第十四話 不死王リッチ
前回までのあらすじ
杏利とエニマのゾンビゲーム、ステージ2。
「もう一度寝なさい!!」
杏利は蘇ったリッチに今度こそ永遠の眠りを与えるべく、エニマを構えて突撃する。
「アアアア~!!」
「邪魔よ!!」
その際さっきリッチにゾンビにされたネクロマンサーが襲い掛かってきたが、他のゾンビ同様動きは緩慢で、杏利からすれば止まっているのに等しい。すぐさまエニマで斬りつける。斬りつける瞬間にエニマが魔力を込めて光属性の力を発動し、攻撃を受けたネクロマンサーのゾンビは、斬られた瞬間に灰になった。リッチの力による復活を防ぐ為である。
「ダクス!!」
杏利が気を取られた隙を狙い、リッチが手から闇属性の魔力の塊を撃ち出す。間一髪のところで回避する杏利。すると、今度はゾンビとスケルトンが、背後から襲い掛かってくる。杏利は一回転して、二匹のアンデッドモンスターをまとめて成仏させた。
アンデッドモンスターに気を取られると、またリッチが攻撃してくる。この隙のない布陣を見て、杏利は気付く。ここはリッチのフィールドであり、自分は相手が最も力を発揮出来る場所に入り込んでしまったのだと。武器や力の相性だけでは、この布陣を崩せない。
(何か手を考えないと!!)
そう思いながら、杏利はアンデッドモンスター軍団と戦い続けた。
「ゾンビの数が少なくなってきたな。だが、ここは地下墓地だ。数百年の時が経ち、もはや誰にも使われなくなった埋葬の地。あらゆる人間から忘れ去られ、悼んでもらえなくなった魂達の怨念が、ここには渦巻いているぞ」
そう言いながら片手を挙げたリッチは、新たな魔法を唱える。
「ソウリバイガー!!」
すると、空中に黒い塊が集まり始め、それが青い人魂に変化した。
例え肉体を失い、魂が消えようとも、その者の強い思い、想念はその場に残る。その想念を形にして使役する闇魔法が、ソウリバイガー。
「まだだぞ」
リッチが使う屍霊魔法は、これだけではない。
「リバドル!!」
今度は挙げていた手を下に向ける。すると、リッチの手から魔力が迸り、土が盛り上がって無数の土人形が出来た。
ここは地下墓地。多くの死者が埋葬されたこの場所の土には、血液や屍肉が、そして死者の想念が染み込んでいる。ネクロマンサーが力を使うのに、これほど適した媒介はない。今リッチが使ったリバドルという魔法は、墓土を土人形に変える魔法だ。
「行け!!」
死者の想念が具現化した人魂のモンスター、マインドゴースト。墓土を使って作られた土人形のモンスター、リビングドール。二種類の新しいモンスターが軍団を作り、再び襲い掛かってくる。
「ああもう!!」
せっかくアンデッドモンスターの数が減ったと思ったのに、振り出しに戻されてしまった。杏利は舌打ちしながらもエニマを振るい、新たなアンデッドモンスター軍団に立ち向かう。
「これこそ我がたどり着いた、不死不滅の秘法だ。肉体は滅び、魂はこの世から消える。だが、死者が遺した想念は消えない」
肉体を若いままこの世に留めるだけでは駄目だ。かといって、魂を残すのも不充分である。そこでリッチが見つけたのは、生きとし生けるもの全てが持つ想念。それは必ず、何かの中に残る。誰かが忘れても、また別の誰かが思い出す。消えてなくなる事は決してない。
「我は想念のみの存在となり、この世界と一体になる。それこそ、あの時我が阻止されてしまった、真の不死不滅の秘法なのだ!」
リッチはかつて、己の想念をこのリベラルタルそのものに、リベラルタルに生きる全ての存在に刷り込む事で、永遠の存在になろうとした。あらゆる存在がリッチの想念に支配され、リッチに操られる。そんな世界を、実現しようとしたのだ。
「こんなゲス野郎の心に支配されるとか、たまったもんじゃないわね……」
「杏利!! アンデッドモンスターどもは無視して、リッチを倒すのじゃ!!」
エニマはこの状況を打開する方法を示す。
ここにいるアンデッドモンスター達は、リッチ達の手で無理矢理アンデッドモンスターにされた存在。そういったモンスター達は、自身の存在を維持する為に、術者の魔力に依存しなければならなくなる。つまり、リッチを倒せば魔力の供給が断たれ、アンデッドモンスター達は元に戻るのだ。
「わかったわ!!」
杏利はエニマを構えて突撃する。狙いはリッチただ一人。途中で割り込んでくる邪魔なアンデッドモンスターを最低限打ち倒し、遂にリッチの前にたどり着く。
「覚悟しろ!! この白骨死体が!!」
エニマを振り下ろす杏利。光属性を持つエニマの刃が、リッチを袈裟懸けに切り裂いた。
「……!?」
だが、やったと思ったその瞬間、切り裂かれた白骨の身体がすぐに修復された。
「ダスレイド!!」
驚いて硬直する杏利にリッチが片手を向け、黒い魔力の波動を放つ。ダスクの上位魔法だ。その威力は予想以上に高く、杏利は吹き飛ばされてしまう。
「その程度で我を滅ぼせるとでも? 愚かだぞ小娘!」
これでまた、振り出しに戻された。
「……そうだ。魔法の力でアンデッドになってるなら、魔法を解除すれば元に戻るんじゃない?」
杏利は、なぜこんな簡単な事に気付かなかったのかと思った。このアンデッドモンスター達は、リッチの魔法で蘇った集団なのだ。リッチもまた、魔法の力でアンデッドモンスターになっている。なら魔法効果を解除するディリーテスを使えば、全員まとめて退治出来るではないか。
「普通はな。じゃが、奴らは普通ではない」
しかし、エニマは否定した。リッチ以外のアンデッドモンスター達なら、それで倒せるだろう。だがリッチだけは、そうはいかない。
というのも、ディリーテスでも解除出来る魔法と、出来ない魔法があるからだ。簡単な魔法ならすぐ解除出来るが、あまりに古く、複雑で強力な魔法には、効かないのである。そう考えると、リッチには効かない。
「……こうなったら、ガンゴニールストライクを使うしかないみたいね」
普通に攻撃しても、復活されるだけだ。しかし、ガンゴニールストライクを使って完全に消滅させれば、いくらリッチでも復活は出来ないはずだ。こういうどうしようもない状況なら、ガンゴニールストライクを使っても構わない。
だが、
「恐らく無理じゃな」
エニマは、ガンゴニールストライクを使っても、リッチは倒せないと言った。
「はあ!? 何でよ!?」
「今見えている骨の姿は、奴にとって器でしかない。破壊したところで、真の不死の法に片足を突っ込んでいる今の奴を、消し去る事は出来ん」
エニマはしっかりと本質を見ていた。リッチは既にこの世界そのものと想念で同化しつつあり、今ある白骨死体を消滅させても、脱け殻を消しているだけで意味のない事なのだ。
このまま普通にガンゴニールストライクを喰らわせても、リッチは倒せない。
そう、普通には。
「じゃが、倒す方法がないわけではない。奴を倒すには、他ならぬお前の力が必要になる」
「あたしの?」
「目には目を、歯には歯を。想念には、想念をぶつける。ガンゴニールストライクを放つ際、奴を必ず倒すと強く念じるのじゃ」
魔法と言っても、本質的には気力、意思の強さだ。気力を消費して魔法を発動するので、強い意思を持つ者は強い魔力を持ち、強い魔法が使える。
リッチはその強靭な精神力が、不死不滅の秘法の使用を可能としているのであり、リッチの想念を杏利の想念が上回れば、勝てる可能性はある。
「それは並大抵の事ではないが、お前なら出来ると信じておる」
普通の人間がどれだけ強く念じようと、そんな事は出来ない。多種多様の想念が渦巻く世界に己の想念を同化させようとしても、海に一粒の塩を落とすのと同じで、何の影響も与えられず逆に飲み込まれる。それを支配出来るというリッチの想念を上回るなど、常人の所業ではないのだ。
しかし、杏利は普通ではない。なぜなら、エニマが勇者として見出だした存在だからだ。勇者とは勇敢なる者。何者にも押さえつける事の出来ない、確固たる勇気を持つ者。支配される、見下されるという行為を何より嫌う杏利なら、リッチの想念を上回れる可能性はある。
「わかったわ」
ガンゴニールストライクを放つ為、構える杏利。バリアが杏利を包み、寄ってくるアンデッドモンスター達を次々に砕く。
「何をしようとも無意味だと、まだわからんか!!」
杏利が大技を使おうとしていると察したリッチは、自身が使える最強の魔法で迎え撃とうと両手を杏利に向け、その前に闇の魔力が集まっていく。
(負けるか……負けるか……!!)
強く念じる杏利。勝たなければならない。魔王を倒し、元の世界に帰らなければならないのだから。
「大丈夫。行けるわ。だってあたしは天才。何でも出来るんだから!」
いつも言ってきた事を、杏利は自身を鼓舞する為に言う。大丈夫だ。自分は天才。天才に不可能はない。だから、絶対に勝てると。
「ダスグレイガ!!!」
今までで一番巨大な闇魔法の波動を放つリッチ。波動は進路上にあるアンデッドモンスター達を砕き、その想念を吸収しながら威力を上げていく。
「「ガンゴニール、ストラァァァァァァイク!!!」」
その中心に向かってガンゴニールストライクを放つ杏利とエニマ。ダスグレイガと、ガンゴニールストライクがぶつかり合う。
勝ったのは、ガンゴニールストライクだった。闇の波動を突き破り、リッチに向かって一直線。障害はリッチが自分から取り除いてくれたので、邪魔する者もいない。
「うおおおおおおおおおおおおおお!!?」
ガンゴニールストライクが胸の中心にぶつかり、苦悶の声を上げるリッチ。
だが、問題はここからだ。杏利の想念でリッチの想念を押し潰し、完全に消滅させなければならない。
「あたしは絶対に、あんたの思い通りにはならない!!! 消えてなくなれっ!!! この老害がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
咆哮とともに、己の意思をさらに強める杏利。
「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
ガンゴニールストライクの光に呑まれて消えていくリッチ。
「そんな馬鹿な!! 我の想念を上回るなど!! そ、そんな馬鹿ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
己の想念が押し潰され、塗り潰されていく。リッチは敗北を悟り、それを認められず、断末魔を上げて消滅した。同時に、杏利を包囲していたアンデッドモンスター達も、ある者は屍肉に戻り、ある者は物言わぬ骨となって崩れ、ある者は空中に消え、ある者は土に還った。復活する兆しもない。
「……どうやら、終わったようじゃな」
「……はあ……」
倒した。リッチに勝った。今までで最も精神を使い、杏利は疲れ果ててその場に座り込んだ。
地下墓地で休憩するというのは気が進まなかったが、杏利もエニマも力を使い果たして動けず、仕方なく休む事に。
しばらくして、ある程度回復した二人は、シャノンの家に戻った。
「杏利さん!! 大丈夫でしたか!?」
「はい。問題は解決しました。あとは……」
杏利は、今自分が出てきた棺桶を見る。あとは、この悪趣味なトラップを処分するだけだ。
「ディリーテス!!」
杏利が棺桶にエニマを向けて魔法を唱えると、棺桶の向こうに広がる洞窟が消えていき、元の棺桶に戻った。
「これでやっと、この魔法も使えたわね」
古く複雑な魔法には効かないと聞いていたので不安だったが、どうやら効いたようだ。基準がよくわからないが、最初にエニマから魔法を解いてもらえばいいと聞いていたので、この魔法で解除が可能なのだろう。
それから杏利は、地下墓地であった事の全てを、シャノンに話した。
「というわけで、ペンダントも一緒に消えちゃったんですけど……」
あのペンダントは、元々リッチの力の源であり、リッチが消えたのでペンダントも一緒に消えてしまった。
「……いえ、元々ない方がよかったんです。杏利さんには、感謝しなければ」
しかしシャノンからすれば、曰くのある代物を自分の代わりに処分してくれたので、杏利に感謝したいほどだった。
「お礼をしないと……」
「お礼なんてそんな……あ、そうだ。魔王イノーザの居場所がどこか、知りませんか? そうでなかったら強いモンスターのいる所とか」
よくよく考えたら、シャノンは引っ越してきたと言っていた。彼女なら、何か知っているかもしれない。杏利は礼として、情報を要求した。
「……私は知りませんけど、ヒルビアーノだったら何か情報が手に入るかもしれません」
「ヒルビアーノ?」
「ここから北に行った所にある、要塞都市です。常に様々な情報が出入りしているので、何かわかるかもしれません。私もヒルビアーノから引っ越してきましたし」
ヒルビアーノは要塞都市。戦いの最前線だ。安全に見えて、実は一番危険な場所である。シャノンは魔王との戦いを恐れて、この町まで引っ越してきたのだ。
「それから、強いモンスターじゃないですけど、とてつもなく強い人がいるという話は聞きました」
「どんな人なんですか?」
「噂によると、四百体の造魔兵をたった一人で、それも無傷で全滅させたそうです。名前は確か……ゼド、だったと思います」
「……ゼド……」
杏利が倒した造魔兵の、およそ二倍をたった一人で全滅させた。そのゼドというらしい人物は、凄まじい実力を秘めている。会うのが楽しみだ。
すぐにでも要塞都市に向かいたいが、今日は疲れた。杏利とエニマは宿に戻り、もう一泊してから旅立つ事にした。汚れた服を洗濯し、汗を洗い流し、下着も洗ってもらって、二人は要塞都市へと旅立った。
ちなみに、その日の夜はエニマも疲れていたのか、杏利は襲われなかった。




