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クラウン=コア  作者: 桜花シキ
第8章 繋がりは脆く強く
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新入隊員実践編①

 『最後の砦』での一件があった翌日、俺を含む新入隊員たちは歓迎会の行われた大部屋に集まるよう呼び出しを受けていた。今日は、新入隊員たちが初任務に赴く日である。もちろん、戦闘が主のものではなく、とある場所の警備を任されるらしい。俺にとっては初任務ではないが、他の新入隊員たちにとっては今回が初回である。

 集合時間となる午前7時までに準備を終わらせるように指示されており、俺はそれよりもだいぶ前に準備は済ませてあった。しかし、実際に部屋に入ったのはギリギリ3分前。部屋には新入隊員たちがほとんど全員集合していた。

 急いで戦闘部隊員たちの集団に混ざると、隣の集団にいたルーテルが俺の横までやってくる。その表情はどこか心配そうだった。それというのも、彼女は彼女よりも先に準備を済ませたはずの俺の方が遅かった理由を知っているからである。


「エイドのこと探してたみたいたけど、見つかったの?私の方も友達に聞いてみたんだけど、誰も見てないって」


「手間かけさせたな。あの後、アムールに聞きに行ったら、まだ帰ってないって言われた」


 昨日別れた後、エイドとは顔を合わせていない。聞いた話では早朝までには帰って来れると言っていたはずなのだが。

 早くに目が覚めた俺は時間ギリギリまで探してみたのだが見つからず、仕方なくアムールのところに顔を出してみれば、まだ帰っていないのだと教えられたのだった。やはり、予定より時間がかかっているらしい。


「難しい任務で手こずってるのかな?」


 あくまでも予定は予定、ずれることはいくらだってある。

 しかし、諜報部隊の任務は特殊なものも多く、任務内容の詳細が明らかにされていないことがほとんどだ。今回のこともアムールに聞いてはみたが、彼も詳しくは知らないのだと困ったように眉を下げていた。だから、どういう理由があって遅れが出ているのか、それを推測することは難しい。


「さぁ……諜報部隊の任務は特殊だから、そう簡単に教えてもらえないし、分からない」


「でも、急にどうしたの?任務にしばらくかかることは、前にもあったよね?」


「そうなんだけどさ……」


 確信的理由は何もない。ただ何となく嫌な予感がするだけだ。俺の心配のし過ぎなのだろうが。

 考え込んで俯いていると、急にルーテルの青い瞳が覗き込んでくるので、驚いて顔をあげる。


「ファス、今すべきことは何?」


「え?」


 唐突に、彼女が俺に問う。瞬きをひとつして、俺はルーテルの顔を見た。


「私たちがこれからやるべきことは?」


 そしてまた、ルーテルが問う。頭を回転させて、その答えを考える。


「……警備?」


 少しして辿り着いた答えに、ルーテルは力強く頷いた。


「そう。エイドのことは分からないけど、今はこっちに集中しなきゃ。何かあったなら、本部に戻ったときに分かるよ。今考えて、どうにかなる?」


「……ならない」


「じゃあ、今はこっちに集中しよう?エイドのことが心配なのは、ファスだけじゃないよ」


 そう言って、彼女は真っ直ぐな瞳を俺に向ける。

 ああ、やっぱりこいつには敵わないな。ルーテルは昔から変わらない。どうして、彼女はこうも『強い』のだろう。俺が立ち止まると、その手を引いてくれるのはルーテルだった。

 どうやら、俺はまだその世話にならなきゃいけないようだ。


「何かあったら、私も手伝う。だから、ね?」


 ふわり、と彼女が微笑む。それに伴い、緊張の糸が解けていくのが分かった。


「ああ、そうだな」


 心配するのは、ひとまず止めだ。ルーテルの言う通り、今すべきことをするしかない。

 ちょうど点呼が始まり、俺たちは前を向いた。


****


 時を同じくして、アムールはソワンの元を訪れていた。作戦部隊の上層部に与えられた部屋で、彼女は書類をまとめる作業に入ろうと右手にペンを持ったところだった。部屋に入ると、正面にソワンが今座っている木でできたデスクがひとつと、さらにその左右に向かい合うようにして同じデスクが2つずつ置かれている。

 この部屋を主に使用しているのは作戦部隊隊長のソワンと副隊長のヴァイルであるが、アムールがこの部屋に足を運んだ時にヴァイルの姿はなかった。それなら話しやすいかと、アムールは胸を撫で下ろしてソワンに入室の許可をとる。

 ソワンは持ったペンを机に置き、アムールが座れる椅子を準備した。軽く礼を言ってそれに座ると、アムールはソワンに問いかける。


「ソワン、エイドはまだ帰らないのかい?」


「そうね、少し遅れているみたい。たぶん、そろそろ帰ってくるとは思うのだけれど」


「そうかい……仕事中に悪いね」


「それは構わないけれど、急にどうしたの?あなたがこの時間帯に来るなんて珍しいわね」


 壁にかけられた時計の針は、午前7時頃を指している。昼の休み時間に顔を見せることはあっても、この朝早くの時間にやってくるのは珍しいことだった。エイドの帰りが予定よりも遅くなることは、これが初めてではない。だから、それだけの理由で顔を出したとは考えにくかった。


「ファスがね、エイドの帰りが遅いのを気にしていたみたいなんだ」


「ファスが?」


「うん。今朝、任務に出ていく前にエイドが帰ってないか聞きに来てね」


 そこで、ようやくソワンはアムールがここまで来たことに納得がいった。

 口には滅多に出さないが、ファスはエイドのことをとても信頼している。何かあってもエイドならば解決できるだろうという考えがあるため、あからさまな『心配』はまずしない。それなのに、わざわざアムールの元まで聞きに行ったということには、何か意味があったのだろう。そして、普段と違う様子に不安を覚えたアムールがここまで足を運んだのだろうと想像できた。

 ふう、とひとつ息を吐いて目を細め、ソワンは息子たちのことを想う。


「あの子も、なんだかんだ言ってエイドと仲は良いから心配しているのね。エイドも、ファスが家に来てから明るくなったし、あの時の判断は間違っていなかったんだと思っているわ。あれが決して、明るい過去とは言えなくても」


 昔を思い出して、2人の表情は真剣なものになる。


「ファスは、今も責任を感じているみたいだけど。あの時は、僕らもかなり話し合ったよね。でも、エイドは断固として譲らなかった。思えば、普段は我儘なんて言わないエイドの珍しいお願いだったかな」


「そうね……あの子、我慢するのに慣れ過ぎてしまっているから。それも、私たちの責任なんでしょうけど」


「無理をしないでくれればいいんだけどね。ソワン、最近のあの子たちはどんな任務を任されているんだい?僕の方には、詳しい情報までは入ってこないから」


「ファスに関しては、エイドも働きかけているらしくて。そこまで危険なことに関与してはいないわ。ただ、エイドは……たまに、私にも知らされていない任務を引き受けてるみたいなのよ」


 そう言って、ソワンは顔を曇らせた。告げられた事実に、アムールの声が低くなる。


「君にも知らされていないということは、司令官直々ということかい?」


「ええ。実のところ、今回の任務に関しても、私は詳細を聞かされていないわ」


 その告白に、アムールは息を呑む。ソワンは右手を額に当てながら、心境を吐露した。


「最近、司令官が何を考えているのか、分からなくなることがあるわ。例の事件のこともあるし、何か考えがあってのことなのでしょうけれど」


 最高司令官ネオ=グランソールは、元作戦部隊隊長である。その後を引き継いだソワンにとっては、非常に近しい存在であった。

 彼が隊長であった頃は、その直属の隊員として日々任務に明け暮れていたものだ。彼がどういった者であるのかは、よく分かっているつもりだった。

 その実力は群を抜き、周囲の者たちにも気を配ることができ、尊敬もされる存在。息子ひとり、娘ひとりの父親としても良き見本になっていた。

 彼の手腕により、組織が世界でもより大きな力を持つ存在に成長したのは紛れもない事実であり、彼に任せておけばそれは揺るぎないと考える者も多い。

 しかし、最近の一連の事件のせいか、司令官が何やら難しい顔で考え込んでいる姿を目にする機会も多くなっていた。


「僕らに知らせないというのは、反対させないためかな。エイドを任務に行かせることを」


 それが、危険な任務であるから――と、その後に続く言葉は言わずとも伝わった。


「我が子ながら、あの子は確かに優秀よ。重要な任務なら、私が仮に司令官であったとしても、あの子を指名するだろうと思う。でも……親としては心配なのよ」


「それは僕も同じだよ」


「あの子なら、組織員でなくとも別の職があったはずなのに。この道を歩ませてしまった背景には、私たちの存在もあるのでしょうね……」


「でも、選んだのはあの子だ。どんな理由があったにしろ、選んでしまったものを僕らが代わってやれるわけじゃないだろう。ただ、いくらあの子が大きくなっても僕らの子供であることは変わらない。代わることはできなくても、できる限り助けてやろう」


「ええ。今度、私も司令官に聞いてみるわ、あの子のこと」


 2人は頷き合うと、それぞれの仕事に戻っていった。


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