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クラウン=コア  作者: 桜花シキ
第4章 まどろみの中の憂鬱
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新入隊員歓迎料理大会①

 入隊式が行われたのは、寒さがピークに達したような時期だった。新入隊員たちの気を引き締めるためでもあるらしいが、とにかく寒い。最高司令官のありがたいお話しもあったようだが、ほとんどの新入隊員たちがそれどころではなかった。

 そんな刺すような寒さから解放され、ようやく風も温かくなってきた今日この頃。新入隊員たちにとっては、入隊後初めての春だ。ぽかぽかとした陽気に包まれ、少し組織での暮らしにも慣れてきた新入隊員たちに緩みが見え始める。


 しかし、それはあくまでも新入隊員の話だ。先輩隊員たちは、毎年この時期になると深刻な顔をする。そして裏で密かに行われているのは、任務争奪戦と代表争い。それというのも、これから行われるあるイベント・・・・・・のせいであるのだが。



(はぁ~、どうしよう……みんな忙しいから、ろくに料理もしない私にこんな大役が回ってくるなんて……あぁ、本当にどうしよう……)


 特に意味もなく、本部内の廊下をぐるぐると歩き回っている少女がいた。彼女に落ち着きがないのは、これから行われようとしている『新入隊員歓迎会』のせいである。その歓迎会では毎年、各隊の代表者たちが新入隊員に料理を振る舞うのだが、その代表に彼女も選ばれたのだ。

 彼女の名は、タリア=ワーレ。茶色のおさげに、小麦肌。ライトグリーンの瞳を持つ、ドワーフの父と人間(ヒューマ)の母の間に生まれた、戦闘部隊に所属するハーフドワーフの少女だ。

 彼女は15歳で入隊し、現在18歳であるが、今回が初参加である。それには、彼女の家の事情があった。


 彼女の実家では、『アイテール・ホワイト』という果物を作っている。この果物の特徴は、人間ヒューマの大人の掌サイズくらいの丸い果肉を包む、真っ白な皮である。白はアイテール国の象徴でもあるため、それがこの名の由来だ。そして、サクッとその実にナイフを入れれば、鮮やかな赤色が顔を出す。早摘みならサクサクとした食感の残る甘酸っぱい果実に、完熟なら驚くほど甘い果実になる。完熟に近づくほど、中の赤色はより濃くなっていく。

 この果物はこの国だけでしか生産されておらず、その国内でもごく限られた場所でしか育たない。アイテール城にも献上されている、味は折り紙付きの高級品である。

 そのアイテール・ホワイトだが、収穫期がちょうど新入隊員歓迎会と重なっているのだ。そのため、家が忙しくなるこの時期になると、彼女はその手伝いのために帰省していた。しかし、そんな娘のことを思ってか、今年はいいからそのイベントに参加してきなさいと、両親は言ったのだった。


 ただし、うちの果物を使って、しっかり宣伝してきなさい。特に、最高司令官様に食べてもらえる機会があれば、それを絶対に逃すな――と難題を課されてしまったのだが。


 両親も、万年金欠の組織員たちには期待していない。それなりに値が張る品だ。

 そこで、最高司令官ネオ=グランソールに白羽の矢が立つ。彼が、というよりは彼の奥さんの方に用があると言った方が正しい。ネオの妻ことリーンは、世界を股にかける貿易商を営んでいるのだ。その仕事中にネオがリーンを助けたことがきっかけで、リーンの猛アタックの末、結ばれたのだという。

 もし、ネオがアイテール・ホワイトを気に入り、それがリーンの耳に入れば……密かに世界進出を目論む両親であった。


 そんなこんなで重大任務を背負った彼女は悩んでいた。


(エルもリード隊長の手伝いで参加するって言ってたけど……エルは上手いからいいよ。前にもらったお菓子、すごく美味しかったし)


 エルというのは、運搬部隊のエルフィアのことだ。同期ということもあり、仲はいい。彼女に相談したところ、心配しなくても大丈夫ですよ、と笑顔で言われて終わってしまった。タリアは同い年とは思えないほどしっかりしたエルフィアのことを羨ましく思う。将来を有望視され、重要な任務も任せてもらっている。自分もああなりたいと、憧れも抱いていた。

 しかし、料理をするだけでこんなに慌ててしまうようでは、憧れとは程遠いと自分にがっかりしてしまう。弱気になるたび、もの凄く真剣なまなざしで宣伝宣伝と繰り返してきた両親の顔が浮かんだ。その期待に応えたいとは思う。だが、果たして自分にできるだろうかとまた弱気になり、そのたびに両親の顔を思い出す。延々とこれをループしていた。


 そんな、うんうん唸る彼女の傍を、3名の隊員たちがイベントについて話しながら通りかかった。タリアは、思わずそれに耳を傾ける。


「今回、戦闘部隊からは誰が出るんだ?フォグリアあたりか、帰ってきてたし」


「ああ、久しぶりに危険生物モンスター肉のぶった切りが拝めるかもな」


「いや、あいつダウンして救護室行きになったって聞いたぞ?」


「マジかよ!?結構、あれ好きなんだけど」


(ああ!フォグリア先輩って、確か私と同じ隊の……うわぁぁぁ、やり辛いよぉ……)


 そこまで聞いたタリアは頭を抱え、その後の会話はすっかり耳に入らなくなっていた。


「でも、あいつが出てたとしたって……出ないだろ?」


「もちろん。俺、この日のために任務無理矢理入れてもらったんだ」


「だよな。俺は任務は入れられなかったけど、代表補助には選ばれた。代表とか代表補助は純粋に料理の腕で選ばれてるからな。日々の鍛錬の成果だ……」


「何気に自慢してる?」


「何だっていいだろ、回避できる奴は……俺、このままだと参加決定組なんだよ」


「休暇もらえば?」


「おお、その手があったか!でも、そんな簡単に取れるもんかねぇ……」


 初参加の彼女は、純粋に自分が選抜に選ばれたことに対して緊張しているが、このイベントが裏では『地獄の料理大会』と呼ばれていることを知っていたら、また反応は違っていただろう。

 そのことを知っている参加者たちにとって、あの人・・・以外の料理は、はっきり言ってどうでもいいのだ。それゆえに、緊張するだけ損なのである。

 そんなこととは知らない彼女は、持ち前のネガティブ思考も相まって、本番までひたすら悩み続けるのだった。


****


 外へ続く通路を歩く、背の高いエルフの男。肩より少し長い白髪を風になびかせながら堂々と歩くその姿は、見る者を圧倒する。髪の色と反するように真っ赤に染まった瞳に睨まれれば、はっと足を止めずにはいられない。

 組織の長い歴史から見ても、彼ほどの逸材はいないと言われ、現時点では最強の男と謳われる戦闘部隊隊長、デモリス=バスター。黒い制服の上着の裾をはためかせながら、今日もまた任務へと向かう。

 彼が請け負うのは、かなり危険度が高い仕事ばかりだ。危険生物モンスターの討伐なら、Aランク以上が彼の担当。実際に見た者がいるかは別として、Sランクを彼ひとりで倒したこともあるなどという噂まで流れている。


 これから任務がある彼は、その任務について頭の中で情報を整理していた。またもランクAの危険生物モンスター討伐を任されたため、それなりに注意はしておかなければならない。倒せる自信はあっても、何が起こるか分からないのが現実だ。

 そう考え込んでいた時、頭上に気配を感じ顔をあげる。不覚にも、考えることに集中しすぎていたのか、その対応が少し遅れてしまった。その隙を突かれ、ニヤッと悪い笑顔を浮かべ木に登ったエルフの若い男が、デモリスの真上から彼めがけて水魔法をお見舞いしてくる。

 そして、見事にデモリスは頭から水を被ってしまった。びしょびしょになった髪の毛や服から、ぽたぽたと雫が落ちる。


「イタズラ大成功!」


 ひょい、と木から降りた男は、水浸しになったデモリスにピースサインを送る。


「……私はこれから任務なんだ。いきなりこれはないだろう、テンダー」


 友の悪戯に、デモリスの肩が下がる。デモリスは、濡れた身体を火と風のコアを使って手早く乾かした。テンダーのこうした悪戯はこれが初めてではないので、すっかり慣れてしまっている。


「まったく……お前は隊長になっても成長しないな」


「あはは、自覚してるよ~」


「おい」


「だって、それが僕だし?」


 28にもなって、しかも諜報部隊の隊長ともあろう者の態度ではないなと、デモリスはため息をつく。昔からこうであるといえばそうなのだが、そのときのまま変わらずに大人になってしまったような男だ。むしろ、大人になってからの方がイタズラの度合いもヒートアップしているくらいだろうか。

 いくら注意しても変わらないのだから、呆れてしまう。これ以上悪戯について言及しても意味をなさないことは分かっているので、デモリスは諦めて話題を変えた。


「……今日、あれだろう。お前は出ないのか?」


「本当は暇なんだけど、僕も任務だって言ってサボろうかなぁ……」


「リードも出るんだろう?行って来たらいいじゃないか」


 リードは、昔から手のかかるテンダーのブレーキ役だった。デモリス、テンダー、リードで一緒にいることも多かったが、よく彼らの世話を焼いていたのがリードだ。彼だけ人間ヒューマだったが、今でも種族の違いや純血に拘っているのは一部の者たちだけ。デモリスもテンダーも、すぐに彼とは打ち解けた。

 昔からつるんでいたこの3名が、時期は違えど隊長になったのは凄い確率である。一番最後に選ばれたのはテンダーであるが、それを聞いたときデモリスとリードは、ああ組織も終わったな、と心から思ったのだった。リードはいずれなるだろうと思われていたし、デモリスもまぁ納得できる。しかし、テンダーは性格に難ありだ。実力はあることにはあるが、隊長の器ではない。

 だが、あえて隊長にしたのは、もし彼が普通の隊員として野放しにされていた場合、隊長が苦労することは目に見えているからというのもあるし、隊長という肩書を与えることで彼の行動に制限をかけようという上の考えだったのかもしれない。その効果があったのかは、難しいところだが。

 テンダーが隊長になってから、諜報部隊の入隊基準が少し高くなったように感じる。それは、隊長に問題がある分、下を優秀にする必要があるからなのだという勝手な噂も出回っていた。あながち間違ってはいないだろうと、デモリスは思う。


 また今回もサボるなどと言っているが、毎年それが後輩たちにばれて連れ戻されている。後輩たちの手間を考えると、同情するしかない。

 任務を振り分ける係の組織員たちも、日頃からテンダーの悪戯には手を焼いているせいか、この時期になると彼に任務をまったく振ってくれなくなるのだから、自業自得である。


「あいつは作る側だからいいけど――」


「あら、あなたたちは参加しないの?」


 噂をすれば、とはまさにこの事。テンダーは背後からかけられた女性の声に、ビクリと面白いほど反応した。ぎこちない笑みを浮かべながら、テンダーは振り返る。どうかあの人・・・ではありませんようにという祈りもむなしく、そこに立っていたのは笑みを浮かべて首を傾げるソワンだった。

 テンダーは表情をさらに引き攣らせながら、何とか回避を試みる。


「ソ、ソワン隊長……いや、僕らは任――」


「私は任務ですが、テンダーは時間があるそうですよ」


 先ほどテンダーが考えた言い訳を、デモリスがすかさず遮る。


「デ、デモリス~?」


 何でばらしたんだと言いたげな視線をデモリスに向けたテンダーだったが、デモリスは視線を逸らしてニヤリと笑みを浮かべている。どうやら、先ほどの悪戯をまだ根に持っていたらしい。

 ソワンはというと、デモリスは無理だがテンダーは参加できるということを知って、ニコニコと満面の笑みを浮かべていた。


「そう、任務なら仕方がないわね。じゃあ、行きましょうか、テンダー」


「デモリスーーッ!!」


 テンダーがこの世の終わりのような叫び声をあげながら、ソワンに腕をしっかり掴まれて引きずられていく。


「くく……悪戯なんて、するもんじゃないぞ」


 笑いを堪えながら、デモリスは背を向けて再び歩き出した。テンダーの子供じみた悪戯には困らせられながらも、それにやり返したくなる自分もまだまだ子供だろうかとデモリスは思う。

 しかし、絶頂に幸せを感じられたあの時・・・を思い出して、笑いは消える。


「もう、あれから何年経ったのだろうな……」


 ぽつりと、デモリスは呟き、空を見上げる。それに合わせたように白い鳥が1羽はばたき、1枚の羽がひらりと舞った。風に乗って目の前に運ばれたそれを、デモリスは優しく掌にのせる。ふっ、と寂しさを含んだ笑みをこぼすと、それを大事にしまい、デモリスは任地へと旅立っていった。


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