革命①
その知らせがアイテール王国中に広まったのは、また寒さがぶり返した雪の降る日だった。
――国王レクス=リアン=アイテールが亡くなった。
そのニュースは連日テレビでも放送され、誰しもの耳に届くこととなる。
国王の葬儀には多くの人々が参列し、その死を惜しんだ。国王レクスは、民の暮らしを良くしようと尽力したひとであった。
葬儀の様子が放送されると、ほとんどのテレビ局が次期国王であるディンのスピーチの場面を映した。父王の跡を継ぎ、立派に国を治めると涙を堪えながら多くの民の前で話す少年の姿は、絵になるのだろう。
その傍らには、その兄と姉、そしてディンの母の姿もあった。目に涙を浮かべる姉と、険しい顔で棺を見つめ続ける兄。そして、自分の息子のスピーチを見守る母。
葬儀が終わると、まだ日も浅いうちにディンの戴冠式が執り行われ、正式にディン=リアン=アイテールは、新たな国王として迎えられることとなる。
その瞬間、この国、そして世界は、大きく運命を左右する分岐点に立たされたのだった。
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「テレビ見てみろよ!アルテストさんが見つかったってよ!!」
そんな朗報が舞い込んできたのは、ディン王子の戴冠式から3日後のことだった。
休憩時間に隊員たちが集まる談話室には、大きなテレビが一台置いてある。数少ない娯楽のひとつであるので、いつもは番組争いが起きていたりする。
しかし、今日は世界的画家アルテスト発見の知らせを受けて、どの番組でもその話で持ちきりだった。俺も、いつもはあまり見ないが、ひとだかりができているテレビの前で、その内容を追う。
「では、これから生放送でアルテスト=ペインさん発見のニュースを、本人へのインタビューを含めてお送りします」
アナウンサーの女性は、アルテストがアイテール城の兵士たちによって発見されたことを明かした。今は城で保護されているらしい。
そして、エイドも同じく城で身柄を預かられているとされ、誘拐犯として大々的に取り上げられていた。やはり、アルテスト失踪にエイドが絡んでいるのは間違いなかった。
新王に変わってすぐの喜ぶべきニュースに、人々は盛り上がっていた。その中で、俺は素直に喜ぶことができない。アルテストが見つかったことは本当に良かった。だが、それは同時にエイドに罪状を叩きつけるようなものであったから。
心は晴れないまま、テレビの中の場面はアイテール城内の一室に移り変わる。そこには、俯き加減に椅子に座ったアルテストの姿があった。多くのメディアが詰めかける中、ひとつのテレビ局のリポーターがアルテストに質問を投げかける。
「アルテストさん、今回は大変でしたね。あなたを誘拐したのはアブソリュートに所属する隊員だとか。アイテール城の兵士に救出されたそうですが、今のお気持ちをお聞かせいただけますか?」
顔を上げたアルテストは、穏やかな笑みを浮かべていた。しかし、すぐにそれは一転し、鋭い声で全世界に向けて叫ぶ。
「このひとたちに騙されたらいけないよ。彼は操られていただけだ。黒幕は、このアイテール城内にいる、みんな騙されないでくれ!!」
しん、と静まり返り、テレビの中のひとたちも、テレビを見ているひとたちも、誰もがその言葉に意表を突かれた。
畳みかけるようにアルテストは続ける。
「私もここから脱出する。みんなも気をつけて、どうか騙されないで!!」
そう叫ぶと、アルテストは勢いよく立ち上がり、画面の外へ消えた。画面に映る映像も、何者かに遮られ、途切れる。その一部始終を見ていた視聴者は、唖然としたまま固まっていた。
彼、というのはエイドのことだと思っていいのだろうか。
操られていた、というのがどういうことか詳しくは分からない。だが、アルテストの言う彼がエイドのことなら、エイド自身の意志でアルテストを誘拐したわけではないと考えていいのだろうか。
しかし、アルテストの言うことが本当で、アイテール城内に今回の事件の黒幕がいるのなら、アルテストの身が危ない。それは分かっていたはずなのに、危険を省みずに伝えようとしたのか。
だが、どういうわけか、その後のニュースはまるでアルテストが誘拐のショックで記憶が混乱したためにあんな言動をしたのだ、と言わんばかりの報道を繰り返していた。
──一方、アイテール城では
(とりあえず、言いたいことは伝えられた。だが、この状況をどう切り抜けようか)
脱出しようと試みたアルテストだったが、途中で城の兵士たちに行く手を阻まれてしまう。あとを追ってくる記者たちも今は邪魔でしかなかった。
前にも後ろにも進めない状況に、アルテストは唇を噛む。その時、自分の前方をふさぐ兵士たちの中から、兵士ではない男が歩み出た。
「どうして効かない?」
ひどく冷たい声で、男は言った。見る者を服従させるような鋭い視線を向けられながらも、アルテストは気をしっかり保とうと努める。
「私には、魂が見えるからね。君の魂がひどく淀んでいたものだから、警戒していたんだ。それが功を奏したんだろうね。想定外だったかい?」
どうにか逃げなくてはと隙を窺っていると、突然兵士と記者たちの前で閃光が弾けた。男は呻きながら目を押さえる。
「ぐ……目くらましか、捕らえろ!」
誰かが魔法で援護してくれている。その隙を狙って、アルテストは男とは逆の方向に、記者たちを押しのけるようにして走り抜けた。
廊下の角を曲がったところで、ひとりの少年と顔を合わせる。それは、国王になったばかりの少年王ディンだった。ディンは、アルテストの腕を引いて、人気のない場所まで案内する。それは、王子時代──といっても数日前までディンが使っていた自室で、その一角にはこっそり城を抜け出す時に使っていた隠し通路があった。
「僕が時間を稼ぎます、急いで下さい!」
「さっきの魔法も君が?私を逃がしていいのかい?」
ディンは頷く。
「城での異変は感じていました。僕もすべて把握できているわけじゃないけれど……でも、あなたはここにいちゃいけない。この穴から外に出られます。お願いします、僕を信じて」
その曇りのない眼、そして、コアが見えるアルテストだからこそ、その言葉に偽りはないと確信した。
「王子……いや、国王陛下。ありがとう、君も無理はしないようにね」
「アルテストさんも、どうかご無事で」
ディンの言葉を信じ、アルテストは外へ通じる抜け穴に身を踊らせた。




