王④
翌朝、仕事を終えたアルテストは、護衛の隊員たちと共に帰路についていた。
運転手の魔力を動力源とする、白い普通魔法乗用車の後部座席に座り、アルテストはぼんやりと外を眺める。今の生活は、一体いつまで続くのだろう。組織の中での生活も新たな刺激が多く、それなりに楽しんではいたのだが、行動を制限される生活には、だんだん退屈してきていた。
しかしそれも、忙しい最中に護衛を引き受けてくれた隊員たちの前で言えることではないのだが。
組織の本部に向かって車は走っていたが、突然、運転をしていた運搬部隊員がハンドルを切る。身構える間もなく、身体は勢いよくドアに押し付けられた。
「危なっ、何やってるんだ!!」
慌てて体勢を戻した、アルテストの隣の後部座席に座っていた隊員が、怒鳴りながら身を前に乗り出す。
運転手の表情は、ひどく切迫したものだった。
「襲われてる、ちょっと黙っててくれ!!」
車が先ほど走っていた地点で、小さな爆発が起こる。怒鳴った隊員も、これには黙ってしまった。
体勢を戻したアルテストは、インダストリア邸で会ったあの男の顔を思い出す。いろいろなものを滅茶苦茶にした、デゼルという男を。
あの時、デゼルはインダストリア邸の令嬢だけでなく、アルテストのことも狙っていたのだった。まさか、とその姿を確認しようとしたところで、大きな衝撃が車を襲う。攻撃が当たったのだった。
幸いにも、攻撃が当たったのは後輪タイヤだったため、中にいるアルテストたちが大怪我をすることはなかったが、車は動かなくなってしまった。
使えなくなった車から降り、隊員たちは敵の顔を確認する。アルテストは車の中に身を潜めながら、様子を窺う。
その顔を見た隊員たちは、驚きのあまり目を見開いた。
「エイド……お前が、どうしてこんなことを……っ!」
そこに立っていたのは、間違いない。アブソリュートの諜報部隊員であるエイドだった。
エイドは隊員の問いには答えず、無表情のまま隊員たちに刃を向ける。
「そのひとを渡せ」
短く、淡々と、隊員たちが知る彼からは想像できないような冷たい声だった。
「どういうつもりだ、エイド」
「渡せと言っている」
困惑する隊員たちの問いには答えず、エイドはまた繰り返した。
しかし、要求に応じないと分かると、もう片方の刀も抜いて襲いかかってきた。エイドが本気だということを理解し、隊員たちも慌てて戦闘態勢に入る。
しかし、エイドの強さを隊員たちが知らないはずがなかった。自らは謙遜しているが、ほとんどの者たちの目からすれば、間違いなく「強い」部類に入る。
そして、今のエイドは手加減する気がないようだ。居合わせた隊員三名全員で応戦するが、エイドはひとりでそれに対抗する。しかも、押されているのは三人がかりの方だった。
「くっそ……エイド、何やってるんだ!自分が何をしてるのか分かってるのかよ!?」
「冗談やめてくれよ、俺たちを本当に殺す気か?お前、そんなやつじゃなかっただろ!!」
「これが本当のエイドなのかもしれませんよ」
必死に止めようとする隊員もいれば、冷ややかな視線を向ける隊員もいた。しかし、何を言われてもエイドは聞く耳を持たない。
しばらくすると、隊員たちも話す余裕はなくなり、切羽詰まった表情で防戦一方になってしまった。
ひとり、エイドの攻撃を防ぎきれず、地面に倒れる。
それに続いて、またひとり、ふたり。
ついに、行く手を阻む者はいなくなった。それでも、エイドはとどめを刺そうと隊員たちに歩み寄る。
「待ってくれ。私が君についていくのなら、わざわざここで騒ぎを起こす必要はないだろう?」
しかし、倒れる隊員たちの前に、アルテストが立ちふさがった。危ない、下がって、という苦しげな隊員たちの声は聞こえているはずだが、退く様子はない。
それでも、エイドが隊員たちに向ける刃を下ろすことはなかった。
その様子を見て、ファスから聞いていたエイドとは、だいぶ違う印象を受ける。隊員たちの驚き方からも、いつもの彼ではないのだろうと、アルテストが想像するのは容易かった。
なら、これはどういうことなのか。いつもの優しい彼は、すべてただの演技であったのだろうか。
しかし、そこでファスがエイドのことを話していた時のことが蘇る。
きっと、違う。あの時のファスの話から、エイドが今までファスに向けていた、本当の家族と何ら変わらない愛情だけは、偽りだとは思えなかった。
「君が彼らを殺めたら、悲しむのはファス君だよ」
「!」
それを肯定するように、ファスの名前を出した途端、無表情だったエイドの目が、驚いたように見開かれる。
それは一瞬で、エイドが何か言うわけではなかった。しかし、隊員たちに向けられていた刃は下ろされる。そして、無表情で淡々と、アルテストについてくるよう促した。
アルテストは素直に応じ、残される隊員たちに口の動きで「戻って」と合図する。
残された隊員たちも、悔しそうにしながらも、追いかけるよりも本部に戻って指示を仰ぐ方が得策と判断した。このまま戦っても、エイドに勝てる気はしない。無駄に被害が拡大するだけだ。おそらく、アルテストもそう考えて行動したのだろう。
ふたりの姿が見えなくなってから、隊員たちはよろよろと本部を目指して歩き出した。




