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クラウン=コア  作者: 桜花シキ
第8章 繋がりは脆く強く
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新入隊員実践編④

 夏らしい装飾はアーチだけではなく、園内のいたるところに見受けられた。ベースは青や水色が基調となっており、色とりどりの貝殻が飾られている。作り物だろうが、非常にリアルに作られていた。土産物のワゴンも一定間隔で構えており、飲食物を売るワゴンがよく目につくが、貝殻や魚などをモチーフにしたアクセサリーを販売しているところも多い。

 すれ違う客たちに目を移せば、皆楽しそうに笑いながら歩いて行く。その服装がすっかり半袖に変わっていることに改めて気がつき、自分の制服の袖をまくった。夏服と冬服は別に支給されているが、戦闘部隊員は怪我をすることも多いので、他の隊の隊員と比べれば丈夫な生地で制服が作られている。それはやや厚く、体の保護のためだと袖等も長めだ。

 しかし、やはり暑いものは暑いので、戦闘態勢でもない今は関係ないだろう。袖を少しまくったことで、体感温度はいくらか下がった。もし機会があれば、戦闘任務以外の時用の制服も準備しておきたいところだ。


 1時間後、約束通り元の場所に戻る。まだルーテルは戻って来ていないようだ。その帰りを待ちながら、ふと俺は雲一つない青空を見上げる。


 それにしても、今日は天気がいい。

 そう思った次の瞬間、俺の視界は暗転した。



「あれ、アンヴェールだ」


 少し遅れて戻ってきたルーテルは、約束の場所に立っている見慣れた少年の姿を見つけた。

 ルーテルが来るのを待っていたファス――正確には入れ替わったアンヴェールの顔を覗き込み、ルーテルは瞬きする。そして確信したのか頷くと、にこりと笑いかけた。

 自分の名前をすぐに言い当てられたことに驚いたのか、少年は白い瞳を見開く。


「兄さんといい、ルーテルといい、よく一瞬で分かるよね。まぁいいや、久しぶり」


「本当に久しぶりだね!元気だった?」


 ファスではない・・・・・・・ことを分かっていながらも、屈託のない笑顔を向けてくる少女に、毎度のことながら調子を狂わされながらもアンヴェールは答える。


「体調の面で言うなら、僕もあいつ・・・も変わらないけどね。まぁ、最近は随分と粘って僕を抑えてたみたいだから、こっちとしてはストレス溜まってるよ」


「今日は出てこれたんだ?」


「ああ、何かあいつ寝不足だったみたいでさ。馬鹿だよね」


「アンヴェールは眠くないの?」


「精神力があいつとは違うからね。こんなの眠いうちに入らないよ。折角出てこれたんだし、そう簡単に主導権を返すつもりもないしね」


 互いに存在を嫌いあっているアンヴェールとファスは、常に主導権争いをしているようだ。そして、隙あらば互いに相手を消そうとしている。

 ルーテルの目にも、ふたつの人格はまるで別物、それぞれ違う意志を持つものとして映っていた。それは、ただ『人格』という括りだけで分けられるほど単純ではないような、説明のし辛い感覚を、ルーテルは抱いていた。けれど、ファスとアンヴェールを同じ存在として扱うには異なりすぎているというのは確かなことだ。

 しかし、全く違うのかと言われればそうでもないというのが難しいところである。


「……アンヴェールは、ファスが外に出てる時のことも分かってるんだよね?」


 久々に表へ出て清々しているのか、うんと伸びをするアンヴェールに、ルーテルは真剣な眼差しを向ける。

 アンヴェールは少し考えた後、その問いに答えた。


「まぁね。あいつも僕が出てる時のことはぼんやり覚えてるだろうけど、僕の場合は結構鮮明だよ」


「じゃあ、寝不足の原因も分かってる?」


「兄さん絡み」


 これは即答だった。呆れたように吐き出した答えに、ルーテルはさらに問う。


「アンヴェールも、やっぱり心配?」


 それを聞いたアンヴェールは、驚いたように目を丸くした。


「まさか。どうして僕が兄さんの心配までしないといけないの?」


「不安そうな顔してる」


「……的外れなこと言うのも大概にしてよ、ルーテル」


 いつも笑っている──作り笑いであることが殆どだが──彼にしては珍しく不機嫌そうな表情を浮かべ、視線を逸らす。

 それを見たルーテルは、やっぱり図星かと苦笑する。

 幼少の頃の経歴のせいか、ファス、そしてアンヴェールは、自分の『居場所』というものに弱かった。自分の『存在』を認めてくれる者に。

 アンヴェールはそれを否定するが、義兄のエイドやルーテルへの態度は、他と明らかに違っていた。


「私は、エイドのこと心配だよ」


「だから?」


「ファスも心配してるって」


「だから何?僕には関係ないよね?」


「アンヴェールは、心配とか、不安とかそういう感情を出さな──」


「おっ、お嬢ちゃん可愛いな」


 やや会話に熱が帯びてきたところで、知らない男の声がそれを遮った。

 驚いて声のする方に目をやれば、二十代後半と思しき大柄な男性が二名、ニヤニヤしながらルーテルを見ている。片方は人間(ヒューマ)のようだが、もう片方の男には茶色の耳と尾が生えており、(ウルフ)族のハーフであることが窺えた。


「えっと……」


 戸惑い後ずさるルーテルに、男たちはさらに詰め寄る。


「何でも奢るからさ、俺たちと一緒に回らない?」


「私、仕事中なので……」


「えぇ~、何の仕事?」


 断るも、男たちはお構いなしに話しかけてくる。ルーテルは明らかに困った表情を浮かべていた。


「お兄さんたち、その子に何か用?」


 それを見かねたのか、笑みを浮かべながら、アンヴェールが男たちとルーテルの間に割って入る。

 男たちは邪魔に入った少年を見て、不機嫌そうな表情に変わった。


「あぁ、何だテメェは?」


「僕が先に聞いたんだけど?」


 笑みを浮かべたまま首を傾げる少年に対して、男たちは何故か恐怖心を覚える。

 しかし、明らかに自分たちよりも小さい相手なのだ。何を馬鹿なことをと考えをすぐに振り切り、横暴な態度に出る。


「ごちゃごちゃとうるせぇガキだな。いっぺん痛い目見せないと分からねぇか?」


「おい、こいつアブソリュートの隊員だぜ。やばいんじゃねぇか?」


 2人の男のうち、片方がアンヴェールの隊員証(コアバッジ)に気がついて耳打ちするが、ハーフウルフの男はそれを軽くあしらう。


「この時期にここに来る奴なんて、どうせ新米だろ?俺が鍛えてやるよ」


 ボキボキと指を鳴らしながら、ハーフウルフの男が前に出た。


「新米ねぇ……まぁ、見た目じゃ分からないか」


 アンヴェールは呆れたように小さく呟き、目の前の牙を剥き出しにした男を観察する。

 それから間もなく、男はアンヴェール目掛けて右手を振り上げながら突進してきた。いつの間にやら鋭い爪が出現しており、このままいくと確実に切り裂かれて怪我をするだろう──と、他人事のようにアンヴェールは思う。


 ギラギラと目を光らせる男が眼前に迫った瞬間、アンヴェールは振り上げられた右手をあっさり掴むと、そのまま片手で軽々と男を地面へと叩きつけた。さらに、どっ、と鈍い音がして、男の鳩尾にアンヴェールの蹴りが入る。

 大人しく地面にのびる男を見て、もうひとりの男が顔を青くして狼狽え始めた。


「なっ……このガキ、本当に新米かよ!?」


「そうだね、新米だよ。隊員・・としては、だけどね」


 イコール、戦闘も素人というわけではない。

 ハーフウルフの男がダウンしたのを見届けると、アンヴェールはもう1人の男の方に向き直る。

 (ウルフ)族は戦闘能力が比較的高い種族だが、人間(ヒューマ)族はそれよりも各段に劣るのだ。ハーフウルフの男が適わなかった時点で、眼前で震える男の敗北は確定している。それを理解しているのか、人間(ヒューマ)の男が攻撃してくる様子はない。

 しかし、そんなことは関係ないとばかりに、アンヴェールは視線を逸らさない。完全に戦闘モードに入ってしまっていた。

 しかし、こうなっては止められる者はいない、と多くが諦めるような状況で、少女の叫びが届いた。


「アンヴェール!それ以上は駄目だよ!!」


 ルーテルは首を横に振り、目で静止を訴える。


「……分かったよ、ルーテル。もう飽きたし」


 チラリとルーテルの方を振り返ってから、もう一度目の前の男に視線を戻すと、アンヴェールは戦闘体勢を解いた。

 それを見て、男はようやく息を吐く。地面に倒れていた男の方も意識が戻り、人間(ヒューマ)の男は地面に倒れた男に肩を貸すと、急いでその場から立ち去っていった。

 すでに組まれていたこのペアは、事前に情報を得ていた組織の意図的なものだった。『幼なじみの言うことには耳を傾ける』という、アンヴェールにしては珍しい事例を。


「恐くなった?」


 ふと、男たちが去っていくのを見ながら、アンヴェールがルーテルに問いかける。


「なにが?」


「僕のこと」


「どうして?アンヴェールは、私のこと助けてくれたんだよね?」


 首を傾げて優しく微笑むルーテルに、アンヴェールは調子を崩される。


「……ただの暇つぶしだよ」


 それだけ言って顔を逸らすと、急にアンヴェールの頭がガクリと垂れ、バランスを失った体はそのまま地面に崩れ落ちた。

 慌てて傍に寄ったルーテルは、すぐに起き上がった少年の瞳が黒に戻っていることに気がつく。


「――危ない、また入れ替わってたのか。ルーテル、大丈夫だったか?」


「ファス。大丈夫だよ」


 ルーテルはそう言って頷く。いきなり入れ替わって、あいつを引っ込めるのに手間取ってしまったが、俺としては複雑な気分だった。

 ぼんやりだが、アンヴェールが誰かを攻撃したことと、それによってルーテルが助かったことは覚えている。戦闘も途中で中断したようだし、あいつにしては抑えた方だろう。

 しかし、一歩間違えればルーテルにも危険が及ばなかったとは限らない。


「……なぁ、俺のこと恐くないのか?」


「え?」


 驚いたように、ルーテルは俺をじっと見る。思いのほか反応が大きいように感じるが、それほど変な質問だっただろうか。


「いや、あいつ・・・のこともあるし、今は良くても、この先もルーテルに危険がないとは限らないだろ?」


 今までは大丈夫でも、これからもそうだという保障はない。ずっと、それが気がかりだった。 

 しかし、ルーテルはそんな俺の瞳を真っ直ぐ捉える。


「ファス……ううん、ふたりに言っとくね。私は危険だから離れるとか、安全なら傍にいるとか、そういう考えで一緒にいるんじゃないよ。ふたりの傍だから、一緒にいたいの」


「ルーテル……」


「仮に、アンヴェール、それにファスが私のことを傷つけることがあっても、もちろんない方がいいけど、もしも。もしも、そういうことがあったとしても、それでもいいから私はここにいる」


 きっぱりと言い切られたその言葉は、強く俺の心に響いた。それと同時に、頭の隅で何かがざわつく。

 よく、ここまではっきりと言いきれるものだ。俺が仮に彼女の立場であったならどうだろうか。同じようには、まずいかないように思う。

 しかし、ルーテルを傷つけるなど、考えたくもない話だ。それでもいいから、と彼女は言うが、それでいいはずがない。『それでもいい』というのが彼女の本心であるのは間違いないだろう。だが、『それではいけない』と俺の本心は言う。


あいつ・・・はどうだか知らないけど、俺は絶対そんなことしない。もし、あいつがお前を傷つけようとするなら、その前に俺が止める」


「うん、そう言うだろうと思った。でも、ふたりに聞いて欲しかったから」


 それだけ言うと、ルーテルは残りの時間の警備はどうしようかと相談してくる。今さっきのこともあるし、彼女をひとりにすべきではないだろうなという考えが脳裏を過ったので、ここからは一緒に見回ることにした。初任務ということで今回は皆同じ任務に就いているが、彼女は警備任務に向いてはいないだろう。まぁ、救護部隊員であるルーテルが警備につく機会というのも、この先は少ないだろうが。


 ふたりで園内を見回るものの、特に問題は見受けられない。俺たちは他愛のない会話をしながら歩く。最近は隊も違うのでゆっくり話す機会というのは減ってしまったが、昔はこうして何でもない会話をしていたものだ。たまに俺が悩んでいる素振りを見せた時は、その限りではなかったが。そういう時は、さっきのように、迷いのない瞳で俺を諭す。

 彼女は強い。ルーテルはその容姿もあって昔から人気は高いが、こういう『強さ』を知っているやつはどれくらいいるだろう。

 きっと俺は、彼女のそんな面に昔も、そして今も惹かれているのだ。


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