新入隊員実践編⑤
ルーテルと一緒に見回りを続けていると、見覚えのある後ろ姿を発見した。とぼとぼと、落ち込んだ様子を隠すこともせず歩いていたのはロジャードだった。あいつもペアの女性がいたはずだが、今はロジャードの姿しか見当たらない。
「お前、ひとりなのか?」
放って置くのもどうかと思い声をかけると、ぱっと表情を明るくして振り返った。
「ファス!それにルーテルちゃんも!!うーん、さっきまでペアの子と一緒にいたんだけど、『煩いから別行動します』って置いていかれちゃった」
「相変わらずだな、ロジャード」
相変わらずだな、と思いはしたが声の主は俺でもルーテルでもない。
「へっ?」
突然背後からかけられた女性の声に、ロジャードは驚いて振り返る。そこには、白くてふわふわした着ぐるみの姿があった。二足歩行型で、両手も自由に使える。モコモコした頭の部分には、子供が喜びそうなキラキラした青い瞳が付けられていた。たしか、このパークのマスコットキャラクターだったはずだ。モチーフは青空に浮かぶ雲だとか。
そんな着ぐるみの中から姿を現したのは、今朝、一悶着あったメルカだった。俺たちに少し姿を見せると、他の客――主に子供たちに姿を見られないように配慮してか、すぐに着ぐるみの頭を被り直す。
ロジャードはというと、今朝の出来事もすっかりなかったかのように、ニコニコとメルカに話しかける。
「うわぁ、着ぐるみ着てるのも可愛いねぇ、メルカ」
「なっ……うるせぇ、黙ってろ!!」
「ええ!?」
いきなり飛んできた拳を避けることもできず、ロジャードは顔面に一撃を喰らって撃沈した。こういうやりとりは日常茶飯事なのだろうか。幸いにも、着ぐるみが鋭いパンチを繰り出しているところを他の客に目撃されることはなかった。
「メルカさん、その着ぐるみは何なんですか?」
ルーテルが尋ねると、ロジャードの時とは打って変わって穏やかに答える。
「メルカでいいよ。これはバイト。間違っても、あたしの趣味じゃないからな」
そう言って、地面に転がっているロジャードへと視線を移す。
「おい、ロジャード」
「どうしたの?」
急に声を潜めたメルカを見て、ロジャードは不思議そうにしながら立ち上がる。何事もなかったかのようにけろりとしているロジャードに、見かけによらず随分タフな奴だと思った。
「なんか、最近変なヤツを見かけてさ。一応、知らせといた方がいいかと思って」
「どんなやつ?」
「ここ数日、知らない男が毎日のようにオーナーの家の近くを彷徨いてるんだ。あたし、オーナーの家に住み込ませてもらってるんだけど、今まで見たことのないヤツだった。さすがに気味が悪くてさ。赤毛で、カウボーイハットを被ってて……」
そこまで聞いて、俺の頭の中にはひとつの顔が浮かんだ。そんな、まさか。
「それ、本当か?」
「あ、ああ」
突然俺が口を開いたことに驚いたのか、困惑気味にメルカは頷く。どうしたのかと、ルーテルとロジャードも首を傾げている。それもそうだ、この場であの男のことを知っているのは俺だけなのだから。
ただの似ているだけの奴という可能性も0ではない。しかし、あいつだという可能性も捨てきれないのだ。このままスルーするわけにもいかないだろう。
「ルーテル、リーダーのところに寄ってもいいか?急用ができた」
ルーテルは少し戸惑いを見せたものの、何か事情があることを察してくれたのか、深くは聞かずに頷いてくれた。
「ロジャード、悪いけど俺たちが戻るまで、俺たちのエリアも警備頼んだ」
「へっ、マジで?えぇ~……」
目を丸くして、ロジャードはあからさまに面倒くさいです、という態度を出しまくっていた。
えー、とか、でもなどどしばらくぶつぶつ呟いているロジャードに痺れを切らしたのか、隣にいた着ぐるみ──メルカが口を出す。
「一応、先輩だろーが、代わってやれよ。何か事情がありそうだ。行ってきていいよ、こいつはあたしが見張っとくから」
「はぁ……分かったよ。俺がやっとくから、早く戻ってきてね」
そこでようやく諦めたのか、いってらっしゃいと肩を落としながら手を振った。
****
リーダーに怪しい男の目撃情報を伝えると、驚いた顔をして本部と連絡をとっていた。話を聞いた本部は、こちらに増援を送るとのことだった。
隊員数の不足で、どの任務もギリギリの数で回しているはずだが、こういう危険性の高いものには出し惜しみはしないようだ。
増援が到着する少し前に、新入隊員たちの任務は終了時刻を迎えた。あちこちから疲れた、勉強になったなどと聞こえてくるが、デゼルの顔が頭から離れない俺は、任務が終わった気がしなかった。
各班ごとの報告を終え、異常なしを確認した後、俺たちの前に見知らぬ男が現れた。中年ほどの黒髪の人間で、前髪を7対3くらいに分けている。白いスーツに青いシャツを着ており、このパークのテーマカラーを表しているようだった。
少しふくよかだが気になる程ではなく、大らかそうな印象を受ける。
「本日は、警備をお引き受けいただきまして、ありがとうございました。新入隊員の皆さんとは初めてお会いしたかもしれませんね。私は、オーナーのグロウリー=インダストリアと申します」
オーナーだと名乗った男は、非常に丁寧に礼を述べた。それからしばらくの間オーナーの話は続いたが、終始物腰は低く、俺たちへの感謝だとか労いの言葉をかけてくれた。
オーナーの話が終わるとリーダーが再び俺たちの前に立ち、今回の任務の講評を述べる。それが終了したところで解散、と本来ならばなるはずだった。
リーダーの話が終わったタイミングを見計らい、オーナーがその傍に歩み寄る。どうしたのだろうかと、その様子を目で追った。
「すみません、実に申し訳ないのですが、追加でお願いしたいことがありまして」
「何でしょうか?」
「実は、今夜はパーティーがありまして」
首を傾げるリーダーに、オーナーは話し出した。がやがやと新入隊員たちの雑談に掻き消されそうな会話に、俺は耳を澄ませる。
「最近、物騒なことが続いておりますし、ぜひ参加していただきたいのです。ほら……ウルカグアリのノエル様のこともあるでしょう?私にも娘がおりますから心配なのです。いかかでしょうか?」
ふむ、とリーダーは顎に手を当てて小さく唸る。
「報告のあった不審者……そして、世界に名だたる者たちが集まるパーティーの開催……警戒するに越したことはないか。一度、本部に確認を取ります」
「お願いします」
その後すぐに、本部からは了承の旨が伝えられ、増援をもう少し増やすことになった。新入隊員たちはここで解散となるが、リーダーと副リーダーの大多数は残り、パーティーと園内の警備を継続して行うことになったらしい。組織の方も、メルカの目撃した男がデゼルではないかと警戒しているのだろう。
下見で何度かここを訪れていたのなら、こういうパーティーの予定などは認識済みだろう。普通は組織が警備している日は狙わないと思うのだが、あの男に関しては『普通に考えれば』などという枠では括れない。
前回デゼルと対峙した時、初めはメディアスに用があったはずなのに、俺を見つけてからその目的を見失い、すっかりどうでもよくなってしまっていた。
本能のままに動き、戦闘を好むあの男の行動はいまいち掴めない。今日のような、普通なら絶対選ばないであろう状況下でさえ、むしろ面白がりそうなやつだと感じた。
「ああ、それからファス。デゼルの顔を知っているお前にも参加してもらいたい。相手をする必要はないが、見つけたら教えてくれ」
考えに耽っていると、リーダーがいつの間にか傍にいて俺にそう告げた。口振りからリーダーもデゼルのことは知っているようだったが、彼ひとりでは負担が大きすぎる。一度会っている俺に仕事が降ってくるのも頷けた。
俺は了承したが、それに続けてリーダーの口から飛び出した言葉に息を呑む。
「それと、ルーテル。お前も参加してファスの近くにいるようにと、本部から連絡があった」
「分かりました」
突然の指令だったが、ルーテルはそれが当然だと言わんばかりに落ち着き払っていた。
「おい、ルーテル!」
「言われなくても、私も参加したよ」
冷静な声で、ルーテルは俺を制止した。その様子に、ぐっと堪える。
ここで足掻いたところで、この指令は覆らないのだろう。十中八九、俺の体質のせいだろうと思うと申し訳なかった。彼女に危険が及ぶことがなければいいが。
「ファス、ルーテル。本来ならお前たちを巻き込むべきではない任務だ。なるべく危険は減らしたい。特にファスは、仮にデゼルと鉢合わせた場合、顔が知られている。聞いたところ、前回は本格的な戦闘になりかけたらしいな」
リーダーの言葉に、俺は頷く。
「そこで、ぱっと見てもお前たちだと分からないようにしてもらう」
ルーテルには、国外にもファンがいると風の噂で聞いたことがある。もしかすると、デゼルの方はルーテルを知っている可能性があった。俺もリーダーの言う通り前回のことがある。確かに、何かしらで姿を誤魔化すというのは身を守る手段になるかもしれない。
それなら仕方ないと了承するも、すぐに後悔することになった。




