第九話 邪竜との攻防
前回までのあらすじ
邪竜に脅かされる村を救おうとする杏利。しかし、気絶させられ捕まった。何だこの理不尽。
一騒動あってから少し時間が経ち、エーシャの村は夜を迎えていた。
「お疲れ」
ギーグは村の外れにある牢を訪れる。牢の一番奥に扉があって、その前に二人の男が、牢番として立っていた。
「ギーグじゃないか」
「こんな所にいていいのか? もうすぐお前の娘は……」
「まぁな。ところで、その中にいるのか? 昼間騒動を起こしたっていうよそ者は」
「ん? ああ。全く、命知らずな真似をしてくれるよ」
「もしこいつが負けたら、俺達がとばっちりをくらうっていうのに」
「そうだな。あ、これ差し入れだ」
ギーグは二人に、瓢箪を差し出す。
「おいおい。俺達は今仕事中だぜ?」
「心配するな。中身は水だ。喉、渇いてるだろ?」
「水なら……」
「じゃあ、ありがたくもらおうかな」
「そうこなくちゃ。ささ、飲め飲め」
杯を取り出し、瓢箪の中に入っていた水を注ぐと、ギーグは二人に振る舞う。
「いや~助かった。ちょうど喉が渇いてたんだ」
二人は水を一気に飲み干した。
「はぁ~! 生き返るぅ~!」
よほど喉が渇いていたようだ。
しかし、
「ん? なんか眠く……」
その直後、二人は倒れ込み、眠ってしまった。
ギーグは二人が眠ったのを確認すると、片方が持っていた牢屋の鍵をこっそり抜き取り、廊下の角で人が来ないか見張っていた二人の女性を手招きして呼び寄せ、扉を開けた。
中には、両手足を縛られ、猿轡を口に噛まされている杏利がいて、こちらを睨んでいる。ギーグは人が来ないかどうか確認し、女性二人と一緒に中に入って、扉を閉めた。それから、杏利の拘束を外す。
「村の者が手荒な真似をして、申し訳ありません」
杏利はギーグを蹴ってやろうと思っていたが、対応があまりに丁寧なので、他の村人とは違うと思いやめた。
「あなたは?」
「私はギーグ。ここにいるのは、妻のシルムと娘のアルマ。あなたを助けに来ました」
「……もしかして……」
杏利は、アルマと呼ばれた女性を見た。彼女は、豪勢な白い服を着せられ、ベールを掛けられている。
「はい。今回生け贄に選ばれたのは、私達の娘です」
やはりそうだった。アルマは生け贄として邪竜に選ばれた。そして今彼女が着ているのは、生け贄が着せられる衣装なのだ。
「お願いします。どうか娘を助けて下さい!」
この二人は娘を助ける為、危険を承知で杏利に協力を求めに来たのだ。
こんな事が他の村人に知られれば、村を追放されるかもしれない。罪人として処刑されるかもしれない。しかし、それでも二人はアルマを助けたいのだ。もうたくさんだった。村の為とはいえ、生け贄を邪竜に差し出すなど。それが娘となれば、もう耐えられない。
「邪竜は必ず倒します」
二人の想いに報いる為にも、杏利は邪竜を倒す事を決意した。
「でも、どうすればいいんですか?」
しかし、肝心の出る方法がわからない。ギーグは説明した。
「あなたの服とアルマの服を交換し、入れ替わるんです。幸いにも、あなたとアルマの髪型は同じ。服さえ変えれば、入れ替わったとは気付かれないはずです」
アルマはベールを取ってみせる。なるほど、同じ黒の長髪だ。髪を前に垂らせば、わからないだろう。
「わかりました。じゃあすぐに!」
「ごめんなさい。あなたにこんな危険な役を押し付けてしまって」
アルマは謝った。本来無関係であるはずの杏利に、邪竜退治などという危険極まりない事をやらせようとしているから。
「いえ。生け贄だなんて、絶対間違ってますから」
杏利は首を横に振った。謝る必要などない。命の危機にある者を助けるのは、当然の事だ。
「あ、すいません。あたしが持っていた槍を知りませんか?」
杏利とエニマは、当たり前だが分けて捕らえてある。気絶していた間に取り上げられてしまい、どこにいるのかわからなくなってしまったのだ。ついでに脱走を警戒されてか、ポーチもない。
「恐らく武器庫です。ここには犯罪者の武器を取り上げて、保管しておく為の武器庫もあります」
「じゃあ武器庫へ!」
だがまずは着替えだ。ギーグが外に出て見張り番となり、シルムが手伝って杏利とアルマを着替えさせる。
「少しの間だけ待ってて下さいね。邪竜を倒したら、すぐ戻ってきますから」
「頑張って!」
杏利は自分の代わりにアルマを牢屋の中に残し、ギーグとシルムの導きに従って武器庫に向かう。
武器庫は牢屋の地下にあった。しかし、ここにも見張りが二人いる。
「待っていて下さい」
ギーグは杏利とシルムを待たせ、見張り番に話し掛ける。その後、杯を渡して瓢箪の中の水を飲ませた。間もなくして、見張り番は眠ってしまう。
瓢箪の中には、睡眠薬を混ぜた水が入っている。飲めばしばらく目を覚まさない。杏利を閉じ込めていた見張り番も、同じ方法で眠らせたのだ。ギーグはまた同じように見張り番の懐から鍵を抜き取り、武器庫の扉を開けて杏利を呼び寄せる。
「エニマ!」
「杏利!」
武器庫の一番奥に、エニマとポーチがしまってあった。杏利はエニマを抱き締める。
「ごめんね。あたしのせいでこんな所に入れられて……」
「気にするな。それより、よくここに来れたな」
「この二人が助けてくれたの。今夜二人の娘さんが生け贄にされるから、あたし達に助けて欲しいって」
「そうだったのか……すまんな。助かった」
「い、いえ……」
「本当に槍が喋ってる……」
意思を持つ武器を見るのは初めてなのか、二人ともかなり驚いている。
「そういえば、これから先はどうするんですか?」
杏利は牢から脱出し、エニマとも合流出来た。しかし、問題はここからだ。ここにいては杏利とアルマが入れ替わった事が確実に知られてしまうし、邪竜がいる場所もわからない。
「邪竜は、この村から少し離れた場所にある、洞窟を住みかにしています」
「生け贄が捧げられるのは深夜。時間になると同時に、生け贄は専用の壺に入れられ、洞窟に運ばれます」
つまり、杏利はその時、バレないように壺に潜入し、邪竜の元に着くまでじっとしていればいいのだ。
「問題は、ここの見張り番です。睡眠薬の効果も、さすがに深夜までは続きません」
「それなら、わしに考えがある」
「エニマ?」
「杏利。この前手に入れた能力を使うのじゃ」
「……ああ!」
杏利は少し考え、エニマが言った事の意味を理解した。この状況を打開するのにピッタリな能力を、この前手に入れたのだ。
「こら。起きろ」
まずは、寝ている見張り番を起こす。
「……あっ! お前……!!」
見張り番は驚くが、すぐ沈黙した。エニマの刃が真紅の光を放ち、その輝きを見てしまったからだ。
幻惑の宝光。見た者の精神を支配し、操る光を発する、ジュエルデーモンの能力。この前ジュエルデーモンを倒した時、奪った力だ。
「あんた達はあたし達が来た事を知らないし、何も起きていない。いつもと変わらず、見張りをしていた。いいわね?」
「「……はい」」
杏利は見張り番二人に暗示を掛け、ギーグとシルムを連れてその場を離れた。牢屋の見張り番二人にも、同じように暗示を掛ける。大魔導師が相手では効かない可能性があるから使わなかったが、普通の村人相手なら問題なく通じる。
途中ですれ違った相手全てに暗示を掛け、牢屋を出る杏利達。この暗示は相手から離れてもずっと効果が続くし、杏利が離れた場所にいても、任意でいつでも暗示を解ける。暗示を解くのは、全てが終わった後だ。
深夜。いよいよ、生け贄を邪竜に捧げる時だ。村人達が生け贄、に化けた杏利を、壺の中に入れて蓋を閉める。
壺を山車の上に載せて、村人の一団が森の中を行く。一団の中には、先端を飾り布で覆った長い棒を持つ者がいる。これは祭器であり、同時にモンスター除けでもある。ちなみに、トリアスは一団の中にはいない。村を守る為に必要だからだ。もし邪竜が約束を反故にして村人達を食い荒らしても、これだけの人数が戻ってこなかったらすぐわかる。だから生け贄を捧げるのに、トリアスは必要ない。
一団が森の中を進むと、ぽっかりと空いた洞窟が見えてきた。松明の火が消えないように注意して、ゆっくり洞窟に入る。洞窟はとても広く、大人数が一度に横に並んで入っても余裕がある。
夜の洞窟は非常に不気味だ。モンスター除けがあるおかげで、襲われる心配はないとわかっていても、怖いものは怖い。水滴が落ちる音が聞こえ、蝙蝠が奇声を上げて羽ばたく音が聞こえる。本当に、不気味だ。ただでさえ憂鬱な真似をしているのに、このまま生け贄を連れて逃げてしまいたくなる。しかし、それは出来ない。そんな事をすれば、村を潰されてしまう。
やがて一団は、祭壇の前に到着した。その後ろには、巨大な地底湖がある。ここが、洞窟の最奥部だ。村人達は壺を祭壇の上に置き、急いで来た道を引き返した。
間もなくして、地底湖に異変が起きる。水底に巨大な影が映り、浮上した。紫色の毒々しく刺々しい鱗と、巨大な翼を持つドラゴンだ。このドラゴンこそ、エーシャの村の村人達を苦しめている邪竜である。邪竜はニヤリと笑うと、壺に向かって前足を伸ばし、蓋を開けた。久方ぶりの生け贄である。
だが開けた瞬間、中にいた生け贄が飛び出し、宙返りして着地した。そのまま動きずらい衣装を脱ぎ捨て、村人の軽い服となる。少しばかり暑かったが、あの服で戦うよりはずっといい為、我慢して重ね着していたのだ。
「貴様!! 我が指定した生け贄ではないな!?」
邪竜は相手が食べようと思っていた生け贄ではないと知り、激昂する。
「ええそうよ。あたしは生け贄じゃないわ。あんたを倒しに来た、勇者よ! エニマ!」
「うむ!」
杏利が呼ぶと、岩の裏にあったモンスター除けの祭器が、上に回転しながら飛んできて、杏利の手の中に収まった。それから杏利は、布部分を外す。その下には、エニマの刃があった。
壺の中にエニマは入らない。だから祭器に擬装し、ギーグが変装して生け贄を運ぶ一団の中に紛れ込んだ。あとは村人達が引き上げるのを見計らって、こっそりエニマを隠してから、何事もなかったかのように帰る。それから先は、杏利とエニマに任せればいい。
「小癪な!! ならば貴様を食い殺し、今度こそあの村を潰してくれる!!」
「そうはいかないわ!! あんたはここで、あたし達に倒されるのよ!!」
邪竜はさらに怒るが、攻撃を仕掛けてくる前に、杏利がエニマを突き出し唱える。
「バニス!!」
火球が飛び出し、邪竜の顔面に直撃した。
「それは炎か?」
だが、邪竜はダメージを受けていない。
「教えてやろう。炎とはこういうものだ!!」
逆に口から、猛烈な火炎を吐いてきた。
「コフィル!! アクアル!!」
杏利ではなく、エニマが唱える。エニマの刃から、氷の塊と、水球が飛び出した。水球は、水属性の初級魔法、アクアルだ。邪竜の炎を相殺するため、コフィルと合わせて発動したのである。
しかし、氷は一瞬で溶けて蒸発し、水球もまた少しもせめぎ合えず蒸発した。とてつもない温度の炎だ。
「ちっ!」
杏利は一度下がって炎をかわし、邪竜に突撃して跳躍。前足にエニマを叩きつけた。もちろん加護は発動している。しかし、邪竜の頑丈な鱗には、傷一つ付けられなかった。外道でも竜である。強力なモンスターという事に、変わりはない。
まずは手数を減らす事を考えた杏利は、今斬りつけた前足を再度斬りつけ、石突で突き、拳で殴り、足で蹴って、魔法をぶつける。だが杏利の攻撃は、邪竜にかすり傷を付ける事しか出来なかった。
「非力だな! それは攻撃のつもりか!? 手本を見せてやろう!!」
邪竜はもう片方の前足を振るい、杏利を遠ざける。その瞬間に、また火炎を吐き出した。爪の一振りは地面を抉り、炎は氷を水に還し、空気へと消し去る。邪竜の攻撃は全てが必殺級だ。一撃でも喰らえば、さすがの杏利も命はない。
「はぁぁぁっ!!」
かといって、杏利が動ける足場は少ない。杏利が選択したのは、前進。前に進んでエニマを振るい、炎を切り裂いて跳躍し、邪竜を攻撃する。
だが、杏利がどこに攻撃を当てても、邪竜にダメージは入らなかった。このままでは勝てない。
「杏利!! ガンゴニールストライクを使え!!」
エニマの導きに従い、エニマを構える杏利。
だが、すぐに杏利はエニマを下ろした。
「どうした杏利!! ガンゴニールストライクを使えば、いかに邪竜とて一撃で倒せる!!」
確かにそうだろう。エニマの全力を、杏利が信じていないわけがない。
しかし、
「ガンゴニールストライクは、使わない」
「何じゃと!?」
その上で杏利は、ガンゴニールストライクを使わないと宣言した。
というのも、ガンゴニールストライクの性質に問題があるからである。エニマに秘められた全魔力を解放し、バリアを張った状態の突撃で相手を貫通する技。しかし使ってしまうと、魔力を回復するまで再使用は不可能になるし、魔法や加護も使えなくなる。短期決戦で使うならまだしも、使った直後に別の敵に襲われでもしたら、さすがの杏利でも対処は難しい。
だから、ガンゴニールストライクを使うのは、本当にどうしようもない時のみ。しかし杏利は、今がそのどうしようもない時だとは思っていない。ガンゴニールストライクを使わなくても、勝てるはずだと思っている。ちょうど良い機会だから、ガンゴニールストライクに依存しない戦い方を身に付けようと考えたのだ。
(さて、どうしたもんかしらね……)
杏利は再開した邪竜の攻撃をかわしながら、どうすればこいつをガンゴニールストライクなしで倒せるかと必死で考えている。一見すれば無理なように思えるが、杏利の頭の中では何かが引っ掛かっているのだ。
(あの頑丈な鱗をどうにかしないと。でも、仮にあたしの攻撃が通ったとしても……)
あの巨体が相手では、象を針でつつくようなものだ。大したダメージにはならないだろう。
(せめて、エニマがもっと大きかったら……)
邪竜に致命的なダメージを与えられるほど、エニマが大きかったら。
そう思った時、杏利の脳裏に妙案が浮かんだ。
ある。エニマを巨大化させる方法を、杏利は手に入れている。
「エニマ!! あの力を使うわよ!! 洗礼の洞窟で手に入れた、あの力を!!」
「む? ……そうか!」
エニマも杏利の意図を理解した。あの力を使えば、邪竜に致命傷を負わせられるはずだ。
「はぁぁぁぁぁっ!!」
エニマを振り上げる杏利。その瞬間、エニマの刃渡りが八倍ほど広くなり、刃が三十倍に伸びた。
「!?」
これには邪竜も驚く。
エニマが使ったのは、洗礼の洞窟で倒した、バルンガの能力。魔力を使った巨大化だ。杏利が思った通り、これほどの巨大化をしても、ガンゴニールストライクよりずっと魔力消費が少ない。
「やぁぁぁぁっ!!」
跳躍する杏利。エニマはある程度重量をコントロールする事が出来る為、巨大化した状態で杏利が跳躍出来る程、軽量化する事も出来るのだ。
「ぶった斬れぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
杏利がエニマを振り下ろし、その瞬間にエニマが一気に重量を増す。単純な巨大質量と重量による斬撃は、邪竜を右肩から切り裂いた。
「グォォォォォォォォォォォ!!!」
断末魔を上げる邪竜。杏利の攻撃は致命傷であり、とうとう邪竜は倒れた。
「終わったわね」
「うむ」
エニマを元に戻して着地する杏利。これでエーシャの村も、平和になる。
「む?」
「どうしたの?」
「……邪竜の能力が奪えなかった」
エニマはおかしな事に気付く。エニマのスキル強奪能力は、倒した相手の能力を奪う事が出来る。しかし、邪竜の能力を奪う事が出来なかった。相手が能力を持っていなかったり、魔法を使った遠距離攻撃など、エニマが直接触っていない攻撃で倒した場合は奪えないが(ガンゴニールストライクは大丈夫)、今のは明らかに直接攻撃で倒した。
「能力がなかったからじゃないの?」
「うーむ。炎を吐く能力は奪えるはずなんじゃが……」
「いいじゃない別に。どうせ大した能力なんて持ってないわよ」
「……そうかの」
それより今は、ギーグ達に邪竜撃破を伝える方が先である。
「帰り道がわかんないんだけど……」
「心配するな。わしが覚えておる」
杏利はエニマに導かれながら、洞窟を脱出した。
二人が去った後、邪竜の死体が、ふっ、と消えた。




