王②
レクス現国王が次期国王を指名したことは、すぐに国中に広まった。
その知らせを受けてすぐ、世界防衛組織アブソリュートでは上層部の者たちを集め、最高司令官室で緊急会議を開いていた。
「レクス国王陛下のご決定は、皆も知っての通りだ」
最高司令官ネオ=グランソールは、固い表情で各隊の隊長、副隊長の面々にそう告げた。
「どーなってんの、ほんと……」
諜報部隊隊長のテンダーは、頭の後ろで手を組み、天井を仰ぐ。
「テンダー、特別任務だ。会議が終了したら、少し残ってくれ」
そんなテンダーに、ネオは命じる。テンダーは椅子の背にもたれていた身体を起こし、頷く。そのやり取りを見ていた作戦部隊副隊長のヴァイルが、苛立った様子で司令官に詰め寄った。
「司令官、今回の件に関する任務であれば、私たちにも説明があっても良いのでは?」
「……そうだな、これは共有すべき情報か。ただし、これはまだ口外するな。隊員たちにもだ」
少し思案した後、ネオは厳しい表情でくぎを差す。隊長、副隊長たちは緊迫した空気に姿勢を正した。
「今回のレクス国王の決定は、おそらく国王自身の判断ではない」
「それは薄々感じていたことだが、やはり裏に何かあるか……」
司令官の言葉を聞いた運搬部隊隊長のリードは、重い口調で呟く。
皆にそう告げた上で、ネオは改めてテンダーに向き直る。
「テンダーには、その裏を探ってきてもらいたい。ただし、あくまでも疑念の段階で動くことになる。見つかれば、我々もただでは済まない。だからこそ、テンダーにお願いしたいのだ」
「僕も信頼されたもんだねぇ」
口では軽く返しながらも、その表情は固い。司令官直々にテンダーへ任務の依頼があることは稀である。日頃の態度から彼のことを誤解する者は多いが、上層部ともなればその実力は把握していた。そのため、この指名に反対する者はいない。
「頼めるか?」
「いつもサボってばっかりだから、こういう時くらいは働かないとね」
再度確認され、テンダーは了承する。
そのやり取りを聞いていたヴァイルが、再び意見するため口を開いた。
「ひとつ、よろしいですかな?見つかる危険性を把握しているのなら、テミスに事情を話しておいた方が安心かと思うのですが」
もしテンダーが任務中に誰かに見つかったとして、問題となるのはテミスの罰則だろう。その心配を最初に取り除いておくべきではないか、という彼の意見は尤もに思えた。
しかし、司令官、そしてテンダーはそれを聞いても難しい顔のままだった。
「今のテミスを頼るわけにはいかない。これは、皆も頭に入れておいてくれ」
「それは、テミスが俺たちと敵対したと取っていいのか?」
リードがそう追及したが、司令官とテンダーは黙ったままだった。しかし、それが肯定であることの証明でもあった。明言できないのは、確かな証拠がまだ掴めていないためだろう。
「それで――私たちはどうすればいい?」
そこまで聞いた戦闘部隊隊長のデモリスは、指示を仰いだ。他の者たちも、皆司令官の言葉を待つ。
「各隊、何かあればすぐに動けるようにしておいてくれ」
「何か、ね。それは、僕の隊も動かないといけなくなりそうなことなのかな?」
司令官の指示を受け、そう問うたのは、この場で最年長にして、救護部隊隊長のリカヴィルだった。
彼の指揮する隊は、直接戦闘に参加するわけではない。しかし、その裏側で怪我をした隊員たちの治療などを行うのが彼らの役目だ。その彼らが動くということになれば、実質、戦闘になる可能性があるということだ。
「場合によっては」
そして、司令官はそれを否定しなかった。
「今まで以上に、日頃からの準備は怠るな。隊員たちにも、詳細は語らないで欲しいが、緊張感を持たせるようにしてくれ」
事態の深刻さを、この場にいる誰もが感じ取ったようだった。
そのあとも議論は続き、ようやく話が終わったのは夜遅くになってからだった。
「テンダーは、先ほどの話の続きをするから、残ってくれ。ソワンも、これからの方針を考えるから待機。他は解散。くれぐれも、口外しないように」
諜報部隊隊長のテンダーと、作戦部隊隊長のソワンを残し、他は皆退室する。
「司令官、いったい何が起こっているのですか?」
ソワンの言葉に、テンダーが答える。
「状況はかなり深刻なんですよ。この件、もしかすると一連の爆破事件やら、大水母クヴァレの脱走事件、タルタロスの森での行方不明事件とも関係してくる可能性があるんですから」
その返答に、ソワンは息を呑む。
諜報部隊の任務に関して把握している者は少ない。それも、テンダーのような上層部の者の行っている任務に関してならば尚更だ。デゼルたちの事件に関して、ある程度の情報は得ているソワンであっても、最近起こっている事件と、今回の王位継承の件を繋げることは難しかった。しかし、組織の情報を管理する最高位にあるテンダーならば、何かしら事件と事件の点を結ぶことができているのかもしれない。
「君には、今回の王位継承の決定に関しての黒幕を特定すること、そして他の事件とどこまで繋がりがあるのかを調べて欲しい」
ネオも、他の事件と今回の王位継承の件の繋がりをはっきりさせたいようだった。
アイテール王家と古くから親しくしている組織にとって、王が変わることは大きな意味を持っている。アルベールが王位を継いだならば、今とさほど変化はないだろうと考えていたが、想像していなかったディンの王位継承を受け、王家と組織の関係も不明瞭になっていた。なぜ、アルベールではなくディンを次期王に命じたのか。その意図が掴めずにいる。
テンダーは司令官の言葉について思案したあと、ある提案をした。
「司令官、あんまり数を多くすると見つかる可能性が上がるから止めた方がいいとは思うんですが、ひとりだけ連れていってもいいですか?」
「……ラウディ=ハーンだな」
ネオはそれが誰か予想したように言い、テンダーもそれに頷く。
「あいつなら大丈夫だと思うし、僕もひとりじゃ荷が重いですから」
そうだな、とネオもすぐに首を縦に振った。
「彼ならいいだろう。君と彼は、おそらく今回の件について、かなり詳しく事情を知っている。調査の主導権は君たちに委ねよう」
「了解です」
そのあと、いくつか確認を重ねたあと、テンダーとソワンも退室する。
「大丈夫なの?」
隣を歩くテンダーに、ソワンは心配そうに尋ねる。その問いかけに笑って応じるテンダーだったが、その笑顔がぎこちないことは明らかだった。
 




