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クラウン=コア  作者: 桜花シキ
第14章 安堵と不安、その狭間で
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ウルカグアリの巫女④

 入隊当初からの友であり、互いに隊長という立場にあるリードとデモリスは、仕事の合間を縫って人気ひとけのない廊下で巫女騒動の一件について話し合っていた。主張に差はあれど、どちらも今回の決定に全面的に賛成しているわけではない。


「デモリス、今回の決定をどう思う?」


「どうも何も、もう決まったことだ。本来は私たちがすべき仕事だが、巫女のことも考えればそうせざるを得まい」


 上司の決定にはあくまで従う姿勢のデモリスに、リードも少し考える。


「テンダーは反対しなかった。いつもはあんな風だが、あいつも馬鹿じゃない。何か考えがあってのことだとは思うが」


 その言葉に、デモリスも頷く。


「諜報部隊は、私たちが知らない情報も持っているからな。何か掴んでいるのかもしれない」


 世界防衛組織アブソリュートは、5つの隊から成る。戦闘部隊、救護部隊、作戦部隊、運搬部隊、そして諜報部隊。組織の方針を主に決めているのは作戦部隊で、その作戦を練る上で重要な働きを担っているのが、裏で暗躍することも多い諜報部隊だった。その隊長を務めるテンダーは、いつもはあんな風であっても、ほとんどの者が知らないところではきちんと働いていたりする。しかし、その内容ゆえに、親友と呼べる仲であってもどういう仕事をしているのか彼が明かすことはなかった。


 緩そうな見た目に反して、きちんとしなければならないところは理解している。むしろ、そのきちんとした部分が本来の彼の姿であった。

 

「根は真面目なやつだからな。組織の養成学校時代を思い出すと、今との差に驚くが」

 

 同級生だったリードは、当時を思い出してそう零す。養成学校出身ではないデモリスは組織に入隊してからの付き合いになるが、出会った初期の頃は今とは違って大人しい少年だったと記憶している。


「そうだな。私も初めて会った時とはだいぶ印象が変わった」


「俺たちだって変わったとは思うが、一番変わったのはあいつかもしれないな」


「……変わったのは、やはりあいつ・・・の影響なのだろうか」


「デモリス……」


 寂しいような、苦しいような、そんな表情で零したデモリスの呟きに、リードは眉を寄せる。

 おそらく、ふたりの頭に浮かんだのは同じ顔だ。あの事件・・・・さえなければ、今も共に居たであろう少女・・の。

 数秒の沈黙の後、リードは重い空気を振り払うように話題を逸らす。


「しかし、いつも騒がしいやつが急に静かになると、そこに居ると認識されないものだ。諜報部隊として隠密能力の高さは重要だろう。わざとそうしているのなら、それは凄いことだと思うが」


「どうだろうな。確かにそれなら凄いと思うが、私たちへの悪戯は困ったものだろう?」


「それは同感だな。しかし、それがないならないで物足りなく感じてしまうのは、俺だけか?」


「重症だな、リード……だが、私もだ」


 ばしゃん!

 その時、談笑するふたりの頭上から、突然バケツをひっくり返したように多量の水が降りかかる。ぽたぽたと床に滴る雫を見ながら、状況を理解したふたりは盛大なため息をつく。


「「テンダー!!」」


 リードとデモリスが叫んだのは、ほぼ同時だった。天井を見上げれば、どうやっているのか大の字で天井にへばりついているテンダーの姿。気づかれたのを確認してから、テンダーはふたりの前に着地する。そして、両手でピースサインを作り、にやりと笑みを浮かべた。


「イタズラ大成功!!」


 そう言い残すと、テンダーは全速力でその場から逃走を図る。このあとに何が起こるか、想像は容易いものだった。

 鬼の形相で追いかけてくるリードと、半ば呆れながらも獲物を狩る目をしながら走るデモリス。少し命の危険を感じながらも、顔は緩む。


(約束守れてるかな、僕……)


 彼を『今の彼』で居させるのは、小さなお願いだった。それを願った者はもういないが、それでもその願いを叶え続けることを選んだ。


 大切に想っていた。けれど、彼女(・・)が決して振り向かないことも分かっていた。彼女(・・)の目がずっと追っていたのは、親友の方だと知っていた。

 ただ、それはそれでいいと思った。でも、彼女(・・)に『あなたじゃないと無理だと思うから』と言われて引き受けたお願い。少しだけ、彼に勝てたような気がしたのは秘密だ。

 それでも、やっぱり彼女(・・)は最後まで彼しか見ていなかった。そして、彼も凄く彼女(・・)のことを大事に想っていたのは知っていたから。いや、今も想い続けているのを知っているから。

 その想いの強さは、自分では適わないのだと理解していた。どこまでも『最強』の男なのだなと、少し悔しくもある。けれど、それが自慢の親友の姿なのだ。

 彼女(・・)のことも、親友のことも大切に想っている。だからこそ、苦しくはあったが、諦めはすぐについた。ふたりが笑っていてくれるなら、それで良かったのだ。


 でも、それは長くは続かなかった。

 何気ない日常の脆さを知った。

 

 そして、自分たちは子どもではなくなった。



 いつものように、全力で逃げる。

 とはいえ、長時間魔力を注ぎ続けて動かすため体力をかなり消耗する乗り物を日頃から操っているリードと、最強と謳われる戦闘力を誇るデモリスから逃げきれるはずがないのは分かっていた。

 毎度毎度、怒られるのは覚悟の上だ。でも、最後はまた何やってるんだと笑って許してくれる。そんな子どもじみたやりとりを、彼女(・・)は望んでいた。お願いをされたのは10代の頃であるので、それを30間近になっても続けるのはどうだろうかと思ったこともある。

 けれど、まぁそれでもいいかと思うのだ。

 こんな端から見ればくだらない日々が続くことを、自分も望んでいるのだから。

 いくら大人になったとはいえ、童心をすべて忘れる必要はない。あの日々を、失いたくはなかった。デモリスとリードも似たような思いを抱いて、止めろと強くは言わないのではないかと勝手に解釈している。

 あながち、間違ってはいないのだろうと思う。


 テンダーが後ろを見やれば、もうじき手が届くだろうという距離まで迫ったリードとデモリスの姿。テンダーは心の準備を始めた。


 彼の悲鳴が響くまであとわずか。 

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