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クラウン=コア  作者: 桜花シキ
第13章 死の叫び
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タルタロスの森 中層③

 フォグリア=アルラウネ。タルタロスの森の中層に暮らすエルフの母から産まれた少女。現在、タルタロスの森には危険生物モンスターと呼ばれるものしか存在しない。それは、とある事件がきっかけになってのことだった。

 彼女の母はエルフだが、父親は「叫び声は魂を奪う」と言われるマンドラゴラだった。かねてから、危険生物モンスターであるとする者とそうではないとする者たちに意見は分かれていた種である。

 マンドラゴラは1日のほとんどを土の中で過ごす根っこに顔がある種族だが、自ら顔を出すこともできた。そうした時は自発的に話すこともでき、その声を聞いた者も問題ない。しかし、引き抜かれると驚いてけたたましい叫び声をあげ、近くでそれをまともに聞いた者は死に至る。それは自分の意志ではどうしようもなかった。


 ある日、タルタロスの森で母親と木の実を拾っているところで、フォグリアはその声を聞いた。

 何が起こったのか理解する間もなく、幼い少女の意識は遠のく。


 気がついた時には、暗い檻の中にいた。

 そこがテミスの牢獄であり、その場所のことをきちんと理解したのは解放されてから時がしばらく経過した後だった。

 あの時、何が起こったのか。幼い彼女が細かく理解できたわけではなかったが、あれは自分の父親の声であったこと、そしてそのせいで森にいたエルフを含めた多くの生き物が亡くなったことは分かった。原因は、森に入ったひとりの少年が、フォグリアの父であるマンドラゴラを引き抜いたことにあったそうだ。もちろん、その少年もエルフたちと同じ道を辿っている。

 唯一、あの場で生きていたフォグリアはテミスに直接送られた。場所が場所であったために、アブソリュートを通じるよりも先にテミスが動いたのだった。

 生きてはいるものの意識のなかった彼女はすぐに検査された。そこで、彼女もマンドラゴラの血を引いていることが発覚し、念のためここに入れられていたのだった。彼女が生きていられたのも、マンドラゴラの血を引いていたことが幸いしたらしい。


 しかし、起きてすぐ黒い衣を身に纏ったテミスの監視員が近づいてきたことに、まだ5歳ほどだった幼いフォグリアは怖くなって泣き叫んだ。

 その時、純粋なマンドラゴラ並ではないにしても同じような力を持ったフォグリアは、テミスにいた自分の監視員たちを数日意識不明にしてしまう。幸い死に至らせるほどの力はなかったものの、彼女自身も危険視され、檻の中の生活はしばらく続いた。

 彼女も、自分が監視員たちにしてしまったことを幼いながらに理解し、自分の力が恐ろしくなった。

 それ以来、彼女が泣いたことはない。思い切り叫んだこともない。声を出すこと自体が恐ろしく、無口な子ども時代を送っていた。


 フォグリアがまだ牢にいる間、テミスの法管理局の局員たちは何度もタルタロスの森に足を運び、今回の事件の原因となったフォグリアの父と面会を続けた。彼の性質もあって、テミスに運ぶわけにはいかなかったからだ。

 最終的にテミスが下した判決は、フォグリアの父を葬ることだった。父もそれを了承し、抵抗はしなかった。それをフォグリアが聞かされたのは、すでにそれが実行され、彼女も牢からようやく出された後である。

 本人の意志ではないにしても、犠牲が大きすぎた。


 しかし、事態はこれだけで終わらなかった。

 その事件のあと、マンドラゴラは危険生物モンスターであるとする者たちにより、タルタロスの森のマンドラゴラ狩りが起こった。組織も止めに入ったものの、数は激減し、今ではこの森にはもういないだろうと考えられている。


 その後、議論の末リカヴィルに引き取られることになったフォグリアは、同じくリカヴィル宅にいたメディアスと兄妹のように育った。

 フォグリアの声のことを知っても、ヒーリス夫妻、そしてメディアスは自分を避けることはなかった。ずっと声を出すのを恐れていた彼女が、また普通に話せるようになったのも彼らのお陰に他ならない。

 しかし、彼女を引き取ったことでリカヴィルに対して非難の声があったことも分かっていた。どうして危険な子どもを野放しにしておくのか、テミスに置いておくべきではないのか。しかし、リカヴィルは彼女を手放さなかった。彼女は、それが申し訳なくて仕方がなかった。

 自分と同じ歳で、数ヶ月早く産まれただけのメディアスは、歳に似合わず随分としっかりしていたことを覚えている。そして、顔は怖いが面倒見は非常に良かった。声を出すことを恐れなくなったのも、彼が話し相手になってくれたことが大きかった。最初は距離を置いていたフォグリアだったが、彼のことを理解していくうちに信頼を寄せるようになる。

 それは今でも変わらず、何かある度に彼を頼ってしまうのは癖のようなものだった。


 成長してからもメディアスにリカヴィルとの繋がりを伏せておいてくれと頼んだのは、フォグリアとリカヴィルの関係がすぐに公になってしまったためである。タルタロスの森での事件はすぐに広まり、フォグリアのことも突き止められてしまった。

 その上でメディアスとリカヴィルの関係がばれれば、メディアスとフォグリアが兄妹のような立ち位置にあることも分かってしまう。メディアスと兄妹だと知られることで、メディアスにまで非難の声が浴びせられることを恐れたのだった。

 メディアスは気にしなくていいと言ったが、彼女はそうかと納得はできなかった。それで未だにメディアスとリカヴィルの関係は伏せられている。


 メディアスたちと生活を共にするようになってからも、頭から離れない顔があった。

 その事件の発端となった少年には、フォグリアと同じ歳の弟がいる。彼女も、その弟とは彼の両親を含めて顔を合わせる機会があった。何かを幼い彼女に言うわけではなかったが、幼くなければ言いたいことはあっただろう。

 あの事件から、十年ほどの月日が流れた。フォグリアはアブソリュートの戦闘部隊に入隊すると決めていたが、その弟も何を思ったかアブソリュートの、しかもフォグリアと同じ戦闘部隊に入隊したのだ。入隊式の時に似た少年を見かけ、その名を聞いた時に彼だと確信した。

 ただの偶然か。それとも自分が関係しているのか。彼と会うことは何度もあったが、何か言いたげな顔をしながらもなかなか話し出さない彼と、その無言の時間に耐えられなくなって視線を反らしてしまう彼女。結局そのまま別れるという状況が続き、さらに五年の月日が流れた。

 

 彼女は戦闘部隊でも上位だと言われる実力を身につけたが、それとは裏腹に繊細で優しい部分も持ち合わせていた。だからこそ、あの日のことを忘れたことはない。

 そして、いつかあの少年の弟とも向き合わなければならないと考えていた。父に矛先が向けられない今、あたしのことを恨んでいるだろう。憎んでいるだろう。それで当然だ。五年、いや事件から数えれば十五年も逃げてきたことだ。何を今更と言われるかもしれない。それでも、向き合う必要はあると思った。

 

 そして、マレディクスの行方不明を聞かされることになる。


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