二滴目 異能力。譲渡完了。
小牧と日本人形のような髪の女とのやりとり。
その後に、追跡者らしい存在が。
「ヤ、ヤメろ!!止せ!!」
駒木がジタバタしても、彼女は微動だにしなかった。
これでも駒木はまあまあ背が高く、か細い方ではない。
それに比べて今馬乗りになっているのはスレンダーな女だ。
しかし彼女は半紙の抑える文鎮のように、駒木がいくら上体を起こそうとしても、乗られている下半身を一気に引き抜こうとしても、全くビクともしなかったのだ。
「見つけた。適合者」
彼女はそう呟くのを、駒木は聞き逃さなかった。
「え、何の適合者?クズの適合者?社会不『適合者』ってこと?」
小牧は自虐すると、女は彼を見下すように冷笑した。
「血液が、って事だけど・・・まぁ、社会不適合者もあるかも。これからアナタは、一般社会とは適合出来ない【異能力】を得るんだから」
「社会に適合出来ない・・・、異能力・・・?」
すると彼女はもう一度冷笑すると、駒木の首筋の頚動脈に。
噛み付いたのだ。
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「痛っ・・・、くない?」
女は小牧に噛み付いたのでは無く、口づけをしていた。
彼女のその柔らかく湿った唇で、小牧の首筋を撫でるように。
女性経験の少ない小牧はその突然の出来事に、されるがまま身体を固まらせた。
が、しばらくすると、
「譲渡完了」
と女が呟いた。
「これで数分後には、異能力が移行される」
そしてそれまで小牧に馬乗りだった状態から、ゆっくりと降りた。
途端に、彼女は辺りを警戒する。
鼓膜が何かの音を捉えたのか、一度この路地の入り口を見据えてから、彼女は軽く腰を落とし屈伸した。
「聖サントス学園、大聖堂。第7のステンドグラス」
そう言い残すと、素早く跳躍した。
少し膝を曲げた程度で、3階建ての雑居ビルの屋上に着地したのだ。
「う、うそ・・・?」
小牧は信じられないと言った表情で、彼女の跳躍を目で追った。
すると入れ違いに、数人の男たちがこの裏路地に現れた。
辺りをキョロキョロして、何かを探しているようだ。
こんな時間だというのに、彼らはサングラスをし、黒のスーツに黒のネクタイをしていた。だが、彼らの身のこなしはサラリーマンのそれでは無い。もちろん葬式帰りと言った雰囲気も無い。
どちらかと云えばSPのようでもある。
表情の堅さや、体型の屈強さが、小牧を緊張させた。
その男たちは、元から小牧など眼中に無いらしく、周囲を物色し終えるともう一度辺り見回した。
そして何かに気づいたように、雑居ビルの屋上に注視する。
さっき小牧の首にキスをした、日本人形のような髪型をした女が、彼らを見下すように屋上の縁に立っていたのだ。
そして彼女はニヒルに微笑する。
するとまた軽く膝を曲げると、残像すらも残さず、影も形も無く消失。
それを見た男たちは舌打ちをし、またどこかへ居なくなってしまった。
小牧は一度首を捻り、今起こった光景を整理しながら帰路に着いた。
どうやら、あのSP風の男たちは、小牧の首にキスをした女を探しているようだ。
女には人を超越した身体能力が有るようで、軽く跳躍するだけでビルの屋上まで飛ぶ事が出来た。
そして。
その女は小牧に「譲渡完了」と言った。
そこまで記憶を繋げると、小牧はコンビニの前で一人の修道服を着た男とすれ違った。
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小牧は一瞬、彼の顔を見た。
その修道服の男は、日本人だがとても自然で爽やかな金髪をしていた。
額が隠れるくらいまで伸ばしても不健全な印象は無く、むしろ目鼻立ちの整った顔にはとても似合っている。
その顔には、始終穏やかな笑みを浮かべていた。
そして小牧とその男がすれ違おうとしたその時、修道服を着た男が「すみませんが・・・」と小牧を呼び止めた。
見た目と同じ穏やかな声だった。
「女性を、見ませんでしたか?髪を額で切り揃えた和人形のような」
「見てません!!」
修道服の男の問いに、小牧は間髪入れずに返答。
あまりにも不自然なスピードで、普通なら逆に疑われそうではあったが、その修道服の男はしばらく間をおいてから、
「・・・そうですか」
と、受け答える。
そしてウッドソールの革靴をコツコツと響かせながら、闇夜に消えていった。
小牧は額に汗を滲ませていた。
それはとても冷たい汗。
体の熱を逃がす為ではなく、精神的なもの。
心臓は高鳴り、身体は無意識に力んでいた。
そのウッドソールの足音が消えても、小牧の耳にはいつまでもその音が残っていた。
次回
小牧を追う組織と小牧を助ける組織が登場。