四滴目 Visit。朝五時の配達員。「貴方は高位眷属に堕ちました」
ピンポーン
「!!!!」
小牧は肩をビクッとさせてから、
「なんだよ、ビックリさせやがって」
と舌打ちをした。
一度喉を通し、何事も無かったように振る舞う。
「どちら様〜??」
玄関の覗きから、訪問者を確認。
そこには二人の存在。
一人は180センチほどの身長と、もう一人はその腰ほどの背丈だ。
二人とも宅配業者のような装いで、帽子を深く被っていた。
背の低い方は手に日傘のようなものを持ち、背の高い方と手を繋いでいる。
「どうも、なろう急便のものです〜。ハンコかサインお願い出来ますか〜」
明らかに妙だ、と小牧が訝しむ。
確かに自分でネット注文が無くとも、実家から野菜などを仕送りが来る事がある。
しかしそれはいつもの配達員で、小牧も見知った顔だ。九州から上京し、十八歳で宅配業者に入社した好青年だ。
が。
今居るのは、覗きから顔も見えないように警戒している二人組で、しかも片方は、子供ぐらいの背丈しかない上に、手を繋ぎ日傘を所持。
有り得ないにも程がある。
しかも時刻は、朝の五時前。
小牧がさっきまでの発熱で魘されていなかったら、確実に寝ている時間帯。
世間一般が活動するよりも、何時間も前だ。
明らかに妙。
不審人物だ。
「あ、すいません。えっと、また後で、あの、お願いします」
自分でもどんな断り方をすれば良いか分からない。
新聞の勧誘ならば、もう少し軽快に断りを入れられるが、そもそも今起こっている事が有り得ないのだ。
自分の住所を特定された状態で、不審者を激昂させても拙い。
「え〜、弱りましたね。どうしましょうか。ユカリンさん」
玄関のドア越しに、あからさまに困惑している声色が響く。
「丸聞こえなんだけど」と、小牧も小牧の立場で困惑を露わにする。
もう一度覗きに目を当てると、背の高い方が背の低い方を見ている。
すると。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ぶっ壊す」
と、小さい方が呟いた。
*******
「ぶっ壊す、って。え、マジか!?」
ドアに耳を当てていた小牧は徐に一歩下がり、尻込みをした。
すると、玄関のドアから歯の浮くような耳障りの悪い金属音がした。
そして徐々に、ドアが捩じ開けるようにして開いていく。
ギギギ、ガギ、・・・ガグガガガ
ドアの左上、蝶番の方から、斜めに捲るようにしてドアが変形する。
背の高い方が「ユカリンさん、もう結構です」と制すと、ドアの鍵が一人でに回った。
「え?ど、どうして」
思わず声を出す小牧。
するとドアを開けて、背の高い方の配達員がピッキング用工具を数本見せた。
「備えあれば、なんとやら、です」
すると小さい方が、
「・・・・・・・・・・・・・・・・だったら、さっさと使えよ」
と呟いた。
小さい方の根拠に一理も二理もある為、背の高い方は誤魔化そうと二、三度大きく咳払いをして、帽子を取った。
そして、円を描きながらその帽子を胸に当て、姿勢を正して洗練された角度で一礼。
紳士的なその態度と、ロマンスグレーの髪色が、七三分けもオシャレな髪型に錯覚させる。
「お初にお目にかかります。杉野清兵衛と申します。仲間からは【せんべえ】の愛称で親しまれております。以後お見知り置きを」
そして小さい方の帽子を脱がせると、それはフランス人形のような可愛らしい女の子だった。
白銀の巻き髪に、真っ白い肌。
クリッとした大きな瞳は、右側が綺麗なピンク色をし、左側が澄み切ったエメラルド色をした色彩異色症。
年齢からか、性格からか、顔には表情があまり無かったが、それでも十分魅力的だった。
「彼女の名前は、椎名・クラリス・遊華里です。【ユカリン】とか、【クラちゃん】とか呼んであげてください。以外と力持ちなので、優しくしないと、持ち上げられてゴミ箱に捨てられちゃいますよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」
と、椎名は無表情のまま、大きな瞳だけを杉野に向けた。
その瞬間、椎名は場の空気を一瞬で凍らせる事に成功。
「じょ、じょじょ、冗談ですよ?ややや、やだなぁ、ユカリンったら」
杉野は額に汗を滲ませながら、必死で取り繕う。
何にもしていない小牧も、背中に汗が伝うのを感じていた。
「じゃ、じゃあ、本題に入りましょうか」
まだ少し動揺していたのか、発声に淀ませながら、杉野はポンと手を打って、一言小牧に告げた。
「率直に言います。貴方は高位眷属に堕ちました」
次回
眷属とこの世界の解説回です。