初任務④
ニュクス村に到着したのは夜明けの少し前だった。
フェニックスから降りた俺たちは、村の様子を確認することにした。一歩、村に足を踏み入れると、建物に張り付いていたり、村中を飛び回るプリュネルの大群が目に入る。
「これは、ひどいな……」
プリュネルは、丸くて黒い球体にコウモリの羽が生えたような生き物だ。大きさは、人間の大人の顔面を覆うくらい。ちなみに、こいつの人気はかなり低い。
というのも、こいつが口を開けると、球体状の体が上下に裂けたような形になる。そして、その口の中にでかでかと大きな目がひとつ、ギョロリと居座っているのだ。
そんな見た目とは裏腹に、何もしなければ大人しいやつらなのだと、移動中エイドが話していた。おまけに太陽の光が苦手で、陰のできる場所に好んで巣を作り、ほとんどそこから動かないらしい。
しかし、このプリュネルたちはどうだろう。明らかに、この村を襲っている。建物の中に隠れた住民を追い回すように、しつこく扉や壁に体当たりを繰り返すやつまでいる。
応急処置なのか、家の扉や窓は板で補強してあった。本来、暗い場所では落ち着きを取り戻すはずなのだが、夜明け前の今でも興奮状態だ。これが何日も続いているのでは、住民がもたない。
さらに、どこからかプリュネルたちが列をなして飛んできており、数は増える一方だ。
「私は、どこからプリュネルが来ているのか追跡してみます」
エルフィアは作戦通り、プリュネルたちを追うためフェニックスに戻る。
「では、僕たちはまず、家を襲っているプリュネルたちを何とかしましょう!」
それを見届けると、作戦部隊員の青年が皆の顔を見た。青年の言葉に一同は頷き、各自プリュネルの討伐を開始する。
「ファス、あそこ危ないぞ!」
エイドが指さす方を見てみると、民家の補強された窓が今にも壊れそうになっていた。あのままにしておけば、中にいるであろう住民が危ない。
「そこ、どけよっ!」
俺は民家に体当たりしていたプリュネル3匹に飛びかかった。1発目は、ひらりとプリュネルたちにかわされてしまう。プリュネルたちは俺を囲むように再び集まってきた。
「ファス、頭下げとけ!」
エイドに言われるまま慌てて頭を下げると、そのすぐ上を刀が通り抜けた。その攻撃で、3匹のプリュネルは真っ二つに割れ、地面に落ちる。
「……ごめんな」
ぽつりとエイドが呟いたのを、俺は聞き逃さなかった。
「エイド……悪い」
「うん?──ファス、まだ1匹残ってるぞ!」
驚いて振り返ると、先ほどの窓に別のプリュネルが体当たりし、ちょうど窓が壊れるところだった。壊れた窓からプリュネルは家の中に侵入する。
「まずい!」
俺は急いでそれを追うため、窓から中に入った。
家の中にいたのは、一組の夫婦らしき人たちだった。幸いなことに、まだプリュネルの攻撃は受けていない。
「させるか!」
今度は仕留める。俺は光を纏わせたグラディウスを、プリュネルの背後から振り下ろした。
「ギャギャギャ……」
この攻撃はちゃんと当たり、プリュネルは床に倒れて動かなくなった。俺はしばらくそれをじっと見つめていた。
俺にとって、初めて討伐した相手だ。なんとも言い難いが、いい気分ではない。戦闘任務の重さ、それには自分の身の危険だけではない、別の何かも含まれているような気がした。
いや、今はそんなことを考えている場合ではなかった。住民の方に、視線を移す。家の中で怯えていた住民は、少しほっとしたような表情を浮かべていた。
俺の後から、エイドも駆けつけた。俺がプリュネルを倒したことを確認すると、エイドは住民に声をかける。
「どんな状態ですか?」
「助かったぜ。こいつら、暗くなりゃ帰るやつもいるんだが……それでも、こんだけの数が残っちまってる」
「朝になると、もっとひどいんだ。安心して眠れやしないよ」
「そうですか……あなたたちのことは、我々アブソリュートが守ります。今は、ここから動く方が危険ですので、家具で壊れた窓を塞いで状況が落ち着くまでもう少し待って下さい」
「ああ、早くしてくれよ」
近くにあったタンスを窓の近くまで移動するのを手伝い、俺たちは窓から外に出た。玄関のドアは中から補強がしてあって使えない。
俺たちが出たのを確認すると、中にいた夫婦がタンスでしっかりと穴を塞ぐ。これで一応、応急処置だ。
外に出てみると、ぞくぞくとプリュネルたちが集まってきていた。俺とエイドは協力して民家への被害を抑える。今度はエイドに迷惑をかけないようにしなくては。
しばらく攻防を続けていると、村の上空をフェニックスが通過していった。何度か旋回し、その機体は俺たちが降りた場所の方に向かって高度を下げていく。
「どなたか、南の建物に向かっていただけませんか!?プリュネルたちはそこから来ているようですが、とても私の手には負えません!」
偵察に出ていたエルフィアは、村の外にフェニックスを着陸させると、操縦席から降りて走ってきた。
その途中、大きめの銃器のようなものを携え、時折襲ってくるプリュネルたちを正確に撃ち落としていく。発射されているのは鉄の弾ではなく、コアエネルギーを転換させたもののようだ。運搬部隊で、戦闘参加も最近のはずだが、センスがいい。
「南?この間、俺が調査した建物だな。ということは、あのプリュネルたちが?いや、でもどうして……」
エイドはひとりでぶつぶつ言いながら、襲ってくるプリュネルたちを2本の刀で倒していく。さっきからエイドの戦いを観察していたが、どうにも納得がいかないような顔をしていた。
「エイドさん!ここは俺たちが食い止めます。そっちへ向かって下さい!」
エルフィアの報告を受け、先ほど指示を出していた作戦部隊の青年がエイドに叫んだ。想定より状況は悪い。ここでいつまで戦っていても、元を何とかしないことにはどうにもならないだろう。かといって、ここを放っていくわけにはいかない。
いろいろ考えていくと、エイドに元を叩きに行ってくれというのは妥当な判断だった。エイドひとりの戦闘能力は、ここにいる隊員たち何名分にもなるだろう。
「大丈夫か?今回の作戦は光のコアでプリュネルたちを一ヶ所に集めるって話だったけど、光とか関係ないくらいに怒っちゃってるみたいだぞ」
「作戦変更はつきものだと、よく隊長が言っていました。心配しないでください!」
ソワンのことか。確かに、家でもよく言ってたな。作戦をたてておくことはもちろん大切だが、戦況は常に変化する。だから、作戦は現地で常に組み直し、臨機応変に対応できる柔軟さを持て──だったか。
「エイドさんの方こそ、サポートが必要なら、私たちが──」
「いや──ファス、お前がこい」
エイドは女性隊員の言葉を遮り、俺に手で“来い”と合図した。
「俺が?」
最初はびっくりしたが、よくよく考えてみればエイドには俺を監視しておく責任がある。このまま目の届かない場所に置いておくわけにもいかないのだろう。
「いくらなんでも、新人を連れていくなんて……大丈夫なんですか?」
「ほら、行くぞ!」
エイドは頷くと、俺の返事を待たずに走り出す。
「あっ、おい!」
「エイドさん、ファスさん、行くのなら私がお送りします!」
エルフィアは、戻ってきたばかりだが、またフェニックスを稼働してくれるようだ。走っていく2人の背中を見ながら、俺は自分に言い聞かせる。
「……出てくるなよ」
そう祈りながら、俺は2人の後を追った。
****
エルフィアが突き止めた場所は、もう誰も住んでいないと思われる廃墟だった。
「建物が壊れてる……ここがプリュネルたちの巣なのか?」
「そのはずなんだけど……やっぱり、おかしいな」
古いレンガ造りの建物だった形跡はあるが、その形状を保つことなく崩れ去っている。その瓦礫の隙間から、プリュネルたちがうじゃうじゃと溢れ出していた。
気がつくと、朝日が出始めていた。このままだと、プリュネルたちはさらに暴れだしてしまうだろう。
「これでは、陰になりませんね。光がどうしても差し込んでしまいます。プリュネルは暗いところに巣を作る習性がありますから、元々はここもそうだったと思うのですが……」
エルフィアが操縦席から様子を確認する。
「プリュネルたちが朝日に驚いて暴れだし、興奮状態が暗くなってからも収まらない……そんなところかな。そういうことは、過去の事例にも何件かあるけど、今回のは随分ひどい。本当に、それだけなのかな」
エイドは首を傾げて考え込んでいる。
「大人しくさせられないのか?」
「ここまで興奮してると、難しいかもな。でも、もしかしたら闇のコアの力で大人しくさせられるかも……。エルフィア、往復させて悪いんだけど、闇のコア持ちの隊員を集めてきてくれるかな?それまで、俺が抑えておくから」
「分かりました。気をつけてくださいね」
エルフィアは俺たちを廃墟の近くに降ろすと、村の方へ引き返して行く。飛び立つフェニックスを見ながら、俺は呟いた。
「闇の力、か……」
「どうした?」
エイドが首を傾げる。俺はこの時、“あいつ”のことを考えていた。
「いや、何でもない。この下からプリュネルたちが溢れてきてるわけか──うわっ!?」
考えていたことを振り払うように、俺はプリュネルの巣に近づいた。だが、それが悪かった。というか、足場が悪かった。
見事に崩れ去った足場に、俺は抵抗する間もなく下に落下した。
「ファス!?」
エイドの声が聞こえたが、どうしようもない。受け身は……確か訓練でやったな。ああ、どうかそんなに高くありませんように!そう祈りながら、真っ逆さまに落ちていった。
眼下に硬いコンクリートの床が見えた。頭からいったらまずそうだ。とっさに身体を回転させ、体勢を整える。そして、床スレスレのところで体をひねり、ゴロゴロと床を転がったところ壁に激突した。痛いことには痛いが、骨折は免れたようだ。
「初回からこれか……」
俺は自分に呆れながら、立ち上がった。見回すとプリュネルの大群がひしめき合っているのが目に入る。
「おーい、大丈夫かファス?」
見上げた先にはエイドが立っていて、こちらを見下ろしていた。
「問題ない。だけど、初任務でさっそく失敗したな」
「あそこから落っこちて無事だったんだ。上出来だよ」
そんなことを言いながら、エイドは俺が落ちてきた場所から飛び降りて、軽々と着地するのだった。風の魔法を使って着地の衝撃を和らげたようだ。俺も風のコアが欲しかったな……。
「なるほど、ここには地下室があったんだな。どっちにしろ、ここにはこなくちゃならなかったんだ。ショートカットできたよ。そもそも、アブソリュートの入隊規制は15歳。15歳で入隊したお前の戦闘参加規制は、本来なら18歳で解禁なんだ。お前が討伐任務に参加させられてることがレアケースなんだよ」
こういう時くらい、不注意なのは俺なんだから怒ってもいいのにな。何だか慰めが空しくなってきた。
「それは分かってる。でも、デモリス隊長はもっとしっかりしてたんだろうな……」
「そうかねぇ、っと。ファス、話してる場合じゃないみたいだ」
「キキキキッ!」
俺とエイドが話しているといきなり、外へと向かっていたプリュネルのうち何匹かが、俺たちの方へ飛んできた。俺が落ちてきたことで刺激してしまったのだろうか?
「プリュネル!俺が落っこちてきたせいか?」
しかし、近くに飛んできたというだけで、実際に俺たちめがけて飛んできたのは1匹だけだった。
「いや、違うみたいだ。俺たちをピンポイントで狙ってるわけじゃない」
エイドは両手を前に伸ばすと、力を集中した。すると、その両手からぼやっと黒いモヤモヤが出現する。闇のコアで作ったものだろう。そのモヤモヤが興奮状態のプリュネルを包み込む。
そのおかげなのか、プリュネルは動きを止めた──ように見えたのは気のせいだった。
「──だめだ!よけろ、ファス!」
エイドの闇の力では大人しくならないのか、プリュネルはスピードを落とすことなく突っ込んできた。俺たちはとっさに左右に分かれ、それを回避する。
すると、先ほど分かれた他のプリュネルたちが、その1匹の突進に感化されるように俺たちの方を一斉に向いた。がばっと開かれた口から覗く大きな瞳が、ギョロリとこちらをロックオンしている。
「俺の闇のコアだけじゃ難しいな。大人しくさせる作戦は、ちょっと却下」
エイドはいつになく真面目な顔で2本の刀を抜いた。右手に握られているのは、“桜”、左手に握られているのは“不知火”という刀だ。四季四刀と呼ばれる、4本の名刀一式のうちの2本だという話を以前聞いたことがある。
「ファス、俺の傍から離れるなよ」
両手に握られた桜と不知火がぼうっと輝きを放つ。桜は土のコアの力を、不知火は火のコアの力を高める補助効果の付いた刀だ。
俺たちを狙っていたプリュネルの集団が、一斉に飛びかかってきた。
それにタイミングを合わせ、エイドが桜を地面に突き立てる。すると、桜から発される黄金色の光が網状に地面を張り巡り、その光に沿うように隆起した地面が俺とエイドを守るように包み込み、襲いかかってくるプリュネルたちの攻撃を防いだ。
その後、エイドはすぐに桜を地面から抜き、防御を解除する。そして今度は、先ほどから力を溜めておいた不知火を構えた。だんだんと、赤い輝きが増していく。
「ごめんな。でも、このままにはしておけないんだ」
エイドは悔しそうに唇を噛むと、呼吸を整えた。
「エイド、本当はこいつらの討伐なんか、したくないんだろ?」
本来なら、大人しいはずの生物だ。エイドにも、戦いながら躊躇している部分があることを、なんとなく感じていた。
そんな俺に、エイドはいつものように笑って答える。
「アブソリュートにいる限り、冷たくなれる覚悟もしておかないとやっていけないよ」
不知火の赤い輝きが一層強くなったところで、エイドはプリュネルたちに向かって刀を振りかざした。
「甘いだけじゃ、すぐ終わる」
振られた不知火から、炎が鞭のように線を描き、プリュネルたちを一瞬で薙ぎ払う。
騒ぎに気がついてプリュネルたちが集まってきたが、それも同じように倒していく。エイドくらいになれば、プリュネルは朝飯前といったところか。
結局、巣のプリュネルたちを片づけるのに俺はあまり必要なかった。
「すごいな……」
思わず、そんな言葉が漏れた。
「まぁ、さっのセリフは友達の受け売りなんだけどね」
エイドは、そう付け加えた。そして、刀を鞘に納める。
「終わったか?」
静かになったプリュネルの巣を確認しようと、俺はエイドの傍を離れた。だが、その時だった。
「ファス、後ろだ!」
エイドの声に反応し、慌てて振り返る。瓦礫の隙間に閉じ込められていた何かが、突然瓦礫を破壊して脱出してきたようだ。目の前に迫っていたのは、先ほどまでの個体の5倍はあろうかという大型のプリュネル。おそらく、こいつがこの集団のボスだ。そいつは、今にも俺に襲い掛かろうとしている。
「しまっ……」
駄目だ、間に合わない!
俺の思考が停止寸前まで追いやられた時、何度も経験したあの感覚に襲われる。
俺の意識が闇に呑まれていく。こうなるのは、“あいつ”が表に出てくる時だ。“あいつ”を出してはいけない。だが、抑えられない。一瞬の隙を、“あいつ”は見逃さなかった。
入れ替わる。俺と“あいつ”が。
読んでいただき、ありがとうございます。