竜人の姫君②
海に囲まれた小さな島。そこにある断崖絶壁の上に森ができている。その中に身を隠すようにして、竜族の血をひく者たちは暮らしていた。
ここに暮らしているのは、竜、そして竜と多種族のハーフなど、竜族の血を少しでもひいている者たちだ。竜族は仲間を重んずる。ここに暮らす者たちは皆仲間であり、強い結託があった。
しかし、数十年前までは、これほどひっそりとした場所に『竜族の集落』はなかった。もっと、他の種族たちとも関わりがあったのだと聞く。
今のように身を隠さなくてはならなくなったのは、竜族の翼や瞳、血液などが裏で違法に高値で取り引きされているため、それを狙って襲ってくる輩が現れたためだ。
その時代のことを実際に見てきたのは、今となっては最高齢の竜である竜王、彼女のみである。
サナキは、集落から少し離れた場所に着陸させたサンダーバードにガレットを残し、ひとり森の奥深くにいる竜王の元へやってきていた。竜王はサナキがやってきたことに気がつくと、地面に伏していた緑色の巨体を動かし、頭をサナキの方へ近づける。巨体には歴史を感じさせる傷がいくつもあるが、竜族の特徴でもある巨大な2つの大きな翼は健在であった。黄色い瞳でじっとサナキを見つめていたが、やがてスッと優しく目を細める。
最高齢にして、竜族の長。そして、先ほどサンダーバードに乗り込んできた幼い少女──アリアリスの祖母にあたる竜だ。
寿命の長い竜族だが、その存在の稀有さ故に襲われることも多く、彼女の周りにいた古い仲間たちも次々と命を落としていった。そうした背景もあって、彼女は仲間を大切にしている。
「久しぶりじゃな、サナキ。変わりはないか?」
「お久しぶりです、竜王様。オレはこの通り、元気でやってますよ」
サナキ=ヴェイキュールは、アブソリュートの中では人間として通っている。しかし、本当は竜人の両親の間に産まれた子ども、竜の血を引く者であった。しかし、竜の形質よりも人間の形質の方が色濃く現れたために、姿は人間そのものである。
普段は隠しているが、その背には小さな竜の翼が生えている。だが、空を飛べるほどのものではない。それでも、その翼は彼を竜族の一員であると証明するものでもあった。
アブソリュートの運搬部隊に入隊したのは、竜族の血がそうさせるのか、自分も空を飛んでみたいと思い描いていたためだった。サナキが操縦できる乗り物は数多あるが、その中でも飛行機を好んでいるのは、そうした思い入れがあるためでもある。
「父と母にはもう会ったか?」
「はい、ここに来る前に。竜王様より先にそっちに行っちゃいました」
「ほっほっ、それで良い。そなたのことを随分と心配しておったようじゃからな」
組織に入ってから、サナキはこの地の警備を任せてもらえるよう頼んだ。そのため、サナキは本部にいることよりも、この竜族の集落に近い支部に配属されていた期間の方が長い。
だが、だからといって仲間たちにいつでも会えるわけではなかった。警備の目的は、この場所のことが密猟者たちにばれないようにすること。サナキ自身は遠くから侵入者がいないかチェックするのが主な仕事であり、余計な動きをしてここがばれるようなことになっては意味がないので、皆に顔を見せることはできなかったのである。
しばらく、サナキとやり取りをしながら竜王は思い返す。
「そなたがここを離れてから、もう5年は経つか」
「そうですね。オレが15の時でしたっけ、ここを出たのは」
元々は、彼もここで仲間たちと共に暮らしていた。その生活が一変し、彼がこの地を離れることになったのは、今から5年ほど前のある出来事がきっかけだった。
──5年前
当時15歳だったサナキは、幼馴染の少女オボロ=ユウヅキと将来について話し合っていた。もうすぐ、ふたりとも集落にある学び舎を卒業する。今後どのような仕事に就くのか考えなくてはならなかった。
オボロはというとだいぶ前から、竜族の長の孫娘であり、次期長になるであろう少女――皆からは姫様と呼ばれて愛されているアリアリスの護衛となる道に進むと決めていた。彼女の両親が今の長の護衛をしていることもあってか、彼女自身も竜王と交流があり、実力も申し分なかった。
一方のサナキはというと、どうするか決めることができないでいた。竜族でありながら、皆と同じように行動することはできない。仲間を重んじる竜族たちは、サナキのことも温かく見守ってくれたが、やはり仲間たちと同じようにいかないこともあり、そういう時、彼は自分に苛立ちを覚えることもあった。
「サナキ、一緒に姫様を守らないか?」
進路の決まらない幼馴染に、オボロはそう提案した。オボロを通してサナキもアリアリスと遊ぶ機会があった。アリアリスもサナキとの相性が良かったらしく、よく懐いている。
サナキとしても、あの少女を守れるのならそれもいいかと思っていた。しかし、そうしようと言い切れないのは、守れるだけの力が自分にないと感じていたからだった。
竜族は生まれつき他の種族よりも戦闘能力が高い。それはオボロも例外ではなく、加えて彼女は全属性使いでもあった。サナキも同じ全属性使いであったが、生まれ持っての能力には明らかな差があったのだ。
「オレは、お前みたいにできは良くないし、皆と同じように空も飛べない。それだと、姫様が移動するにしてもついていけないしな」
「それは、移動中の護衛にならなければいい話だろう」
「なんつーか、今のオレじゃ力不足なんだよ」
それを聞いたオボロは、それを否定する。
「そんなことはない!お前は、竜族の中でも珍しい全属性使いだろう。それだけでも十分だ」
「でも、オレはろくに魔法も使えないしな」
「姫様は、お前が傍にいるだけで喜ぶ。これからどうするか決まらないのなら、一緒に姫様を守ろう」
それでも、そうしろと強く誘ってくるオボロに、少し気持ちが動いた。
「……頑固だな、お前も。ま、どうするか決まってないのは確かだし、分かったよ。今度、竜王様にも話してみるか」
「ああ、それがいい。一緒に姫様を守ろう、約束だ」
その返事を聞いたオボロは、嬉しそうに頷く。まだ迷う部分はあったが、姫様を守りたいという気持ちは確かにあったので、皆と同じようにはいかないかもしれないが、とりあえずやってみようと思い始めていた。
しかし、そんな約束をした次の日、事件は起こった。




