友達?①
俺が組織に入隊してから、半年ほどが経過しただろうか。その半年の間に色々と問題も起こり、組織は日々対応に追われている。デゼルの件の話を聞くとかで、キュアリス教授たちはまだ組織で保護されていた。アクスラピアの方は、メディアスを含む隊員たちが復旧に向けて頑張っているそうである。
その時に立ち会っていた俺も話を聞かれることがあったし、これからも色々と協力を頼むかもしれないと言われた。エイドが相も変わらず反対していたが。
しかしながら、俺は一応新入隊員という立場なわけで。その件だけに集中していられるわけでもない。避けては通れないものがあった。最低限、隊員が持っておくべき知識や技能を身につけるための授業である。
そういうわけで、今日は午前中から講義が詰まりに詰まっていた。模擬戦などの実践科目はまだいいが、昼食後すぐの、今現在受けているような魔法学の講義など座学は眠くて仕方がない。
しかし、コアの数が元々少ない俺が取る魔法学は光魔法のものだけ。新入隊員が受けるべき光魔法関係の講義はこの時間くらいしかないので、他の隊員に比べたら格段に少ないだろう。
本当は闇魔法の講義も受けるべきなのだろうが、アンヴェールに無駄に力をつけさせる必要はないからと受ける必要はなくなっている。
だからせめて、この唯一の魔法学の講義くらいは頑張ろうと意気込んでいたのだが、やはり睡魔に負けそうだった。
瞼がくっつきそうになった時だった。なるべく音をたてないように、こっそりと講義室に入ってくる少年の存在に気がついたのは。なるべく音をたてないようにしていたからといって、一番後ろの、ドアに近い位置に座っていた俺が気がつかない訳がなかった。
少し長めの金髪の人間らしき少年で、黒い制服の裾は破けていた。わざと破いているのだろうか。不自然な破け方だ。
「やっば、始まってるし。まだ出欠とってないかな……」
少年はそう呟きながら、姿勢を低くして教官に見つからないようにしている。そんなことをしても無駄だろうに。さっきから教官の視線がこちらの方に向いている。
そんなこととは知らずに、低姿勢のまま俺の傍に近づいて来た少年は小声で聞いてきた。
「なぁ、まだ出欠とってない?」
この講義の出欠確認は、いつも開始直後に行われる。こいつは、開始時刻から30分以上経過していることを分かっていて聞いているのだろうか。
そう思っていると、俺が答えるよりも早く、教官の声がかかった。
「ロジャード」
「ふぁいっ!」
裏返った声で返事をし、少年はビシッと勢い良く直立した。そんな少年を見て、教官は額に片手を当てて唸る。
「また遅刻か。今年は割と真面目に出席してると思って見ていたんだがな……。この講義の再履修はお前だけだぞ。評価を厳しくしているわけじゃない。単位をやれなかったのは、その遅刻と欠席が原因だからな」
「い、いやぁ~」
金髪の少年が、誤魔化すように頭をかく。
単位を持っていないと受けられない任務もあるらしく、絶対に取るようにと厳重に言われているものがある。この講義も基礎魔法のものなので、本来なら入隊した年に取っておくべきものだ。
「はぁ……今回だけは大目に見てやる。席に着け」
「ありがとうございます、先生!」
ぱあっと少年の表情が明るくなる。それを見た教官は深いため息をつくと、俺の名前を呼んだ。
「調子に乗るなよ、まったく。ファス、どこまで進んだか教えてやれ」
近くにいたせいで巻き込まれたようだ。仕方なく席をひとつ詰めると、金髪の少年は俺の横に腰を下ろした。
「ふぅ、助かったぁ~。さすがに今年は落とせないからね。単位落とすと、次の年の歓迎会でソワン隊長の料理食べないといけなくなるから……今年のも酷かったなぁ……」
ここにも犠牲者が……内心気の毒に思いながらも、口では別なことを尋ねた。
「……お前、新入隊員じゃないのか?」
「うん、2年目。去年はサボりすぎてさ」
だから16だよ、と少年は笑った。
「ここから、今日の分だぞ」
教科書のページ数を指し示してやり、黒板に視線を移す。しかし、隣に座る少年の視線は俺に向いたままだ。
「どうした?」
何だろうと思い再び少年の方を見ると、いきなり両手を合わせて頭を下げてきた。そして、ちらっとこちらを見て微笑む。
「教科書見せて?忘れてきちゃった」
そういえば、教科書どころか、こいつ手ぶらで来なかったか?
何しに来たんだ、と言いたくなったが何とかそれは飲み込んだ。代わりに無言で教科書を少年の方に寄せてやる。
「ありがとう!俺、ロジャード。お前、ファスっていうんだろ?さっき先生がそう言ってた」
しかし、ロジャードと名乗ったこの少年は、自分から教科書を見せてくれと言ってきたにも関わらず、それを読む様子もなく俺に話しかけてきた。
「そうだけど……」
「あの噂の新入隊員なんだろ?俺、会ってみたかったんだ!」
「声がでかい」
俺は、眉間にしわを寄せた。たぶん、凄く嫌そうな顔をしているんだろう。
突然の大声に、ざわざわと部屋の中が騒がしくなる。しかし、教官の咳払いでまた、しん、と静まり返った。
ロジャードもしまった、と慌てたように口に手を当てたが、今度は小声で話し始める。こいつに、話さないという選択肢はないらしい。
「たしか、戦闘部隊だよね?」
「それがどうかしたのか?」
「俺もなんだ~、よろしく!」
ニコニコと笑いながらそう言ったロジャードに、少しは俺も興味を持った。同じ隊だったのか。
「なんで戦闘部隊に?」
「女の子にモテそ……じゃなくて、女の子を守れそうだから」
前半、何言おうとしたんだ。言い直したようだが、あくまでも守るのは女子限定なのだろうか。
ロジャードは俺が食いついてきたことで目を輝かせ、話を続ける。
「ファスは、どうして戦闘部隊に?」
どうして戦闘部隊に、か。俺は自分から意図してここに来たわけではない。
「俺は……そうするしかなかったからだ」
理由はそれだけだ。小さい頃から面倒を起こして、迷惑をかけまくっていた俺を生かしておく条件として、組織の仕事を手伝って貢献することが提示されていた。無駄に戦闘能力は高く、俺の適正が戦闘部隊にあると判断されたのは成り行きだ。
危険因子は排除すべきだ──そうヴァイルは言ったそうだが、その気持ちも分かる。あいつのことは嫌いだけど、あいつにも被害があったのは事実だから、言い返すことはできない。
「だからといって、それが嫌なわけじゃないからな。むしろ、これで良かったと思ってる」
自分から望んだわけではなかったが、結果として良かったのだろう。俺にとっても、周りにとっても。この生活には、それなりに満足している。
ふーん、とロジャードは軽く返事をし、何かを考えるようにして頭の後ろで手を組み、口を閉ざした。
ようやく静かになったかと思ったが、それは思い過ごしだった。
「あのさ、このあと暇?時間あるなら少し出かけない?俺、疲れちゃったから息抜きしたい~」
「他のやつと行けよ」
行けるわけないだろう、監視もなしに。まぁ、こいつが事情を知っているわけではないから仕方のないことなのだが。
ただ、この話を続けているとアンヴェールのことを思い出してしまって気分が悪くなる。これ以上、こいつと話をするのは止めにしようと、思考を授業に戻す。ちょうど、雷撃の使用方法が板書されていた。
「え~、いいじゃん。暇じゃないの~?」
それでもしつこく話しかけてくる。だんだんと声のボリュームも元に戻ってきていた。
いい加減煩くなってきたところで、教官のヘルプが入る。
「──このようにして、この魔法は発動する。ファス、お前もう雷撃は使えるはずだな?実演してくれるか、その隣の席の騒がしい実験体で」
にこり、と顔では笑っているものの、背後に黒いオーラが見えるのではないかという教官の姿に、ロジャードは慌てて立ち上がる。
「えええ!?ちょ、先生待って、ごめんなさい!静かにします、しますから!ファスもマジで詠唱するの止めて!!」
慌てるロジャードの姿にどっ、と笑いが起こり、教官は深いため息をつく。
俺はというと、雷撃をこのまま落とすべきか否かを悩んでいた。




