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クラウン=コア  作者: 桜花シキ
第一部 プロローグ
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初任務⑤

「ファス!」


 エイドが叫びながらファスに走り寄ろうとした。

 しかし、人が変わったような、静かだが狂気じみた喋り方に足を止める。


「──“兄さん”は、こなくていいよ。こいつは“僕”の獲物だから」


 エイドはその異変にすぐ気がついた。何度も見てきたものだ。これが何かも知っている。


「お前……アンヴェールか」


 黒かった瞳が、白色に変化している。外見で判断するには、これくらいしか手段がない。ファスには、いつものあの顔とは別に、もうひとつ人格がある。

 凶人格、アンヴェール──この状態の時はファスではなく、アンヴェールと呼び区別している。それというのも、2人とも同じ名前で呼ばれることを嫌がっているからだ。

 ファスとアンヴェールは同じ体を共有しているが、彼らはまったく別の存在だという主張をしている。


「キキッ!?」


 飛びかかろうとしていた大型プリュネルが、危険を察知したかのようにバタバタと羽をはばたかせて後退する。

 笑いながら鋭い眼光を向けると、アンヴェールは右手にグラディウスを持ち替えた。


「ははっ、いい玩具(おもちゃ)があったもんだね!いいよ、いいよ……少しは、()りがいがありそうじゃないか」


 狂気を宿したアンヴェールの瞳がカッと見開かれ、グラディウスが振り上げられる。振り上げられたグラディウスは、禍々しい闇を纏っていた。

 アンヴェールのコアは、ファスが光なのに対し、闇。どういうわけか、入れ替わると使えるコアが変わるようなのだ。そして、戦闘能力も。


「ほらほら、何逃げてるの?」


 アンヴェールの攻撃を間一髪かわした大型プリュネルは、身の危険を感じたのかどんどん後退していく。さっきの攻撃も、かわしたというよりは、わざと外したという感じだった。

 明らかに、アンヴェールは遊んでいる。彼が出てきたのなら、こいつを倒せないはずがない。それは、大型プリュネルの怯えようを見ても分かるだろう。


「ははっ!逃げるんなら、もっとちゃんと逃げなよ!」


 アンヴェールの連撃がプリュネルを追い詰めていく。プリュネルの傍をギリギリで通り抜ける斬撃は、纏った闇の波動で地面をえぐった。

 やがて、プリュネルの方に疲れが見え始め、動きが鈍くなってきた。しかし、アンヴェールの攻撃速度は衰えることを知らず、まだ当てる気はなかったのかもしれないが、プリュネルの巨大な瞳に刃が沈む。プリュネルと相性のいい攻撃ではなかったが、そんなものはまったく関係ないと言わんばかりの威力だった。


「ギャギャギャ……」


 断末魔のような鳴き声をあげると、プリュネルは地面に倒れ、それきり動かなくなった。


「あーあ、もう終わり?まぁ、少しは楽しめたかな」


 アンヴェールは動かなくなった大型プリュネルを見下ろしながら、物足りなそうにため息をついた。その後、ニヤリと笑顔を作った彼はエイドの方に向き直る。


「久しぶりに出て来てみたら、随分と面白いことやってるんだね。いいなぁ、僕は仲間外れにするつもり?」


「遊びじゃないんだぞ、アンヴェール」


 アンヴェールを諭しながら、エイドが歩み寄る。そして、動かなくなったプリュネルを見て、少し悲しげな顔をした。


「分かってるよ。でも、まだ何か物足りないなぁ。あ、ちょっと村の方に行ってみようか」


 しかし、エイドの忠告を聞いているようで聞いていないのか、まだまだ戦い足りない様子のアンヴェールは、紫色の血がまだこびり付いたままのグラディウスを空中に投げて遊んでいる。

 今アンヴェールを村に行かせたら、隊員はおろか、村人たちもただでは済まないだろう。戦いに飢えた彼は、見境なしに攻撃を開始してしまうはずだ。

 そのことを分かっていたエイドは、アンヴェールを言い聞かせる。


「今回参加してるのは、どちらかと言えばまだまだ新米の隊員たちだ。お前の相手にはならないよ。それに、ここで何か問題起こすと、もう戦えなくなるぞ?」


「冗談だよ、冗談。10%くらいはね」


 エイドの顔をしばらく無言で眺めた後、アンヴェールはまた笑顔を作った。10%が冗談ということは、やっぱり相当る気だったようだ。

 やれやれと肩を落としながら、エイドはふっと表情を崩した。


「まぁ、久々に出てきたんだ。俺でよければ、気が済むまで付き合ってやるよ」


 エイドの言葉に少し迷ったアンヴェールだったが、ふっと息を吐くと首を横に振った。


「いいよ、別に。今回は、その10%にしとくから。兄さんには、今度遊んでもらおうかな」


「いいのか?俺にとっては、お前もファスも大事な弟だよ。だから、お前のことだって心配なんだ。滅多に出てこれなくて、ストレスでも溜まってるんじゃないか?」


 どうやら本気で心配しているらしいエイドのことを、アンヴェールは理解できなかった。どちらも大事な弟。だから、どちらにも同じように接するだけ。そういう風に扱ってくる者は、なかなかいない。特に、アンヴェールに対する理解は、ほとんどないに等しいのだ。

 しかし、アンヴェールは別に気にしていなかった。誰がどう思おうが、自分が変わることはない。


「馬鹿だなぁ、兄さんは。早死にするよ」


 ニヤリとアンヴェールは微笑む。


「しばらくは様子を見ることにするよ。今はあいつが表に出てた方が、組織の目も緩和されそうだし。まぁ、頃合いを見て──あいつにはいなくなってもらうけどね」


「アンヴェール、まだその気なのか?」


 エイドが一緒に暮らすようになってから、幾度となくファスとアンヴェールの入れ替わりは目にしてきた。その度に、ファスの人格がアンヴェールに呑まれかけることが多々見受けられた。しかし、生活していく上で、ファスが表に出ていた方が何かと都合がいいということで、ファスはアンヴェールを抑えるための訓練を受け続けている。

 アブソリュートに入隊するころには、ほとんどアンヴェールが表に出てくることもなくなり、出てきたとしてもすぐに抑え込めるようになっていた。ファスはそれに少し安堵していたようだが、エイドは寂しさも感じていた。

 しかし、今回の任務でアンヴェールの闘争本能が目覚め、また活動を再開した。戦闘任務を気に入ってしまった様子のアンヴェールは、おそらくまた出てくるだろう。彼の活動再開は、ファスとの主導権争いの再開も意味していた。


「当たり前だよ。だって、僕はあいつが大嫌いなんだから」


 そう言いながら、またアンヴェールは笑う。

 笑っていたアンヴェールだったが、ふっと突然力が抜けたように、ぐらりと体が揺れる。エイドは倒れないように支えてやった。すると、少しして目が開かれる。その色は、もう黒に戻っていた。


「──あいつ、また出てきやがって。何か問題起こさなかったか?」


 やっとのことで、俺はあいつを抑え込んだ。まだ、頭が少しぼんやりしている。あいつが出ているとき、俺の意識は曖昧だ。あいつが何をしていたのかも、ほとんど分からない。

 ただ、エイドに被害は出ていないということだけは認識できていたので、そこだけは安心していた。


「何もなかったよ」


 エイドは笑って答えた。


「本当か?」


「問題は起こしてない。それにしても──どうしてそんなに嫌うかねぇ」


 エイドがため息をつく。何かアンヴェールが言っていたのだろうか。

 聞いてみようかとも思ったが、その前にピクリとも動かなくなったプリュネルの姿が目に入る。見たところ、たったの一撃で倒してしまったようだ。おそらく、あいつの仕業だ。

 俺じゃ、できなかった。悔しいが、アンヴェールの方が力は上だ。だが、アンヴェールの闇の力なら、倒さずとも大人しくすることができたのではないだろうか。だが、できたとしても、アンヴェールは同じことをしただろう。


 俺がもどかしさを感じていると、闇のコア持ちの隊員たちを連れに戻っていたエルフィアが姿を現した。


「エイドさん、連れてきました……終わったんですか?」


 エルフィアは、しんと静まり返ったプリュネルたちの巣を見て、驚いた顔をした。


「その大型プリュネルも倒したんですか!?さすが、エイドさん……」


 集まってきた隊員たちが、俺たちの足元に倒れて動かなくなった大型プリュネルを見て、口々にそんなことを言っている。普通に考えて、この状況なら誰でもそう思うだろう。

 エイドはざわつく隊員たちに対し、首を横に振った。


「いや、俺じゃないよ」


「えっ!?じゃあ、そっちの新人が?」


 エイドの答えに、隊員たちは一斉に俺の方を見る。


「……俺でもない」


 俺もエイドと同じように首を横に振った。そう、俺じゃない。これをやったのは、あいつなんだ。

 しかし、事情の分からない隊員たちは、だったら誰が倒したのだと、首を傾げるばかりだった。ここであいつの名を出したところで、混乱が広がるだけ。特別な事情がない限り、周りの目を気にしなくて済むよう、あいつの存在は黙っておくように言われている。危険なものが近くにあると知ったら、みんなどんな反応をしてくるのか。それが怖かった俺は、今までほとんど自分からその存在を明かしていない。

 今回も、俺は結局何も言わずに通した。


****


「今回は、よくやってくれた」


 任務終了後、再び最高司令官室に俺は呼ばれた。


「いや……」


 プリュネルたちの巣を何とかした後は、さほど手もかからずに村の方の問題は収束した。戦わずに済ませられなかったのが心残りだが、村ではまた以前の生活が送れるようになったので、住民からは感謝された。

 大型プリュネル討伐の件だが、俺もエイドも詳しいことは話さなかった。ただ、ネオやソワンに黙っている訳にはいかないので、そこだけには真実を明かしている。結果として、俺とエイドが協力して倒したということで報告書をまとめることになった。


「また頼むことになるかもしれないが、今は休んでくれ」


「ああ」


 俺は複雑だった。結局、この任務を成功させたのは俺ではない。俺には、あいつが出てきていた時の記憶がぼんやりとしかないが、最終的にあいつの力を借りたような形になってしまった。

 だが、それは避けなければならない。今回は丸く収まったものの、いつあいつが何をしでかすか分からないのだ。俺は、あいつを表に出さないようにしなければならない。呆気なくあいつに倒された大型プリュネルの死骸を見て、改めてそう認識した。


 それにしても、どうしてプリュネルたちの住処が壊れていたのだろう。建物の老朽化かとも思ったが、エイド曰わく少し前の調査の時には問題なかったらしい。

 なら、誰かが破壊したのか?何のために?


 この件は、本当にこれだけで済むことなのだろうか。



次回から、新しい任務開始です。

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