ラウディ、親友の妹に振り回される①
「はぁ?レイリに会いに行ってくれだって?」
ファスたちと別れ、ラウディは自分の自室の近くで待っていたゼロと再会した。何の用件かと思えば、真顔で話を切り出したゼロに思わず聞き返す。
「この後は忙しいだろうか?」
現在、午前10時ごろ。明日からはまた任務の日々が始まるが、午後は休暇だった。ゼロは報告書の作成をこれからしなくてはならないが、ゼロより先に帰還したため、ラウディはすでに書き終わっている。あとは見直しをして提出するだけだった。
そう考えると、特に用というほどのものはなかったが、彼は時間があれば読書をするのが習慣となっている。彼の実家が田舎の図書館のような場所であったため、幼少のころから本に触れる機会は多く、今でも読書していると落ち着くのだった。
そして、組織一読書量が多いことは誰もが認めており、歴史や古代言語の分野に関しての知識はメディアスをも超えると言われている。
「休みくらいゆっくり読書しようかと思ってたんだよ。まぁ、それは別に強制じゃないからどうとでもなるが……だからって、何で俺がお前の妹に会いに行かなくちゃならないんだ?」
そう聞き返すラウディに、ゼロの眉が下がる。
「す、すまない……レイリと約束してしまってな」
「お前な……何でいつもは石頭なのに、あいつのことになると激甘なんだよ」
どうにも、ゼロという男は妹に弱かった。
自分であれ、仲間であれ、規律に厳しいことは有名だ。そして、任務中に甘さはほとんど持ち合わせていない。休日であっても大した差はないだろう。
ところが、妹のこととなると途端に甘くなる。別にそれだけならいいのだが、高確率でその影響を受ける対象にあるラウディにとっては他人事ともいかないのだった。
「いつも寂しい思いをさせてしまっているからな。なるべく、レイリの頼み事は聞いてやりたいんだ」
その心持ちに関して文句はない。しかし、自分で解決できることならば、だ。
「それに俺を巻き込むなよ」
げんなりした顔で、ラウディは言った。しかし、そう簡単にゼロも引き下がらなかった。深々と頭を下げ、請う。
「すまない……だが、そこを何とか頼む!」
「おい、頭下げんなって……分かったよ、会えばいいんだろ。俺からもあいつに、我儘言って兄貴を困らせるなって注意しとくから」
そこまでされると、自分が意地悪をしているようだ。渋々承諾したものの、頭を上げたゼロの口からは、妹に対して甘いのがバレバレの言葉が飛び出す。
「いや、我儘という程ではないんだ。駄々をこねることもせず、すぐに引き下がってな。寂しい思いをさせているはずなのに、文句のひとつも言ってこないで……そんな妹の頼みを断ることは……もう少し我儘を言ってくれても、妹の我儘は可愛いものだろうに」
駄目だ、このままだと延々とこの話を聞かされることになる。そう思ったラウディは、途中で話を断ち切った。
「お前は、頭冷やせ。メディアスあたりに頼んで、氷魔法でキンキンにな」
少しばかり苛ついたので冗談を言ってやったが、ゼロの真面目に考え込む様子を見て、しまったと思う。
「ふむ……自分では分からんが、私が頭を冷やすには物理的な行動が必要なのかもしれないな。よし、今すぐ行って来よう」
ゼロに冗談というものは通じない。本当にメディアスのところまで直行しそうな勢いに、慌てて腕を掴んで引き留める。
「おい、待て!本当に行く馬鹿がどこにいる。冗談に決まってるだろ、本当に頭いいのか悪いのか分からないやつだな……」
「む?……ああ、メディアスは忙しいからな。わざわざこんなことを頼もうというのは、どうかしていた。感謝する、ラウディ。事前に気がつくことができた」
少し考えてから納得したようにゼロは頷く。そこでようやくラウディは掴んでいた手を放した。
「やっぱり、少しずれてるんだけどな……」
ほっとしたのもつかの間、やはり彼の思考は少しずれていた。
「落ち着いて考えてみれば、私も氷魔法は使えたのだったな。誰かの手を煩わせずとも、自分でやれば――」
「だから、そういうことじゃねぇんだよ!」
「??」
思わず大声が出た。ぱちくり、とゼロが瞬きする。
頭の上にクエスチョンマークでも浮かんでいそうな顔をして固まるゼロの両肩に手を置き、言い聞かせる。
「とにかく、氷魔法は使うなよ。というか、さっきのことは忘れろ……忘れてくれ」
「いや、しかし私に何か問題があるのなら、それを放置しておくのは――」
「俺の勘違いだ。大丈夫、お前はそのままでいいから」
その後もなかなか納得してくれないゼロを半ば強引に言いくるめると、ラウディはさっさとその場から離れた。
本当はこのまま自室に籠もって読書に耽りたいとも思うのだが、一応は友の頼みともあって、渋々その足はグランソール家の屋敷へと向けられる。
「レイリか……まったく、あいつは」
その道中、どうして彼女は自分にこだわるのか、どうしたら諦めてくれるのかをひたすら考えていた。




