革命③
テンダーとラウディが証拠を持ち帰り、アルテストのことも保護してきたあと、テンダーの素早い対応により、一連の事件の黒幕であったディオスの所業は世界中に知れ渡ることとなる。
アルテスト本人が証言する番組が放送される一方で、ディオスに直接事情説明を求める生放送番組も組まれた。その様子を、アブソリュートの上層部は揃ってモニター越しに見守っている。
「どうなんですか!?操られているとは、どういうことなんですか!?」
「私には何のことか。そもそも、誰かを操るなんて簡単にできるものではないでしょう」
記者たちに詰め寄られるディオスだが、あくまでも白を切るつもりらしい。そこで、記者たちはあらかじめアブソリュートから得ていた情報を世界に向けて発信する。ディオスもそれを間近で確認することになった。
「今までの爆破事件は、あなたが命令したことだというのは本当ですか?それどころか、ウルカグアリの巫女ノエルさんや、世界的画家アルテストさんの誘拐事件にも絡んでいるという証拠もあるんですよ。テミスもあなたに力を貸しているというのは、どういうことなんですか!?」
証拠を突きつけられ、ディオスの顔が曇ったように見えた。これで事件は収束するかに思われたが、一筋縄でいく相手ではない。ひとつ息を吐いたディオスは、余裕たっぷりの笑みを浮かべてカメラに向き直る。
「そんな証拠をどうやって用意したのやら。信頼に足る証拠なのでしょうか?仮に、これが事実だとするならば、アブソリュートこそ法に触れている。それに、私だけでなくテミスにも疑いをかけるなんて、ウルカグアリの巫女様捜索に力を注いだ彼らを侮辱するものでしかない。手柄をとられたことに対する嫌がらせにも見えますね。あなたたちも、アブソリュートに言われたからきたんでしょう?彼らのことを信じすぎるのもどうかと思いますよ」
男は、そう雄弁に語る。
「まぁ、こうした機会はめったにないですし、少し私の話を聞いてもらえますか?ああ、放送はそのままで構いませんよ。全世界の皆さんに聞いてもらいたいことなので」
いったい何を始めようというのか。記者たちも、モニター越しに様子を見ていた視聴者たちも、食い入るように画面を見つめていた。
「今までのこの国、そして世界には理不尽なことが多く存在してきました。私は、微力ながらそれを少しでも変えていけるように尽力してきたつもりです。しかし、いつまで経っても変わらないことがありました」
静かにディオスが話し出したのは、古い伝承に伝わる全属性使いの存在についてだった。
「全属性使いは、神の子であると古くから言い伝えられてきました。その伝承に違わず、全属性使いは特別な力を与えられて生まれてくる。それにも関わらず、不当な扱いを受けてきた全属性使いは多い。私は、そんな世界の在り方に疑問を持たずにはいられませんでした。しかし、ご安心ください。新王陛下なら、全属性使いが正当な扱いを受ける世界を創ってくださるはずです」
話はそれで終わった。多くのひとは、その内容に首を傾げる。
異変は、城で取材を続けていた記者たちがすぐに気がついた。城の外が騒がしい。怪訝に思って窓から外を覗くと、城の前には様々な立場にある者たちが集まってきていた。そこにいる者たちは、口々に叫んでいる。
「新しい世界を!全属性使いに正当な世界を!」
「そうです、我々全属性使いは、もっと正当な扱いを受けるべきなのです!」
「新王陛下、万歳!!」
彼らが叫ぶのは、ディオスが掲げた全属性使いたちの立場の確立への賛同。全属性使いでない多くの者たちは首を傾げる。しかし、全属性使いはそれに大きく反応した。
「な、なんという事でしょう!?次々と城に国民たちが集まってきます!!」
困惑する記者たちを前に、ディオスは余裕の表情を崩さない。
「さて、こんなことに時間を潰すより、新しい国の建設に力を注ぎたいのですけどね。これほどにも、新たなこの国に期待を抱く民がいるというのだから」
そんな彼の在り方に異様さを感じた視聴者は少なくなかった。熱狂的に支持する者たちに対して、冷静な判断をする者たちも団結し始める。放送が全世界に向けて発信されていたものであったため、混乱は広い地域に及んでいった。国は、世界は、少しずつ分断し始める。
その放送を会議室で見ていたデモリスは、いかにも不快そうに画面を睨みつけていた。
「いくらなんでも、ここまで賛同者がいるのはおかしい。タイミングも良過ぎるだろう。仕組んでいたかのようだ。やはり、操られているのか……」
全属性使いばかりが狙われる対象になっていたことと、今回のディオスの発言には結びつくものがあった。見逃していただけで、ディオスの傘下に入っていた者は少なくなかったのかもしれない。
「しかし、誰かを操るなんてふざけた魔法は簡単に使えるものじゃない。相当な魔法の使い手だぞ」
「リードの言う通りだね。でも、本当に相当な魔法の使い手だったら、あり得ることだよ」
久しぶりに負の感情が表に出ている友の両隣の席で、リードとテンダーは同じことを考えていた。デモリスは、十年前の事件と、今回の事件の関連性を疑っているのだ、と。それは、自分たちも同じだった。
十年前に事件に巻き込まれて亡くなった親友だった少女。彼女は、何者かに操られていたとしか思えない行動をとり、親友デモリスたちに襲い掛かってきた。そんなことをする子ではないと、デモリスたちは重々承知していた。
最終的に、その少女は亡くなってしまう。そのことは、三人の心に大きな影を残した。デモリスが負った、左胸の傷と共に。
「このままでは、収拾がつかなくなる。確信と言っていい証拠もある」
一部始終を見ていたネオは、決意したように口を開く。
「我々は、我々の信念をもって独断で動く。全責任は私がとろう――と、言いたいところだが、今回ばかりは私だけの責任では済まないだろう。結果によっては、アブソリュートの存続すら危ぶまれる。先に言っておこう。これから出す任務、無理だと思ったら辞表を書け。だからといって、責めはしない。それだけリスクのある任務だ」
その場にいる一同の顔を見まわしてから、ネオは指令を与えた。
「ディオス、そしてテミスの局長アンヘルを捕らえろ。王家、そしてテミスの局員もどこまであちら側にいるのか予想できない。怪しければ、そちらも対処しろ」
そうなるだろうと、その場にいた誰もが理解していた。しかし、その事の重大さも同時に分かっている。
そんな中、すぐさま口を開いたのはデモリスだった。
「ディオスの方は、私に行かせてください。今回ばかりは、行くなと言われても私は行きます」
その瞳には、まったく迷いはなかった。
「ちょっと~、抜け駆けはよくないんじゃない?」
「お前が行くなら、俺たちも行くさ。できることは限られているがな」
それは、テンダーとリードも同じだった。
「テンダー、リード、いいのか?リード、お前に関しては家族もいるだろう」
「ああ、だから俺には失敗が許されない。それでも、無視はできないさ。事情は妻も知っている。彼女も、あいつと親しかったからな」
ネオは、三人から固い決意を感じ取った。
「分かった。君たちの実力からいっても申し分ない。そちらは任せよう」
ネオも、彼らの決意の裏にあるものを分かっている。だからこそ、絶対任務を成功させようとするだろうと。三人の申し出を、ネオは受け入れた。
彼らの次に決意したのは、今回の件について無視できない立場にあるソワンだった。
「私も残ります。息子たちのこともありますから」
ソワンは、未だ安否の分からないエイドのこと、そして恐らく自分から前線を退くことはないだろうファスのことを心配していた。子どもたちを置いて、自分だけ逃げるなんてあり得ない。それは、夫であり組織員のアムールも同じ思いだろう。
作戦部隊隊長のソワンに続くように、副隊長のヴァイルが鼻を鳴らした。
「ふん、納得のいかないまま放っておく気はない。アブソリュートの上層部会の一員として、相応の覚悟はできている」
残る意志を示したヴァイルに、テンダーは少し意外そうに目を丸くする。
「わー、珍しくヴァイルさん張り切ってるぅ」
「何か言ったか、テンダー?」
「いーえ、何も~?」
ヴァイルに睨まれ、慌てて視線を逸らす。いつものヴァイルの態度からすれば、こういうとき真っ先に逃げ出しそうだとも思っていたが、組織の一員としての誇りは持っていたようだ。ヴァイルの思わぬ発言に、迷っていた上層部の隊員たちも次々作戦参加を決めていく。
「若い子たちに任せて隠居するには、まだ早いかな」
様子を眺めていた最年長の救護部隊隊長リカヴィルは、穏やかな口調でそう述べた。彼にしてみれば、目の前にいるのは、昔からその成長を見守ってきた子どもたちである。ネオが言い出した時点で、リカヴィルは参加を決めていた。
そんな仲間たちを前に、ネオは頭を下げ、ありがとうと心から礼を述べた。その上で、再度念を押す。
「各自、自分の隊の隊員たちに指令を伝えろ。無理強いはしなくていい。自分たちで残るか、残らないかは判断させろ。君たちにも、もう一度言う。誰かの意見に流される必要はない。自分の意志で決めてくれ」
最終的に、上層部の隊員たちは全員参加することになる。
まだ寒さの残る日の午後、世界防衛組織アブソリュートは、アイテール王国とテミス国法管理局を敵に回すことを決意した。
 




