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クラウン=コア  作者: 桜花シキ
第10章 夏の日差しと傷痕
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海岸警備④

 海へ潜ると、ルーテルの足をしっかり掴んだまま沈んでゆくクヴァレの姿が目に入った。

 早くしないと追いかけるのが困難になる。しかし、何も考えずに飛び込んだのは失敗だったかもしれない。海というフィールドでは明らかに俺の方が不利だし、俺が使える魔法は光属性のみ。光属性の中でも俺が使える攻撃系は雷撃サンダーなどの電気系だ。この至近距離で使えば、俺はともかくルーテルも巻き添えになってしまう。

 息も長くは続かない。この状況を打開する策として頭に思い浮かんだのは、いつもなら絶対に考えないものだった。しかし、この状況でそれ・・が癪に障るなどとは言っていられない。

 近くにいるのはルーテル、そしてエイド。このふたりがいるならば、懸けてもいいだろうか。そもそも、俺の呼びかけなどに応じてくれるかも怪しいところだ。だが、応じてもらわなければ困る。


 俺の意志で、あいつ・・・に主導権を譲る。


 ざわ、と頭の片隅で居座っていたアンヴェールは不服そうにしながらも、俺の意識を飲み込んでいく。ルーテルをちゃんと助けてくれるだろうか。確信は持てないが、今の俺ではアンヴェールに頼るしかない。まさか、一生のうちであいつに頼ることになるなんて、思ってもみなかったが。

 薄れる意識に身を任せ、俺は浅い眠りについた。

 

 

 再び開かれた瞼から覗く白を帯びた瞳は、前を行くクヴァレを捉えた。


(本当に、都合のいいやつ)


 不満げにアンヴェールは目を細める。

 常日頃から隙あらば表に出ようと考えてはいても、意図的に交代されるというのも腹が立つものだ。その元凶というのも、この目の前の巨大水母。ファスに対して苛立っていても、身体は同じである故に殴るわけにはいかない。

 ならば、この苛立ちの矛先を向けるものはひとつしかなかった。


 体勢を整え、右手をクヴァレに向けて差し出す。ルーテルには当たらないよう狙いを定めると、アンヴェールは闇魔法で形成した黒い弾を放った。コントロールするために加減したため威力は通常時よりも劣るが、銃の弾丸のように狙い通り進んだそれは、ルーテルを掴んでいた触手の根元を撃ち抜く。威力は落ちていたと言っても、触手一本もぎ取るくらいは訳もなかった。

 突如として身体の一部を失ったクヴァレは、悲鳴のような音を発して海の底へと急加速して沈んでいく。驚いて逃げたようだ。

 本当は止めを刺したいアンヴェールだったが、優先すべきことがあるためにそれは諦めた。拘束を解かれたルーテルを急いで回収する。意識がないようで、早く陸にあげなくてはとアンヴェールは眉をひそめた。しかし、ルーテルを連れたまま浮上できるだけの力が残っているだろうか。

 そこに、追いかけてきたエイドが到着する。アンヴェールはルーテルを押し付けると、自分の腕も引いていこうとするエイドを制し、急いでルーテルを陸にあげるよう指で合図した。何か言いたげな顔をしながらも、ルーテルの状態を確認したエイドはルーテルのみを連れて海面へと浮上していく。


 それを見ながら、アンヴェールはファスに対して心の中で愚痴をこぼした。 


(本当に、あいつは馬鹿だよね……)


 魔法を形成するのもタダではない。水中という負荷のかかる環境下では、労力もいつもの倍以上はかかる。水のコアを持っていればいくらか補正はかかるようだが、それもない。

 息も限界だった。自力で浮上するだけの余裕はないだろう。

 ファスはアンヴェールを、アンヴェールはファスを。互いに互いを消そうとする争いの結末が、こんな呆気ないもので終わるのだろうか。本当に馬鹿だなぁ、と繰り返し思いながらアンヴェールは意識を手放した。

 

 その時、危機的状況で水中を漂うアンヴェールの腕を、ひとりの人魚マーマンが掴んだ。


「無茶をするね、君も。でも、ありがとう」


 その声は届いていないと分かっていたが、それで良かった。『愛娘まなむすめ』に近づく男は、彼にとって敵も同然。礼など言って図に乗られては困るのだった。しかし、愛娘――ルーテルを助けてくれたこの幼なじみの少年には、感謝してもしきれない。

 ルーテルの父オルシアは、急いでアンヴェールを連れて浮上した。


 オルシアが海面から顔を出すと、エイドが海岸にルーテルを横たえ、治癒魔法をかけているところだった。しかし、しきりに海の方を気にしており、なかなか上がってこない弟のことを心配しているのは明らかだ。そこに現れたオルシアと、彼が連れてきたぐったりした弟を見て、エイドは慌てて駆け寄った。


「オルシアさん、ありがとうございます!!」


「娘を助けてもらった礼だよ。早く診てやりなさい」


 オルシアから弟を受け取り、ルーテルの横に寝かせて同じように治癒魔法をかける。


「どうだ?」


「ルーテルの方は、もう大丈夫です。弟も、オルシアさんのお陰で何とか」


「そうか、良かった」


 ほっ、とオルシアは胸を撫で下ろす。娘の危機に気がついたオルシアよりも、ファスの方が少し早く動いていた。その少し・・のお陰で娘は助かったのかもしれない。たとえ、オルシアの方が早かったとしても、クヴァレからルーテルを助け出せるほどの力は持っていなかった。

 ありがとう、とオルシアは治療をしているエイド、そして目を閉じたままの少年にもう一度礼を言った。


****


 人気ひとけのない夜道を、一組の男女が歩いている。彼らの関係は、同じ目的のもと行動する仲間といったところだろうか。

 癖のある赤毛の男が、白いフードを深く被った女性の数歩前を歩いている。しばらく無言の時間が続いたが、赤毛の男――デゼルは頭の後ろで手を組むと、女性の方を見て後ろ向きに歩き出した。


「せっかく手間かけて逃がしてやったのに、余計なことするなぁ、クヴァレのやつ。しばらく大人しくしてろって言ったのに。これじゃ、あいつも目立つ目立つ」


 デゼルはやれやれと両掌を空に向ける。女性もそれには同感だった。まさか、こうも早く問題を起こすとは。いくら憎いとはいえ、いきなり隊員に食って掛かるとはどういうことか。先ほど確認した様子では、足を一本持っていかれている。少しは反省しただろう。


「組織の目を逸らさなくてはならないな。尤も、時間稼ぎにしかならないが」


「あんたも大変だな」


 まるで他人事のような態度のデゼルにムッとしながらも、余計なことを言って下手に動かれては面倒なことになると思い直し、平常心を装う。この男に、従順さというものはほとんどないと認識していた。


「私は、あの方の命令に従っているだけだ」


「はぁ~、相変わらず格好いいねぇ」


「茶化すな。お前もクヴァレのことを言えた立場ではないぞ。もう少し命令に従え。お前が失敗するたび、そのしわ寄せを私やシランスがする羽目になるんだ」


 感情を高ぶらせないように気をつけていても、日頃の迷惑を考えるとどうしても語気が荒くなってしまう。

 当のデゼルは、不満げに口を尖らせた。


「自分の仕事はそれなりにやってるよ。組織の目は俺に向いてるだろ?あんたや旦那が動きやすくなるようにさぁ」


「囮としては認めてやる。しかし、身勝手すぎるぞ。あの方も本格的に計画を進められるようだ。それを妨げることは許さん」


 反対を許さない気迫に、デゼルも反抗はしなかった。魔力に関しては自分と同等かやや上回り、種族による素の戦闘能力の差も考えれば圧倒的に彼女の方が優位であるため、反抗するだけ無駄なことは分かっている。だから自分と彼女が一緒に行動するよう配置されているのだろうと、デゼルはあの人・・・の考えを予測していた。


「はいはい、分かってますよ。あの人の創る世界は、あんたの望む世界──そこまで執着する気持ちは分からないけどな」


「分からずとも結構だ」


 そう吐き捨てると足を速め、デゼルを抜き去った。

 彼女に反抗せずとも、困ることはない。ならば、彼女がこれからどうするのか観察しているのも面白いだろうか。


 ひた隠しにするその顔があいつ・・・にばれたらどうなるんだろうな?

 

 デゼルは口角を上げると、先を行く女性の後を追った。


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