アイテール城にて①
アイテール王国は大きな国だ。そして、世界的に見ても色々な面で発展している。
希少な鉱物プリゾナが採集できるウルカグアリ、医療の最先端アクスラピア、産業の盛んなメルクリウス。しかしながら、これらはことごとくデゼルたちによって多大な被害を受けていた。
アブソリュートの中でも、これらの土地が狙われたのは意図的だろうと考えられている。
共通の特徴としては、アイテール国内の主要都市であること。国外でも、デゼルが関わっていると思われる被害がまったくないわけではないが、なぜアイテール国内ばかりが狙われるのか。
ひとつの可能性として、組織に手厚い支援をしているため、という原因が考えられた。
アブソリュートの活動は、先に挙げたような都市からの寄付で成り立っている。しかし、ここ半年ほどの事件で、その寄付ができなくなったところもあった。これは組織にとって痛手だ。
アブソリュートを敵対する何か。それがデゼルの背後にあるものなのかもしれない。
早急な問題解決が求められてはいるものの、なかなか進展しないのは、組織であっても簡単に手を出すことのできないものが関わっているからではないか。組織の上層部では、そう囁かれていた。
その有力な候補として挙げられているのは2つ。
ひとつは、隣国テミス。法を司り、裁きを下す者たちの住まう土地。組織であってもそれを無視することはできない。
加えて、テミスの法管理局局長アンヘル率いる直属部隊は、あらゆる犯罪者を狩るスペシャリストたちで占められている。アブソリュートの上位隊員たちといい勝負だろう。
彼らを敵に回すことがどれだけ恐ろしいことかは、組織の最高司令官ネオも分かっていた。それゆえに、軽率に疑いをかけて強制調査には乗り出せずにいる。しかし、それでも疑念は拭えず、密かに諜報部隊員を派遣することはしていた。
そして、もうひとつ。
アイテール王国首都アイテール。王家を有し、アブソリュート本部を構える主要な土地。
現国王レクス=リアン=アイテールを主とする、王国のシンボルであるアイテール城にも組織の目は向けられていた。
アブソリュート創設当時から、非常に良好な付き合いを続けてきたアイテール王家。この王国出身のネオにとっても、王家は特別な存在だ。しかしながら、アブソリュートはあくまでも世界防衛組織。しかも、ネオはその頂点に立つ者だ。
アイテール城を現在警備している者の中に、城内の不穏な空気を感じ取った隊員がいた。それは、息子のゼロと共に行動していた諜報部隊員。目立つ隊員ではないが、潜入捜査向きの青年だ。ゼロは優秀ではあるが、疑うことに慣れていない。他者を信じすぎるのだ。
それを補うように、その青年はゼロを支えてきた。入隊当初はその真っ直ぐさから息子の危うさを案じていたネオだったが、その青年のお陰でここまで無事にやって来れたと感謝している。
元々、この任務の期限は半年間。その満期を迎えての帰還ではあるが、何も問題なければもう半年間任せる予定だった。
しかし、今回期限通り彼を呼び戻すのは、城の様子を詳しく聞きたいからだ。
そして、密かに次期諜報部隊隊長にと考えている彼に、デゼルの件を任せたいからでもあった。
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アイテール城の中庭に出て、白い服を着たハーフエルフの青年は少し名残惜しそうに天高くそびえ立つ真っ白な城を見上げていた。
長い白髪と金を帯びた瞳。幼い子供なら、絵本から出てきた王子様だと目を輝かせそうな整った容姿をしている。
長い白髪は後ろでひとつに束ねているが、これは彼曰く、仕事中に髪が気にならないようにするためと首の防護のためらしい。
立ち振る舞いにも品があり、どこぞの王子ですと言っても通用しそうではあるが、彼はアブソリュート作戦部隊の隊員、最高司令官ネオの息子であるゼロ=グランソールだった。王子ではないが、母親が名の知れた貿易商を営んでおり、良家の出であることは間違いではない。
この城の警備の期限は今日まで。もうすぐ帰還しなければならない。
この城の警備を任されたのが半年ほど前。組織の代表として恥じない態度がとれるかどうかという不安も杞憂に終わった。
「ゼロさん!!」
この半年のことを思い出していたゼロを呼ぶ声が聞こえる。振り返れば、慌てたように走って城から出てくる黒髪の青年の姿があった。
背丈は168センチメートルのゼロよりも少し小さい。白を基調として、金色の装飾が所々に施された上等な服を着ている。
「ディン様、どうされたんですか?」
ディン=リアン=アイテール。17歳の元気な青年だ。
どこにでもいるような普通の人間の男子だが、彼はこの国の第2王子にして、王位継承権は第3位。継承権第1位は第1王子のアルベール、第2位は第1王女のマリアムだ。
ディンは、2人の兄姉とは母親が異なる。しかし、アルベールもマリアムもディンをとても可愛がっていた。そんな2人のことを、ディンもまた大切に想っている。
「ほ、本部に戻るって本当ですか!?」
息を整えたディンが、ゼロに詰め寄る。その問いかけに、ゼロは穏やかな口調で答えた。
「ええ、元々夏までという期限でしたから。明日から、私の仲間と交代します」
「そんなぁ……もっと剣術とか魔法について教えてもらいたかったのに」
ディンは、王族の中では唯一の全属性使いだ。
同じ全属性使いとして、ゼロは護身術程度に剣術や魔法を教えていた。ディンは非常に努力家で飲み込みも早く、これからの成長が楽しみだとゼロは思っている。
「魔法ならば、私よりもマリアム様にお聞きになって下さい」
第1王女マリアムは魔法を得意としており、そのセンスは組織の上位と等しいのではと噂される程だった。
「姉上もゼロさんに残って欲しいと思いますけど……」
姉の名を聞いたディンは、ぽつりとそんな言葉を漏らす。ちらりとゼロの様子を伺うも、首を傾げて不思議そうにしている。
「何かありましたか?」
きょとんとしたゼロの様子に、姉の気持ちは届いていないのだということをディンは悟った。彼は完璧なように見えるが、こういう風に鈍感な部分もある。完璧過ぎないのもいいところなのだが、姉の片思いが成就する日は遠そうだ。
「いえ、ゼロさんは仕事なんですもんね。お引き留めしてすみませんでした」
「構いませんよ。次にお会いできる日がいつになるかは分かりませんが、その時はまたお相手しましょう」
「本当ですか?約束ですよ!!」
ぱあっ、と表情が明るくなったディンは、手を振りながら城の中へと戻って行った。
「すっかり懐かれたな」
ふいに背後から聞こえた男性の声に振り返る。声をかけられるまでその存在には気がつかなかったが、よく知っている声だったため驚くことはなかった。
襟にかかるくらいの長さの茶髪に黄緑色の瞳。アイテール王国では特別な色とされる白の制服にわざわざ着替えているゼロとは異なり、着慣れた茶色の制服に身を包んでいる。薄い茶色だから、若干白っぽいだろうという少し無理のある言い分だが、何でもかんでも決まったことに従うのは性に合わない彼らしい行動だった。
ゼロと並んで立つと尚更目立たない人間の青年は、ゼロとディンの会話が終わったところを見計らって声をかけたのだった。
「さすがだな、ラウディ。まったく気がつかなかった」
その隠密能力の高さに対し素直に称賛の言葉をかけたゼロだったが、ラウディはそれに顔をしかめる。
「いや、別に隠れてたわけじゃないぜ?訓練してるうちに慣れて、日常でも気配が消えてることはあるから仕方ないけどさ」
何で友の前でまで隠れなくてはならないのか、とラウディはため息をついた。日頃からそういう悪戯をしているならまだしも、そんなことは一度もしていない。冗談というものが通用しない彼にそんなことをすれば、誤解を招くことになりかねないからだ。
数秒の沈黙のあと、申し訳なさそうにゼロが頭を下げる。
「そうだったのか。すまない」
「いや、謝るなよ。何か悲しくなるだろ」
「む、そうなのか……すまない」
このまま話していても傷をえぐられるだけだと、ラウディは話題を変える。
「それより、帰還前の挨拶に行こうぜ」
「そうだな」
本部へ帰還する前に、城の者たちへ挨拶を済ませねばならない。ゼロもラウディの申し出に頷いた。




