三滴目 41℃。眷属への壁。
※もしかしたら写真のシーンは、ちょっと残酷描写に入るかもしれません・・・。
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小牧はその夜、41℃の高熱を出した。
全身から滝のように汗を流し、悪寒でガタガタと震え続ける夜。
いくら布団や毛布を掛けても身体は温まらず、いくら水を飲んでも喉の渇きは癒えなかった。
幼少時に一度インフルエンザに罹った経験が有ったが、今はそれが生易しく思える程。
「ぐぁぁぁぁ、ヤバい。死ぬかも・・・、マジで・・・」
小牧は身体を震わせながら、就寝前の出来事を思い出す。
彼は公共料金の支払いにコンビニに行き、その帰りに妙な女に背後から襲われたのだ。
そして馬乗りになられて、首筋に口付けをされた。
その帰りには、金髪の修道服男に女に逢ったどうか聞かれ、雰囲気の重々しさから嘘をついてしまった。
「俺が何かしたか?」
ぐらんぐらんと天地が回転し続ける頭で、思考をしようとする。
まさか。あの女のキスで、何かのウイルスを移されたのか?
まさか。あの修道師に嘘をついたから、天罰が下ったのか?
何か原因を探ろうとしても、真面に思考が廻らない。
そして体温はもう1℃上昇しようとしていた。
人間が生きていられるギリギリの境界線。
「はぁ・・・、はぁ・・・」
その時。
小牧の首筋、あの女に口付けされた部位に灼けるような痛みが走った。
その首筋には体の中から、妙な形の痕が浮き出始めていた。
それは次第にハッキリとした【紋章】になり、暗い小牧の部屋で紅く光りを放つ。
「ぐわぁぁぁぁぁ!!!!!!」
鉄板を押し当てられたような首筋の肌にはっきりと感じた小牧は、手でそれを抑えた。
そして次第に赤い光りは落ちつき、刺青よりもはっきりとした紋章が、小牧の首筋に定着した。
途端。
小牧は、自分の身体が軽くなったことに気付く。
さっきまでの激痛や悪寒が、まるで起こらなかったかの如く。
小学生時分に、外で走り回っていた頃の活力が身体の芯から感じられた。
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——————————チュン、チュンチュン、チュン
気が付くと、外はぼんやりと碧くなっていた。
朝靄と冷たい空気が、窓を結露させている。
数羽の雀が控えめに鳴きながら、毛繕いをしながら、首を傾げていた。
小牧は改めて、自分の掌を見てみる。
別段何かが変わったわけでも無いが、妙な心地もする。
——————————カチャン
と。
郵便受けに何かが入れられた気配がし、小牧は玄関に向かった。
それは病的なまでの白さをした、一通の封筒。
裏を返すと赤い蝋で封がされており、そこに薔薇の紋章の判が押されている。
随分手が込んでいると感心しながらも、その判以外に封筒には何の文字も書かれていない。
もちろん切手も消印無い。
つまりは誰かが直接小牧に届けたのだ。
小牧は玄関のドアを開けたが、そこには誰も居なかった。
訝しみながら、その封を開け、中を見る。
「写真・・・?」
数枚の映像記録をプリントアウトしたものらしい。
が、小牧は思わず息を飲んだ。
なぜならそれは女が、十字の台に磔にされているものだった。
女は顔には目隠しをされ、下着姿だった。
黒のレースの下着と対比するように白い柔肌。
豊満な胸と締まったウエストは、そういった趣向の人間には堪らない絵面だったろう。
それだけでは無く、磔の手段は、マイク程もあろうかという大きな釘で掌を打ち付けられているのだ。
そこからは出血をし、ボタボタと血を流しているという猟奇的な記録。
二枚目も同じものだった。
しかし、その女が大きく口を開けている。
悲鳴を上げながら、どうにかその磔台から逃れようと、体を揺すっているようだった。
三枚目。ここからその猟奇さに拍車が掛かる。
なぜなら女が、徐々に変化し始めたからだ。
肌が裂け、全身から噴出すように出血をしている。
四枚目。ここで小牧は思わず口に手を当て、「っう」と一度嗚咽を漏らした。
磔にされた女の白く美しかった肉体が、腐食したようにドロリと骨からずり落ちていた。
髪は抜け、白骨が所々むき出しになっている。
小牧は映画で特殊メイクのようなもので似たようなものを見たことがあった。が、写真のそれは本物だと瞬時に理解出来た。
本能が。
生理が。
悟性が。
その写真の出来事が、この地球上のどこかで確実に行われた事実で在る事を訴えかけていた。
その下にもう一枚写真が存在する事を、小牧の指が知覚していた。
小牧は、手を震えさせる。
そして少し迷ってから、次の写真を捲った。
五枚目。同じ十字架の磔台。
そこには身体を灰にさせ、風化させていく骸骨が写っていた。
首から上は、どこかへ吹き飛んだのか、既に無い。
そして骨だけになった、おそらく一枚目の女性だったであろう骸骨は、黒いブラジャーをしたまま、その骨に真紅の血を纏わり付かせて磔になっていた。
衝撃度は四枚目が群を抜いており、一枚の写真としてはその五枚目はさほど肝は冷やさなかった。
が、やはり写真を連続して見て、話の繋がりを否応無く視認している小牧にとっては、その五枚目も相当に精神力を引き裂く破壊力を有していた。
「誰だよ。こんなもの俺のポストに入れた奴。誰かと間違ってるんじゃないか!?」
若干の苛立ちを言葉にする。
でないと、今此処に存在する恐怖感に支配されてしまいそうだったのだろう。
普段使わないような荒れた言葉を罵ったり、訳の分からない鼻歌を歌ったりと、小牧はその場の空気感をどうにかやり過ごそうとしていると、今度はインターホンが鳴った。
ピンポーン
次回。
朝5時の配達員。