革命②
一連の放送があった後の人々の動きは混乱していた。
アルテストの言葉を信じた者もいれば、信じない者もいる。信じないとした者たちの中には、自分の家族や、支持する有名人などの言葉に影響を受けた者も少なくなかった。
ウルカグアリの巫女ノエルも、「信じない」者のひとりだった。その背景には、テミスがアルテストの言葉よりも、城の方を擁護しているような発言をしていることが少なからず関係している。ノエルがテミスに助けられ、その後も何かと面倒を見てもらっているテミスのことを疑うことはできない、という意見がウルカグアリでは過半数を占めていた。それに加え、ノエルは主にプリゾナ鉱石関係の各地の商人たちの間で顔が知れている。その商人たちも城を擁護する傾向にあった。
テミスが城を擁護している状況でアブソリュートが動けば、間違いなくテミスを完全に敵に回すことになる。事は慎重に運ばねばならなかった。
アブソリュートの上層部でも緊急会議が開かれ、各々に意見を出し合っていた。
「あの報道を見ても、なぜテミスは動こうとしない。アルテスト=ペインの言うことが本当なら、直ちに保護と捜査に乗り出すべきではないのか?」
作戦部隊副隊長のヴァイルが、苛立ちを見せる。それに対して、作戦部隊隊長のソワンは冷静に対応した。
「つまり、そういうことなのでしょうね。司令官が以前おっしゃっていたことをお忘れですか?」
それを聞いたヴァイルは、ふん、と鼻を鳴らす。
「法を司る者が公平な立場を崩すなど、以ての外だ。堕ちたものだな」
最高司令官ネオは、自分の考えていたことが悪い意味で現実になってしまったことに頭を抱えていた。アブソリュートと同等かそれ以上に世界で影響力のあるテミスが敵に回ることは、恐ろしいことだ。早く対処しなければ、取り返しのつかないことになる。
「テミスは、我々の敵に回ったと考えていいだろう。だが、あと一歩足りない……証拠があれば、私はテミスの存在など関係なく動くつもりだ」
もはや、傍観してはいられない。だが、テミスや城のことを無視して勝手に動くということは、大きなリスクを伴う。もし間違いであれば、アブソリュートの存在が危ぶまれる可能性があった。だからこそ、確証が欲しかった。テミスや城が、何かよからぬことを企んでいるという証拠が。
その時だった。会議室の扉がノックのあと開かれ、ふたりの隊員が入ってくる。そして、その後ろにはもうひとり。
「遅くなりました。でも、ちゃーんと証拠掴んできましたよ」
「あと、このひとも連れてきました」
入ってきたのは諜報部隊のテンダーとラウディ。そしてラウディの後ろから顔を出したのは、城から脱出してきたアルテストだった。例の任務のあと、放送を見たふたりは、城の近くまで行き、抜け穴から出てきたアルテストと合流し、ここまで連れてきたのだという。
その場にいた誰もが驚き、ネオも珍しく声を高揚させ、ふたりを労った。
「よくやった、ふたりとも!アルテストさんも、よくぞご無事で」
「国王陛下やこちらのお二方に助けていただきました。感謝しています。しかし、安心するのはまだ早い。この様子なら分かっていると思いますが、急いだ方がいいです。私にできることなら、協力は惜しみません」
「ありがとうございます。詳しいお話しは、あとで伺わせていただきます。案内させますので、少し休んで下さい。お疲れでしょう」
アルテストは、その申し出を素直に受け、ラウディと共に別室へと移動した。
残された上層部の隊員たちは、揃ってテンダーたちの持ち帰ってきた証拠を確認する。
重要書類や、盗聴、時には内部の関係者を直接脅して吐かせたことをボイスレコーダーで記録したものまで、様式は様々であったが、疑念を確信へと導くには十分だった。
「前王の側近ディオスが首謀者か……やはり、テミスの局長アンヘルもあちら側についていたか」
テンダーの持ち帰ってきた証拠から、ネオはそう確信した。その場にいた多くがディオスの名が出たことには驚いていたが、ネオは前に城勤め帰りのラウディからディオスが怪しいと聞いていたため、やはりそうかと嫌な確信をしただけだった。
そして、首謀者はディオスであるが、城には協力者が山のようにいることも今回の調査で明らかになった。城にいるほとんどの者がディオスを支持し、協力する動きを見せているとのことだ。それが本当に協力しているのか、操られているのかは別として。
まだあちら側に回っていないと考えられるのは、第一王子アルベールと第二王女マリアム、そしてアルテストを逃がした現国王ディンだけだった。
これを受けて、テミスとアイテール城が敵に回ったことを疑う者はこの場にいない。ネオは、覚悟を決めた。
「テンダー、まだあちら側に回っていない放送局は分かるか?」
「安全面でいうなら、国外の方がいいですね。すぐに他の支部に連絡をとって手配します」
帰還してすぐだというのに、休むことなくテンダーは連絡を取りに出ていった。いつもの彼とは思えぬ手際の良さだった。いや、これが本来の彼の姿かと昔から彼のことを知る者たちは思う。
いつもはテンダーに手を焼いているリードも、彼の仕事の腕だけは認めていた。よくここまで踏み込んだ調査ができたものだと、その能力には感服するしかない。
「いくら何でも、テンダーたちの持ってきた証拠を見せられて、ディオスやテミスを疑わないのはあり得ない。これでもやつらを全面的に信じるやつらがいるならば、黒と考えていいだろうな」
「操られている、か……」
隣の席に座っていたデモリスの意味ありげな呟きを拾ったリードは、はっ、と何か思い当たる。
「デモリス、まさか」
「そのまさかかもしれないな」
ふたりの頭によぎったのは、十年前のあの日。大切な親友を失った事件のことだった。
 




