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レジェンドガール  作者: 井村六郎
第一章 杏利の旅立ち
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プロローグ

新作です。今回は以前書いたファンタジーを反省して、また新しく仕上げました。どうぞ!

 教室の窓際の席に、長い黒髪で凛々しい顔付きをした少女が、頬杖を付いている。

「ちょっといいかな?」

 声を掛けられて振り向く少女。話し掛けたのは、隣のクラスで一番のイケメンと言われている美少年だ。

「一之瀬杏利さん。単刀直入に言うけど、僕と付き合って欲しいんだ」

 イケメン君からのプロポーズだ。周囲に歓声が溢れる。どちらも美しい、お似合いの二人だ。

 だが、


「無理」


 少女、一之瀬杏利はあっさりきっぱりと断った。

 あまりにもあっさりと断られたので、イケメン君が困惑する。

「ど、どうしてだい!?」

「あたしの好みじゃないから。他に理由がいる?」

 そう言われてしまってはどうしようもない。イケメン君はすごすごと引き下がっていった。




 廊下を歩く杏利。すると……

「一之瀬。あのさ、俺と付き合って欲しいんだけど……」

 また告白された。

「やだ」

 また断る杏利。取り付く島もない。

「待てよ!」

 どうしても杏利に自分を認めて欲しいのか、少年君はそのまま行こうとする杏利の腕を掴んで止めた。

「何でだよ!! 俺のどこが悪いんだ!!」

 どうして認めてくれないのか、必死に杏利に尋ねる。

 だが、

「五秒以内に手を離して消えろ。五」

 杏利はその質問に答えず、五秒からのカウントを始めた。

「な、何だよ……」

「四、三、二、一」


「認めてくれるまで離さな――」

 少年君がそこから先の言葉を紡ぐことは、できなかった。紡ぐ前に杏利の拳が顔面に直撃し、仰向けに倒れて気絶してしまったからだ。

 杏利は少年君に掴まれていた腕を、さも汚いものに触られたというような顔をしながらはたき、また歩き出した。



 この通り、一之瀬杏利は外面だけなら美少女だが、内面は凶暴で好戦的で口は悪いはすぐ手足が出るわ、野蛮人という言葉が具現化したかのような最悪の女である。

 だがそのくせ、彼女は天才だった。何をやらせてもすぐ出来るし、頭もよく回る。その上、彼女の家は一之瀬流槍術という槍術を代々受け継ぐ家系で、腕っぷしも強い。

体力も成人スポーツマンの平均値を、遥かに上回るという怪物ぶりだ。

「勉強もスポーツも武術も出来て、おまけに見た目もいい。才色兼備って言葉は、あんたの為にあるようなもんよね~。あとは中身さえ美人なら、本当の完璧超人だけど」

「悪かったわね。いい子ちゃんはあたしの性分に合わないのよ」

 昼休み。友人の少女と談笑しながら、杏利は弁当を食べている。

「あはは。ところで杏利ってさ、やりたい事とか将来の夢とかあるの?」

「……別に。今でさえあたしに出来ない事なんてないし、そんなの何も思い浮かばないわ」

 杏利なら、どんな有名大にも難なく入れるだろうし、どんな仕事も完璧にこなせるだろう。しかし、夢がないという事が、少し少女の気にかかった。

「夢がないってヤバくない? それって、将来に希望がないって事だよね?」

「希望なんてないわ。そんなものがあるとすれば、あたしの望みは一つだけ。今までと全く変わらず生きる事よ」

 杏利は何でも出来る天才だ。そして杏利は、自分が才能溢れる人間として生まれられた事に感謝していた。なぜなら、楽が出来るから。大した努力をしなくても、すぐ出来る。すぐわかる。つらい思いや苦しい思いをしたくない自分としては、才能に任せて流れるまま、流されるままに生きていたい。それが、杏利の希望だった。

「なんて言うか、寂しい希望だね」

「そう? でもあたしが望んでるのは、本当にそれだけなの」

 他の人間が聞けば寂しいと思う希望だが、基本めんどくさがりの杏利には、最高の希望だった。



 一之瀬宅。ここには、一之瀬流槍術を習うための道場がある。今ここには杏利と、その祖父、倉人くらひとがいた。今日は自分が通っている高校の卒業式なので、杏利は気を引き締める為に稽古をつけて欲しいそうである。

 倉人は槍使いの中でも最高峰の実力者だ。戦国時代でも充分以上に通用すると言われている。しかし、杏利もまた、全国大会で万年優勝を納めている実力者。集められた選手の中でも、飛び抜けて強いのだ。倉人は年季を感じさせる攻め方をするが、杏利はそのワンランク上の反応速度で全て捌き、勝利する。

「強いな。杏利」

「当然。あたしは何でも出来るのよ?」

 杏利の実力を称賛する倉人に、杏利は得意気だ。

「そうだ。昔からお前は、何でも出来る。だが――」

 それは倉人も認めている事。しかしと、倉人は付け加えた。

「まだお前は、真の強さというものを理解しておらん」

 杏利の強さにはまだ足りないものがある。それは、真の強さを理解する事であると、倉人はそう言った。

「……何それ? 真の強さ?」

「お前は頭の良い娘だが、それは頭で理解出来るものではない。心で感じ取る事で、初めて理解する事が出来る。お前は頭を使う反面、心を使う能力が致命的に欠けている。天才のお前が、唯一出来ない事だな」

 倉人はそう言うと、槍を片付けて道場から出ていってしまった。

「……ムカつく。あたしより弱いくせに」

 自分に槍を教えてくれたのは倉人だ。それには感謝している。

 だが杏利は、幼少期にもう彼を超えている。槍術のルールを最低限教えてもらった後、数合打ち合っただけで槍の使い方、戦い方を理解し、倉人を打ち負かしたのだ。

 実力ではとっくに杏利の方が上であり、倉人は格下。そのはずなのに、なぜか勝てたという気がしない。杏利は言い知れない腹立たしさに不快感を覚えたが、倉人と同じように槍を片付け、道場を出た。



「おはよう杏利。またおじいちゃんに何か言われたでしょ」

 シャワーで軽く汗を流し、ブレザーの制服に着替えてリビングにやってきた杏利は、朝食を用意していた母、美晴から、早々に不機嫌な理由を見抜かれてしまった。

「……あたしには真の強さが足りてないって」

「それは一朝一夕で身に付けられるものじゃないわ」

「でもおじいちゃんには、その真の強さっていうのがあるんでしょ? 全然わかんないんだけど」

「おじいちゃんはまぁ、お歳だからね。あなたはまだまだ、若いもの。これから長い時間を掛ければ、必ずおじいちゃんの言った事の意味がわかるわ」

「そうだぞ杏利。いくら天才だからって、お前ぐらいの歳から何もかもわかりきってたら、生きる意味なんてなくなるからな」

 二人の話に割り込んできたのは、杏利の父、和幸だ。

「それにしても、お前も今日でとうとう卒業かぁ……」

「杏利。もうちょっとよく顔を見せてちょうだい」

 二人に言われるまま、杏利は顔を見せた。

 美晴が腹を痛めてこの世に産み出した、愛しい娘。少し前までは小さかったはずなのに、今ではすっかり成長して、もうすぐ大人だ。何でも出来て将来も安泰。二人は誇らしかった。

「時間ね。さ、早く朝ごはん、食べちゃいなさい」

「今日はお前の人生の晴れ舞台だからな。無事故で、元気にだぞ?」

「……わかってるって」

 杏利は朝食を摂り、しばらくして出発した。



 卒業式を終え、高校最後のホームルームも終えた。三年間通い続けた学舎とも、これでお別れだ。男子も女子も、教師も涙を流している。

「なのにあたしは、涙も出ないのよね~」

 そんな中杏利は、一滴も涙を流していなかった。もちろん泣いていないのは杏利だけではなかったし、寂しくないわけでもない。

 だが、それだけだ。それ以上の感情は、何も感じていなかった。自分の人生の通過点を、一つ抜けた。それくらいにしか感じていない。

 記念撮影も終わらせて、あとは帰るだけだ。帰ったら次は、大学に入るまで休むだけである。

(な~んか張り合いないな~。あたしの人生)

 あまりにも上手く、都合良く行き過ぎている。しかし、それは自分の才能のせいだ。退屈ではあるが、だからといって刺激を求めて行動を起こすつもりはない。面倒に巻き込まれるくらいなら、退屈なままでいい。流されるままでいい。退屈なまま、平穏なまま、死ぬまでずっと流されていこう。杏利はそう思った。



 杏利が異変に気付いたのは、校門を一歩出た瞬間だった。周囲が騒がしい。何かを見て、指を差している。

「えっ?」

 杏利が見てみると、目の前に竜巻が出来ていた。

「ちょっ、何!?」

 なぜ唐突に竜巻が出来たのかわからない。そしてその竜巻は、真っ直ぐ杏利に向かってきていた。

「!? 足が……!!」

 杏利はすぐ逃げようとしたが、なぜか足が地面から離れない。靴を脱ぐ事も出来ない。下半身が全く動かなくなっていた。竜巻は杏利の目の前まで迫っている。

「くっ!」

 上半身は動かせる。両腕で顔を覆い、衝撃に備える杏利。

 杏利を呑み込んだ後、竜巻は消えた。そして竜巻の後には、杏利の姿もなかった。



「……?」

 竜巻が消えた事に気付いた杏利は、両腕を下げて周囲を見る。

 さっきまで校門の外にいたはずなのに、杏利はどこかの建物の屋上にいた。そして杏利の目の前には、派手な服を着た者や鎧兜を着込んだたくさんの男女が、目を丸くして立っている。


「……勇者様だーーっ!!!」


 やがて一人の男が叫び、すぐ周囲が歓喜の声に包まれる。

「……えっ?」

 何が起きているのか、天才的な頭脳を持つ杏利にも、全くわからなかった。

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