破壊と炎⑤
自分が覚えている範囲や、大きくなってからリカヴィルに聞かされた話をつなぎ合わせて、あの時の記憶を補完していく。その中のいくつかを選んで、メディアスは男に話した。
「俺はまだ発症していないうちから効くかもしれない薬を与えられ、発症してからも軽度で済んだ。その甲斐あって、組織で治療を受けた後は全快して今に至る。運が良かったなんていう話ではないさ。俺は、両親に生かされたんだ」
重篤な患者は大勢いたが、メディアスの両親は彼を生かした。
運が良かったから生き延びたわけではないことを、メディアスはよく分かっている。運だけではどうにもならないことがあるのを知っている。
なぜメディアスひとりだけが生き残ったのか。幼いメディアスに世間の目が向かないように、アクスラピアの村民は誰ひとり生き残らなかった、と公表してある。今となっては知られても構わないとメディアスは思っているのだが、リカヴィルとの関連が公になっていないのもそのためだ。
しかし、知られても構わないと思っているのは事実だが、知られて構わなくても言えない理由は別にあった。自分が唯一の生き残りだということは知られても構わないが、メディアスとリカヴィルとの繋がりを知られることを危惧している存在は別にある。果たして、この眼前の男はどこまで知っているのか。メディアスは眉をひそめた。
「どこでその情報を入手した?俺が生き残ったことは、公表されていないはずだが」
「さぁ?」
男は口の端を片方上げ、ニヤリと笑う。
「別に知られたところで俺に問題はないが……」
男の様子を見ながら、メディアスは考える。
(このことを俺がを教えたのは、オプセルヴェやアルラウネ……他にも特に親しいところだけだ。オプセルヴェからはウィズにも教えたと報告されたが、俺も暗にウィズに教えるようなことを言ったからな。だが、そのうちの誰かがこんなやつらに情報を流すとも思えない)
思い出す限りでも、このことを知っている者たちは口が堅い方だと信じている。エイドに関しては必ずしもそうではないが、それは弟に対してのみだ。顔には出ても、口には出さない。そういう性質は、幼なじみであるメディアスも分かっていた。
(そうなると……まさか、裏回線が?もしくは……考えたくはないが、内通者がいるというのか?だが、組織内でもそういう情報を知っているのは上層部の限られた者のみのはずだが……)
考えに耽っていたメディアスだったが、このまま話を続けることに飽きたような男の言葉で我に返る。
「それで、時間稼ぎはもういいのか?」
男の視線の先には、物陰に隠れるようにしながらこそこそと非難している者たちの列があった。思っていたより時間は稼げたが、欲を言えばもう少し待ってほしかった。どれくらい避難できただろうか。
「やはり気がついていたか。待っていてくれたのは善意か、それともただの気まぐれか?」
「うーん、どっちも違うかな。ただ、懸命になって逃げてるのを見てるのが面白いだけだよ。そして――」
ギラリと赤い瞳を輝かせ、男は右手を払った。
「それを壊すのが楽しいからな!」
「くっ!」
男は再び火の玉を放った。しかも、それはメディアスに向けてではなく、避難中の列に対して。戦う力を持たない者たちを相手に、躊躇することなく攻撃したのだった。
メディアスもそれに気がついて水魔法で対抗を試みたが、男の火力の方が勝っており、難なく火の玉は目標目がけて飛んでゆく。
しかし、火の玉は避難中の列に当たることはなく、それを消し飛ばすほどの威力を持った光魔法によって掻き消された。
これには帽子の男も驚きを隠せず、魔法の衝突によって生じた煙の向こう側をじっと見つめている。少しして煙が収まってくると、それは明らかになった。
「一応、ついて来た意味はあったみたいだな」
魔法が放たれた先にあったのは、避難を誘導していたファスの姿だった。
魔法を放つために挙げていた左腕を下ろし、その手で剣を抜いて構える。そして、一度目を閉じて深呼吸してから瞼を持ち上げた。
「大丈夫、あいつは抑えてる」
自分に言い聞かせるようにして、ファスは男に近づいた。そんな少年の姿を、物珍しそうに男は観察する。
「こいつは予想外だな。こいつも隊員か?子供みたいだけど、随分と反応がいいな……もしかして、こいつが旦那に怪我させた奴?」
そういえば、少年だったと言っていたことを、男は思い出した。しかし、その少年は闇の力を使っていたという話だったが、隊員証をつけていないため、確信は持てない。
だが、この目の前の少年が同一の者であろうとなかろうと、男は別にどうでもよかった。
「ははっ、面白い……面白いな、お前!」
とても楽しそうに、男は笑う。
「……煩いやつだな」
鬱陶しそうに、ファスは目を細める。
「おっと、それは失礼。でも、こんなにワクワクしたのは久しぶりだ!」
男は、ターゲットをメディアスからファスに切り替えた。狙っていたはずのメディアスのことはすでに眼中にないのか、完全に無視している。
男とファスが睨み合う。男のテンションはハイになっているようで、表情がどんどん狂気的になっていき、抑えられない笑い声が漏れていた。
戦闘になることを覚悟したときだった。
急にあたりが暗くなり、何事かと思って空を見上げる。
そこにあったのは、組織のものと思われるフェニックスの機体だった。その機体はどんどん高度を落としていく。
「大丈夫か!?」
「エイド!」
地面にギリギリつかない程度に低空飛行するフェニックスの中から飛び出してきたのはエイドだった。エイドを降ろすと、フェニックスは再び上昇していく。
「オプセルヴェ、どうしてここが?」
メディアスがエイドに尋ねる。
「父さんから連絡もらったんだ。そしたら、途中で出張帰りだったサナと会ってさ。乗せてもらってきたんだ。救援信号も出てたから、場所はすぐに分かったよ」
参戦したエイドは、俺たちを守るように前に立って二刀を構えた。
「おや、これはこれは……形勢逆転かな」
男は残念そうにしながらも、方向転換して走り出す。その方向には、乗ってきたと思われるバイクが置いてあった。しかし、その退路はフェニックスによって塞がれる。
「あーあ、あのバイク結構手に入れるの大変だったんだけどなぁ。まぁ、ライセンスも期限ギリギリだったし、捨ててくか。どうせ、顔もバレたみたいだし」
取りに戻るのは諦めたのか、男は後ろに下がって距離をとった。
「さぁ、観念しろ」
メディアスとエイドがじりじりと距離を詰め、退路を塞がれている男は両手を挙げて降参のポーズをとる。
「はいはい――なんてな」
しかし、男は悪戯する子供のように笑った。
「チームプレイは好きじゃないけど、やっぱり呼んでおいて正解だったな」
その直後、激しい風が巻き起こり、視界が舞い上がった砂によって奪われる。
風が収まって視界がはっきりしてくると、男の他にもうひとり、白いフードを被った者がその隣に立っていることに気がついた。
「迎えだ。悪いな、こんなところで簡単に捕まっちゃ面白くないんでね。もう少し遊ばせてくれよ!」
「待て!!風が……くそっ!」
再び砂が舞い上がり、視界を奪う。それだけに留まらず、あまりの強風に、俺たちは後ろへ吹っ飛ばされてしまった。
「もういない……さっきの白いフードかぶってたやつも、あいつの仲間なのか?」
再び目を開いた時には、帽子の男の姿も、白フードの姿も見当たらなかった。逃がしてしまったようだ。
仕方なく立ち上がり、砂を払う。少し離れたところで、エイドとメディアスも同じようにしていた。
空を見上げれば、先ほどの強風に巻き込まれなかったフェニックスが降下してくるのが見える。
フェニックスを着陸させ、中から茶髪の青年が現れた。緑の制服の左胸のあたりには、銀の台座に収まる6つの石が輝いている。そして、運搬部隊員であるエルフィアと同様にゴーグルを頭につけていた。
「あいつ……まさかな」
青年は何か呟きながら、ファスたちの元へと向かう前に、男が捨てていったバイクの方へ歩いていく。
「バイクもライセンスも……捨てていくなんて、随分とふざけた野郎じゃねぇか」
ライセンスは乗り物全般の鍵の役割も果たしている。同タイプの乗り物なら、定期的に更新さえしておけばひとつのライセンスで乗ることができるのだ。帽子の男は、バイクと一緒にライセンスも捨てていた。
青年がライセンスの有効期限を確認したところ、もうすぐ切れるところだということが分かる。だからといって捨てていくというのは、乗り物好きのこの青年にとって、非常に許しがたいことであった。ここに放置する気は最初からなく、主を失ったバイクを持ち帰ろうと、ファスたちがいることは完全に忘れて大事そうにフェニックスに積み込んでいる。
このままだとこちらが放置されそうだと判断したメディアスが、バイクを積み終えてひと仕事終えた顔をしている青年に声をかけた。
「ヴェイキュール、そのライセンスにやつの名前は書いていないか?」
「ええっと……デゼル、デゼル=ヴォルガーノだ。てか、久しぶりだなー、メディアス」
手に持っていた男のライセンスをメディアスに渡し、バイクを見ていた時とは打って変わって、非常に軽い感じで青年は応じた。
誰だろうかと首を傾げていると、エイドが説明してくれる。
「お前には、言ってなかったな。こいつは、サナキ=ヴェイキュール。運搬部隊の隊員で、俺とメディアスの友達なんだ」
「よろしくなー。エイドの弟だっけ?」
そう問われ、何と答えたものかと思案していたが、サナキは疲れているのか早々に話を切り上げる。
「ま、何でもいいや。それより、さっさと本部に戻って休みてぇ。機内でガレット待たせてるから、お前たちも早く乗ってくれよー」
ガレットとは誰かと俺が尋ねたところ、腕のいい整備士だとサナキが教えてくれた。他のやつに任せるとどうにも調子が出ないからと、出張先まで同行を頼んでいたらしい。
機内の中では、2メートルはあるだろうかという大男が何やら機器類を確認していた。彼がガレットなのだろう。一瞬、タルタロスの森で会った男のことを思い出したが、彼ではなかった。ただ、似ているということは、おそらくあの森の男と同じ種族の血が混ざっているのだと思われる。
ガレットの左頬には、刃物でつけられた赤い切り傷のような跡があった。自己紹介を済ませたあと、それをじっと見ていた俺に気がついて、これは傷ではなく南の方の地域発祥のサウス・オーガ族の者に現れる特有の模様なのだと教えてくれた。ただ、ガレット自身はオーガとドワーフとのハーフであるらしく、身長が2メートル程度であるのはそのためらしい。
あの森の男にも、同じ模様があった気がする。薄暗かったので確実に、とは言えないが。
操縦しているサナキと、その傍で待機しているガレットを除き、俺、エイド、メディアス、それからキュアリス教授とその弟子たちは、その後方にかたまって座る。あの後では、教授たちを残していくわけにもいかなかったので、一度組織に連れて行って判断を仰ぐことにしたのだった。
席につくと、メディアスは彼の左側に座るエイドに話しかけた。
「すまなかったな、オプセルヴェ。勝手にウィズを連れ出して」
「別に勝手じゃないだろ。俺が承諾したんだし」
エイドの左隣に座っていた俺は、前屈みになるようにしてメディアスを見た。
「俺も焦ったけど……まぁ、色々と大変だったみたいだし、2人とも無事ならそれでいいよ。ただ、今度から俺にもちゃんと連絡してよね」
大きくため息をついてから、エイドは組織に持ち帰って調べる予定のライセンスに視線を移す。そして、そこに記された男の名前を見ながら、教授たちがいることに配慮してか小声で話し出した。
「それにしても、思わぬ情報が手に入ったよね。デゼルの名前は、諜報部隊の中でも挙がってたんだけど、これで確定だろうな。昔から色々と問題起こしてて、炎の魔法においては相当な力を持ってるやつだよ。しかも、それだけじゃない」
「それだけではない?」
メディアスが首を傾げる。エイドは頷き、言葉を続けた。
「全属性使いなんだよ、こいつも」
ふと思い出す。タルタロスの森で『資格』のある者だと言われたフォグリア、今回狙われていたメディアス、そして、さらわれたウルカグアリの巫女ノエル――偶然なのか、彼らはみんな全属性使いだった。
今回の男とウルカグアリの犯人はおそらくデゼルなのだろうが、タルタロスの森で会ったあの男も、もしかするとデゼルの仲間なのかもしれない。加えて、あの白フード。あいつは完全にデゼルの仲間だろう。
繋がっていく線と同時に、謎も増えていった。
今回の事件で得た情報は、大きな収穫となった。それと同時に、世界に迫る脅威もより大きなものに変わっていったのだが。
 




