物をくれなかったのかと思いつつ、どうしようかと考えていると、杏利は閃く。
「この槍は許可証にならない? ドナレス国の聖槍エニマ・ガンゴニールだけど」
「……なんですって!? ではあなたが勇者様で!? こ、これは失礼しました!」
思った通りだ。パスポートをくれなかった理由がわかった。エニマは杏利の武器であると同時に、パスポートでもあるのだ。門番の口振りからして、前以て勇者召喚の事をアスベル達が各国に広めていたのだろう。よくよく考えれば、何の準備もなしにあんな大掛かりな儀式を行ったとは思えない。
「すぐお通しします!!」
焦った門番は出入りの時間を繰り上げた。ゴゴゴと大きな音を立てて、門が開く。
「なんか悪い事しちゃったな~」
「気にするな。入れ」
杏利は仕事のリズムを狂わせてしまった事に罪悪感を覚えながらも、エニマの言う通り入った。先を急ぐ身なのだから、仕方ない。
門を入ってすぐのところに関所が建てられており、役人が許可証を忙しそうに確認して、人々を通している。杏利もその関所へと向かい、エニマを見せて名乗る。役人は驚くと、慌てて関所の中に戻り、紙を持って出てきた。紙には、エニマの絵が描かれている。
「確かに。国王様がお待ちですので、城へお向かい下さい」
なぜか城に招かれてしまった。間もなくして、杏利を案内する為別の役人が現れ、杏利は城へ向かった。
ヒルビアーノの城は要塞の中心にあるので、すぐわかった。
「初めまして。私はダイフィス。このヒルビアーノの王を務める者です」
「初めまして。勇者の一之瀬杏利です」
「その槍、エニマ・ガンゴニールじゃ」
国王が挨拶し、杏利とエニマも挨拶する。歳の若い王だ。
「我々はあなたを歓迎します。ところで、ここにはどういったご用件で?」
「情報が欲しいんです。魔王イノーザがどこにいるかと、強いモンスターの居場所を。ここはたくさんの情報が集まる場所とお聞きしました」
杏利から用件を聞いた国王は、申し訳なさそうな顔をする。
「残念ですが、魔王の居城については、我々も把握していないのです」
「そうですか……」
ここでなら今度こそ魔王の居場所を知れると思っていたので、残念だった。
「わかっているのは、魔王は世界各地に、それも戦力が集中している箇所を優先的に攻撃しているという事だけです」
「それじゃあ、ここも危なくないですか?」
ダイフィスの言う事が本当なら、このヒルビアーノは集中的に狙われてもおかしくない。なんといっても要塞都市だ。
「それでしたら、心配はいりません。あれをお見せしなさい」
「は」
ダイフィスに命令された兵士が、何かを取りに行く。その間にダイフィスは、杏利と少し話をする事にした。
「杏利殿。この世界の技術については、どの程度把握しておられますか?」
「えっと……武器があって、魔法があって……」
「魔法については知っておられますか。では、魔科学については?」
「魔科学?」
この世界にも、杏利の世界ほど進歩しているわけではないが、科学はある。魔科学とはその科学と、魔法を融合させる事によって生み出された、独特の技術だ。
「まぁ、今より遥か昔はもっと魔科学が発達していたようですが」
エニマが造られるよりも前に、魔科学を使った大規模な戦争が起き、そのせいで魔科学を利用する技術はほとんど滅びてしまっている。今は先人達の過ちを繰り返さないよう、魔科学を復活させているといったところだ。
「これからあなたにお見せするのは、我々が魔科学を復活させて作り上げた発明です」
ダイフィスが言い終えると、ちょうどそこに先程の兵士が、何かの装置を持ってきた。人間の子供くらいの大きさの台座に、クリアブルーの宝玉がセットしてあるという装置だ。
「これは……何ですか?」
「結界発生装置です。ここを、こうすると……」
杏利の質問に答えた兵士は、装置に付いているいくつかのスイッチを操作する。と、宝玉が光り、台座と兵士を、ドーム状でクリアブルーの壁が覆った。
「杏利殿。この結界を攻撃して、破壊してみて下さい」
「えっ? いいんですか?」
「はい」
ダイフィスは杏利に言い、杏利は構えて結界に突撃し、エニマによる一撃を打ち込んだ。
「!?」
結界は杏利の攻撃を防ぎ、弾き飛ばされた杏利は着地する。今のは軽めの打ち込みだったが、少し驚いた。今度こそ破壊しようと、杏利は再び突撃し、本気で打ち込む。
「はっ! やっ! たぁっ!」
一撃、二撃、三撃と打ち込むが、結界には傷一つ付かない。
「硬い……でも、まだまだ!!」
確かに今のは本気の打ち込みだったが、まだエニマの加護を使っていない。今度はエニマの加護も、魔法も使って、全力で結界を破壊しようとする。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
いくらやっても結界は砕けなかった。ギリギリまで巨大化させた一撃も効かず、ディリーテスを使っても結界を解除出来なかった。
「「ガンゴニール、ストラァァァァイク!!!」」
最後の手段としてガンゴニールストライクを放つ。これでようやく結界に亀裂が入り、砕け散った。
「さすが勇者様。最大出力で展開した結界を破壊されるとは」
兵士は拍手する。破壊するには破壊出来たが、ガンゴニールストライクを使ってしまった。杏利とエニマの戦闘力は、大きくダウンする。
「今体感なさった通り、この結界は物理、魔法共に高い防御力を有しています。よほど強力な攻撃でない限り破壊は出来ませんし、出来たとしてもそんな攻撃を使った相手は、かなりの疲弊を強いられるでしょう」
この結界発生装置は、魔科学の産物らしく魔力を充填して使う。攻撃を受けて結界が減衰しても、魔力を消費して自己修復してくれるのだ。魔力を使い切れば結界は消えるが、それには相当攻撃する必要がある。少なくとも、ガンゴニールストライククラスの攻撃をぶつけなければ、破れない。精神攻撃も無効化する。ディリーテスでも解除出来ない。強行突破以外で解除するには、時間切れを待つか、結界透過装置を使って抜けるしかないのだ。だが中から外への攻撃は通すので、この鉄壁のバリアに守られながら、一方的な攻撃が出来る。
ダイフィスの話によると、今ここにある装置は試作品で、地下にもっと強力かつ広範囲に展開出来る装置があるらしい。有事の際はこれを起動し、都市をすっぽり囲んでしまうのだ。
「この装置のおかげで、ヒルビアーノは難攻不落を誇っています。魔王軍が何度攻めてこようと、絶対に落とされはしませんよ」
既に魔王軍とは何回も交戦しており、魔王軍にもこの要塞都市は落とせないと証明している。
「ここにいる限りは安全です。長旅でお疲れでしょうから、ごゆっくりお休み下さい」
ダイフィスは結界発生装置に絶対の自信を持っているのか、このヒルビアーノは安全だと言いきった。
「魔科学かぁ……」
ヒルビアーノの宿に泊まり、与えられた部屋のベッドに寝そべって杏利は呟いた。ダイフィスから城に泊まるよう言われたが、杏利の気質に合わない為拒否したのである。
合わないと言えば、この前倒した不死王リッチの力だが、エニマは奪い取らなかった。杏利が拒否したのだ。力の強奪は持ち主の意思で自由に出来、いらない力なら奪わなかったり、捨てる事も出来る。死者のアンデッド化や闇魔法など、どう考えても杏利には合わない。
「七百年前にはもう、魔科学は廃れておったからのう」
エニマも魔科学という言葉自体は知っていたが、実際に魔科学で造られた装置を見たのは初めてだった。なかなか、強力な代物である。
「魔科学があればさ、魔王なんか楽勝じゃない?」
防御であれなのだから、攻撃に回ったらとんでもない事になるはずだ。魔科学さえあれば、勇者など必要ないのではないかと、杏利は思った。
「……そう単純な話ではない」
「えっ?」
「魔物の王と呼ばれる者の力を、甘く見るなという事じゃ」
不吉な言葉を呟くエニマ。
翌日、エニマが言った事の意味を嫌というほど知る事になるのを、杏利はまだ知らない。