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クラウン=コア  作者: 桜花シキ
第5章 大地に根を張り、虚空に舞う
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タルタロスの森 外層④

 がさがさと、森の木々を伝って器用に影が移動していく。うっすら分かるシルエットから、相当大きい身体であると推測できる。しかし、それを感じさせないような身のこなしだった。なかなか縮まらない距離に、フォグリアは少し不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「デカい身体してる割に身軽だなぁ。それに、随分とこの森に慣れてるみたいだし」


 この暗い森で追跡するのは凄く疲れる。とても視界が悪い。枝伝いに前を行く、ぼんやりと見えるフォグリアの背を追いかけるのでやっとだ。少しでも気を抜けば見失ってしまうだろう。

 この森でこれだけ動けるのだから、ここの地形に詳しいのだろうというのは頷けた。


「大丈夫、弟君?」


「ああ」


 後ろをちゃんとついてきているか確認するように、顔は前に向けたままフォグリアが声をかけてくる。それに返事を返し、さらにしばらく移動を続けた。

 

 そろそろ疲れてきたなと思い始めた時、あたりが少しだけ明るくなった。どうやら、光の差し込む広場のような場所に出たようだ。飛び移る木々が途切れ、追いかけていた影が着地する。

 やっとその姿を確認することができ、追いかけていた影は大柄な男性であることが分かった。男は振り向くと、黙ったままじっとこちらを見ている。


 やっと男の動きが止まったため近づこうとした時だった。突如として、その周囲に危険生物モンスターたちが集まりだす。まるで、男を守るかのように。蜂型や狼型、種類は多様だったが、あろうことかそれらはすべて、外層にはいないはずのBランクだった。この森の異変の原因が目の前の男であることが、だんだんと確信へと変わっていく。

 ただそこに立っているだけなのに、男から発せられるプレッシャーは大きかった。思わず後ずさりそうになるのを堪え、男を睨む。


「誰だ……お前」


「……」


 男は答えない。


「まぁ、味方ではなさそうだよねぇ~」


 口では軽く話すフォグリアも、いつでも動けるように臨戦態勢に入っている。刺々しい殺気のようなものこそ感じられないが、相当な実力者であることは間違いないだろう。

 それを頷ける証拠に、俺の中の戦闘狂が外に出てこようと動き出すのが分かった。あれだけ訓練してこいつ・・・を抑え込むことに成功していたというのに。最近は言うことを聞かなかった昔に逆戻りしているようだった。

 自分の未熟さを痛感しながら、右隣に立って男を観察しているフォグリアに頼む。


「フォグリア」


「なーに?」


「何か俺に異変を感じたら、殴ってでも止めてくれ。加減はいらない」


「ん、了解」


 すぐに察してくれたようで、短く返事をするとフォグリアは再び前に視線を戻した。


「それで、どちら様?この森がおかしいのも、おじさんのせいなの?」


 フォグリアの問いかけにも、男は反応しない。それを見た彼女は、大きく息を吐いた。


「ふーん、喋る気なしね。恥ずかしがり屋なの?」


 話す言葉こそいつもと変わらないが、その顔は険しい。ピリッとした緊張感があたりに漂う。それを察知してか、男の周囲にいた危険生物モンスターたちが騒ぎ始めた。

 それに気がついた男は静かに片手を挙げる。すると、危険生物モンスターたちは急に大人しくなった。俺が呆気にとられていると、今まで口を閉ざしていた男がようやく言葉を発する。

 だが、それは俺には理解できない内容だった。


「……フォグリア=アルラウネ、お前も資格を有する者だ。お前なら、受け入れてもらえるだろう」


「資格?何のことか分からないんだけど」


 それは、突然名前を挙げられたフォグリアも同じようで、険しい顔のまま首を傾げている。組織の中でも上位の戦闘部隊員である彼女の名前が知られていることは不思議ではないのかもしれないが、『資格』とはいったい何のことだろう。

 何ひとつ腑に落ちない俺たちに、男はさらに続ける。


「共に来るならば、もう過去に苦しむ必要もなくなる」


 その言葉に、ピクリとフォグリアが反応した。一度大きく目を見開いたあと、どこか悲しそうに眉を下げる。


「……苦しんでるように見える?」


 それが何を指しているのか、俺には分からなかった。

 一瞬、曇った表情をしたフォグリアだったが、すぐにいつもの軽い調子に戻る。


「まぁ、あたしはどう見られようが関係ないけどさ。そっかそっか、おじさんは知ってるんだねぇ」


 うんうんと頷いていたフォグリアだったが、す、と右手を喉に当ててにやりと笑う。


「じゃあ、あたしの特殊能力のことも当然分かってるよね?」


「……お前、まさか!?」


 少し間を置いて、男が大きく目を見開く。


「何驚いてるのさ。この状況じゃ、それが一番手っ取り早いじゃん?さすがに、あたしと弟君だけで普通に戦って、この数何とかできるとは思わないよ。ここにいるやつら倒しても、まだまだ出て来てキリがなくなりそうだしねぇ」


「騒ぎになるぞ?」


「幸い、あたしの能力じゃあれ程の・・・・被害にはならないと思うよ」


「……」


 男は再び口を閉ざし、フォグリアの様子を伺っている。

 どうやら本気であることを感じ取った男は、危険生物モンスターたちに何やら囁く。すると、危険生物モンスターたちはすんなりと森の奥深くに消えていった。


「……今日はこれで退く。先ほどの話、よく考えてみるんだ」


 この男は何を考えているのか。フォグリアは臨戦態勢を解き、じっと男を見る。最初から、この男に戦う気がないことは分かっていた。今まで臨戦態勢をとっていたのは周囲の危険生物モンスターたちに対してだ。それがいなくなったのだから、もう構える必要はないと判断した。

 なぜ、この男には敵意がないのだろうか。なぜ、これほどまでに穏やかなのだろうか。フォグリアは直感的にそう感じ取り、心の中で首を傾げる。

 フォグリアが考えているうちに、男は踵を返して走り去ろうとしている。態勢がきちんと整っていたならば追いかけたいところだが、今は状況が悪い。そう思ったフォグリアは、このまま男を見逃そうと考えていた。


 しかし、そこに少年の笑い声が響く。


「待ちなよ、おじさん。お土産を忘れてるよ」


 隣に立っていたフォグリアは、ぞくりと背中に冷たい手が這うような感覚を覚え、ばっとその声の主を見た。

 フォグリアは、反射的に思わず自分が後ずさってしまったことに驚く。――この瞳の色の変化した、狂気の笑みを浮かべる少年をこのままにしておいてはいけない。

 しかし、フォグリアが手を伸ばすより早く、アンヴェールが右手に構えたグラディウスから闇を纏った斬撃が男目がけて飛んでいくのが見えた。わずかに振り返った男が、驚きを隠せない表情をしたのが分かったが、それは一瞬で、すぐに苦痛に顔を歪める。

 アンヴェールの放った攻撃は男の左肩あたりをばっさりと切っていた。相当な重傷だが、男の身体は頑丈だったようで、右手で傷を押さえながら逃げていく。


 さらに追撃しようと動いたアンヴェールだったが、その前に彼の身体が吹っ飛ばされて近くの木にぶつかったため阻止された。

 地面にへたり込む少年が動く様子はない。瞬時に判断したフォグリアの蹴りにより、気絶させられたのだった。


「君が言ったんだから、後で恨まないでねぇ」


 意識のない少年に、フォグリアは苦笑する。エイドから聞かされてはいたが、これ程とは。まったく、とんでもない後輩が入ってきたなと、フォグリアは頭をかいた。


「君も、いろいろと持ってるんだねぇ。けど、それ・・とはちゃんと向き合わないと駄目だよ。ずっと今のまま、背中向けたままじゃ何の解決にもならないんだからさ」


 そう語り掛ける彼女は、少し悲しそうだった。

 その言葉は、誰に向けられた言葉だったのだろうか。ふっと微笑むと、フォグリアは少年の腕を引いて持ち上げる。


「さて、と。上手くすれば、あの壁も消えてるかなぁ」


 あの壁を作りだした術者は、おそらくあの男で間違いないだろう。あの怪我をした影響で、魔法が解けている可能性も十分にあった。

 そもそも、あの壁はフォグリアを仲間たちと引き離すことを目的として作られていたものだと推測された。男の目的がフォグリアであったことは、男の言葉からほぼ確定事項だ。そこにファス――アンヴェールがいたことは想定外だったであろうが。

 先ほどの男は、おそらく土のコアを持っていたはずだ。回復魔法を使えるのであれば、自力で治療するだろう。


 フォグリアは気絶したファスを背負うと、壁のあった場所まで引き返し始めた。



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