友達?③
騒ぎの中心にいたのは、茶毛で目つきの悪いハーフケット・シーの少年と、苦い顔をしたフォグリアだった。
背はルルよりも少し高いものの、170センチメートルはあるフォグリアと並ぶと、少年の方が見上げる形になる。
しかし、その目つきと低い声のせいか、威圧感溢れるオーラを放っていた。
「フォグリア=アルラウネ、お前が壊したドアの修理費を請求しにきた」
「誰……って、ルルちゃんとこのお兄さんじゃん。戻ってきてたんだ」
呼び止められたフォグリアは、その姿を見るとあからさまに顔を曇らせた。
「ああ。ほら、わざわざ請求しにきてやったんだ、さっさと払え」
そう言って、少年はフォグリアの目の前に白い紙を突き出す。表情は変えないままそれを受け取ったフォグリアだったが、読んでみて目をこれでもかと見開いた。
「ちょっ、コレ桁おかしくない!?」
紙を持つ手が、心なしか震えているように見える。
騒ぎを聞きつけて何事かと集まっていた群衆の中を、小さい身体で掻き分けながらルルが進み出た。
「フォグリアさん、ちょっと見せてもらっていいですかー?」
救いを求めるような目でルルを見ると、フォグリアは手に持っていた紙を渡した。
受け取った請求書を見て、ルルはその大きな青い瞳を見開いて青ざめる。
「ひゃっ、100万リフ!?お兄ちゃん、これはいくらなんでも……」
「俺が、どれだけ苦労してあのドア修理したと思ってる。これでも金額下げてやってんだ、異論は認めねぇ」
「お兄ちゃん、だからって、これは酷すぎるでしょ!?」
どうやら、その目つきの悪い少年がルルの兄ロロのようだ。瞳の色以外は、あまり似ていない。ルルとロロは1枚の請求書をめぐって口論を開始する。その声に、群衆はどんどん増えていった。
100万って……俺たちがどれくらい仕事したら稼げるんだろう。
遠い目をしているうちに、ロロの口調が強くなっていく。
「だいたい、お前は甘すぎるんだよ。金を持ってない客にまで後払いでいいからって商品渡すし。ちゃんと回収してるのか?」
「してるよー!……半分くらいは」
反論するルルの語尾が小さくなる。ロロは毛を逆立てながら、呆れたように大きく息を吐いた。
「任せてられないな。とにかく、全額返すまで俺は逃がさねぇぞ」
フォグリアに鋭い視線が投げかけられる。ぐ、と一瞬怯んだフォグリアだったが、すぐさま反撃に出た。
「確かに悪かったけど、それはぼったくりでしょ!?うちの諜報部隊にちゃんと調べてもらうから!エイド!!」
「俺!?」
驚いたように自分を指差したエイドだったが、周囲の見物客たちを見て、このままでは収拾がつかなくなると判断したのか、興奮気味のロロたちの間に割って入った。
「あー……ロロ、俺もその時そこにいたけど、さすがにそれは金額大きすぎだと思うよ。ちょうど今から店に行くところだったし、修理したドア見せてもらっていい?」
「チッ……」
「今舌打ちしたね、君?」
隠す気も感じられない明らかな舌打ちに、フォグリアが眉を顰める。そんなフォグリアをロロが睨みつけるので、慌ててエイドとルルが仲裁に入った。
しばらくそれは続いたが、次の講義開始の予鈴が鳴ったことで見物客たちが引き始め、それに伴って少しは言い争う熱も冷めてきたようだ。ひとまず、ほっと胸を撫で下ろした。
「お前、相変わらずお人好し過ぎるだろ」
結局、元のメンバーである俺たち3名に加えて、ルル、フォグリア、そしてロロと共に店へ向かっていた。
未だ言い争うフォグリアとロロ。そしてそれを止めようとするルルと、自分もルルの助けに入ろうとしてかえって邪魔になっているロジャード。
また余計な仕事を引き受けたもんだと、呆れ顔でエイドを見る。当の本人はというと、大したことじゃないという顔をしていた。
「まぁ、部門的に言えばこれも俺たち諜報部隊の仕事なのは確かだし、早いとこ片づけとかないとメディあたりが苦労するだろうからね。あいつも今は忙しいし、負担を増やしたくないから」
「それで、お前の負担は増えてるんだろ?」
「俺はいいんだよ」
そう言っていつものように笑う。
こいつがお人好しなのは、今に始まったことではない。それがこいつのいいところでもあるのだろうが、いささかそれが過ぎるようにも感じる。他のやつのことはいくらでも助けるくせに、自分はどうでもいいと、扱いの差が激しい。
どうにも、このエイドというやつは、どこか掴みどころのない性格をしている。感情に起伏が現れることはもちろんあるが、ごく稀だ。大抵は、穏やかに微笑みながら波風立てないように対応している。良くも悪くもバランスのとれた能力を持っているエイドは、少し困難な事柄にぶつかったとしても、今まで対応できてしまっていた。何事も上手くやっていけるというのは大事なスキルではあるのだろうが、それがいつもとなってくると少々心配ではある。
本当のエイドは、どんなやつなのか。正直なところ、俺にも分からない。ただ、今、俺の目の前で笑っている『エイド』が本当のエイドであるようには思えなかった。
それはずっと思い続けていることで。周囲から見たら完璧に見えているこの顔は、本来あるべき顔ではないような、そんな予感。それは、ただ単に俺の思考の問題だろうか。
どうしてだろう。ふとした瞬間、崩れ去りそうに脆く見えてしまうのは。
「どうした?」
俺の視線に気がついたのか、エイドが首を傾げる。
「エイド、お前さ……いや、何でもない」
「どうした、急に?」
「何でもない。俺の気のせいだ、たぶん」
変なやつだな、とエイドはまた笑う。
ああ、そうだな。そう返して、まだ言い争っているルルたちの後を追う。
出会ってからずっと、こいつは俺の前を歩いてきた。俺と、一番長く一緒にいたのはエイドで、口に出したことはないけど、やっぱりこいつは『兄貴』で。どれだけ頑張ったって、追いつけなくて。いつだって、こいつは俺よりも強くて、大きい存在だった。
だけど、最近思う。俺が一番とは言わないが、俺もそれなりに長い間こいつを見てきた。
周りが思っているように、俺が幼い頃に思っていたように、エイドは強い――本当に?
歩調を緩めた俺の少し前を、エイドはロロとフォグリアを仲裁しながら歩いている。それはやっぱり、いつも見ているあいつの姿で。
その変わらない姿に安堵するのは、なんだかんだ言っても、俺があいつに守られてきたからなのだろう。何かある度に、俺がいくら不愛想な態度をとったとしても、助け続けてくれたのはエイドなのだから。
「大丈夫、だよな?」
俺といることで、『アンヴェール』という危険と隣り合わせになっていたとしても。それを分かっていて突き放そうとしてみても。結局、離れられないのは俺の方で。この手が離れてしまうのを恐れているのは俺で。
幼い頃から、頼れるのはエイドくらいだったから。心のどこかで、そこに救いを求めていたから。
だから、急にいなくなったりしないよな?




