新入隊員歓迎料理大会③
アブソリュート本部内にある部屋の中でも1、2を争う大部屋に、新入隊員たちがほぼ全員集結していた。よほど本部から家が離れていて移動手段が何もない新入隊員以外は、基礎訓練が終了するまで本部を拠点に活動することになる。基礎訓練終了後は支部への派遣もあるので、必ずしも本部のあるアイテールに常駐しているわけではない。どの支部に送られるかは上の判断によるところが大きいが、各隊員の希望も聞いてもらえるので、地元の近くで働きたいと考えている者などは支部派遣を強く希望している。
しかし、基礎訓練真っ只中の新入隊員たちはまだ派遣の対象にはなっておらず、ほぼ全員が本部にいる。その関係もあって、今回のイベントが行われるのは本部のみ。事情があって支部にいる新入隊員は仕方なく不参加という形になる。
だが、それがのちのち本部にいる新入隊員たちに羨ましがられることになるなど、知る由もなかった。
何も知らない新入隊員たちは会場にセッティングされたテーブルにつくと、近くにいる隊員たちと楽しげにお喋りを始める。入隊したての頃は講義と訓練の連続で、あまりメリハリがない。そんな中行われるこのイベントは、ささやかな息抜きになっているのだろう。
新入隊員たちが全員会場に入り、がやがやと会場全体が煩くなっている中、突如としてキーンという音が響き渡る。その音に、新入隊員たちは話すのを止めて前の方を向いた。会場の前の方は壇になっており、その上には、マイクの頭を軽く叩いて電源が入っているか確認しているテンダーの姿。さきほどの音は、どうやらマイクの電源を入れた時のものだったようだ。
「さてさて、今年もお馴染み!司会は、諜報部隊隊長である僕、テンダー=シュメルツがお送りしまーす!」
あれほど嫌がっていたにも関わらず、テンダーは司会業に精を出していた。
テンダーの服装はというと、目がチカチカするようなカラフルなもの。さすがに制服ではないが、イベント用の衣装というわけでもなく、自分の私服らしい。加えて、周りから見ればいらないだろうというくらい、これでもかと装飾品をつけていたりする。その格好でマイクを握りしめる彼の姿は、非常に目を引く。こんな光景が、ほぼ毎年恒例となっている。
つまり、なんだかんだ言って、テンダーがこのイベントに参加している確率は高い。そのおかげか、彼の司会業もすっかり板についている。
「さぁ、まずは戦闘部隊からは初参戦!このイベントに参加するのも初めてらしいですが、最初にして大抜擢!タリア=ワーレだぁぁ!」
無駄にハイテンションで、叫ぶように代表紹介を始めたテンダーにつられたのか、新入隊員たちから大きな拍手やら歓声やらが贈られる。
「あの、よ、よろしくお願いします!」
名前を呼ばれ、慌てたように頭を下げる。代表の中では唯一、このイベントの本質を知らないタリアは自分のことでいっぱいいっぱいだった。緊張しているのが周りにもあからさまに分かる。そんな後輩の姿を微笑ましく目の端に捉えながら、テンダーは次の代表の紹介へと移った。
「続いては、救護部隊。鬼と恐れられながらも、実はとっても仲間想い!時に厳しく、時に優しく、怪我や病気はお任せあれ!もっと素直になればいいのに――」
「隊長」
饒舌に語るテンダーを遮るように、メディアスの低い声が響く。その声に、会場が一瞬で静まり返った。
「は、はい?」
おそるおそるテンダーがメディアスの方に顔を向けると、無言ではありながらも、目の奥にしっかりと怒りを潜めている。
「あー、オホン。救護部隊からは、今年もメディアス=クラスト君が選ばれました――っと、はい次!」
さすがに言い過ぎたと悟ったテンダーは、そそくさとメディアスの紹介を終わらせ、わざとらしく次に移った。
「そんなに怒らなくても……間違ってはいないし――」
そんなやり取りを隣で見ていたエイドが、まだ苛々しているメディアスを宥めようとする。しかし、それは逆効果だった。
「オプセルヴェ」
途中まで言ったところで、先ほどと同様の視線が向けられる。
「何でもないです」
エイドは即行で口を閉ざした。メディアスが仲間想いで優しいというのは事実だが、鬼と例えられているのもまた、嘘ではない。
テンダーの咳払いで、メディアスに向けられていた視線が、再び壇上に戻る。
「次は、作戦部隊……」
そこまで言ったところで、急にテンダーはマイクの電源を切った。そして、作戦部隊の代表補助となっている隊員数名を捕まえて、他には聞こえないくらいの小声で問い詰める。
(ねぇ、結局誰も止められなかったの!?写真ちゃんとあげたじゃん!)
(こっちも、味見した仲間が犠牲になってるんですから、文句言わないで下さいよ!)
半ば強制的に参加することになったテンダーは、何とかソワンの参加を阻止するべく、作戦部隊に根回ししていた。しかし、それは見事失敗に終わってしまったようだ。
作戦部隊の代表者の中に、ソワンの姿が確実にあったのだから。
「テンダー、どうかしたのかしら?」
いつまでもコソコソと話しているテンダーたちを不審に思ったのか、ソワンが首を傾げる。その声にはっとしたテンダーは急いで持ち場に戻り、再びマイクの電源を入れた。
「っと、今年もソワン=オプセルヴェ隊長の参加で~す……」
しかし、その声に最初のような元気はない。げんなりした表情のテンダーに対し、ニコニコと微笑むソワン。この顔で危険生物級の物体を生成するのだから、本当に恐ろしい。
(本当に何やってんのさ!)
テンダーは再びマイクの電源を切ると、最大限睨みをきかせて先ほどの隊員たちに詰め寄った。彼は相当恐い顔をしていると思っているのだが、元々子供っぽい彼の顔つきで睨まれたところでたかが知れている。
ちっとも威圧感のないテンダーに対して、任務に失敗した隊員たちは落ち着き払って対応した。
(いつまでもグチグチ言わないでくださいよ。ばらしますよ、盗撮してたって――)
(んなっ!?もらったんならお前も共犯じゃん!)
思わず驚愕の声が漏れたが、幸いにもマイクの電源は切ってあったため、周りに聞こえることはなかった。
(だから、別にこのまま引き下がってくれれば何も言いませんって)
(僕、何も得しないじゃん!くっそ~、作戦部隊め……)
恨めしそうに作戦部隊の隊員を睨みながら、テンダーは仕事に戻る。
「うう……僕、可哀想。え~っと、ああ、次はリードか」
落ち込んでいたかと思えば、次の代表を確認してコロッと表情が変わり、活き活きと話し始める。
「運搬部隊からは、僕の大親友にして、運搬部隊隊長のリード=ディフェンディアが登場だぁぁ!渋い顔の裏に隠した素顔は、娘に対してデレッデレ!パパモード全開、チクショー羨ましい!!」
リードと紹介された、黒い短髪の人間の男性は、眉間にしわを寄せる。明らかに、今の紹介に不満がありありなのが見てとれた。無意識なのか、バキバキと両手の指を鳴らしながらそれを聞いている。
一見、仲が悪そうに見えるが、テンダーとリードは確かに親友だ。実際、普段の生活の中では楽しそうに話している姿も多々見受けられる。しかし、親友だからこそ、色々と面倒なことを知っていたりするのだ。特に、仕事柄なのか、仮にも諜報部隊隊長という役職に就いている彼は。
「ちなみに、証拠写真がこちら――」
その一言が、リードの我慢を完璧に打ち崩してしまった。
「ほう……盗撮か。いい趣味をしているな」
一般公開される前に、音もなく背後に立ったリードが、テンダーから写真を奪い取る。
リードの低い声に、テンダーは自分の背中を冷たい汗が伝うのが分かった。ぎこちなく振り返り、背後に立つ男の表情を確認したテンダーの頭の中で、激しく警鐘が鳴り響く。
これは墓穴を掘ってしまったと心の中で焦りながら、テンダーは必死になって首を横に振る。
「ちっ、違うよ!」
「じゃあ、これは何なんだ?」
しかし、その反応にますますリードの表情が険しくなる。先ほどまで自分が持っていた写真を突きつけられ、テンダーは逃げ場をなくしていく。
「うっ、そ、それは……ってか、僕だけじゃないし!あいつらもだし!」
観念したのかしていないのか、テンダーは少しでも自分への目が緩和するように、他の隊員たちの巻き込みを図った。テンダーが指さした方向に、リードの鋭い視線が刺さる。視線の先に立つ隊員たちは、やりやがったなと心の中で舌打ちするが、そんなことは予想の範囲内だ。というより、その写真については本当にとばっちりである。
「どうなんだ、お前たち?」
「知りません」
その即答を聞いて、テンダーが青ざめる。しばらくその顔を睨んでいたリードだったが、再びテンダーの方に視線を移す。加えてテンダーは胸ぐらを掴まれる。テンダーよりもリードの方が背は高い。どちらかと言えば小柄なテンダーの身体は数センチ宙に浮いた。そして、初めこそまだ穏やかだったリードの口調が、徐々に荒いものへと変わっていく。
「――だそうだ。何にせよ、お前が元凶なのは間違いないだろう!!」
最後の方は叫ぶような大声になり、それと同時にリードの怒りが鉄拳となってテンダーに襲いかかる。
「ぎにゃあああ!!」
断末魔と共に、テンダーは撃沈した。そして、床に仰向けに倒れたテンダーはそのままにして、リードはエイドの方に向き直る。
「すまんな、エイド。あとは、何とかしてくれ」
「は、はぁ……。えっと……諜報部隊のエイド=オプセルヴェです。うちの隊長がお騒がせしました、すみません」
微妙な空気になる中、なぜかエイドが謝る羽目になってしまった。しかし、こういったことは日常茶飯事なのか、新入隊員以外はその流れに、またかと言いたげな視線を送っていた。
ひとまず落ち着いたリードは自分の持ち場に戻り、腕組みをしながら目を閉じて立っている。どんな写真だったのかと気になる者もいただろうが、それを見せて欲しいなどと言ったら自分にも絶対鉄拳が飛んでくるだろうと、誰もそこには突っ込まなかった。
「うぅ……相変わらずリードは手加減ってものを知らないんだから」
そうしている間に、床に倒れていたはずのテンダーがいつの間にか立ち上がり、定位置に戻っている。もう回復したのかと、このやり取りを初めて目にした隊員たちは呆気にとられていた。
リードのいる方から舌打ちが聞こえ、それにテンダーはビクッと肩を震わせながらも、再びマイクを手に取って司会を続ける。
この後、各料理がテーブルに運ばれ、その一角にあるソワンの作った料理ともつかない何かを目にした新入隊員たちが声を失ったのは言うまでもない。
しかも、完食するまで終われないというルールがあるため、隊員たちの長い戦いが始まった。




