王⑤
試験まで残りわずかとなり、俺とルーテル、そしてロジャードは、勉強をするため図書室へ向かっていた。
「あれ、なんか騒がしくない?」
図書室へ向かう廊下を歩いていると、いつにも増して隊員たちの数が多く、騒がしかった。王位継承の件が発表された時も騒がしかったが、それ以上かもしれない。
「何かあったの?」
すかさず、ロジャードが近くにいた隊員たちの輪に入る。俺も、その会話に耳を傾けた。
「アルテストさんが、さらわれたって……」
「なっ、誰に?」
それを聞いた俺は、思わず身を乗り出していた。あいつには、一昨日会ったばかりだというのに。まさか、またデゼルが絡んでいるのか。そう思って聞いたのだ。
しかし、言いにくそうにしながら隊員が口にした名は、まったく想像していなかったものだった。その名には聞き覚えがありすぎたが、それでも、想像なんてするはずのない名だった。
「エイドだ……エイドなんだよ!」
「なにそれ、間違いなんじゃないの?」
ロジャードがそう尋ねるも、3人の隊員がボロボロになって帰ってきて間違いなくエイドだったと証言していること、一般市民の中にも目撃者がいたことなど、かなり信憑性は高いようだった。
「何かの間違いだよ……エイドがそんなことするはずないもの」
ルーテルは、その話を聞いてもエイドのことを信じていた。そして、心配そうに俺の方を見る。俺だって、ルーテルと同じ気持ちだ。こんな話は嘘だ。あいつに限って、そんなことはあり得ない。
そう思って、本部内で情報を集めて回ったが、どれも同じような内容だった。皆、口を揃えてエイドが犯人なのだと言った。
「ソワンさんとか、アムールさんにも聞いてみよう?」
「そうだね、そっちの方が信憑性高そうだし」
ふたりはそう言って俺の返答を待つ。確かに、そうするべきだろう。ソワンとアムールはエイドの両親だ。何か知っているはずだ。
俺は、ふたりに頷き返し、まずは依頼窓口にいるであろうアムールの元へ向かうことにした。
窓口についてみれば、そこには組織の職員たちの集まりができていた。その中にアムールもおり、ソワンも居合わせる形となっている。ソワンとアムールは難しい表情で話し合っているようだったが、俺たちに気がつくと傍にやってきた。
「ソワン、アムール……」
「あなたたちも聞いたのね?」
ソワンの問いに頷けば、俺たちは隣の空き部屋に通された。そして、これはまだ黙っていてほしいことだけれど、と前置きしてソワンとアムールは話しだす。
「単刀直入に言えば、この話は事実よ」
「嘘だ!だって、あり得ないだろ……あいつは、そんなことするやつじゃない。それは、俺なんかより、ソワンとアムールの方が良く分かってるだろ?」
そう同意を求めたが、アムールは静かに俺を言い聞かせる。
「でも、事実なんだよ、ファス。僕たちだって、エイドがこんなことするとは思ってない。何か事情があるはずだと信じてる。あの子は、君の言う通り、こんなこと自分からするような子じゃないよ」
ふたりの話を聞いていくと、「エイドがアルテストを誘拐した」という話は事実だと肯定せざるを得なかった。ルーテルとロジャードも色々聞いていたが、聞けば聞くほど信憑性が高まるばかりだった。
極めつけは、城勤めの最中だったはずのエイドが一昨日から姿を消していると、他の城勤めの隊員から連絡が入っていることだった。あいつは無断で任務を放棄するようなやつじゃない。たとえ目撃情報が間違いであったとしても、城にいないということは疑いようのない事実だった。
俺は途中から頭が真っ白になって、話を最後まで聞くことができなかった。
そのあと、この件で呼び出しを受けたソワンとアムールは去って行き、俺たち3人はその場に立ち尽くしていた。
「なんで……なんでだよ……」
「ファス、今はもう少し情報が集まるのを待とう?」
「でも、これじゃあ、嘘っていうのは考えにくいんだろ?」
ルーテルはそう言ったが、もう情報はかなり集まっているようだった。他に、どんな情報を待てって言うんだ。
「エイドさんが見つからないことには、分からないよ」
「見つかったら、あいつはどうなる」
ロジャードが俺を励まそうとして言ってくれているのは分かっていた。だが、もし今エイドが見つかれば、あいつはただでは済まないはずだ。テミス送りにでもされてしまうだろう。そう思うと、まったく八つ当たりだが、きつい口調になってしまった。
その対応に、ロジャードも黙ってしまう。分かってる。お前にそうすることが間違ってることくらい。それでも、今は誰に何を言われてもまともに対応できる気がしなかった。
そして、そのままふたりを置いて自室に戻る。ふたりも、さすがに止めることはしなかった。
「どうして、あいつが……」
自室のベッドにうつ伏せになり、まったく予想外の出来事に思考を巡らす。どうして、あいつがアルテストをさらう必要がある。理由は全く思いつかなかった。アムールも言っていたが、何か事情があるのだろうか。でも、どんな事情であれ、あいつがこんなことをするとは到底思えなかった。
あいつの身の回りで、何か変わったことはあっただろうか。あるとすれば、生活環境が変わったことくらいか。城勤めになって、ずっと城の中で暮らしていたはずだ。ふと、城という言葉に引っかかる。
偶然か、王位継承の話が出ていた。アイテール城で、何かが起こっているのか。しかし、城の中のことを、俺が知る由もなかった。
(まさか兄さんがねぇ)
頭の片隅で、アンヴェールが笑った。しかし、今はそれに返す元気もない。俺が何も言い返さないのをいいことに、アンヴェールの笑いは大きくなっていった。
 




