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クラウン=コア  作者: 桜花シキ
第4章 まどろみの中の憂鬱
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新入隊員歓迎料理大会④

 それから、新入隊員たちは、すぐにこの歓迎会の洗礼を受けた。


 テーブルの上にソワンの作った、奇妙に美しいレインボーカレー──カレーと言っていいのかは怪しいところだが──が盛られた皿が何枚も置かれた時点で、今まで話していた新入隊員たちの声がピタリと止んだ。

 最初は、誰もそれには手をつけようとしなかったが、遂にそれを試してみようとする勇者が現れる。周りにいた隊員たちはそれを固唾をのんで見守っていたが、一口食べた瞬間に真っ青になった新入隊員の様子に、彼らもまた青ざめた。


「まだ沢山あるから、遠慮しないでね」


 銀色の大鍋をかき回しながら微笑むソワンを見て、一気に重苦しい空気があたりに漂う。

 この歓迎会の終了時刻は未定とされている。それというのも、全ての料理を完食した時点でお開きとなるこのイベントにおいて、必ずと言っていいほど最後の最後まで残るソワンの料理がなかなか減らず、何時までかかるか予想できないためだ。ひどい年だと夕方頃から始まって日を跨いだこともあったそうだが、その時は無理矢理・・・・強制的に・・・・食べる羽目になり、結局ひどい有り様だったのだという。


「あの、先輩……ソワン隊員って、ちゃんと味見してるんですか?」


「してるから、たちが悪いんだ」


 各テーブルでそんな会話がちらほらと聞こえる。味見をしたのかという根本的な問題を疑問に思うのも、この料理では仕方がないだろう。

 ソワンの料理を誰が食べるかという押し付け合いが発生し始めた時、突然閉められていた会場の扉が開いた。


「やぁ、どうだい?」


「あぁ、やっときたかぁ……」


 いつもの悪戯の仕返しだと言わんばかりに隊員たちに抑えつけられ、ソワンの料理を無理矢理口に突っ込まれ、意識を手放す寸前だったテンダーがテーブルに突っ伏していた顔を少し上げて、入口に立つ男性を見る。

 ひょっこり顔を出したのは最高司令官のネオだった。遠慮がちに中を覗きながら様子を確認する姿は、最高司令官室の椅子に座っている時とは異なり、急に親近感を覚える。


「私は仕事があるからすぐに行かなければならないんだが、少し様子が気になって寄らせてもらったよ」


 最高司令官として、彼は日々多忙なスケジュールをこなしている。今年はそれに加えて謎の事件が多発しているため、それに伴い仕事量も上昇傾向だ。そんな中、ほんのわずかな時間を利用して、様子を見に来たのだった。


「実は、まだ昼食をとっていなくてね。もし迷惑でなければ、少しいただきたいのだが構わないかな?」


 司令官の言葉に、みんなは頷いた。それを確認したネオは、一番入口近くにあったテーブルの端に置かれたひとつの料理に手を伸ばした。問題の、あの料理に。


「あっ、それは止めておいた方が……」


 それを見た隊員が止めようと声をあげたが時はすでに遅く、料理はネオの胃の中に吸い込まれていってしまった。

 ああ、終わったなと心の中で新入隊員たちは誰もが思ったが、次の瞬間に彼の口から飛び出した言葉を聞いて耳を疑った。


「うん、美味しいね」


 ネオは微笑みを浮かべながらそう言った。スプーンを動かす手が止まる気配はない。無理しているようには見えず、本当に美味しそうに食べているのだから、周りの隊員たちは開いた口が塞がらない。

 噂によれば、彼の奥さんの料理もかなり独特で、普通の味覚や体質の持ち主なら食べたがらないそうなのだが、ネオに好きな食べ物を聞けば『妻の手料理』と返ってくるそうである。


「あれ、大丈夫なんですか?」


「別格なんだよ、司令官は。忙しくなけりゃ、全部食べてって欲しいよ……」


 本音を漏らし、青年は項垂れた。


「司令官、マジかよ……」


「あれを、涼しい顔して食べてやがる……しかも完食!?」


「さすがは最高司令官……」


 あたりがどよめき、口々にそんな言葉が漏れる。

 ふっと姿を現したネオは、あっという間に完食すると風のように去っていってしまった。もっと食べていってくれと心から願う隊員たちの中にひとり、アイテール・ホワイトを使ったパイを司令官に食べてもらえなかったと落ち込むタリアの姿があった。

 しかし、口直しのつもりで隊員たちが食べたそれはかなり好評だったらしく、当初の目的とは違えどアイテール・ホワイトの知名度は上がったらしい。

 それが彼女の両親の耳にも届き、アイテール・ホワイトを加工品として安価で販売するアイデアを思いついた。その結果、彼女の家ではそのパイを商品化する云々の話題が持ち上がったのは言うまでもない。


****


 もう、歓迎会は終わったのだろうか。体調がだいぶ良くなった俺は、特にやることもなく救護室のベッドの上でぼんやりと窓の外を眺めていた。すっかり日も沈み、星が輝いている。さすがに寝過ぎたのか、まったく眠れる気はしない。隣のベッドに目をやれば、日が出ているうちもかなり眠っていたはずなのに気持ちよさそうに眠っているフォグリアがいた。

 それを羨ましく思いながら、眠れない俺は暇を持て余す。そんな時だった。誰かの足音がこちらへと近づいてくるのに気がついたのは。

 その足音は俺の傍まで来て止まった。俺が起きていることに少し驚いたような表情を浮かべて立っていたのは、そうルーテルだ。


「ごめんね、起こしちゃった?」


「いや、眠れなくて困ってたところだ」


 申し訳なさそうにする彼女に座るよう勧め、ちょうど暇だったのだと伝えると、安心したように近くの椅子に腰を下ろした。


「もう大丈夫なの?」


「ああ、もう問題ない」


「よかった……元はと言えば、私を庇ってだから……」


「それなら、お前と一緒にいたやつらの心配してやれよ」


 ルーテルはモルドーレの事件のことを、まだ気にしているのか。彼女のことだから相当気に病んでいるだろうが、俺はもう何ともないし、ファンクラブのあいつらだってルーテルが何ともなかったのなら本望だろう。

 しかし、それで納得するような性格ではないことも重々承知している。


「なんか、情けないな。私は、皆のために何かできたらと思って組織に入ったの。それなのに、実際はその逆」


「この前、俺の怪我治してくれただろ?」


「凄く時間かかっちゃったけどね。あれから、腕動かしにくいとか、支障はない?」


「ああ、問題ない」


「それなら良かった。私、回復魔法もまだ満足できるほど扱えないし、これからもっともっと頑張らなきゃだよね」


 器用な方ではない彼女だが、凄く努力していることは知っている。あまり無理はしないでほしいのだが、それが彼女のいいところでもあるから難しい。

 ただ……努力などしなくても、今のままの、昔から変わらない優しい彼女のままでいてくれるなら、それで問題はないのだが。事情持ちの俺に、最初から現在に至るまで変わらずに接してくれたのは、エイドの家族以外では彼女くらいだったように思う。それだけで、俺は救われてたんだ。いや、今も救われてるんだろうな。


「……お前は、昔から俺を助けてくれてたよ」


「何か言った?」


「いや……別に」


 そんな俺に対して首を傾げていた彼女だったが、やがて何かを思い出したように両手をパンと胸元で合わせた。


「そうだ!私、お礼にクッキー作ってきたの。よかったら食べて」


 その瞬間、俺は血の気が引いた。


「は!?菓子って……お前の手作りだよな?」


「うん。あ……迷惑だったかな?」


 やっぱり手作りのようだ。手間もかかったろうに、手作りを選んだようだ。

 ルーテルの手作りの何が問題なのか。それは、ほとんどソワンのそれと同じだ。しかし、そんなに落ち込んだ顔をされては断れるはずもない。


「いや……貰っとく」


 俺がそう答えた途端に、ルーテルの表情が明るくなる。


「よかった!ちょっと焦げちゃったかもしれないんだけど、大丈夫かな?」


 そう言って、じーっとこちらを見たまま動かない。これは、食べないといけない状況だろうか。きっと、そうなのだろう。一応、病み上がりだし後から何とかしようと思っていたのだが、これは覚悟を決めなくてはならない。

 袋を開けてみると、そこには歪な形をしながらもクッキーだと分かるものが入っていた。お世辞にも上手いとは言えないが、ソワンの料理を見慣れている俺にとっては大した問題ではない。しかし、食べた後の体調不良発生率についてはソワンといい勝負であることをよく知っている。伊達に幼なじみはやっていない。

 しかし、分かっていても回避できない状況はある。意を決して、俺は袋に入っていたクッキーをひとつ口の中に放り込んだ。


 味がない。

 どうしてだろうか……余計に不安になるのだが。少し焦げた、とさっき言っていたのは空耳だったのだろうか。


「どう?」


 無言の俺の様子を不思議に思ったのか、ルーテルが俺の顔を覗き込んでくる。どう、と聞かれても味がないのだ。味についての感想は答えられない。


「大丈夫だ……多分」


 俺は、曖昧な返事だけ返した。後ろの方は、ルーテルには聞こえないように。

 本当は不安だらけだが頑張って作ってくれたのは事実だろうし、気持ちは嬉しい。だから、ルーテルが満足しているのなら何も言うまい。

 しかし、次の瞬間発せられた言葉に、俺は驚くことになる。


「よかったぁ。実は、みんなにも渡してあるんだ」


「みんなに、って……」


 彼女のことだ、おそらく、この部屋にいる全ての患者たちに渡しているだろう。もう手遅れだ。俺にはどうしようもない。ごめん、メディアス。患者が増えたかもしれない。


「じゃあ、私も片付けとか手伝ってくるから、また後でね」


 寝ているフォグリアのベッドの横にも忘れずにクッキーの入った袋を置くと、ルーテルは軽やかに部屋から出ていった。

 ルーテルが去ってすぐ、救護室には呻き声があちこちから響き渡る。どこからか髪がどうこう聞こえてきたから、ヴァイルにも何かあったのだろう……嫌な予感しかしないが。

 俺も、他の奴らの心配ばかりはしていられない。少量とはいえ、俺も食べている。ここはもうじきソワンの料理を食べた隊員たちで埋まるだろう。軽度の患者は自宅療養だと言っていたから、仕方がない。家に帰る準備でもしておくか。


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