破壊と炎②
アブソリュートが運営資金を援助している企業は世界各国に点在している。その目的は、組織に対して理解のある協力者を確保することだ。
ただ、資金援助とは言っても、アブソリュート自体が世界からの支援金を受けて成り立っている組織のため、その支援金を分配しているような形になっている。そう考えると、任務に直接参加することはないが、それらも組織の一部と言えるだろう。
もちろん、隊員だけでなく一般市民も利用している。そして、その売り上げのほとんどは、組織の運営費として回されているのだ。
隊員と一般市民の違いといえば、割引が効くかどうかだろう。隊員の証である隊員証を組織が運営資金を援助している店などで見せれば、多くの物が通常より安く手に入る。
そんなわけで、俺たちは割引の効く組織運営の鉄道会社の路線に乗り、目的地へと急いでいた。自分で出すと言ったのだが、結局は俺の分の運賃もメディアスが出してくれている。
時刻は、平日の昼を少し回ったあたり。電車の中は、ちらほらと乗客はいるものの空いていた。俺たちは空いている席に腰を下ろす。メディアスとは向かい合っているような形だ。
腰を下ろしたメディアスは、自分の隊員証を制服の左胸のあたりから外し、俺にもそうするよう促す。
「別に任務じゃないんだ。隊員証は隠しておけ。俺はお前の力を把握しているし、隊員の数が多くもない時にそれをつけているのは意味がない。これから先もそうだが、状況に応じて判断しろ。使い道を間違えれば、敵に手の内を明かしているようなものだ。相手が危険生物でない時は特にな。一応、隊員であることの証明になるからそれを付けておくことは義務化されているが、持ち歩いてさえいれば問題ない」
確かに、メディアスの言う通りである。隊員の数が多く、全体の把握が難しい場合には、一目でその隊員の持つコアが分かるため便利だ。そして、隊員であることの証明にもなる。
しかし、それを必要としない場面では利益がないだろう。メディアスの口振りから、何となく戦闘になることを覚悟しているような気がした。
俺は、メディアスに従って隊員証を制服のポケットに入れる。
「それにしても……付けとくのが義務なのに、持ち歩いてればいいとか……お前なら、規則はきっちり守りそうだと思ってたんだけどな」
そう俺が言えば、そういうやつも知っているが、と誰かを思い出したようにメディアスは苦笑する。
「普段はちゃんと規則を守ってるさ。ただ、必ずしもそれが正しいとは限らないだろう?」
確かに、緊急事態でも規則だなんだ言ってたら、逆に危ないだろう。
「世界には、こんなこと規則にする必要もないだろうということが山ほどあるが、仮に規則で縛らないとすれば、みんな好き勝手にやるだろう。それでは駄目なことくらい分かるな?」
俺は頷く。それを見て、メディアスはさらに続ける。
「例えばこの隊員証にしてもだ。記録では持参していれば良かった時代もあったようだが、忘れてくるやつ、任務中にうっかり落として紛失するやつ、どうせ確認しないのなら持ってこなくても大丈夫だろうといういい加減なやつ……それで急に隊員証が必要になった時に使えないという事態が多発したらしい。だったら常に付けておくべきだ、という話になったわけだ。持っているかどうかが一目で分かるし、うっかり落とす確率も減る」
ちなみに、任務中に落として紛失した隊員のほとんどは戦闘部隊員だったらしい。そういえば、タルタロスの森で許可証を落としたのも戦闘部隊員だった。なるほど、うっかり落とすのは恐ろしい。自分でも思うが、戦闘部隊員は他の隊と比べて激しい動きが多いため、どうしたって仕方ないだろう。
そう考えると、規則は何かしら理由があってそう決まっているのだなと思う。
「規則があったところで、こうやって破るやつはいる。規則があるくらいでちょうどいいんだ。もちろん、破るとは言っても迷惑がかからない程度に、だがな」
メディアスのことだ、日頃はきちんと規則に従っているのだろう。俺もこうして聞かなければ分からなかった。こういう話は、そういうやつがするから説得力がある気がする。気づけば、話に聞き入っていた。
「守るばかりが正しいとは限らない。ただ、守らないことも正しいわけじゃない」
「……難しいな」
「要するに、どうすべきかは自分で考えろということだ」
そう言うと、メディアスは腕を組んで目を閉じた。話は終わりということだろう。
メディアスと組む回数が重なるうちに、初対面の時とは違った印象を受ける。いつも厳しいわけじゃないし、冷たくもない。エイドとは違うが、彼もまた器用に生きていると思う。最初はまったくそんなこと思いもしなかったが。
事情が事情のため、俺は今まで誰かと一緒にいることをなるべく避けてきた。そのせいもあってか、コミュニケーションは下手だ。しかし、それを克服できたら世界が広がりそうな気がする。こうして自分にはなかった考えを聞くのも、案外面白いのかもしれない。
窓の外に目を移し、流れる景色を追う。頭の隅でざわついていたものが、少し小さくなったような気がした。
だが、電車内での穏やかな気持ちは、アクスラピアに到着した瞬間にどこかへ消え去ってしまった。
「メディアス、これは……」
「……何があったというんだ」
目の前に広がる光景に、しばらく頭が考えることを放棄した。
そこには、破壊された建物と、おそらくもう手遅れだと思われる者たちが地に伏した姿があったのだ。倒れる者たちの着ている服には、ユニコーンを模したようなマークが施されている。おそらく、メディアスが言っていた教授の教え子たちなのだろう。
隣に立つメディアスは口を閉ざし、ただこの光景を見つめている。ふと、その手に目をやると、掌に爪が食い込むほど拳を握りしめていた。
これから行くのは、俺の故郷でもある――ここに来る前に、そう言っていたことが頭をよぎる。以前、エイドからメディアスの故郷が流行病で壊滅的被害を受けたことは聞いていた。そして、生き残ったのはメディアスだけだということも。
彼は今、何を思っているのだろうか。声をかけるのもはばかられ、メディアスが口を開くまで待つ。しかし、その前に俺の耳に届いたのは若い女性の声だった。
「メディアスさん……メディアスさんですよね?」
物陰に隠れるようにしてこちらを見ていた女性は、メディアスの姿を確認すると少し安心したような表情を見せる。どうやら、彼女はメディアスのことを知っているようだ。そして、あたりを警戒するように見回した後、傍に走り寄ってくる。
彼女もまた、ユニコーンのマークが入った白地の服を着用していた。その所々が赤く染まっているのが分かる。
「何があった?」
メディアスがそう問いかければ、女性は表情を硬くして口を開く。
女性は一部始終を話してくれた。突如、知らない男が現れ、爆薬と、凄まじい炎の魔法でこの村を破壊したのだ、と。仲間たちも負傷し、何とか無事だった自分たちは負傷者を安全な場所まで避難させて身を隠し、助けを待っていたらしい。連絡しようにも、連絡するための回線も使えないようにされており、救援信号を出そうにも自分たちの居場所が特定されてしまうため動けなかったのだという。犯人が今どこにいるのかは、彼女にも分からないそうだ。
「教授は?」
メディアスの質問に、女性は答える。
「先生はご無事です。今は、地下で怪我した仲間たちの治療を」
「俺も手伝おう」
「助かります!」
こちらです、と女性が案内しようと動いた時だった。
「――下がれ」
メディアスは低い声でそう伝え、どこかを見据えている。
「え?」
女性はきょとんとメディアスを見上げる。一瞬何事だろうかと思ったが、それは俺もすぐに察知することができた。
「いいから下がれ――ウィズ!」
名前を呼ばれるのとほぼ同時に、俺は女性を抱えて大きく後ろに飛びのく。メディアスはというと、素早く詠唱して、俺が女性を地面に降ろした時には氷の壁を完成させていた。
しかし、その氷の壁は、俺たちが察知した何者かの攻撃により砕け散ってしまう。勢いよく氷壁にぶつかった火の玉は相殺されて消えたものの、残った熱風に思わず顔をしかめる。飛び散った氷の破片も、その熱に溶かされて消えていった。
「おっと、迅速かつ冷静な判断。さすがは全属性使いメディアス=クラスト、噂通りの有能ぶりだね」
まだあたりに漂う熱が体に纏わりつく。その中を平然と、わざとらしく手を叩いて称賛しているかのような態度で歩いてくる男。ニヤリと嫌な笑みを浮かべながら俺たちの目の前にやってきたカウボーイハットを被った赤毛の男を見て、女性は顔を青くして叫んだ。
「こ、こいつです!ここを、こんな風に破壊したのは!!」
一連の爆破事件の犯人はこいつだ――俺は直感でそう思った。




