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クラウン=コア  作者: 桜花シキ
第10章 夏の日差しと傷痕
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海岸警備⑤

 目を覚ました時、俺は本部の救護室のベッドの上にいた。頭だけ動かして左側を見ると、そこには同じようにルーテルが寝かされていた。どうやら無事であるようで、今はすうすうと小さな寝息をたてている。

 右側を見れば、エイドが本を読みながら椅子に座っているのが見えた。ずっとここで看病してくれていたのだろうか。俺が起きたことに気がつくと、エイドは心底ほっとした表情をした後、今後こういうことがないようにと耳が痛くなるほど注意してきた。


「独断で行動するのは止めろよ。今回だって、俺が行くこともできたんだ。ルーテルを助けてお前が死んだんじゃ、意味ないんだからな?」


「悪かったって」


 途中で聞いていられなくなり、話を遮る。

 エイドから聞いた話によると、俺はルーテルの父親に助けられたらしい。まさか、彼が助けてくれるとは思ってもみなかったが。

 しかし、それ以上に驚きだったのは、アンヴェールがちゃんとルーテルを救ってくれたことだろう。今回ばかりは、本当に助かった。かといって、ずっとあいつを表に出しておくわけにもいかないので、今もまた抑えつけている。曖昧ながらも、あいつが「都合のいいやつ」と思っていたような記憶が残っている。それに対しては反論する理由もない。あいつに対してこんな感情を抱くのは初めてだが、申し訳ないと思った。


 ずっと、あいつは危険だ、消さなくてはと考えていたが、一概にその行動を否定することはできないかもしれないと、少しばかり思う。今もあいつの凶暴性が消えたわけではないが、あいつがいなかったら『俺』が危ないことも結構あった。あいつがいなければ、俺は今ここにいないかもしれない場面が。

 俺に何かあれば、身体を共有するアンヴェールにも被害が及ぶ。だから、『俺』に危険が迫った時に防衛しようと出てくるのは当たり前のことなのだが。だが、どうしてだろう。何かが引っかかる。

 そういえば、アンヴェールの人格ができたのはいつだったか。エイドの家に来る前だった気がするが、それ以前の記憶は霧がかかったように曖昧だ。思い出そうとすると、何かに抑制されるように頭痛がして考えるのを止めざるを得ない。

 俺は、エイドの家に来る前、どんな生活をしていたんだろうか。昔の記憶を思い出そうとしたが、またも頭痛に見舞われる。


「うぅ……」


「どうした、ファス!?どこか具合悪いのか?」


「大丈夫だ。ちょっと昔のこと思い出そうとしただけだから」


 頭を押さえる俺を心配してエイドが慌て出したので、大丈夫だからとそれを手で制した。本当に何なのだろう。まるで、思い出すなと止められているかのようだ。


 頭痛も治まったところで、救護室の入口にソワンの姿を捉えた。そのまま入室し、まっすぐ俺のベッドへやってくる。

 入室してすぐは心配そうな表情を浮かべていたが、俺が起きていることを確認して表情が和らぐ。こういう時、やはりエイドはソワンに似ていると感じる。


「ファス、具合はどう?」


「もう大丈夫だ」


「本当に心配したわ。あまり無理はしないで。あなたも、エイドも」


 隊長という立場から、エイドの前であってもこういう風に母親の顔をすることは珍しかった。その顔を俺にも向けてくれるのは、息子として認めてくれているからなのだろう。

 あんな過去の出来事があっても俺を見捨てずにいてくれたオプセルヴェ一家。俺が今ここに存在できているのも、そのお陰だ。俺は迷惑をかけるばかりだが、いつかそれに見合うだけのものを返したいと思う。現状では難しいだろうが。


 壁にかかっている時計を確認したら、現在23時。6時間くらい眠っていたのだろうか。アンヴェールと交代した後の体調不良や魔力はすっかり回復していた。

 

「体調も万全ではないでしょうし後でいいけれど、司令官があなたに話を聞きたいそうよ」


 そうなるだろうとは思っていた。クヴァレを間近で見たのは俺とルーテルだし、そのどちらかには少なくとも話を聞かなければならないだろう。

 しかし、あの状況でルーテルが詳しいことを覚えているとも思えない。俺もアンヴェールと交代していたときの記憶は鮮明ではないが、多少は覚えているので話はできるはずだ。 

 それに、今回の件にもデゼルが関わっているような気がしてならない。何でもかんでもそこに結びつけるのはどうかと思うが、勘だ。

 ならば、なるべくルーテルをこの件に関わらせたくはなかった。俺が先に話しておけば、ルーテルは軽く話を聞かれるだけで済むだろう。


「分かった、すぐ行く」


「そんなに急がなくても、明日で大丈夫よ」


「平気だ。最近物騒だし、早い方がいいだろ。司令官がもう寝てるって言うなら別だけど」


「あの方のことだから、まだ仕事中でしょうね。本当に、いつ寝ているのかしら」


 ソワンは苦笑する。

 俺だけでなく、エイドにも次の任務などの話があるらしい。隣で寝ているルーテルを起こさないように、俺たちは最高司令官室へ向かった。



 俺とエイドが最高司令官室に入ると、ネオが机に向かって書類に筆を走らせていた。

 入室者の中に俺の姿を見つけると、もう大丈夫なのかと目を丸くされた。問題ないということを伝えると、ネオは書類を脇にどけ、早速本題に入る。やはり、俺に聞きたかったのはクヴァレの件らしい。

 できる限り知りうる情報を話したが、あまり有益なものはないと思う。強いていえば、組織のことを恨んでいることだろうか。

 ひと通り話し終えると、今度はネオが今回の経緯を説明してくれた。


「クヴァレを閉じ込めていた檻が、何者かに壊されたらしい。ウルカグアリ出身の番人ガーディアンである隊員たちが見張っていたプリゾナ製の檻だ。番人ガーディアンたちは幸い軽い怪我だけで済んだようだが、その守りを破るというのは相当な実力者だろう」


 プリゾナは、誘拐された巫女ノエルの出身地ウルカグアリでとれる珍しい鉱物だ。ノエルのように、番人ガーディアンが所持することによって強固な封印を可能にする。ウルカグアリのタルトゥーガたちが封印されていた鉱山を破壊したのは、おそらくデゼルだ。今回の件にもあいつが絡んでいる可能性を嫌でも考えさせられるわけか。デゼルでなくとも、デゼル級の誰かの仕業であるのは間違いない。

 俺の考えを察したのか、ネオは続ける。


「デゼルのことも疑ってはいるが、犯人の顔は目撃されていないというのが現状だ。何者かがどこからか攻撃を仕掛けてきて、隊員たちは海へと放り出されたらしい。海面から顔を出した時には誰もおらず、檻の中ももぬけの殻だったそうだ」


 ネオはひとつため息をつくと、だが、と話を続けた。


「ひとつ情報を挙げるとすれば、隊員たちは強風に吹き飛ばされたと答えている。何か心当たりは?」


 風、というキーワードで思い出すのは、デゼルと行動していた白フードのことだった。


「そういえば、デゼルと一緒にいたやつが風属性の魔法を使ってた」


「ふむ……特徴は?」


「白いフードを被ってて、顔は分からなかった。この前、インダストリア邸でも会ったんだ」


「それって、アクスラピアの時と同じやつか?」


 それを聞いたエイドがすかさず反応する。


「俺はそうだと思ってる」


 俺やメディアス、エイド、サナキでデゼルを追い詰めた時、突然現れた白フード。あいつがデゼルの逃走を手助けしたのだろう。砂嵐が収まった時には姿を消していた。


「インダストリア邸の時は炎の竜巻に隠れて見えなかったから絶対とは言えないけど、なんかその白フードのやつがデゼルの移動を手助けしてる気がする。風魔法で運んだりってできないのか?」


 その問いに、エイドは首を横に振る。


「それは聞いたことないな。少し持ち上げるとかならできても、長距離運ぶとなると相当な魔力が必要になるんだ。もし仮にそうだとするなら、恐いくらいの魔力の持ち主ってことになるかな。その線は薄いと思うよ」


 本当に凄まじい魔力の持ち主だということもあり得るが、確率的には低いのだろう。しかし、あの状況で他に脱出できる方法があったのだろうか。

 俺がうーん、と唸っていると、エイドが自分の考えを述べた。


「今回の件も聞いて思ったけど、風魔法はあくまでも目隠しみたいなものじゃないかと思うんだ」


「目隠し?」


「アクスラピアでも、インダストリア邸でも逃走の瞬間は見てないだろ?故意に隠してるような気がするんだ。あれだけ派手な魔法を使えば意識はそっちに向けられるだろうし。まぁ、俺の推測に過ぎないけどね」


 なるほど、確かに一理ある。だが、仮にそうだとしても、逃走に使用できる乗り物は近くになかったはずだ。それとも、気がつかなかっただけでどこかに隠していたのだろうか。


 俺たちのやり取りを黙って聞いていたネオだったが、そろそろ時間も遅いから寝るようにと俺に促した。


「他に何かなければ、君は退室してくれて構わない。申し訳ないがエイドは少し残ってくれ。長期任務について、話しておきたいことがある。ファス、夜遅くにすまなかったね」


「いや、俺は別に……司令官こそ、ちゃんと休めよ」


 ネオは少し驚いたような顔をした後、ありがとう、と礼を述べた。

 長期任務というのは、アイテール城の警備についてだろう。エイドを部屋に残し、俺は部屋を後にした。



 ファスが部屋の前からいなくなると、ネオは再び口を開いた。


「ファスは優しいな」


「俺やルーテル以外と関わる機会が今まで少なかったので、不器用なところはありますけど、根は凄く優しいんです。でも、最近は少し素直になったかな。組織に入って、悪いことばかりでもなかったのかもしれませんね。かといって、デゼルたちの件に深く関わらせたくはありませんが」


 険しい表情のエイドの心中をネオも察していた。危険な任務がファスに回らないようにと、会う度に頼んでくる。ネオとしても、まだ若いファスを危険に晒したくはなかった。それはエイドに対しても同じである。ネオから見れば、エイドは息子と、ファスは娘とほぼ変わらない歳であった。

 こんな心配をしなくて済むように、現在の問題解決を急ぐ必要がある。


「――さて、エイド。例の白フード……私には、少し思い当たる節がないでもないのだが、君はどうだ?」


 ネオの口から出たのは、長期任務についてではなく先ほどの話の続きだった。エイドもそれは予想していたらしく、驚くこともなくそれに応じる。ファスを部屋から出したのは、とある隊員の秘密事項に触れるためだ。


「たぶん、司令官の考えと同じだと思います。ですが、あまり考えたくはないですね」


「そうだな」


 重い沈黙が流れる。

 それは、エイドの友に関わること。仲の良いエイドは、その秘密事項も教えてもらっている。どうして組織に入ったのか、表向きは人間ヒューマとして生活している友が本当は何であるのかを。

 ネオが沈黙を裂く。


「だが、確かめておくに超したことはないだろう。エイド、サナキ=ヴェイキュールを呼んできてくれ」


「分かりました。でも、慎重にお願いします。現段階では、あくまでも予測にすぎませんから」


「ああ。私としても、そうでないことを祈りたいんだがね」


 その言葉にはエイドも強く同意し、サナキを呼ぶため部屋を後にした。


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