追加任務⑤
グレイテル・パークで爆発があったらしい。
それをロジャードが聞かされたのは、屋敷から脱出してすぐのことだった。
それを聞いたロジャードは、命令も待たずにグレイテル・パークへと駆けだしていた。幸か不幸か、いなくても問題になる身ではないので、引き止められることはなかったが。
屋敷からそれほど遠い場所ではない。さほど時間もかからず目的の場所へと辿り着いた。
どこにいるのだろう。
ロジャードの頭に浮かぶのは、根は優しくて困ってる人を放っておけない気の強い幼なじみの顔だった。
幼い頃、親に捨てられて独りぼっちになってしまった記憶が蘇る。
泣いて、泣いて、泣き続けて。
そしたら突然「うるさい」と短い言葉の後で、小さい拳が飛んできた。それが、メルカとの出会いである。
びっくりして泣き止んだのを確認すると、メルカはロジャードの手を引いてある場所へと連れて行った。そこはロジャードのような子供たちを育てている老婆の住む家。彼女もそこに住んでおり、ロジャードと同じ境遇だという話を聞いた。
その日から、ロジャードもそこで暮らし始めた。
それから月日は流れ、育ててくれた老婆は亡くなった。ロジャードとメルカ以外の子供たちは成長して大人になり、すでにこの家から去っていたが、話を聞きつけて葬儀には全員集まった。皆から、彼女は愛されていたのである。
しかし、それがロジャード、そしてメルカの心に闇をもたらした。
どんなに大切で愛していても、こうも簡単にいなくなってしまう。いつかはまた独りぼっちになってしまうのだろうか。
残されたロジャードとメルカは、互いの存在に知らず知らず依存するようになった。関係がただの幼なじみから恋人に変わりはしたが、今まで通り対応は変わらず。しかし、互いにその手を放すことができなくなっていた。もし、彼を、彼女を失ったら何が残るのだろう。
ロジャードがアブソリュートへの入隊を決めたのは、老婆の死から1年後のことだった。
園内に足を踏み出した途端に広がる悪夢のような光景。昔の自分なら泣いてしまっただろうかとロジャードは思う。今も泣きそうではあるが。
怪我をして運ばれているのは、まだ園内に残っていた客やアブソリュートの隊員、そして従業員たちだった。嫌な考えが頭をよぎる。まさか、彼女も巻き込まれてしまったのではないか。
走り回ってもなかなか捜し人が見つからない焦りと恐怖で、ロジャードの顔からはいつもの笑顔が消えていた。
ふっと、視界の中に赤が入り込む。炎でも、この状況を作りだした不気味な男とも違う、捜し求めていた赤。それが目の前から消えないように、その手が離れてしまわないように。しっかりと彼女の腕を掴んで引き留めた。
「メルカ、怪我は!?」
「別に平気だよ。それより、お前こんなところにいていいのか?」
怪我をした者たちの搬送を手助けしていたメルカは、突然現れたロジャードを見て目を丸くした。無事な姿を確認したロジャードは、ほっと胸を撫で下ろす。しかし、掴んだままだったメルカの右腕に目をやって、その表情は一変した。
「俺のことは心配ないよ……って、火傷してるじゃん!!」
「え?ああ、本当だな。気づかなかった」
ロジャードに言われて初めて気がついたようで、きょとんとした顔でそれを見る。しかし、大したことはないと思っているようで、焦りは感じられない。むしろ、ロジャードの方が慌てているのだった。
「気づかなかった、じゃないよ!治してもらうから、早く来て!!」
「引っ張るなって!これくらい放っておけばそのうち治る──」
「駄目だ」
急に真顔になったロジャードを見て、メルカは黙ってしまう。彼がこういう顔をするのは、メルカの前であってもほとんどない。今回の一件は、大切な人をまた失うかもしれないという恐怖をロジャードに植え付けるには十分だった。
互いに無言で、ロジャードに腕を引かれるままメルカは歩く。
しばらく沈黙が続いていたが、前を向いたままロジャードは自分を嘲るように笑って口を開いた。
「俺、土のコア持ってるのに、回復魔法まだ使えないんだ。新入隊員でもすぐに覚えられるやつもだよ。笑っちゃうよね」
「回復魔法云々以前に、魔法自体そんなに得意じゃないだろ、お前」
「まぁ……そうだけどさ」
何を今更、という感じで痛いところを突かれる。それに反論することもできないので、ロジャードは口ごもった。
そんな彼の背を見ながら、メルカは疑問を投げかける。
「前々から思ってたけど、なんで戦闘部隊に入ったんだよ。そもそも、組織に行くって言い出したときも驚いたけどさ」
「えー、前にも言ったじゃん、忘れたの?女の子にモテそ……じゃなくて、女の子を守れたらカッコいいかなーって」
そこでくるりと振り向き、メルカに笑顔を向ける。
少し黙ったメルカだったが、まだ納得いかない表情でロジャードを見た。長い間近くで見続けてきたから分かる。争いごとは苦手で、未だに自分より弱いこいつがそれだけの理由で戦闘部隊などに入隊することの異様さが。何か、もっと深い事情があるのではないか。何か重いものを背負い込んでいるのではないか。そして、それは自分にも隠さなければならないことなのかと思うと、メルカは悲しくなった。
「本当にそれだけか?」
「そうだって言ってるじゃん。あ、いたいた。ルーテルちゃん、ちょっといいかな?」
そこへ、屋敷の方から移動してきた救護部隊員たちが通りかかる。その中にルーテルの姿を見つけ、ロジャードはメルカを預けた。火傷してるみたいだから治療してやって、と簡単に伝え、ルーテルが頷いたのを確認すると自身はその場から離れる。
「おい、ロジャード。話がまだ……」
「も~、それで全部だって!ほら、早く治療してもらって。火傷の痕が残ったら大変だよ」
まだ何か言いたげなメルカだったが、ルーテルの仕事の邪魔をするわけにもいかないと大人しく治療を受けることにした。
少し離れた場所からそれを見守っていたロジャードは、ため息をついて頭をかく。
「まったく、メルカは疑り深いんだから。まぁ、俺の日頃の行いのせいだから仕方ないんだけど」
メルカが一番大切なのは変わらないが、それでもたまに他の女の子に声をかけてしまうのは、複数のコネクションを作っておかないと、もし彼女が自分の元から去ってしまった時に耐えられそうにないからという理由では、あまりにも自分勝手だろうか。そうだろうとロジャードも分かっている。
今回は本当に肝を冷やした。やっぱりメルカがいないと駄目なんだと再認識したと同時に、複数のコネクションを持っていてもどうやら意味はなさそうだということを理解した。
「『女の子』を守りたいっていうのは本当なんだけどなぁ。あーあ、肝心な時にちっとも守れてないや」
大人しく治療されているメルカを見て安心する。そして、これからはナンパを控えようかと密かに思うのだった。
「何なんだかなぁ……」
治療中のメルカがぽつりと呟く。その呟きを拾ったルーテルは首を傾げた。
「どうかしたんですか?」
「いや、長年ロジャードのことは見てきたけど、よく分かんないやつだと思ってさ」
そう話す彼女の口調は穏やかだった。ルーテルは軽く相槌を打ちながら、話の続きを聞く。
「さっき、凄い真面目な顔してたんだ。雨でも降るんじゃないか?そういえば、あいつが組織に行くって言った次の日も大雨だったっけ」
「メルカさ……メルカは一緒に行かなかったの?」
メルカでいいと言われたことを思い出し、言い換える。ルーテルの問いかけに、メルカは優しく微笑んだ。
「あたしは、誰かのためにとか、そういうのが性に合わなかっただけだよ。強いて入るなら戦闘部隊あたりかと思ってたけど、それはあいつが凄い剣幕で止めるから。本当に何なんだか。まさか、そのあいつ自身が戦闘部隊に入るとは思ってなかったよ。向いてないにもほどがあるだろ」
その口調からは心配がにじみ出ていた。
メルカは話題を変える。
「あたしがここで働かせてもらえることになったのは最近でさ。それまではいい働き先が見つからなかったんだ。去年は少しきつかったかな。それをあいつに話したら、あたしの仕事の手伝いなんかしに来てさ。自分の仕事はどうなってるんだって聞いても、大丈夫だって言い張るし……自分の分の給料まで回してたとか、後から知ったんだからな……弱っちいクセして、何で色々と面倒なことに首を突っ込んでくるんだか」
呆れた顔をしながらも、その中にロジャードへの感謝が込められていることを、ルーテルは感じていた。
「あいつは馬鹿だけど、悪い奴じゃないから。あたしがどんなに酷いことしたって、許してくれるから……いや、許してもらえると勝手に思い込んでるだけなんだろうけど。あいつにすがってるのは、あたしの方なんだろうな。そのうち、嫌になって別の女のところにでも本当に行っちまうんじゃないかって、いつも不安なんだ」
話を聞いているうちに、治療は終わっていた。半年の訓練の成果か、ルーテルの魔法もだいぶ上手くなっている。
「治療終わりました」
「ありがとう」
すっかり綺麗に消え去った火傷があった場所を見て、メルカは礼を言う。
そして、表情を急に硬くしたかと思うと、遠くで見ていたロジャードの方へ歩いていく。
「ロジャード」
「ん?何、メルカ?」
ちゃんと火傷が完治するか心配で見ていたのが気に障ったのだろうかと、冷や汗を浮かべたロジャードだったが、別に怒っているわけではなかった。
「……りがとな」
小さい声で、メルカが何か呟く。
「へ?ごめん、聞こえなかった」
「あー!!さっさと視界から消えろって言ったんだよ!」
「呼び止めたのそっちなのに!?」
顔を赤くしながら怒鳴るメルカに、ロジャードは抗議の声を上げる。拳が飛んでくることも覚悟したが、今回その心配はいらなかった。
冷静さを取り戻したメルカが、今度は聞こえるように言葉を紡ぐ。
「……せいぜい周りのやつらの足引っ張らないように、怪我するなよ」
不器用な彼女の、精一杯の言葉。その言葉に込められた様々な意味を読み取れるくらいには傍にいたつもりだ。
驚きながらも、ロジャードは満面の笑みでそれに応じる。
「うん、ありがとう」
ばつが悪そうにしながらメルカは顔を逸らすと、他の従業員たちが心配だからと足早に去っていった。
残されたロジャードはルーテルの近くへ歩みを進める。メルカの治療の礼を述べると、ルーテルは仕事だし気にする必要はないと笑った。
メルカが雨が降るかもしれないと言っていた理由が、ルーテルにも何となく分かった。最初に会った時と比べて明らかに元気がない。メルカが怪我したことで精神的なダメージを負ったのだろう。
そう思っていると、ロジャードが寂しげに笑いながらぽつりと言葉をこぼす。
「俺、どこか大丈夫だろうって思っちゃってるんだ。何かあっても、メルカだけは傍にいてくれるだろうって。でも、絶対大丈夫なんて確信はどこにもないんだ。ナンパばっかりして、俺の性格最悪だし。ルルちゃんにも言われたけど、このままじゃ愛想つかされちゃうよね」
それを聞いたルーテルは、先ほど似たような話をされたことを思い出し、思わず笑い声を漏らした。
「え、どうしたの急に?」
「ふふ、ごめんなさい。似た者同士だと思って」
「へ?」
呆けた顔をしているロジャードを見て、また笑いがこみ上げた。
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「妻と娘、それからお客様たち。あの状況で誰も死なずに済んだのは、あなた方のお陰です。お礼を言わせてください」
屋敷の火事が沈静化し、グレイテル・パークの方でも亡くなった者はいないと確認すると、オーナーであるグロウリーが俺たちの前にやってきて礼を述べた。これだけの被害が出てしまったのだ、責められても仕方がないのに。こちらの方が申し訳なくなってくる。
隊員たちの誰もが俯く中、グロウリーは努めていつもと変わらないように声をかけた。
「私は国外にも企業展開しておりますから、我がインダストリア社が潰れてしまうわけではありませんよ。ただ、痛手であることは確かなので、これから頑張っていかなくてはなりませんね。それに、フェリスが狙われたのは、私の資産目当てかもしれません。理由はどうあれ、娘が無事で本当に良かった」
資産目当て。デゼルが金に興味があるかは怪しいところだが、裏に別なやつらが複数絡んでいることを考えると、その可能性もあるのかもしれない。フェリスを誘拐しようとした理由は、少し納得した。
フェリスが資産目的だったとして、アルテストまで狙われた理由は何だったのだろう。世界的に有名だという話だし、資産もそれなりにあるのだろうか。いや、もしかしたら――
「ファス君」
ちょうどいいタイミングで、アルテストに声をかけられる。確認しなければならないことがあるのだ。
「私も狙われているということで、しばらく組織に厄介になることになった。君とは、ちゃんと話してみたかったからいい機会かもしれないね。今度、時間がある時でいいから絵のモデルになってくれないか?君のコアをぜひ描かせてほしい」
「それは構わないけど……ひとつ聞きたいことがある」
「何だい?」
「お前、全属性使いか?」
「そうだけど、それが何か?」
「やっぱり、そうか」
アルテストが狙われたのは、それが最たる理由の可能性が高い。デゼルたちの狙いは、全属性使いを集めること。その線がかなり色濃くなってきた。しかし、目的は何なのだろう。
全属性使いの話をしていると、今まで意識の薄れていた顔を思い出す。そういえば、エイドも全属性使いだった。あいつは、今どうしているのだろうか。
様々な疑問を抱えながら、俺は本部に帰還した。




