追加任務④
指を鳴らしたのと同時に、デゼルの周囲に火柱が立ち昇る。そして、ここではない別な場所から爆音が聞こえた。
デゼルを包囲していた隊員のうち、俺とリーダー他何名かは火柱が立ち昇る寸前に何とか回避したが、数名巻き込まれたのが目に入った。あたりに熱風と悲鳴が広がる。俺は腕で顔を覆いながら、収まってきた火柱の中央で悠然と佇む男を睨んだ。
火柱は収まったものの、屋敷の天井には夜空が見える大穴が開き、燃え移った火は屋敷を喰いつくそうとしていた。混乱する招待客、その安全を確保しようと動く隊員たち。出口はあっという間にいっぱいになった。
それからほとんど間を空けずに、リーダーの通信機が鳴る。屋敷の中の状況に苦い顔をしながらリーダーは連絡を聞いた。
『爆弾のような物を発見したため諜報部隊で解除を試みていましたが、その途中で爆発して隊員に負傷者が出ています。来場者に被害があったかどうかの確認はこれから行います!』
通信機から聞こえてくるのは、連絡してきた隊員の切羽詰まった声と、その周囲の状況が最悪であることを嫌でも想像させるノイズだった。
火柱の出現と同時に聞こえてきたのは、ここからそれほど距離の離れていない場所にある、俺たちが少し前まで警備にあたっていたグレイテル・パークからの爆発音だったようだ。
驚きと焦りの色を隠せない俺たちに、デゼルは気味の悪い笑みを向けてくる。
「おー、ちゃんと作動したか。時間ぴったりだったなぁ。本当は、そこのお嬢さんと画家の旦那を連れた状態で爆発する演出の予定だったんだけど、これはこれでいいかな。どうだ、派手な演出で面白いだろ?」
自分のことだと勘付いたフェリスは後ずさり、アルテストはその目的を探るような視線を向けていた。
「狂ってるな……」
「ははっ、最高の褒め言葉だね!!」
燃えるように赤い瞳をカッと見開き、はははと声を出して笑う。ぞくり、と背中を冷たいものが這う感覚がした。
「さてと、お前とはちゃんと手合わせしてみたかったんだ。もちろん、相手してくれるよな?」
デゼルは疑問形で聞いてきたが、同意以外を許す気がないのは明らかだった。
まだ招待客たちの避難も終わっていない。ここで機嫌を損ねてそちらに気がいってしまうのも恐ろしかった。仕方なく戦闘態勢に入ろうとしたところで、天井に開いた穴から来客が舞い降りる。そう、舞い降りたのだ。
その姿に、思わず目を奪われる。舞い降りたのは、非常に見覚えのある白いフード付きのマントを羽織った、あいつだった。相変わらず顔を隠すようにフードを深く被っている。そいつはデゼルの方に向き直り、右手の人差し指で上を指した。
「こんないいところで退けっての?」
それを見たデゼルは納得いかない顔で白フードに抗議する。しかし、その抗議の声には耳を貸さず、従わないと見るや否や、デゼルの腕を強く引っ張った。
「分かった、分かった!行くから引っ張るなって」
空いている方の手で頭をかくと、デゼルは渋々といった感じで大人しくなった。
次の瞬間、デゼルと白フードの周りに強い風が巻き起こる。あの時と同じだ、逃げられる!
「待てっ!!」
「じゃあな。また今度会ったら、その時はちゃんと遊ぼうぜ!」
阻止しようとするも、再びデゼルが指を鳴らした途端、巻き起こった風が炎を纏い、凄まじい熱気を放ってくるので近づけたものではなかった。
ようやく少し風が落ち着いた時には、すでにふたりの姿はなかった。再びデゼル、そして白フードを逃がしてしまったのだった。
手を握りしめながら天井に開いた穴を睨みつけていると、リーダーに肩を叩かれる。
「デゼルの件を聞いて、閉園時間は早めてもらっている。全員園外に出ているとは考えにくいが、被害は少なくて済むはずだ。デゼルのことは気になるだろうが、今はこちらの対処に専念しろ。俺たちは招待客たちを早く避難させるぞ」
そこで俺は周りの状況を思い出す。
屋敷はこうしている間にも炎に包まれていき、出口はまだ脱出できていない招待客たちでごった返していた。水のコアを使える隊員たちが水魔法を展開しているが、この炎の勢いでは気休め程度にしかならない。
「ファス、早く皆を避難させないと!」
水のコアを持っているルーテルも、水魔法を発動させながら俺に向かって叫ぶ。思考を切り替え、それに頷く。さすがに今の格好のままでは動きづらいので、ドレスやカツラを脱ぎ、下に着ていた元の制服姿に戻した。
そういえばロジャードはどうしたかと姿を探せば、フェリスとアルテストを誘導していた。とはいえ、ロジャードも混乱気味で、フェリスも動揺を隠せていない。一番冷静だったのは2人よりも年上ゆえなのかアルテストで、誘導されるというよりは、むしろ2人を誘導するような形で出口へと向かっていた。
しかし、避難はスムーズには進まない。
焔の勢いは激しさを増していき、煙も凄いことになっている。早く脱出しなくては危険な状況だということは分かっているのだが、それを遮るように火の手が出口を飲み込む。
俺なら強行突破するところだが、招待客にそれができるかといえば難しいところだった。水魔法でなんとか、と考えていると女性の声が突如として発される。
「皆さん、離れてくださーいっ!!」
その声に出口を塞いでいた招待客たちの集団に穴が開き、すかさずそこに巨大な斧を持ったおさげの女性が走り込む。それは、先の任務で俺たちの班の担当をしていたタリアだった。
タリアは大きな斧に水魔法を纏わせ、横一線に大きく振り、出口を包んでいた炎を薙ぎ払う。先ほどの彼女からは想像できない行動に、思わず唖然としてしまった。
彼女の活躍により、再び避難口は確保された。
「タリアさん、流石です」
そんな彼女を労うように、エルフィアが声をかける。しかし、タリアはこの状況でさえ別な世界へと思考を飛ばしているのだった。
(あぁ、壊しちゃった……絶対高いよね、弁償しなきゃかなぁ?)
「聞いてないですね、いつものことながら。タリアさん、まだ避難は終わっていませんよ」
自分の世界に入ってしまった親友をこちらに引き戻すように、エルフィアが肩を叩く。そこでようやくタリアは我に返った。
「はっ!ごめん、エル……」
「いえ、タリアさんのお陰で出口は確保できましたし。もっと自信を持っていいんですよ」
それでもタリアはおどおどしながら苦笑するのだった。素直に先ほどの技は凄いと思ったが。
アクシデントに見舞われながらも、招待客たちは全員屋敷の外に脱出することに成功した。火傷をした者や煙を吸い込んでしまった者はいたようだが、救護部隊が順次治療に当たっている。
インダストリア邸は、ごうごうとまだ炎の勢いが収まらずにいた。まるで生き物のように、赤々とした炎は屋敷を飲み込んでゆく。
その時、燃え盛る屋敷を見ていた俺の左脇を男が通り過ぎる。慌てて、迷いなく屋敷へ戻ろうとするその男――アルテストの腕を即座に掴んで引き留めた。
「何してるんだ?」
燃え広がる炎の中、アルテストは奥の部屋を睨んでいた。ばっ、と俺の手を振り払うと懐から絵を描くときに使う筆を取り出す。
「ブルーペイント」
アルテストがそう唱えると、その筆の先に絵の具をつけたような青が纏わりつく。それを一振りすると、その青は水に変わりアルテストの頭から降りかかった。
「大丈夫。私も用が済んだら、すぐ脱出するよ」
水浸しになったその姿に呆気にとられていると、アルテストはそのまま屋敷の中に走って飛び込んだ。
目的の場所まで辿り着き、それがまだ無事であることを確認したアルテストは軽く微笑んだ。しかし、時間はない。急いで目的のものを抱えて来た道を戻ろうと足を踏み出した。
その時、燃えた屋根の破片が彼目がけて落下する。アルテストもそれに気がついたが、どうしようもない。目的のものを庇うように身をかがめ、目を瞑った。
だが、いつまで経っても衝撃はなかった。ゆるゆるとアルテストは目を開く。
「……生きてるのか?」
無事であったことに驚いていると、自分以外の声が聞こえ、その声の主を見る。
「何が、用が済んだらすぐ脱出する、だよ」
「ファナさん、なぜここに?」
驚いた顔でアルテストが俺を見る。この格好でも分かるのか。俺はそっちに驚いたが。
とりあえず生きていて良かったが、急に変な行動をとるのは止めて欲しい。アルテストが飛び込んだ後、急いでルーテルに水魔法をかけてもらい追いかけたのだ。来て見れば危機一髪の状態で、慌てて光魔法で屋根の破片を吹っ飛ばしたのだった。
言いたいことは色々とあるが、まずは脱出が先だ。アルテストの腕を引っ張り、急いで脱出する。
まさか炎の中に自ら飛び込むことになるとは。もう二度とごめんだ。
アルテストの方を見れば、何かを大事そうに抱えている。おそらく、それのために戻ったのだろう。何かと思えば、少女の肖像画だ。これは、フェリスだろうか。
「その絵は?」
「これは──」
アルテストが言い終わる前に、フェリスが血相を変えて走ってきた。
「アルテスト様!その絵……」
「君の大切なものなんだろう?」
にこり、と綺麗な笑みを浮かべてフェリスにそれを渡す。フェリスはそれを見て泣き出しそうに顔を歪めた。
「アルテスト様、そのために……本当に、ありがとうございました!」
そこまで言って、本当にボロボロと泣き出してしまった。そこに父親のグロウリーがやってきて自らも礼を言う。アルテストは、大丈夫ですからと足早にその場を後にした。グロウリーはその背に一礼すると、フェリスの頭を優しく撫でながら離れていく。
「お前、あいつのために?」
追いかけて問うてやれば、アルテストは笑って首を横に振る。
「別に、彼女のためではないよ。彼女の、純粋で美しい想いを汚したくなかった私の我儘さ」
「意外と、いいやつなんだな」
その答えに率直な感想を述べる。
「おや、君にそう言ってもらえるなんてね。これなら、危険に突っ込んでみるのも悪くないかな」
「前言撤回。ただの馬鹿だな」
しかし、それに乗じてふざけるのは止めて欲しい。こっちも大変だったんだぞ。
不快な顔をしたのが分かったのか、アルテストは丁寧に礼を述べる。
「嘘、嘘。今回は、助けてくれてありがとう。ところで、ファナというのは本名かい?」
「いや、ファスだ。騙して悪かった」
「君も任務だったんだろう?構わないよ」
「それにしても、よく俺がファナだって分かったな」
「コアが同じだったからね。6つのコアのうち、組み合わせが同じだったとしても、微妙に個人差はあるものなんだ。特に、君のコアは特殊だから印象に残っていてね。とても興味深いよ」
それほど珍しいのだろうか、俺のコアは。
それは、アンヴェールの存在と何か関係があるのだろうか。
この時は深く考えなかったが、それはあまりにも重い意味で。呪いにも似た俺の運命を表すものだとか、そういうことは全く考えずに。
今はただ、アルテストの言葉に首を傾げるだけだった。




