追加任務①
「俺も女の子と組みたかったなぁ。ルーテルちゃんとかさ」
「俺だってやりたくてやってるんじゃないぞ……文句があるなら、お前もやってみろよ」
「あー、ごめんごめん。俺がやったら面白いことになるというか、目の毒というか……うん。頑張れ、ファス」
そんな良い笑顔でガッツポーズするんじゃない。思い切り睨みつけてやれば、ロジャードはごめんごめんと何度も口にしながら頭を下げてきた。
現在、俺とロジャードはオーナーのインダストリア氏の依頼を受け、世界中の要人が多数招待されているパーティーに参加している。俺の参加は決まっていたが、こいつもだとは思っていなかったので少々驚きはしたが。しかし、よくよく考えてみれば一応は俺の先輩に当たるのだ、一応は。新入隊員ではないので帰還組からは置いていかれたのだろう。
それはまぁ良しとするが、どうにも許容できていないのが現在俺の置かれている状況だった。ルーテルと離れて行動することはできないため彼女も近くにはいるが、今は別の隊員と行動している。
それもまぁ良しとするが、なんでこうなったと文句を言いたいのは俺に用意された変装用の衣装に対してだ。簡潔に言えば、現在俺は女装させられている。
なぜ俺が女装なんかする羽目になったのか、それは数時間前に遡る。
――パーティー開始数時間前
「初めまして、フェリス=インダストリアです。よろしくお願いします」
急遽パーティーに参加することになった隊員たちの衣装を用意してくれたのは、オーナーの娘だった。礼儀正しく一礼し、にこりと微笑む少女は俺とさほど歳も変わらないように見えた。
彼女は、薄い青をベースとしたドレスに身を包み、よく手入れのいき届いた金髪の一部は編み込まれ、残りは後ろに垂らしている。
オーナーの一人娘だそうで、非常に可愛がられているとのことだった。
フェリスや手伝いのメイドたちの手を借りながら、隊員たちは順々に身なりを整えていく。ルーテルは俺よりも先に別室へ呼ばれ、最後に残されたのは俺だけだった。
フェリスは衣装がずらりと並んだ部屋の中で、俺と衣装とを見比べながらうんうん唸っている。
「ファスさんはお綺麗な顔立ちをされていますね。どの衣装が一番映えるでしょう……すみません、こちらを着ていただけませんか?」
ようやく決まったのか、フェリスは俺の前に衣装を差し出した。
「え……これ」
「ちょっと試すだけ試してみてください。すみません、手伝ってください!」
フェリスは俺の返答を待たずにメイドを呼び、メイドの方も特に突っ込むこともなく頷いていた。
「えっ、おい!」
そのままメイドたちに捕まり、無理やり着替えさせられた。
「なんで、俺がこれを着なきゃいけなかったのか意味が分からない……」
泣きたくなりながら、俺はフェリスを見た。凄く満足そうな顔をしている。
俺が着せられたのは、黒地で、裾にはふんだんにレースがあしらわれたドレスだった。ご丁寧に黒髪長髪のウィッグもつけて。
そんな格好のまま顔をひきつらせていると、見られたくないやつが入ってきてしまう。
「ファス、着替え終わった?わっ、びっくりした!ファスだよね?」
「悲しいことにな……」
ルーテルは俺を見て目を丸くしている。本当に泣きそうだ。
しかし、ルーテルは首を傾げて言葉を続ける。
「びっくりしたけど、似合ってるよ」
「そうですよね!ルーテルさんも分かりますか!?」
「えっ?えっと、はい」
フェリスの勢いに圧されて戸惑いながらも、ルーテルは頷く。いやいや、肯定しないでくれ。
俺の心中はよそに、フェリスがため息をつく。
「はぁ、ルーテルさんもお綺麗ですね……噂では聞いていましたが、想像以上です。なかなかこうもいい素材をお持ちの方は少ないですから。そんな方々に、私が作った衣装を着てもらえるというのは本当に光栄です」
「このドレス、フェリスさんが作ったんですか?」
くるり、とルーテルがその場で回ってみせると、ふわりと綺麗にドレスの裾が広がる。
ルーテルも、フェリス同様に青をベースとしたドレスを着ていた。それに加えて、カラフルな貝殻のネックレスを首からかけている。
「はい、拙いですが」
ルーテルの問いに、照れたようにフェリスは頷いた。
「拙いなんて、そんな!とても丁寧に仕上がってますよ。デザインも凄く好みです」
「そう言っていただけると、作ったかいがあるというものです」
ルーテルとフェリスはふたりで盛り上がっていた。盛り上がっているところ悪いが、俺を放置しないでくれ……。
そんな時、廊下からメイドの声が聞こえた。
「う~ん、どうしましょう……」
「あら、どうかなさいましたか?」
廊下を見に行ったフェリスが、何やら考え込んでいるメイドを見つけて声をかける。
「あ、フェリス様。実は、今夜のパーティーには男女ペアでのダンスの時間が設けられておりまして。しかし、急遽お客様が増えたので女性の数が足りていないようなんです」
会話を聞きながら、急に増えた客というのは俺たちのことだろうと想像する。
「それは仕方ないことですし、このままでも――ファスさん、少しよろしいですか?」
いいことを思いついたという顔で微笑むフェリスに背筋が凍った。
****
そして、俺は女性枠としてパーティーに参加させられることになった。あの後、他の隊員たちにもその旨を伝えなければならず、笑いを堪えている隊員たちを睨みつけるので忙しかった。
今になって考えてみても、俺ひとりでどうこう変わるわけでもないし、フェリスの考えることはよく分からなかった。どうにも、上手く言いくるめられた感じが否めない。
基本、隊員は隊員同士でペアを組んで行動している。ペアがいない隊員たちも、他の参加者たちに溶け込みながら監視をしていた。
何もなければ、このまま時間が過ぎるのを待っていればいい。なるべく目立った行動は避けたかった。今日の俺は空気になろう、そう決めた。
しかし、そんな抱負を立てたところで、銀髪を細い赤のリボンでひとつに束ねたエルフ男性が近づいてくる。白地に金の縁取りという正装に身を包み、隊員の誰かではなく元からこのパーティーに招待されている客のようだった。
誰に用だろうと思ったが、そいつは真っ直ぐ俺の前にやってきて立ち止まる。面識はない、初対面のはずだ。
「少しよろしいですか?」
困惑していると、男は紫色の瞳をすっと細め、滑らかな動きで俺の手を取り挨拶する。
「アルテスト=ペインです、よろしく。お嬢さんのお名前もお聞かせ願えますか?」
まずい、喋ったら声でばれる。
隣のロジャードに助けを求めると、男の顔を見たロジャードが小さく「あ」と驚くのが分かった。
「あー……この子シャイで。ファナっていいます」
気をきかせて、ロジャードが代わりに答える。男の方はそれで満足したのか、俺の手を離した。
「ファナさんか、良い名前だ」
悪いが偽名だ。
しかし、名前を聞いてきたということは、やはり初対面である。何の用なのだろうか。
疑問が浮かぶ中、アルテストと名乗った男は、再び目をすっと細めて俺の方を見た後、面白そうに微笑んだ。
「ふむ……面白い魂をお持ちの方だ」
「は?」
しまった、思わず声が出てしまった。大丈夫だろうかと伺ってみるも、特に気にした様子はない。
ばれなかったことに安堵していると、アルテストはさらに話を続ける。
「あなたほど魅力的な方に、私は今まで出会ったことがない。少し、お時間いただけますか?」
何の用なんだ、本当に。
どうしたものかと思案していると、ちょうど良いタイミングで他の参加者が割って入る。
「アルテスト殿、ご機嫌麗しゅう」
「おや、これはこれは、お久しぶりです。すみません、ファナさん、また後で」
アルテストの方も面識があるようで、こちらに目配せするとこの場から離れていった。
「ばれないもんだねぇ。上手く変装できてるじゃん」
「喜ぶべきなのか、それ?」
近くで様子を眺めていたロジャードが、アルテストが去っていくタイミングを見計らって声をかけてくる。
ロジャードの言うように、変装の方は上手くいっているようだった。心境はとても複雑だが。
「あの人、結構な有名人なんだよ。世界的な画家でさ」
そこで、ようやくロジャードが彼を見て驚いた訳が分かった。
「なんか、変なこと言ってたよな。魂がどうとか……」
アルテストの言い残した言葉を思い出し、首をひねる。その答えはロジャードが教えてくれた。
「アルテストさんは、風景画とかも描くけど、コアを描くことが多いんだ」
「コアって、俺たちの魔力の原動力だよな?」
「そそ。んでもって、生命エネルギーでもあるわけだけど。アルテストさんには、それが生まれつき視覚的に見えるらしいよ。それを描くんだって」
「だから魂か」
何かを見透かすように目を細めていたが、あの時コアを見ていたのだろう。魔法が発動された場所から魔法の使用者を探す時にも、その場に残されたコアエネルギーを辿るのだと聞いたことがある。しかし、視覚的に見えるというのは、また違った能力なのだろう。
だが、面白い魂というのはどういうことなのだろうか。彼には俺の魂がどう見えていたのか、少し気になった。




