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クラウン=コア  作者: 桜花シキ
第6章 凍てつく者と癒しの手
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破壊と炎④

――15年前

 

 メディアスの両親は、アクスラピアで唯一の医者だった。具合が悪くなれば、決まって皆彼らの家にやってくる。

 今日も、慌てた様子で中年の人間ヒューマの男性が朝早くに駆け込んで来た。


「クラスト先生!隣の家のやつがすごい熱なんだ、診てやってくれ!!」


「分かりました、すぐに行きます」


 メディアスの父親は、医療道具を取りに一度奥の部屋に入っていく。一緒に朝食を食べていた母親も、その手を止めて男性から症状を聞いている。こういった光景は珍しくもなく、テキパキと両親が動いている様子を、テーブルの椅子に座ったメディアスはじっと眺めていた。

 

 いつものように――最初はそう思っていた。


 しかし、そんないつもの光景はすぐに崩れ去る。

 父親が準備を終えて奥の部屋から出てくるのとほぼ同時に、玄関先に立っていた男を押しのけるようにして、次なる住民が駆け込んできたのだ。それも、ひとりふたりの話ではない。本当に次々と、だ。

 

「先生、いるかい?実は娘が熱を出して……」


「息子が倒れたんだ、早く来てくれ!」


 最初のひとりを皮切りに、雪崩のように押し寄せてきた住民たち。ただ事ではないことを、メディアスの両親は悟った。両親は顔を見合わせる。


「あなた、急いだ方がいいかもしれません」


「ああ。皆さん、順に診察に伺いますから、なるべく外出を控えるようにしてください」


「メディアス、あなたも大人しく留守番してるのよ」


 父親と母親に頭を撫でられ、メディアスはこくりと頷いた。

 それを見届けると、メディアスを独り家の中に残し、両親は道具を携え走って出ていく。誰々の家の子供が熱を出した、朝から頭が痛いと言っている……何かあれば父や母が交替で家を飛び出していく。皆から必要とされ、常に忙しそうにしている両親。幼かったメディアスは、それを少し寂しく思いながらも、誇らしかった。

 今回も両親は出ていったが、何かおかしい。いつもとは違う雰囲気を、メディアスも感じ取っていた。


 その日、日がすっかり暮れてから帰ってきた両親にどうだったのかと尋ねたメディアスだったが、大丈夫だと言ったきり何も教えてはくれなかった。その時の両親は、今まで見た中で一番険しい顔をしていた。

 遅めの夕飯を食べている間も、いつも以上に口数が少なかった。そんな静かな食事の後、メディアスは両親に呼ばれる。


「メディアス、ちょっと来なさい」


 メディアスは、言われた通りに両親の傍に歩いていった。母親は手に持っていた注射器を父親に渡す。


「注射……少し痛いけど、我慢するのよ」


 別に注射自体は珍しくもなかったメディアスは、嫌がることもなく素直に左腕を出した。父親は慣れた手つきで消毒し、注射をする。父親の腕がいいからか、メディアスは今まで注射をそれほど痛いと思ったことはなかった。

 すんなりと注射は終わり、特に泣くこともなかったメディアスの頭を父親が撫でる。


「強い子だな、メディアスは。これなら、これから先、お前が大人になっても大丈夫だ……きっと、大丈夫」


 注射の後に撫でてもらえることはあったが、今回は少しそれが長く感じた。


 その日の夜、メディアスは何だか寝付けずに、寝床で何度も寝返りを打っていた。ぼんやりと暗闇に視線を彷徨わせていると、ドアの隙間から光が漏れていることに気がつく。両親は早寝早起きなので、この時間まで起きていることは珍しかった。

 メディアスは、聞こえてくる両親の声に耳を澄ます。


「組織の方から連絡は?」


「なるべく早く来てくれるそうです。尤も、今回のはかなり危険なものですから、迂闊に来られても被害が広がるだけですが。それに、この病気の薬自体も貴重なものだから、組織でも数が足りていないみたいです」


「……全員を助けられる望みは、やはり薄いか」


 土のコアや水のコアによる魔法は、それぞれ怪我の治癒や解毒などにも効果を発揮する。

 しかし、病気というのは厄介で、軽いものなら効果があるものもあるが、ほとんど魔法による回復は望めない。薬を補助的に使い、あとは安静にさせて回復を待つというのが一般的だった。


「さっきあの子に使った薬も、仕事で出かけた時に偶然見つけたから珍しさで買ったようなものですからね。あれで最後です。それでも、この病の特効薬ではありませんが……」


「ないよりはいいさ。そもそも、この病自体が珍しいものなんだ。しばらく感染者の報告は出ていなかっただろう?」


「ええ。この病原菌が確認されているのは、ごく限られた地域のみ。危険生物モンスターが媒介しているとも言われていますが、はっきりとは分かっていません。その地域も、今は立入禁止区間になっているはずです。普通なら感染なんてしないはずなんですよ」


「本当にそうだな。聞いた話によると、その立入禁止区間に入っていったと思われる住民がいたそうだ。どれだけ危険なのかも知らないで、興味本位だったんだろう。だが、そのせいで今こんなことになっている。私は、たとえ悪気がなかったとしても、そいつが許せない」


 普段は穏やかな父親の怒りのこもった声に、メディアスはびくりと震えた。


「その方、公共機関には?」


「行きも帰りも徒歩だそうだ」


「よく、あの距離を歩きましたね……不幸中の幸いですが」


 母親が深いため息をつく。それにつられるように、父親も同じ動作をした。


「私たちにできることは、助けが来るまでこの村から誰も出さないようにすることだけだ……もちろん、メディアスも」


 父親は、酷く苦しげに息子の名を口にする。それを聞く母親は何か言いたげだったが、口を噤んだ。

 たとえ子供ひとりであっても、いなくなったのが分かれば皆が怪しむ。それが医者の息子なら尚更だ。それに、症状はまだ出ていないとはいえ、感染自体はしている可能性が大いにある。迂闊に外に出すわけにはいかなかった。


「この病気の詳細は、絶対に口外するな」


「分かっています」


 両親の話していることの全てが分かるわけではなかったが、何かよくないことが起こっていることは、幼いメディアスにも分かった。

 なかなか寝つけないメディアスは、いつ終わるとも分からない両親の話し声を聞きながら、ぎゅっと目を瞑った。



 一方、今回の一件の責任者となったリカヴィルは頭を抱えていた。この村だけでなく、村の住民と接触があった者たちにも感染は広がり、被害は拡大の一途を辿っている。幸いにも小さい村であったことから接触者は少ないようだったが、それでも早く手を打たなければ大変なことになるのは目に見えていた。

 薬も足りないので、救護部隊及び世界各国の医療機関が全力を挙げて現在準備している。それができるまでは、感染者やその恐れのある人たちの行動を制限することに徹するしかなかった。


 何とかその対応をし、十分に準備を整えた救護部隊員を連れてリカヴィルがアクスラピアに足を踏み入れたのは、連絡を受けてから3日ほど経過した日のことだった。

 こちらまで感染しないよう、暑い昼下がりにも関わらず重装備の救護部隊員たちが急いで状況を確認するために駆け回る。村は、これほどいい天気だというのに静まり返っていた。

 リカヴィルは、連絡をしてきたこの村の医者であるクラスト家へと歩みを進める。仕事柄、何度かクラスト夫妻とは顔を合わせる機会があった。2人共穏やかで、とても真面目そうな印象を受けたことを覚えている。

 つい昨日のことだ。明日には向かえるだろうという連絡をした時、自分たちも発症しましたという旨を苦しそうに伝えてきた後、誰も村からは出していないという報告を受け、この夫婦の尽力には感服するしかなかった。


 クラスト家に足を踏み入れたリカヴィルは、話を聞いてはいたが、床に伏した夫婦の姿を目の当たりにして、ひどくショックを受けた。発症してからの進行が速いようで、あと少し早く来ることができればと後悔した。

 急いで夫婦の傍に寄ると、今まで床に伏して動かなかった2人が、わずかではあるが身体を起こす。その唇が何か言葉を紡いでいることに気がつき、その場にしゃがみ、消え入りそうな声を何とか拾った。


「あの子は、まだ助かります……症状が出る前に、薬を与えました」


 母親がベッドの方に視線を移す。

 両親は、子供の症状、与えた薬などを説明した。そして、他に優先すべき患者はいたが、それでもメディアスに薬を与える判断をしたことも。


「私たちのとった行動は褒められたものではないのかもしれません……それでも、間違っていたとは思わないし、後悔もしていない。責めるなら、いくらでも責めてもらって構いません……でも、この子だけは助けて下さい」


 そう語る父親の目には、強い光が宿っていた。それが、リカヴィルの心に深く訴えかけてくる。


「お願いします……この子だけは……メディアスだけは……お願い……」


 子供のことを託すと、両親はまた床に伏して動かなくなる。まだ息はあるようだったが、助かる見込みが限りなく低いことは、リカヴィルの目には明らかだった。

 リカヴィルは、穏やかな声で話しかける。聞こえているかは分からない。それでも、答えなければならないと思った。


「お疲れ様でした、よくここまで守り抜きましたね……後のことは、僕に任せてください」


 気のせいか、かすかに両親が微笑んでいるように見えた。

 リカヴィルは立ち上がると、今度はベッドに寝かされている子供の傍に寄る。熱が出ているのか顔を赤くして苦しそうにしているものの、今は眠っているようだ。

 眠る少年の額に手を当てれば、やはり熱が出ているのだということがすぐに分かった。ここに寝かせたままでは十分な治療ができない。

 この子に、両親や故郷とお別れする時間を与えてやれないことは後ろめたかったが、今すべきは命を助けること――この子の両親の願いを叶えてやることだ。

 リカヴィルは、メディアスの頭をそっと撫でる。


「メディアス君、君は愛されていたんだね。君は小さいから忘れてしまうかもしれないけれど、いつか君に伝えられるように、僕が覚えておくから。君が生きていることが、その愛情の深さだということを」


 それから慎重にメディアスを抱え上げ、外に連れ出した。


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