新入隊員実践編③
全員集合したことを確認して最終確認を終えた後、班ごとに分かれるようにリーダーから指示があり、救護部隊員の治療を受けていたロジャードもそこで合流した。軽い治療魔法ではあったが、ある程度腫れは引いているようだ。
「今回のメルカはいつも以上に怒ってたなぁ……」
がっくりと肩を落としながら、ロジャードは顔をさすっている。まだ少し痛むのだろう。
「お前、何やったんだよ?」
「この前ここに立ち寄った時に、可愛い子見つけたから食事に誘ったんだけど、それがバレて」
「お前なぁ……」
この前ルルも言っていた気がするが、愛想を尽かされても文句は言えないだろう。こいつの性格からして今回が初めてではないだろうし、むしろ今までメルカはよく我慢できたものだ。
ロジャードの行動に呆れつつも、俺は自分がやるべき事に思考を戻す。
しかし、今度は俺たちの班の担当隊員に頭を悩ませることになった。
(あぁ~、どうしよう……私が副リーダーなんて……)
副リーダーの指示のもと任務を開始するように言われたのだが、俺たちの班担当の副リーダーはひとりで何かぶつぶつ呟いている。
しばらく待ってみるも、反応はない。次第に他の班は園内に移動していき、残されたのは俺たちの班だけになってしまった。
「……あの、大丈夫ですか?」
そこでようやく、見かねたロジャードが声をかけてみる。
(もしヘマしちゃったら?何あの先輩、とか思われたらどうしよう……)
しかし、それも聞こえていないようだ。どうしたものかと考えていると、こちらに気がついたリーダーがそこに割って入る。
「おい、タリア!何やってるんだ、早く指示してやれ」
「はっ!すみません、考え事してました!!」
そこでやっと我に返ったのか、大きく目を見開いて慌てて頭を下げた。
リーダーは困ったように息を吐いて、タリアに言葉をかける。
「あまり気張るな。お前ならちゃんとやれるんだから、その癖を何とかしろ」
「はい……」
彼女は小さく返事をし、しょんぼりと肩を落とした。
リーダーから注意を受けた後、俺たちの班もようやく園内に足を踏み入れる。そこでようやくタリアから行動の指示が出された。
まず、班ごとに警備区域が分けられており、その区域を2名ずつのペアを作って監視するのだという。俺たちの班は、世界最速と言われるジェットコースターを中心として半径1キロのエリアだ。誰と組むのかはすでに決まっているらしく、俺はルーテルと組むことになった。どこからか、ひそひそと文句が聞こえた気がするが、俺の意志は全く反映されていないのだ、勘弁してほしい。
ペアごとに分かれ、さらに詳しくエリアの説明がされ、説明を受けたペアから任務を開始していく。
「はぁ~、早速ヘマしちゃったよ……」
残る指示待ちは俺とルーテルだけになっていた。しかし、そこでまた考え込むような姿勢を見せ始める。
まさか、またさっきみたいになるんじゃなかろうか。そんな心配していると、落ち込むタリアの傍にやってきて、先に園内に入っていったエルフィアがタイミングよく声をかけてきた。
「大丈夫ですよ、タリアさん。いざという時のあなたは、本当に頼りになるんですから。自信を持って下さい」
「エル……ありがとう」
タリアと同じく今回の任務で副リーダーに任命されているエルフィアは、タリアとは打って変わって非常に落ち着きを見せていた。
彼女の方はすでに班員に指示を終えているらしく、別行動をとっていた。俺の姿を目に留めると、にこりと笑って挨拶する。
「お久しぶりです、ファスさん」
「ああ、最近は同じ任務にならなかったな」
初任務の時から、俺の事情を理解してくれた彼女は、一緒の任務に出てくれる機会が多かった。しかし、最近は顔を合わせておらず、いつぶりだろうかと思考を巡らせた。
久しぶりに会った彼女は、そうですね、と頷く。
「最近は結構忙しくて。空の方も警備が厳しくなってますから」
そう言って、彼女は曇りのない空を見上げた。
ウルカグアリの巫女ノエルの捜索は今も続いている。しかし成果は出ないまま、世間の目も厳しくなっているのだった。最近は空路の方も厳重に監視されている。移動範囲を広げさせないためだ。それには組織の運搬部隊も一役買っているとの話だった。
「でも、うちのエースが帰ってきたので少し手が空いたんですよ」
「エース?」
「サナキさんです。聞いたことありませんか?」
「そういえば、この前会ったな」
デゼルと対峙した時、フェニックスに乗って颯爽と現れた青年のことを思い出す。あの時は、ようやくデゼルを追い詰められたと思ったのだが、あと一歩のところで逃げられてしまった。あいつが巫女誘拐の件に関わっているのは、ほぼ確実だろう。
そういえば、あいつはどうやってあの時逃げたのだろうか。突如、どこからともなく現れたあの白フード。そいつがいたから逃げられたようなものだが、あの状況でどこからやってきたというのか。あの時は風で巻き上げられた砂が目隠しになって状況が掴めなかった。気がついたら消えていた感じなのだ。
あの時、何が起こっていた?報告はメディアスたちが詳しくしてくれたから、組織もある程度の状況は把握しているはずだ。もう、その問題は解決しているのだろうか。
そう考え込んでいた俺の思考は、エルフィアの嬉しそうな声で引き戻される。
「すごい先輩なんですよ。サナキさんに憧れて運搬部隊に入る方も多いんです」
初めて会った時は軽いというか緩いというか、そんな印象だった。しかし、バイクの件もあるし、乗り物に対する執着心は非常に強いのだろう。
「サナキさんが乗れない乗り物はないとまで言われていて。新型が出る度、真っ先にライセンスも獲得してますし。私は水系と闇系の乗り物は駄目ですね。コアを持ってませんから。闇系は元々種類が少ないですが、水系が駄目っていうのは悲しいですね。船とか、そういうものは動かせませんから」
サナキもまた、全属性使いであったはずだ。持っているコアの種類によっては乗れない乗り物が出てくることもあるそうだが、彼にはその心配もないのだろう。
対するエルフィアは水と闇のコアを持っていないため、どうしても乗れない乗り物が出てくる。そう話す彼女の顔は寂しそうだった。その姿が、少しルーテルと被ってしまう。
しかし、すぐに気持ちを切り替えると、エルフィアは元気に笑った。
「ないものを羨ましく思っても仕方ないですね。サナキさんも頑張っていることですし、こちらも負けていられないです。ファスさんたちも、任務頑張って下さいね」
そう言い残すと、エルフィアは持ち場に戻っていった。彼女が去った後、俺とルーテルもタリアから指示を受ける。
任務終了時刻は夜の6時。閉園自体は10時らしいが、オーナーが俺たちの年齢を考慮して早めに切り上げていいと毎回言ってくれるらしい。なんとも配慮の行き届いたオーナーだ。そういうところが、会社を大きくできた一因なのかもしれない。
時間になったら、一度班ごとに集合してから、最初にリーダーから説明を受けた場所まで戻ることになっている。それまでは、与えられた持ち場を巡回して警備する。
「ファス、私はこっちの道を見てくるから、反対側お願いしてもいいかな?」
「ああ。そうだな……1時間したら、またここに戻って来るってことでいいか?」
「分かった、じゃあ後でね」
タリアに地図で示された区画を見ながら場所を確認し、俺たちはいったん別れる。開園時間も過ぎたようで、だんだんと客の波が押し寄せていた。




