ラウディ、親友の妹に振り回される⑤
アクシデントはあったものの、何とか辿り着いたアイテール国内でも有数の蔵書数の多さを誇る国立図書館。ここには、ラウディも時折足を運んでいる。
図書館の中には多くの来館者がいたが、騒がしさは一切ない。レイリもここに足を踏み入れてからは静かに本を手に取って眺めていた。ラウディも、レイリが視界から外れない位置で本を探す。小説も好きだが、最近は歴史書の方を多く読んでいる。今とはたいぶ異なるこの世界『エターノヴァ』のことを知るのは、とても面白く、強く惹かれるものがあった。
歴史関連の本が並ぶ棚に目を走らせていると、1冊の古い本が目に留まった。黒い背表紙の文字はかすれていて読めない。気になって引き出してみると、現在ではすべての種族間で統一されている世界共通語とよく似た別の言語でタイトルが記されていた。しかも、一度元の題名が削り取られたようになっており、その上から古代語で「悲劇の元凶」と書き直されている。
気味の悪さを感じつつも、ラウディの指はページをめくっていた。
「これは、古代エルフ語……文字が今の世界共通語と似てるから混ざっちまったんだな。よく中身を見れば読めないから分かるんだけど」
古代語の文献は、重要文献として組織が保管している。本来ならば、これも組織にあるべきものだった。しかし、ちらりと中身を読んだくらいでは判断が難しいものであったため、紛れ込んでしまったのだろう。しかし、古代語についても詳しいラウディならば、少し時間はかかるものの解読できないものではなかった。
「ここの担当と話して、組織に持って帰るか」
ぱらぱらと流すように中身に目を通していたラウディだったが、そうするうちにまたあの風景が頭を過った。しかも、起きている時に見る風景はいつも一瞬で終わるのに、今回はザザッ、ザザッと壊れた電子機器の画面のように途切れたり、映ったりを繰り返している。
何だこれは。頭が痛い。気持ち悪い。
「っ……」
思わず、持っていた本を床に落とす。その音に気がついたレイリが慌てた様子で傍にやってきた。
「ラウディ様、どうかなさいましたか!?」
本棚に手をついて目を閉じ、頭痛と吐き気が収まるのを待つ。しばらくすれば、嘘のように痛みや気持ち悪さは消えていった。あの映像も、もう見えない。
そこでようやく、心配そうに顔を覗き込むレイリの顔が目に入った。
「何でもない……図書館で大声は出すな。迷惑になる」
「すみません……ですが、顔色がよろしくありませんわ」
「ただの立ちくらみだ」
先ほどのは、一体何だったのだろうか。
ラウディは床に落ちた本を拾う。原因はこの本にあるのではないかと、漠然とした確信を持っていた。軽く読んだところ、これもきちんとした歴史書のようだが、種族間での争いが絶えなかった古き時代、それよりも昔の遠い遠い出来事を記しているようだった。千年、二千年の話ではないだろう。
どうしてそれが、あの風景を呼び起こしたのか。その理由はまだ分からないが、ようやくあの風景の答えが出るかもしれないと、ラウディは好奇心に溢れていた。ただ、同時に知ることへの恐怖も感じていた。
レイリは、黙ったまま黒い本を見つめるラウディに何か不安を覚え、現実に引き戻す。
「そうだとしても、お疲れなのでしょう。私の我儘につき合わせてしまい、申し訳ありませんでした。今日はもう帰りましょう。十分楽しめましたわ。ありがとうございます」
それで思考の世界から我に返ったラウディは、少し思案したのちに小さく頷く。
「そうだな、その方がいいかもしれない」
ラウディは、例の本を持ち帰ることを担当に伝えてから、帰路についた。
本部の寮へ戻る前に、レイリを屋敷まで送って行く。
「本部へお帰りになる前に、心配なので私の家で休んでいって下さいませ。ラウディ様に何かあったら、私は……」
その道中でもどこか上の空なラウディを見て、いつもと明らかに違うとレイリは感じた。しかし、話かけられれば、何事もなかったかのように普通に応対する。
不安げなレイリを見ながら、ラウディはため息をつく。彼女は、自分に深入りしすぎている。このままにしておくのは、お互いのためにも良くないだろう。一度きちんと話した方がいい。そう言った庭師の言葉が頭を過る。
「前から思ってたんだけど、あんまり俺に関わるなよ。お前は外の世界をまだ知らないんだ。安易に組織のやつに関わると後悔するぞ」
「ご忠告は感謝しますが、私も安易には諦められません」
「レイリ」
強い口調で反論するレイリに言い聞かせようと口を開くも、それを遮るようにさらに言葉を続ける。
「今ここでラウディ様のことを諦めたら、それこそ後悔しますわ。後悔するなとおっしゃるのなら、どうか私の片想いをお許しください。もし……もしラウディ様に良い方が現れたのなら、その時は身を退きますわ。ですから、それまでは」
どうしてそこまでして。ラウディは頭を悩ませる。
「……今すでに居るって言ったら?」
もちろん嘘だが、これの対応によってはそこまでだ。
しかし、レイリは特に驚くこともなく、笑顔で言い返すのだった。
「お兄様よりは鈍感でないと思っております。ラウディ様が本当のことを言っているのか、嘘をついているのかは分かりますよ。ずっと見てきたのですから」
これは強敵だな、とラウディは思う。
言ったことをほとんど鵜呑みにするゼロとは違い、この妹は言葉の裏まで読み取る。真っ直ぐなゼロは時々面倒くさくも、難しいことを考えずに付き合える友だった。しかし、彼女は一筋縄ではいかないだろう。
「なぁ、どうしてお前は俺なんかに拘るんだ?」
ふう、と息をひとつ吐くと、ラウディは今までずっと気になっていたことを口にした。
すると、レイリは即答する。
「ラウディ様は、家族以外で初めて私を『グランソール家のお嬢様』としてではなく『レイリ』として見て下さった方だからです。もちろん、お優しいところも大好きですが」
そうして、にこりと笑う。やはり、こうなった原因は初対面の時にあったようだ。
レイリとしても、他の男性でも変わらないような理由だけであれば断られることくらい予想していた。そうならないように、初めての部分を強調したのである。
言葉に詰まったラウディは、今日のところは負けたなと諦めることにした。
「優しいかどうかは別として……兄妹でも考え方は全然違うよな。ゼロなんかは、どう見られようがまったく気にしてないし」
「お兄様の生き方は素晴らしいと思いますが、なかなか真似できるものではありませんよ。それに、私には私の考えがありますから、同じでなくとも構いません」
「そういうところは似てるんだよなぁ……」
この兄妹の意志の強さは嫌いではない。もし自分が組織に属していなかったのならば、この好意を喜んで受け入れていたかもしれないとも思う。
しかし、それはあくまでもしの話だ。現実は違う。
もうしばらくはこの生活が続くのかもしれないが、いずれそれも終わる。その時は、レイリの隣には別の誰かが立っているのだろう。今はこうでも、時の流れがきっと変えていく。
彼女の意志の強さはいつまで続くものか。そう思いながら、ラウディは日の傾いた町で、自分を慕う少女の隣を歩いていた。




