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クラウン=コア  作者: 桜花シキ
第9章 宴と画家と変装と
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追加任務③

「ちょっと中に入れてもらえないかな?」


 ふらりとインダストリア邸の玄関口に現れた男は、受付の男にそう言った。パーティーはすでに始まっており、今受付を担当しているのはこの男ひとりだった。

 受付の男は遅れてやってきた招待客だろうかと思いその姿を観察する。パーティーに参加するにしては場違いと思われる特徴的な帽子を被った赤毛の男。受付の男の記憶の中には残っていない顔だった。心の中で首を傾げながら、受付の男性は尋ねる。


「招待状はお持ちですか?」


 赤毛の男はすっと懐から、少しくしゃりとした招待状を取り出し手渡した。

 それを確認した受付の男性だったが、招待状に記された名前と眼前の男の顔を見比べて怪訝そうな顔をする。


「……お名前と顔が一致しませんが」


「あーらら、やっぱり顔は把握済みか」


 軽く舌打ちこそしたが、男は特に取り乱す様子もない。

 招待客を偽る男を、受付の男性は強い口調で問いただす。間違いなく、この男は招待客ではない。最近の物騒な事件も耳にしていたため、警戒の色を隠しはしなかった。


「知らない方をお通しするわけにはいきません。どうやってこの招待状を手に入れたのですか?場合によっては──」


「知らない方がいいこともあるんだよ。じゃあな」


 言葉を遮るように、ごく自然な流れで赤毛の男は受付に背を向けて軽く右手を振った。すると、たちまち受付の男性を炎が包み込む。その手際の良さにはある種の美しさも感じられるが、平然とこういうことをやってのけるこの男は、やはり狂人と呼ぶに相応しい。

 パーティーのメイン会場へと足を踏み出した男だったが、数歩歩いたところでぴたりとその歩みを止める。


「んー、組織のやつらが混じってるな。いるだろうとは思ったけどね」


「っ!?」


 息をするのと同じように、まるで当然のことのように。完璧に隠れていたはずの諜報部隊員たちは息を呑む。赤毛の男のぎらりと輝く赤い瞳は、確実に隠れた隊員たちを捉えていた。

 訓練を積んだ隊員たちですら、受付の男を救う時間はなかった。あまりに一瞬の出来事。今度は、その動揺を引きずったままの彼らに矛先が向く。


「邪魔だ。大人しくしてな」


 その後の顛末は、受付の男と同じだった。

 手早く口封じをすると、何事もなかったかのように、男はパーティー会場へと足を踏み入れる。口元に微笑を浮かべながら。


****


 それはかすかな違和感。少し自分の置かれた状況に慣れ始めた時だった。


「ファス、どうかした?」


 隣で他の招待客の女性を眺めて楽しんでいたロジャードが、きょろきょろとあたりを見渡し始めた俺を不思議に思ったのか視線をこちらに向ける。


「少し嫌な感じがしたんだ」


 これは、あくまで感覚的なものだ。しかし、こういう予感は今まであまり外れたことがない。

 嫌な感じ、というと語弊があるかもしれない。実際に感じているのは寧ろその逆。理由の分からない高揚感だった。だが、同時にそれを嫌だと思う。

 この高揚感はあくまでもアンヴェールの生み出すもの。それを嫌だと感じているのが俺。こういう感覚に襲われる時には、大抵いいことがない。

 悔しいことに、アンヴェールの方が危険を察知する能力は高い。そして、決まって危険を察知した時にくるのがこの得体のしれない高揚感なのである。

 そして、それは今回も例外ではなかった。


 ふいにパーティー会場の入口の方に向けた目の端に、特徴的な赤を捉えた。途端に、体中に緊張が走る。

 あいつだ、間違いない。

 俺は気づかれないように(悔しいことに、この格好ならすぐに俺だとは分からないだろうが)リーダーにデゼル発見の報告を済ませる。報告を受けたリーダーも俺と同じように緊張した面持ちに変わり、すぐに他の隊員たちへと指示を出し始めた。入口に配置していた隊員たちはどうしたのかと、会場内の隊員たちは揃って顔を曇らせる。

 報告を済ませた後、俺は元の場所に戻った。事情を詳しく把握していないロジャードだったが、とにかくあの赤毛の男に注意しろと言えば、黙って頷いていた。

 そして、その動きにすぐ気がつけたのは、ロジャードの性質故だったのかもしれない。


「ファス、あいつフェリスちゃんに近づいてない?」


 女性絡みとなると観察力が桁違いなロジャードは、デゼルの行く先にいるフェリスの姿を捉えていた。デゼルにばかり気のいっていた俺は気づかなかったが、確かにその歩みはフェリスに接近しているようにも見える。

 当のフェリスは、アルテストと談笑していて気づく様子はない。そっと、俺はフェリスの近くに場所を取った。

 しばらくデゼルの動きを観察していたが、明らかにフェリスを狙っていると思われる様子だ。そこで、タイミングを見計らって飛び出し、フェリスの腕を引いてデゼルから遠ざけた。

 それとデゼルの手がフェリスに伸びたタイミングはほぼ同時だった。フェリスを掴もうとしていたデゼルの手は空を切ったが、あろうことか今度は隣にいたアルテストに反対側の手が伸びる。こちらも既にフェリスを庇っているので行動に制限が出る。仕方なく、アルテストのことはかなり加減して蹴り飛ばすことで対処した。

 急に何が起こったのかとあたりが騒がしくなる。他の隊員たちはデゼルの周りを取り囲み、完全に包囲した。蹴り飛ばしたアルテストは起き上がり、意外と冷静に状況を確認している。

 デゼルは自分の置かれた状況に驚きを表しつつも、焦りの色は見えなかった。

 そんなデゼルを睨んでいると、腕を何かに叩かれる。下を見れば、フェリスが不安げに見上げていた。そんなフェリスに小声で逃げるよう伝えると、フェリスは目で承諾の意を示し、静かに俺の傍から離れる。その様子を見ていたデゼルだったが、2度も失敗したことで興をそがれたのか深追いはしなかった。前回のメディアスの件といい、興味がなくなればどうでもよくなってしまう性質なのだろう。


「デゼル……」


 その男の名を呼べば、不思議そうに首を傾げる。


「あれ、何で俺の名前を知ってるんだ?そういやバイクの免許ライセンス捨てたんだっけか。でも、それなら何でこいつが知ってるんだ?」


 じっと俺の顔を観察していたデゼルだったが、急に閃いたようにポンと手を叩いた。


「なんだ、この前のやつか。ぷっ、どうしたんだよその格好は?」


 どうやら、前に戦ったやつだと分かったらしい。そして、くっくっと笑い始める。


「煩い」


 思い切り睨みつけてやれば少しは収まったものの、それでも堪えきれない笑い声が漏れている。俺は語気を強めてデゼルを問いただした。


「何しに来た」


「んー、まぁ俺も働いてるんだよ、一応」


 その回答には少し引っかかった。まるで誰かに命令されて動いているかのような言い方だ。元々、こいつが単独で行動しているとは考えにくかったが、誰かに従う従順さなど持っているのだろうか。それを探るためにさらに問いを投げかける。


「誰かに命令されてるのか?」


「命令ねぇ。まぁそうと言えばそうだけど、俺はやる気が起きなければやらないからな」


「誰に命令されてるんだ?」


「さすがにそれを言うほど馬鹿じゃない。これから面白くなりそうなんだからさ」


 これは確定だ。こいつは誰かに命令されている。必ずというわけではないようだが、こいつが命令を聞いてもいいと思うやつに。かなり癖の強いデゼルに命令できるやつとは一体どんなやつなのか。少なくとも、相当厄介な相手であると想像するのは容易かった。

 そして、気になる言葉。これから面白くなるって、何がだ?

 デゼルが面白がりそうなこと、命令を聞いてもいいと思うこと。そう考えていくと争い事しか思い浮かばない。


「しかし、お前のせいで計画が狂ったな。どっちかひとりくらいは大丈夫だと思ってたんだけど、甘かったみたいだね」


「それは残念だったな」


 皮肉を言ってやったが、デゼルは対して気にもしていないようだった。

 しかし、口ぶりから察するに用があったのはフェリス、そしてアルテスト両方だったということが伺える。目的は何だったのだろうか。まぁ、それはこれからゆっくり聞けばいいだろう。

 この包囲された状況で、逃げられるはずはないのだから。だが、どうしてだろう。こうも安心できないのは。

 ああ、そうか。その自信に溢れた笑みのせいだ。 


「デゼル=ヴォルガーノ。一連の爆破事件及びウルカグアリの巫女誘拐の件で話を聞かせてもらいたい。同行願おうか」


 リーダーがそう告げるも、デゼルは余裕たっぷりな微笑みを崩さない。


「まぁ、そんな怖い顔するなよ。ちょっと遊ぼうぜ!!」


 高らかに叫び、デゼルはパチンと指を鳴らした。


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