討伐任務見学④
地下からはすんなり出され、俺とロジャードは地上に戻る。許可をもらった、というのはどうやら本当のことらしい。
地上へ続く階段を上っていくと大きな鉄の扉があり、そこを開くと薄暗い地下に日の光が差し込んだ。目が慣れてから外の様子を確認すると、そこは本部の訓練場の傍であることが分かった。壁で隔てられているためそちらの様子は分からないが、隊員たちの声や剣を交える音が聞こえてくる。壁で隔てられたこちら側には、門番をしている隊員二名を除いて人気はない。
外に出てから、ロジャードに、着いていくから手を放すよう伝え、彼もそれを了承する。
「──それで、どこ行くんだよ」
「んー、そういえば決めてなかったなぁ。とりあえず、あそこから出さないとってしか考えてなかったし」
後のことは特に考えていなかったらしく、ロジャードはうーん、と唸っている。
もちろん、俺もここから出るつもりがなかったので、行くあてなど決めているはずがないのだが。
「最高司令官のところに行った方がいいだろうな」
俺がここにいることは、司令官も知っているはずだ。まして、彼の息子が一部始終を見ているのだから尚更だ。俺を解放する許可を出したのは、おそらく司令官だろう。ならば、行ってみる必要はある。
それを聞いたロジャードは、少し険しい表情をしたあと、決心したように頷いた。
「じゃあ、俺も行くよ」
「お前、救護室抜け出してきたんじゃないのか?その怪我でメディアスが外出を許可するとは思えないんだが」
「大丈夫だよ。最初は反対されたけど、最終的には外出許可もらってるから。あの人、思ったより融通利くんだね」
ロジャードは、少し意外だったなと零した。実質、救護室の管理を主で行っているのはメディアスだ。彼が許可したのならロジャードが咎められることはないだろうが、まさか、あいつが許可を出すなんて。
結局、ロジャードも同行することになった。
しかし、最高司令官室に向かおうとした、その時。訓練終わりの隊員たちとばったり顔を合わせることになった。俺たちを見た隊員たちは、ひそひそと話し始める。どうやら、何があったか噂は広まっているらしい。
「ファスだっけ?あいつ、仲間に怪我させたんだってよ」
「うわ、怖っ」
「噂で聞いたんだけど、大人しそうな顔して実は凶暴なんだって」
「エイドの弟だっけ。兄弟揃って怖いな……」
別に自分のことはいいが、エイドの名前が出ると無視できず、顔はそちらに向いた。すると、目があった隊員たちは「怖い」などといいながら、やや大げさな素振りを見せる。
今回、アンヴェールが簡単に表に出てきてしまったのは、俺に隙ができていたからだ。エイドのことで、頭がいっぱいだったこともあるだろう。ここで、感情を表に出しては、また同じことを繰り返す。
だから、何を言われても、冷静でいようと意識した。
その隊員たちは、怪我をさせた仲間というのがロジャードであることにも気がついているようで、話はそちらにも振られた。
「おい、ロジャード。そいつ、お前を殺そうとしたやつだろ?放っておけよ」
「こいつの兄貴もやばいじゃん?一緒にいてロクなことないぞ」
「あっ、もしかしてこいつに脅されて?」
「マジか!!おい、ロジャードそんなやつの言うこと聞くことな……」
だんだんと、隊員たちの声は熱を帯びてくる。
「俺の友達のこと悪く言うの止めてくれるかな?」
それを一喝したのは、ロジャードだった。普段の彼らしからず、その顔からは笑みが消えている。これには、みんな黙ってしまった。想定外の反応に、俺も含め、戸惑いを隠せない。
「エイドさんのことも、俺は何か事情があってのことだと思ってる。まだよく分かってないのに、変な噂は流さないでよ」
ぽかん、としていると、ロジャードは俺の方を振り返る。
「行こう、ファス」
未だ口を閉ざしたままの隊員たちを残し、俺たちはその場を離れた。
何も言えないまま、俺は最高司令官室までの道を、ロジャードと共に歩いていた。すると、沈黙に耐えられなくなったのか、ロジャードが口を開く。
「俺、簡単に見捨てるって、できないみたいなんだよね」
俺は、黙ってその言葉に耳を傾ける。
「大事なものでも、いつかはなくなっちゃうから。でも、だからこそ、大事にしたいと思うんだ」
何かを思い出すように、ロジャードは遠くを見ていた。そういえば、俺はこいつのことをあまり知らない。どういう過去があったのかとか、聞いたこともなかった。知ろうとしていなかったのだから当然か。
「俺といたら、お前も変な目で見られるぞ」
「そんなのいつものことだよ。俺、問題児だからね」
「お前が思ってるより、重いぞ」
「うーん、俺、馬鹿だから言われただけじゃ分からないんだよね」
「後悔しないのか」
「そんなのまだ分からないよ。初めから後悔すること前提に考えてたら、何もできなくなっちゃうし。ずっとそれに怯えて生きてたら疲れるし、後悔なんて、してから考えるよ」
俺は、どうしようもなく駄目なやつだけど、周りにいるのはどうしてこんなに優しくて、お人好しなやつばかりなのだろう。
「改めて、これからもよろしく!」
屈託のない笑顔に、俺はただ頷くことしかできなかった。
ちゃんと俺に向き合ってくれたことが嬉しくて、言葉にならなかったのだ。




