ラウディ、親友の妹に振り回される④
少し気まずい沈黙が流れた後、先に口を開いたのはレイリだった。
「ラウディ様、今日この後は?」
「1日休暇だ」
「えっと、なら……あの……」
そう告げれば、レイリはもごもごと何か言いたげにラウディを見ていた。そこから何となく続く言葉を察したラウディが代弁する。
「どこか行きたいのか?」
「はい!!」
勢いよく返事をしたレイリに苦笑し、どこに行きたいのか尋ねると逆に聞き返される。
「ラウディ様は、どこか行きたい場所はありますか?」
行きたい場所と言われても、そもそもゼロが言い出さなければ今日は外出すらするつもりはなかったのだが。
レイリが外出したいのは、ラウディと2人だけでいたいという気持ちからだった。つまるところ、場所はどこでもいいのである。
しばらく悩んだ挙げ句、彼らしいといえば彼らしい答えが返った。
「……図書館くらいしか思いつかない」
「では、そこにいたしましょう」
「いいのかよ?」
すんなり賛同を得られ、言った本人が一番驚いていた。もっと他に、年頃の女の子が喜びそうな場所はある。しかし、レイリは嫌な顔ひとつせず笑うのだった。
「ええ、私も読書は好きですから」
ラウディの影響もあってか、彼女もかなりの読書家だった。家にいる時間が長い分、メイドたちに頼んで本をよく借りて来てもらっている。最近では、ラウディの本に関する話題にも合わせられるようになっていた。それが案外弾むものだから、つい時間が経ってしまい後々ラウディが苦い顔をすることもしばしばあった。
付き添いますというメイドたちの申し出を、ラウディ様がいるので大丈夫ですとレイリが説得し、ふたりは歩いて30分ほどの場所に位置する国立図書館へ向かうことになった。車を出すかと執事に言われたが、それもふたりきりの時間が減ってしまうからとレイリが断った。
屋敷から少し遠ざかると、レイリはラウディの右袖を掴んで歩き出す。
「迷子になるといけないので、掴んでいてもよろしいですか?」
「もう掴んでるだろ……好きにしろ」
腕を組むわけではないが、軽く服を引っ張るようにして隣を歩いている。その状態でぴったりくっついているので、組んではいなくともあまり状況は変わらないのだが。
それにしても、ゼロはいないというのに市民の視線はラウディたちに向けられていた。レイリは、ゼロとは違って服装には配慮しているため、黒の半袖に白い七分袖の羽織り、赤いチェックのスカートという、町を歩いていれば同じような服装の人に出会いそうな装いである。しかし、それを着ている少女に関しては、人目を引く整った容姿をしていた。
彼女が歩けば、視線は自然と集まる。可愛い、美人だなどという声が聞こえる中、隣の男は兄貴ではないだろう、だが彼氏にしては地味すぎるなどという声も拾うことができた。しかし、当のラウディは特に気にとめる様子もなく、時折話しかけてくるレイリに相槌を返していた。
しかし、やはりこういう目立ち方は良くないらしい。
前方から、人混みを強引に押しやってラウディたちの方に大男2人が姿を現す。周囲の声に耳を澄ませば、彼らはこの辺では度々目撃される荒くれ者らしい。盗み、誘拐、暴行、他にも色々やっているようだ。こんな奴らを野放しにしていたとは、組織も手が回らなくなっているのか、質が下がってきているのか。
どちらにせよ、放っておくわけにはいかなかった。
「こんな優男ほっといて、俺たちと遊ぼうぜ」
ニヤニヤと黄色い歯を覗かせながら、2人の大男はラウディとレイリを取り囲むように立つ。レイリを庇うようにしながら、ラウディは男たちを観察する。どちらも人間のようだが、鍛えられた筋肉が覗いていた。
話かけられたレイリはというと、特に動じることもなく対応する。
「私はラウディ様と一緒にいたいのです。お断りしますわ」
臆することもなく、笑顔でそう言い放つ彼女の度胸はさすがだ。しかし、この状況では男たちを不快にさせてしまっただろう。案の定、面白くなさそうな顔をして、男たちは指を鳴らしている。
「じゃあ、そっちの兄ちゃんがいなくなればいいんだろ?」
そう言うと、嫌な笑顔で距離を詰めてくる。
これは自分に殴りかかってくるだろうと先を読んだラウディは先手を打つことにした。周囲の目がある中で組織員が一般市民を殴る蹴るしては問題になるだろうし、そもそもそういった類は苦手だった。
しかし、このまま放って置いては自分が打ちのめされ、レイリは連れていかれるだけだろう。ならば、傷は付けずに動きだけ封じればいい。
「レイリ、鼻と口を塞いで少し息を止めてろ」
意味はおそらく伝わらなかったが、レイリはその指示に素直に従った。
それを横目で確認し、ラウディは懐から袋を取り出した。武器でも出てくるかと警戒した男たちだったが、それに拍子抜けしたのか笑い出す。
「なんだぁ、金で解決しようってか?」
「あいにく、金はいつもそんなに持ち歩いてない」
しかし、ラウディは淡々とそれを否定し、中から小さな粒を1粒取り出した。
「土のコアよ、生命の苗床を与えよ」
ラウディがそう呟くように言えば、その粒を包むように右手に小さな土の山が出現する。それだけでは終わらず、持ち物の中から素早く水の入ったボトルを取り出し、軽くその山に振りかけた。
男たちが何だと首を傾げる。次の瞬間には、その山から真っ白な花が顔を覗かせていた。大人の片手ほどある大きめの花が一輪。それが無事に開花したことを見届けると、ラウディも息を止めた。
「なん……きゅ、うに……ねむ……」
突然花が成長するという珍事に見入っていた男たちは、急な眠気によろめく。そして間もなく、先ほどまで元気に喋っていたのが嘘のように、地面に仲良く倒れ込んでしまった。
目を丸くするレイリに、花が枯れたことを確認したラウディが、もう息をしていいと合図する。
「眠り花の種を急成長させたんだ。花が咲くと、枯れるまで睡眠促進作用のある物質を出し続ける。取り扱いには注意しないといけない代物なんだけどな」
この花の種などを扱うには免許の取得が求められる。興味本位で取っていたものが役に立った。
「さすが、ラウディ様ですね」
賞賛するレイリに、ラウディは首を横に振る。
「魔法で強制的に成長させた植物は、すぐに枯れる。こいつだって生きてるんだ。自然の流れに逆らうような技を、何度も使っていいもんじゃない」
右手に握られた枯れた花。魔法で成長させたものに関しては、種も残すことができない。次世代に繋がることなく消えていった生命に、謝罪と感謝を伝えるように唇が動いた。
「それにしても、こいつらどうするかな」
休暇ではあるが、放って置くこともできない。このまま組織に戻るべきかと考え始めていた。それをレイリも感じ取ったのか、不安そうにラウディを見ている。
そんな時だった。非常に見覚えのある赤い服の青年が目に入る。
「まぁ、非常に良いところに!!」
前方からやってくるその姿に、レイリが満面の笑みで両手を合わせる。
あちらもこちらの存在に気がついたようで、近くまで早足でやってきた。
「報告書の提出が終わったから、様子を見に来たのだが……」
ゼロは状況が分からずに首を傾げ、レイリとラウディ、そして地面で熟睡中の大柄な男2名を交互に見る。現状を把握しようと努めているようだった。そこへ、レイリが簡潔に経緯を説明する。
「お兄様、この方々は私たちを襲おうとしてきたのですわ。そこをラウディ様が穏便に収めて下さいましたが、ラウディ様がいなければ危ないところでした」
「なに?妹を助けてくれたようだな。礼を言う、ラウディ」
深々と頭を下げるゼロを制し、この男たちの処遇を決めなければと伝える。
「礼はいいから、こいつら組織に連れてかねぇと。取り敢えず眠らせたけど、このまま放置もできないだろ。こいつら、今回の件だけじゃなく、いろいろとヤバいことしてたみたいだぜ」
それを聞いたゼロは難しい顔をして、それならば適切な対処をしなくてはならないなと頷く。
「この男たちは、私が連れていこう。お前には、もう少しレイリのことを頼んでもいいだろうか?」
この天然お坊ちゃまは、無意識のうちにレイリの望むように事を運ぶスキルでも身につけているのだろうか。登場といい、セリフといい、タイミングが良すぎるだろう。
顔を下げればレイリが期待の眼差しで見つめており、ゼロも自分が男たちを連れていく気満々で準備している。
「ひとりで運べるのか?」
「これくらいなら、問題ないと思うが」
そう言うと、自分の体格より大きな男2名の腕を片方ずつ拝借し、両肩にかけるようにして持ち上げて見せる。眠っている状態の男たちを動かすには相当力がいるというのに、風魔法で補助しつつ上手くやるものだ。
「うむ、私だけで何とかなりそうだ。妹を頼んだぞ」
「おー……分かった。一応、俺たち以外の目撃者も探してから行けよ。こいつらが起きても、とぼけて本当のことを言わない可能性がある。俺も必要な状況になったら呼んでくれ」
「了解した」
この状況で断ることもできず、大の男を両腕に抱え、真っ赤な制服に身を包んで歩く、周囲の住民たちの視線を一心に集めるゼロの背中を見送った。




