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クラウン=コア  作者: 桜花シキ
第13章 死の叫び
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タルタロスの森 中層④

「この花、見たことあるんだぜ」


 きっかけは、そんな兄の一言だった。

 外で遊ぶことが大好きな兄と、どちらかといえば家の中で静かに遊ぶことを好んでいた自分。その日は、兄が引っ張り出してきた父の植物図鑑を2人で眺めていた。ページをめくっていると、ひとつの花に目が留まる。

 赤、青、黄、緑、白、黒の6枚の花弁で形作られる珍しい花。まるでコアを表しているようだった。とても珍しい花で、この花の種をまいたからといって必ずこの6色の花が咲くというわけでもない。咲くこと自体が奇跡で、見た者には幸福が訪れるという。

 

 その花に見入っていた俺を見て、兄は得意げに言うのだった。当時5歳の俺は兄は本当に見たことがあるのだと思い、凄いと目を輝かせていたものだが、今となって考えれば弟の前で見栄を張っていただけなのだろう。どこにあったのかと尋ねれば、目を泳がせて言葉を詰まらせていたのだから。

 答えに困った兄は、おそらく図鑑の説明書きに目を走らせたのだろう。そこに、タルタロスの森で以前見つかったことがあるという記述があった。それを見た兄は、得意げに「タルタロスの森」だと答えたのだろう。

 それを聞いた俺は、心底驚いた。あそこは危険だから絶対に入ってはいけないと、両親からも注意されていた所だったのだから。

 子どもがひとりで入って戻って来れる場所ではないことは、今となればよく分かる。そんな場所に、いくら外遊びが好きな兄であっても行ったことがあるとは考えにくかった。しかも、この花の種をまいたからといって必ずこの6色の花が咲くというわけでもない。また同じ場所に咲いている保障はどこにもなかった。

 しかし、いかにもそこに花があったような口ぶりで自慢げに話すので、幼い俺はその言葉を鵜呑みにしたのだった。


「でも、あの森は入っちゃだめだっていわれてたのに。おにいちゃん、怒られるよ?」


「なんだ、怖いのか?」


 俺が注意すれば、兄は馬鹿にするように笑う。

 

「こ、怖くなんて……」


 俺は怖かった。それは兄も同じだったと思うが、どうにも兄は弟より上でありたいという気持ちが強い人だったらしく、俺が怖気づいていると見るや否や、嬉々とした顔で立ち上がる。


「じゃあ、俺が採ってきてやるよ。すぐに戻るから待ってろ」


 すぐ近所に遊びに行くのと変わらない様子の兄に、じゃあすぐ戻って来るのだろうなと俺は見送った。そして、その花を兄が持ち帰ってくるのを楽しみに待っていた。


 だが、それきり兄は帰って来なかった。

 兄が亡くなったのだと聞かされた時には、どうしてだろうと意味が分からなかった。


 俺は、兄がタルタロスの森に行くと言って出ていったのだということを話した。花を探しに行ったのだと。

 それを聞いた大人たちは、俺のことは蚊帳の外にして話し合いを進めていった。おそらく、どうしてこの事件が起こってしまったのか糸口が見つかったためだろう。


 結果として、兄の死因はマンドラゴラの声を聞いたことによるものだったらしい。

 兄が探していたのはあの珍しい6色の花だ。それがどうしてマンドラゴラを引き抜くに至ったのかは分からないが、兄もまだ子どもだった。その辺に生えている草を抜くのと、何ら変わりない感覚だったのかもしれない。

 あの時、俺が兄を引き止めることができていたら、こんなことにはならなかったのではないか。今更言っても遅いが、後悔することは何度もあった。


 直接的に関係はなかったマンドラゴラの娘も、同じような力を持っているからという理由でテミスの牢獄に入れられていたことを後々になって知った。

 彼女とは面会する機会があり、両親の陰からその姿を見た。ひどく怯えた表情をしており、視線は合わなかった。ただ、歳も自分と変わらない、普通の少女だと思ったことは覚えている。


 それからしばらくして、彼女はアブソリュートの隊員に引き取られたらしい。

 時が経つにつれて彼女の話は周囲もしなくなっていったが、俺の頭の片隅には幼い頃に見た彼女の表情が焼き付いて離れなかった。

 俺の兄が、そしてあの花に興味を持った俺自身が、彼女の父親を殺してしまったようなものだ。

 怒りの矛先を兄にはもう向けられない。なら、弟にそれを向けるのは自然な流れだ。きっと、彼女は恨んでいるだろう。憎んでいるだろう。

 自分の進路を決める時期になって、俺は彼女がどうするのか気になった。友達伝いに噂を聞けば、彼女はアブソリュートの戦闘部隊に入隊するらしい。どうしても、昔は話すことのできなかった彼女に、もう一度会いたいと思った。俺もそこに行けば、話くらいはできるだろうか。


 俺も、アブソリュートの戦闘部隊の入隊試験に受かった。

 入隊式の日に、成長した彼女と再会した。再会したと言っても話をしたわけではない。ただ顔を見ただけだ。名前もそうだが、面影は残っていたので見つけるのは苦労しなかった。

 入隊式が終わった後、彼女の行く先にこっそりついていってみれば、見た目では怖そうな長身の少年、今なら誰だったのか分かるが、同じ新入隊員のひとりだった救護部隊のメディアスと話していた。彼女は笑っていたと思う。あんな顔もするんだなと、少し印象が変わった。


 同じ隊にいるということもあって、顔を合わせる機会は何度もあった。

 でも、いざ彼女を前にすると上手く話せない。彼女の方も俺を避けているようだった。やはり、俺とは話したくもないのだろうか。だが、それでもただ一言だけ伝えたいことがある。それで許してもらおうとは思わないが、それでも言っておきたいことがあった。そう思うのに、なかなか言い出せない自分が歯がゆかった。


 そんな時、タルタロスの森の調査メンバーを募集しているという話を聞いた。最近は危険生物(モンスター)の動きが活発化し、その異変の原因究明が主な目的だった。

 そういえば、俺があの森に行ったことはない。兄のことがあってからというもの、両親は以前にも増して俺にあの森には行かないようにと言い聞かせた。

 彼女は、どんな場所で育ったのだろう。気がつけば、メンバーに入れてもらえるよう申請しに動いていた。


 当日の調査は途中までは順調だった。

 しかし、突然何者かの襲撃を受ける。俺に向かって魔法が放たれたのだ。しかも、それはしつこく俺を狙ってくる。無我夢中で回避し、逃げているうちに、気がつけば仲間とはぐれてしまっていた。

 ここはどこだろうか。まだ近くにいるかもしれない敵に警戒しながら、俺は迷子になってしまったことを理解した。

 どうしようか。何とかしてここから出なければ。まだ彼女と話せてすらいないのに、こんなところで道に迷っている場合ではない。

 だが、俺ひとりでこの森から抜け出すことが絶望的なことも分かっていた。助けがくるまでなるべくここを動かず、敵の攻撃を避け続ける方が賢明だろう。何とも情けない話だが、それが一番助かる確率が高かった。


 そして、久しぶりにフォグリアと顔を合わせる。


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