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クラウン=コア  作者: 桜花シキ
第4章 まどろみの中の憂鬱
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新入隊員歓迎料理大会②

 新入隊員歓迎会兼料理大会の朝、俺の様子を確認するためメディアスがやってきた。忙しくても、自分の仕事をいい加減にしないところはさすがだと思う。

 俺の体調は、だいぶ良くなっていた。任務でもなければ、行動に支障はないだろう。だから、出ようと思えばイベントにも出られるが、また救護室に逆戻りになるだろうからということで、メディアスは無理に参加を促したりはしなかった。俺も嫌な予感しかしないので、素直にそれに従っておく。

 隣のベッドにいるフォグリアはというと、手の届く位置に漫画や菓子類を置いて、すっかり自分の空間を作り上げていた。メディアスに、冷ややかな目でお前は出るかと言われるたび、布団にくるまって防御態勢をとる。さすがのメディアスも連日の仕事とこれからのイベントの準備で疲れているのか、それ以上なにか言う気力はないようだった。


「体調はたいぶ改善したようだが、まだ休んでおけ」


 そう言うと、メディアスは眼鏡を外して目を擦る。目の下に隈も見えるし、だいぶ疲れているようだ。


「俺より、お前の方が体調悪そうだぞ?」


「さすがに俺だって疲れてるからな。この行事がひと段落したら、何を言われても休暇をもらうつもりだ」


 メディアスは眼鏡をかけ直し、そうきっぱりと答えた。仕事をしっかりこなしつつも、自己管理も怠らないところはエイドにも見習って欲しいと思う。


「ふーん……エイドもそうすればいいのにな」


「あいつも休暇を取らざるを得なくなるだろう。体調を崩してだがな」


「あぁ……そうだったな」


「まぁ、そうでもなければ、あいつは休暇なんて取らないだろうな」


 この時ばかりは、さすがにエイドも休みを取らざるを得ない。あまりいい休み方ではないが、メディアスの言う通り、こうでもなければエイドが休暇なんてとらないことは分かっている。

 そういえば、エイドが帰ってくるのなら、あの人・・・も一緒なんだろうな。俺が入隊してから、しばらく顔を合わせていない。あまり身体が丈夫な方ではないので、体調を崩していなければいいのだが。


「俺はこれから準備があるから外すが、その前に何か用があれば聞いておく」


 メディアスはひと通り確認し終わると、白衣を脱いで畳み始める。用件、か。俺自身のことではないが、ひとつ気になっていることがあった。


「そういえば、あの件のあと……結局、ヴァイルは何も言わなかったのか?」


 モルドーレの事件に巻き込まれたヴァイルだったが、何かそれについて騒いでいるという話は耳にしない。髪のこともあるし、怒っていてもおかしくはないはずなのだが。

 メディアスは咳払いをすると、小声でそれに応じる。


「あの後、毒が刺激になったのか……髪が生えてきたんだ、少しだけだが」


「あぁ、そうなのか……」


 何とも微妙な表情で答えたメディアスに、俺も微妙な顔で頷くしかなかった。そんなタイミングで、救護室のどこかにいるであろうヴァイルの機嫌よさそうな鼻歌が聞こえてくる。ヴァイルの機嫌を損ねなかったのはいいことだが、その話を聞いた俺はしばらく、彼の頭がどんな状態になっているのか気になって仕方がなくなってしまった。


****


 歓迎会で出される料理は、食堂の厨房で作られる。食堂の料理当番は各隊に月ごとで回ってくるため、ほとんどの隊員にとってここは使い慣れた場所だ。

 しかし、てきぱきと準備を進めていく隊員たちに混じって、危なっかしい手つきで野菜を切り刻んでいく女性がいた。

 そして、その動作のひとつひとつを決して見逃すまいと、周囲にいる隊員たちが目を光らせている。少しでも変な動きを見せれば、すぐに止められるようにだ。

 しかし、そんな隊員たちの努力も虚しく、危なっかしくはあるものの手順に何らおかしなところがあるわけでもないのに、鍋の中では明らかに危険物が生成されていた。もはや、誰にもその経緯が分からない。


 とりあえず、これ以上ソワンをここに留めておくわけにはいかないと、遠まわしに隊員たちが退場を促す。


「あー……えっと、ソワン隊長?」


「あら、どうしたの?」


 謎の物体が生成されている鍋をかき回しながら笑顔で振り返る彼女の姿は、料理を作っていると知らない外部の者の目から見れば、さぞ気味悪く映っただろう。知っていても、背中を冷たい汗が伝うのだが。


「ほら、隊長疲れてるんじゃないですか?ここは僕たちに任せて休んでいた方が――」


 何とかこれが出されないようにと、笑顔を取り繕って出口の方を指し示した隊員だったが、無慈悲にもそれは途中で打ち切られる。


「大丈夫よ、こういう時のために訓練してるんだから。別に疲れてないわ」


 満面の笑みでそう答えると、ソワンは再び前を向いて鍋をかき混ぜ始めた。

 別に、こういう時のために訓練しているわけじゃない、それより料理の練習をしてくれ!周りにいた隊員たちは、去年から進歩していない……むしろ、去年より悪化している料理ともつかない何かを前に、そう心から思った。


「俺さぁ、この歓迎会の掟、『作ったものは絶対完食』っていうのなくすべきだと思うんだけど」


「それは私も同感ですけど、食材がもったいないじゃないですか。そもそも、このイベントが発案された理由として、金欠の隊員たちにこの日くらいはお腹いっぱい食べてもらおうっていうことなんですから」


「それはそうなんだけどさ……」


 これからこれを食べなくてはならない新入隊員たちのことを考えながら、周囲の隊員たちはただただ気の毒としか言いようがなかった。


 遠巻きに見ていたメディアスも、ソワンの作っている物体を見て顔をしかめ、一度自分の手を止める。


「……オプセルヴェ、あれは何なんだ?」


「カレー」


 隣の調理台を使っていたエイドがそう答えた後、しばらく沈黙が走る。


「もう一度聞く。あれは何なんだ?」


「カレー……だよ、たぶん。それならさすがに大丈夫かなって、そうなるように誘導したんだ。さらに念のため、『誰でもできる、簡単カレー!これをぶっこめば、とにかくカレーになる粉』を渡したはずなんだけど……」


 誰でもできる、簡単カレー(以下略)は、味はともかくとして世界で一番売れている、メジャーなカレー粉だ。これさえあれば面倒な手順がいらず、その名の通りお湯にぶっこめばとりあえずカレーが出来上がる。

 作戦部隊員、そしてエイドもそこに何を入れるのか、ちゃんと材料を確認していた。その時は、何も問題なかったはずなのだ。その後も、作戦部隊員たちが誰も見張っていなかったなどという瞬間はない。それなのに。


「何であんなに綺麗な紫色をしているんだ?そういう食材を入れたのか?」


「もう聞かないで……俺にも分からないから」


 ちらりとソワンの方に目をやると、メディアスの言った通り紫色の物体が鍋の中でぐつぐつと煮えていた。そして、何だかさらに色が変化しつつある。


「渡すなら、レトルト食品の方が良かったんじゃないか?」


「それじゃあ、さすがに母さんも納得してくれないよ。というより、俺も前に母さんが出してくれたレトルト、家で食べたことあるんだけど、駄目だったし」


「何が起こった」


「何が起こったんだろうね……料理種別云々の問題じゃなく、母さんが調理場に立ってる時点で不可避の現象なんじゃないかと思い始めたところだよ」


 もう何をしても無駄だと悟った2人は、黙々と自分たちの手を動かすことに専念しようと決めた。


 最終的にソワンが作り上げたのは、綺麗なレインボーカレーだった。だったら、まだ紫色の方が……などと、みんな思考がおかしな方向へいく。紫でもいいわけがない。どうしてあそこからこんな風になってしまったのか、もはや説明ができなかった。意図的にそうなったのであれば納得もいくのだが、まったくそうなった経緯が分からない。


「こ……これは……」


 隊員たちは言葉を失った。そして、そこに追い打ちをかけるかのようにソワンの口から思いもよらぬ言葉が飛び出す。


「特別美味しいわけでもないけど、普通に食べられる味ね。ほら、あなたも味見してみて」


「ええっ!?」


 突然、近くにいた隊員にそんな仕事が降ってくる。あたりを見回しても、すでにみんな彼から距離を取って視線を合わせないようにしているのだから、誰も助けてくれそうな雰囲気ではなかった。

 逃げられないと悟った青年は、おそるおそる皿に盛られたカレーらしきものに手を付ける。味見と言っておきながら、しっかり一食分になっている気がするのは目の錯覚だろうか。

 口に入れた瞬間、青年は凍りつく。


(ま……マズっ!ひと口だけでもつらいのに、一皿分って何の罰ゲームだよ……味がしっかり舌に居座ってるし、鼻をつまんでも我慢ならないってどういう……)


 いくら不味くても、残すわけにもいかないので、何度も吐きそうになっては押しとどめる。しばらく時間をかけ、大量の汗を流しながら何とか完食した。


「どう?」


 ソワンが感想を聞くべく身を乗り出す。


「どうって、マズ……体調に問題はないみたいです」


 うっかり本音が出そうになったところで、慌てて飲み込む。幸いなことに、体調に変化が見られなかったのは本当だ。かといって、とても食べることはお勧めできない代物である。

 問題はない、という部分を聞いて出しても大丈夫だと判断したのか、ソワンはそのカレーらしき何かが入った鍋を大事そうに抱えて新入隊員たちが待つ部屋へと歩いていった。


 ソワンが出ていったのを確認した後、エイドやメディアスたちも自分たちが作った料理を持ってそれに続く。エイドはミルク粥、メディアスは薬膳料理。見た目の派手さはないが、明らかにいい香りが漂っている。


「やっぱり、今年も遅延性・・・か」


 そんな料理を持ったエイドが、先ほど味見した隊員の横を通り過ぎる時、ポツリと遠い目をして呟く。


「ち、遅延性?」


 カラン、と青年はスプーンを床に落とした。彼も自分の歓迎会の時にソワンの料理を口にしたことがある。その時の記憶を呼び起こし、彼は固まった。

 さらにその後にメディアスが続き、補足説明を加える。


「隊長の料理を口にして、普通のやつなら無事でいられるはずがない。どういうわけか、この行事の時は狙ったように遅延性でな。隊長の料理が出されるのを、事前に止められない原因のひとつでもある」


 ソワンの作る料理には、大きく二分される。何かしらの被害が出ることを前提に、その出方の違いで即効性と遅延性に分けられ、通常時は前者がほとんどなのに対して、どういうわけかこのイベントの時は毎回後者なのだ。

 すぐには体調に変化が見られないため、ただ不味いものを食べたという認識だけなのだが、それからしばらくしてみれば救護室が埋まってしまうのだから恐ろしい。 


「だが安心しろ、早いうちに症状が表れればまだ救護室に空きがある」


 この状況で何を安心しろというのか。救護室送りになる時点で大問題ではないかと思いながら、犠牲となった隊員は、ただ弱々しく笑うしかなかった。


 そして、ついにすべての料理が会場へと運び終わり、歓迎会が幕を開ける。


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