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クラウン=コア  作者: 桜花シキ
第8章 繋がりは脆く強く
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新入隊員実践編②

 本部で任務内容をみっちり説明されること1時間。そこからフェニックスで移動すること1時間。結局、目的の地メルクリウスまで辿り着いたのは午前9時頃だった。

 メルクリウスは、アイテール王国内でも有数の巨大都市である。国名と同じ名を持つ、首都アイテールも城下町であり、アブソリュート本部も構えているとあって大きな都市になっているが、産業が発展し、国内で今一番の成長を見せているのはメルクリウスだろう。

 そのメルクリウスで今話題になっているのが、このグレイテル・パークと呼ばれる遊園地。本日、俺たちが警備を任される場所だ。この名前には愛国心の意味が込められており、創設者がアイテール王国の更なる繁栄を願っていることが伺える。

 名前だけなら聞いたことはあるが、実際に来るのは初めてだ。入り口に設置された大きなアーチには、夜になれば点灯するのか、電飾で飾られた『グレイテル・パーク』の文字が。さらに、これからの時期が夏であるからか、カラフルな魚や貝殻を模した装飾も施され、海を彷彿とさせた。

 こうした『海』を連想させるものを目の前にすると、ルーテルは食いつきがいい。陸系のハーフマーメイドである彼女は泳ぐことができないため、滅多に海に入ることはない。しかし、彼女は海が好きだ。以前、そう話していた。

 ルーテルの方を見れば、やはり装飾に目が行くらしく、キラキラと目を輝かせながらそれに見入っている。


「ここはアイテール国内でも有数の大規模なテーマパークだ。もちろん、来場者の数も多い。その安全を守るのが俺たちの役目だ」


 アーチの前で各隊ごとに整列した俺たちは、今回の任務のリーダーの男の話を聞く。詳細は本部を出る前に聞いているし、ここではそれほど長くはかからなかった。任務中に何か分からないことがあっても、予め分けられた班ごとに副リーダーである先輩隊員たちが着いてきてくれるそうなので、初回ということもあってか親切な話である。


「開園は10時から。これまでは、警備中に大きな騒動が起こったことはないが、気を抜かないように。俺はここのオーナーと話をしてくる。何か質問があれば今のうちに聞いておくが……ファス、どうだ?」


「……これは商業目的にはならないのか?」


 俺の記憶では、生命に危険が及びうる事態にでもならなければ、特定の商業施設を警備などできなかったはずだ。それゆえに、各企業はアルバイトの募集などをして警備員を雇っている。アブソリュートも別段アルバイトを禁止しているわけではないので、時間があればやっているやつもいるらしい。

 俺の質問に満足そうにしながら、教官は頷く。


「いいところをついてくるな、ファス。よく勉強している。確かに、これは商業目的とも取られる行為であるが、我々はここのオーナーであるインダストリア氏から多大な資金援助を受けている。その謝礼として、ときどき警備を請け負っているんだ。新入隊員たちの育成も兼ねている」


 なるほど、そういう裏があるわけか。

 俺の質問に答えたリーダーは、他に質問はないかと再び問いかける。


「他にはどうだ、ロジャード」


「う~ん、女の子の機嫌を直す方法とかは……」


「他になければ、俺が戻って来るまでの約15分間、休憩時間を設ける。用事がある者は速やかに済ませること。時間までにはここに戻って来てくれ。遅れるなよ、以上!」


「え、ちょ、無視?結構、切実なんだけど……」


 ばっさりと斬り捨てられたロジャードは、行き場のない手を宙に彷徨わせていたが、それは今聞くことじゃないだろうと呆れるしかなかった。

 リーダーが去って行くのを見届けると、ルーテルが俺の傍にやってくる。


「ファス、同じ班だね」


「そうだな」


 今回の班編成で、俺はルーテルと同じ班になっていた。予め決まっていたものなので、俺の特殊な事情を知っている彼女が意図的に入れられたような気もするが、詳しいところは聞いていないので分からない。

 そして、実は同じ班に知り合いがもう一名。


「ファス、久しぶり」


 ルーテルと話しているところで姿を現したのは、どこか元気のないロジャードだった。そう、同じ班にこいつもいたのである。

 こいつと同じ班になったということは本部ですでに知らされていたことだが、こいつがこの任務に参加していることには驚いた。


「お前、新入隊員じゃないんだろ?でも、副リーダーになってないよな?」


 今回の任務はあくまでも新入隊員たちがメインのものなので、ここにいる先輩隊員たちはリーダーか副リーダーである。しかし、一応は先輩であるはずのロジャードが新入隊員たちと同じ側にいるのは少々疑問だった。


「『お前はもう一回やっておいた方がいい』って教官が言うから、俺は2回目」


「そうか……」


 それを聞いて、妙に納得してしまった。


「知り合い?」


 俺たちが話しているのを聞いていたルーテルが首を傾げる。


「まぁ、少し。同じ班のロジャードだ」


「あぁ、ルーテルちゃん、こんにちは」


 軽く挨拶を交わして、俺たちは手洗いに向かうことにした。

 しかし、今日のロジャードは何か変だ。この前のやかましさはどこへやら。ルーテルと同じ班になったというのに、テンションは低いままだ。

 ルーテルが手洗いから戻るまでの間、近くで待機している時もそれは変わらない。この前は、あれ程しつこく話しかけてきたというのに。具合でも悪いのだろうかと様子を窺っていると、ぽつりと呟くようにロジャードの口から言葉が零れた。


「俺さぁ、あんまりここ来たくなかったんだよね……」


 その言葉に、ますますこいつ大丈夫だろうかと眉をひそめる。


「賑やかなのは好きなんじゃなかったのか?」


「あー、うん。こういう雰囲気は好きなんだけど、ちょっと会いたくないやつがいるっていうか……気まずいっていうか……」


 その時だった。前方から激しい殺気を感じたのは。

 まさか、例の件のやつらが……というのは思い過ごしだった。前方から凄まじいスピードで駆けてきたのは、黒いTシャツにカーキ色の7分丈のパンツをはいた、赤いショートカットの人間ヒューマの少女で、ロジャードと同い年くらいに見える。

 彼女の形相を見て俺が呆気にとられていると、隣に立っていたロジャードは声をあげる間もなく胸ぐらを掴まれていた。


「こんっの……ロジャード、てめぇ!覚悟は出来てんだろーな!?」


「だぁーー、出たぁ!!」


 凄まじい剣幕で怒鳴られ、ようやくロジャードが悲痛な声を出す。少女とは対照的に、ひどく怯えた顔をしていた。

 そこに追い打ちをかけるように少女の怒鳴り声が響く。


「出たとは何だ、出たとは!この浮気者がっ!」


「食事しただけじゃん!」


「でも、それが良くないことだって自覚はあったんだろうが。あたしを見つけた途端に逃げ出しやがって!」


「いや、その……それはさぁ……」


 そう言われ、ロジャードは目を泳がせながらもごもごと言いよどむ。

 そこで一息ついた少女が、俺の方を見て胸ぐらを掴んでいた手を放した。


「ん?あー、他に連れがいたんだ。びっくりさせたね、ごめん。でも、こいつが浮気したのが悪いんだ」


 さっきとは打って変わって、俺に話す彼女の声は穏やかだ。


「悪かったよ……メルカ。だから別れるとか言わないでよぉ……」


 しかし、半泣きでそう訴えるロジャードに視線を戻すと、ギロリと睨みつける。


「もう知るか、勝手にしろ!」


「じゃあ、勝手についてく!」


「アホか!消えろ!消滅しろ!」


 話の流れから察するに、2人は付き合っているらしい。しかし、あまり仲は良くないのだろうか。今は、圧倒的にロジャードが押され気味になっている。

 2人の問答を見ながら動けずにいると、ちょうどルーテルが手洗いから戻ってきた。


「ごめん、お待たせ。あれ、何かあったの?」


「気にしなくていいぞ」


 事情を知らないルーテルにはそう答えた。


「そうなの?あ、ファス、そろそろ行かないと怒られちゃうよ」


 腕時計で時間を確認したルーテルが、あと3分だと教えてくれる。


「ん?ああ、そうだな。おい、ロジャード。俺たちは先に行ってるからな」


「遅くならないようにね」


「あっ、ルーテルちゃんも行っちゃうの?待って待って、俺も行くからさ」


 ルーテルに話しかけられたことに反応したのか、ぱっと表情を明るくしたロジャードが、にこにことルーテルに笑いかける。もう癖になっているのだろう、これがいつものこいつだ。しかし、今それをやるのはまずいだろうに。


「さっきの今か、ロジャード……よぉーく分かった」


「はっ!?」


 本人も気がついたらしいが、もう遅い。メルカ、とさっき呼ばれていたこの少女が怒るのも仕方のないことのように思えてきた。


「じゃあ……行ってるからな」


「待って待って!マジで待って!ファス、俺を見捨てるなぁーー!」


 自分で蒔いた種は自分でなんとかしろよ。俺もそこまでお人好しじゃない。

 ルーテルを連れて、足早に集合場所まで戻る。背後からメルカの怒鳴り声と、断末魔のようなロジャードの悲鳴が聞こえたような気がした。


 集合場所に戻ってみると、リーダーはすでに戻って来ていた。どうやら、俺たちが最後だったらしい。戻った時には、15分ギリギリだった。

 俺とルーテルが戻ってきたのを確認したリーダーは、まだ戻って来ていない1名に対して、呆れたようにため息をつく。


「ロジャードはどうしたんだ?」


 すでに集合している隊員たちを見回し、所在を問う。仕方なしに、俺は口を開いた。


「あいつは……遅れて来ると思う」


「まったく、あいつは実践でも遅刻するのか」


 呆れと苛立ちがこもった表情で、帰ってきたら何を言ってやろうか、とリーダーは思案していた。

 それから数分遅れて、ようやくあいつは帰ってきた。


「お……遅れまひた、ふみまふぇん」


「やっと来たか……って、ロジャード!?お前、その顔どうしたんだ」


 苛立ちのこもった声で振り返ったリーダーだったが、ロジャードの顔を見て驚き、目を見開く。その理由は、すぐに周囲にも分かった。殴られたのか、顔面がはれ上がっていたのである。声を聞かなければ、ロジャードだと判断するのは困難だろう。やったのはおそらくメルカだろうが、彼女の怒りは相当なものだったらしい。


「ちょっと、色々とありまひて……でも、もう解決ひまひた」


「お、おぉ……お前が来たら何か言ってやろうと思っていたんだが、とりあえず治してもらってこい」


「ふぁい……」


 ロジャードは力なく返事をすると、ふらふらと救護部隊の列に歩いて行った。


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