討伐任務見学③
意識が戻ってみると、俺はまるで牢のように、厳重に柵が巡らされた部屋にいた。一応、簡素ではあるがベッドの上に寝かされていたようだ。流れ込んでくるひんやりした空気が、俺の目を覚まさせる。
思考がはっきりしてくると、自分が何をしてしまったのか、全部思い出した。
「そうか……俺、ロジャードを……」
思い出すのは、闇に飲まれるロジャードの姿だった。
俺が、あいつを傷つけた。アンヴェールが、などと言い訳をする気はない。たとえアンヴェールが表に出ていた時のことであっても、俺であることに変わりはないのだから。
ここは、テミス――ではなさそうだ。柵の間から様子を伺えば、アブソリュートの隊員らしき制服を着た男たち数名の姿が目に入る。ということは、ここは組織の一時留置所か。テミスに送り届けられるまでの間、罪を犯した者を置いておく場所が、組織の地下にあるという話を聞いたことがあった。彼らは監視員だろう。
周囲の様子を分かる範囲で確認してから、俺はベッドに座り込む。ロジャードは、どうなったのだろうか。ちゃんと生きているだろうか。俺は、テミス行きになるだろうが、その前にあいつの安否だけは、自分の目で確かめておきたかった。もう、会いたくないと言われるかもしれないが。
友達――か。エイドの時もそうだが、俺はひとの好意を無碍にするのが得意らしい。ロジャードにああ言ってもらえた時、確かに嬉しかった。俺は、何て最低なやつなのだろう。今回のテミス行きは、むしろ遅かったくらいだ。どうしようもないくらい優しくて、お人好しなひとたちに守られて、生かされて、ここまでこれたことが奇跡だった。ようやく、正しい判決が下されるだけだ。
「ファス」
膝を抱えてうずくまっていると、聞き覚えのある声が俺の名を呼んだ。
驚いて顔を上げると、そこには間違いなくロジャードの姿があった。パジャマ姿で、治療の痕がまだ至る所に残り、安静にしていなければならないところを無理して出てきたのだろうと想像するのは容易かった。でも、生きていた。
しかし、どうしてこの状況で、こいつはこんなところにいるのだろう。驚きは隠せなかった。
「……っ!?ロジャード、怪我は?」
「平気平気。俺、身体だけは無駄に丈夫だからね」
へらっ、と何でもなかったかのようにロジャードは笑う。
包帯こそ様々な場所に巻かれているが、命に別状はなさそうだった。しかし、その姿は痛々しい。
「…………ごめん」
「え?」
きょとんとした顔で、ロジャードは首を傾げる。
「謝って済むことじゃないのは分かってる。でも……本当にごめん」
しかし、ロジャードから返ってきたのは、想像していたどの反応とも違っていた。
「いや、むしろ謝らなきゃならないのは俺の方だよ。ファスは逃げろって言ってくれてたのに、無視したのは俺だから」
「こうなる危険性は分かってた。それなのに、あいつのことを隠してた俺の責任だ」
あいつと言われても、何のことかはよく分かっていないだろうが、俺がロジャードを傷つけたことに変わりはない。
それでも、彼が俺を責めることはしなかった。
「いいよ、本当に大丈夫だし。何か理由があったんでしょ?俺、馬鹿だから、それが何かはよく分からないけど」
そこまで言って、ロジャードは自分の服の胸ポケットから何か取り出そうとし始めた。
「さてと、戻ろう、ファス」
「は?」
ロジャードの言葉に、思わず頓狂な声が出る。
「迎えに来たんだよ。許可はもらってる。ここから出よう」
「行けるわけないだろ!」
そう言っている間にも、どこから借りてきたのか、ロジャードは牢の鍵をポケットから取り出し、扉を開ける。
「大丈夫、大丈夫。許可はもらってるんだって」
「許可って……どうして……無理だ、行けない」
「そんな頑固なこと言ってないで、行くよ」
「だいたいお前、どうしてこんなことになったのか理由もよく分かってないだろ。それなのに、どうして……」
責められて当然の立場にあるのに、ロジャードは何も言わなかった。どうしてこうなったか、理由もよく分かっていないというのに。理由を話したところで、許されることではないが。
なかなか動こうとしない俺に対してロジャードは大きくため息をつくと、強引に俺の左腕を引いた。
「おい、駄目だ、放せって」
「もー、あんまり暴れないで。こっちは一応怪我人なんだからね」
「あ、悪い……」
すると、ロジャードは俺の腕を引く手に力を籠めた。
「辛気臭いの禁止!俺、そういうの苦手なんだからね。ほら、大人しく出るよ~」
いつもと変わらない調子で、ロジャードは笑う。どうして、こんな状況でこいつは笑っているのだろうか。
責めるどころか、手を差し伸べてくる。何で、俺をここから出そうとするのだろうか。あんなに、酷いことをしたのに。分からない、分からないけど。
俺の腕を引きながら先を行くロジャードの背中が、今日はとても大きく見えた。




